07.君が望んだ世界

最後の階層はこれまでと違い、ただ螺旋状に連なる階段があるだけだった。

複雑な仕掛けも何も無い。ならば駆け上がるだけだと一行は登り始めたが、その直後に突然、周囲の景色が変わる。

「――は!? 何よこれ、罠!?」

「……いえ、これは…………」

皆の前に現れたのは、オリフィエルとヒンメルだった。
二人は机に向かっており、退屈だと言って真面目に取り組まないヒンメルを、オリフィエルが窘めている。

「恐らくは、記憶の場ね。こんな事もあったなぁ、懐かしい……」

「いや、懐かしんでる場合かよ!? つか、なんでこんなとこに記憶の場があるんだよ!」

「この塔も、各地にある遺跡と同じくらい古い時代のものなのだろう? ならば記憶の場があってもおかしくは無い」

記憶の再生はすぐに終わったが、少し進むとまた別の記憶の再生が始まった。
今度はアスラを巡ってイナンナとサクヤが言い争っている場面で、イリアが「あ〜、あったわねこんなこと」と興味無さげに言う。

「今は急いでるってのに、何なのよこれ!? どうせならマティウスとの戦いで役に立ちそうなもの見せなさいよ!」

「そんな無茶苦茶な……気持ちはわかるけど」

「……なぁ、記憶の場と言えば、ウチ一個気になっとってんけど。この記憶って、誰の記憶なん?」

エルマーナのその問いに、皆が揃って首を傾げた。

「誰のって……そりゃあ、映ってる奴らの記憶なんじゃねぇの?」

「それやったら、その人の視点でないとおかしいやん。記憶の場で見える光景って、いっつも第三者の視点やろ?」

「じゃあ、その場にいた他の誰かの記憶なんじゃないの?」

「でもほら、ウチとルカにーちゃんらが初めて出逢った時に見たあの記憶……アスラと皆が集まって喋っとったやつ。あん時って、アスラ達以外には誰も居らんかったやろ?」

「……確かに、あの時あの場所に居たのは、アスラとイナンナとデュランダル、オリフィエルにヴリトラ、それとサクヤだけだった……でも、あの記憶には皆映ってた……」

「確かに、そう考えてみると不思議ね。どういう事なのかしら……」

「他のも見ていけば、何か気付くんじゃない? とにかく先へ進んでみようよ」

コンウェイのその言葉に従って、皆は更に上へと登っていく。
進む度に、記憶が再生された。そのどれもが他愛も無い日常の記憶で、皆は昔話に花を咲かせる。

そうして、最後の一段。
そこで再生された記憶は、つい最近天空城で見た、アスラとイナンナの最期、天上界の終わりの光景。

大地が崩れ、神々が為す術なく地上へ落ちていくのを、皆は悲痛な顔で眺めていたが、ルカはふと気付く。

「…………創世力は?」

「え? 何? 創世力がどうしたのよ」

「いや……ほら、この時って、アスラ達のすぐ傍に創世力があったでしょ? でも、見当たらないなって……」

「それは単にこの記憶の画角が悪いせいじゃない? ほら、だってこの向きだと、ちょうど祭壇からイナンナ達を見てる状態――――」


そこまで言って、イリアは気付いた。

ルカも、スパーダも、他の皆も、彼女と同じことに思い至る。


「うそ……待ってよ、そんな、それじゃあ、この記憶って…………これまで、あたし達が見てきたのって…………」

「創世力の……ヴィスさんの記憶……?」

――――ああ、そうか。ずっと見ていた≠ニいうのは、こういうことか。

リカルドは、これまでのヴィスのストーカー紛いの発言の意味を理解した。

先程コンウェイの手によって、地上と一体となったガードルのように。
ヴィスも天上界のあらゆるものに宿って、そこに生きる神々を見守っていたのだろう。

言葉を交わすことは出来なくとも、姿が見えなくとも、彼はずっと傍に居たのだ。
それを知って、呆然とするエルマーナがポツリと呟く。

「なんや……じゃあ、ヴリトラは独りや無かってんな……ヴィスにーちゃん、ヴリトラが死ぬまで、ずっと傍に居ってくれてたんや……せやのにウチ、全然気付かんと……」

「……気付けなかったのは、エルのせいじゃないわ。姿が見えない、声も聞こえない状態で、気付けるはずないもの……」

「それはそうやねんけど……でも……何千年と傍に居ったのに……誰にも気付いて貰えん中で、ヴリトラ達が楽しくやってんの、どんな気持ちで見とったんやろ……どんな気持ちで……」

ただそこに居て、喋って、笑いあったり泣いたり喧嘩したり。
自分達にとっては、取るに足らない些細な思い出。忘れてしまっていたような平凡な日常。

それが彼の記憶の中には、こんなにも鮮明に遺っている。
まるで宝物のように。とても素晴らしい出来事であるかのように。

「……ルカ、お前、何で泣いてんだよ……」

「え? …あれ? ほ、ほんとだ。何でだろ……でも、そう言うスパーダだって……」

「はぁ? オレは泣いてなんかいねーよ!」

「いや、めっちゃ目ぇから涙出とるで」

「エルもでしょ? アンジュも……なんで皆して泣くのよ、やめてよ……」

そう言うイリアの目からも、静かに涙が零れていた。

旅の中で、記憶の場を巡りながら、「ヴィスはどこにも映っていない」と何の気なしに言った言葉が、今になって胸を抉る。

「居るんなら居るって言いなさいよ……こんなに鮮明に覚えてるくらい、イナンナ達のこと好きだったんなら……羨ましいと思ってたなら、黙って見てないで、仲間に入ればよかったじゃない……なんで……」

「……出来なかったんだ。そうしたくても出来なかったのだと、あいつは言っていた。今回人の姿を取れたのも、まぐれのようなものだったんだろう。あいつは……他の誰かの願いは叶えられても、自分自身の望みを叶える術は知らなかったんだ……だから……」

「何だよそれ……そんなのおかしいだろ……! それじゃあアイツは、ただ誰かの願いを叶える為だけに……そうやって都合よく利用される為だけに生まれてきたって言うのかよ……!」

「実際、創世力とはそういうものだろう。俺達もヴィスと出逢っていなければ、そこに疑問を抱くことも無かった筈だ。道具が道具として使われる事を、おかしいと言う者は居ない」

ルカはリカルドのその言葉を認めつつ、しかし首を振って顔を上げる。

「……でも、僕達は知ったんだ。創世力には、僕達と同じ心があるって。だから……結局、やることは変わらないけど……」

「……そうね。マティウスには渡さない。世界を終わらせるような願いを、叶えさせたりなんかしない……!」

「そんでもう二度と、アイツを誰かに利用させたりなんかしねぇ……!」

「自分のことしか考えてへんゲスい奴らから、ヴィスにーちゃんを護ったらな!」

「そうね。創世力に願うんじゃなく、私達の願いは私達の手で叶えなくちゃ」

「うん。そして今度は僕達が、ヴィスさんの願いを叶えてあげるんだ……!」

ルカ達は涙を拭いて、互いの掌を重ねていった。
その想いと覚悟を聞いたリカルドは、複雑な心境で重ねられた手を見る。

彼らは知らない。そのヴィスの願いというものが、どんなものなのかを。

キュキュとコンウェイが見守る中、リカルドはじっと己の掌を見詰めて、やがて覚悟を決めると、それを連なる甲の上に重ねた。
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