07.君が望んだ世界

「何故だ! 何故発動しない!?」

塔の頂上に辿り着いたルカ達が最初に聞いたのは、焦りと戸惑いを含んだマティウスの声だった。

「チトセ……この約立たずのゴミクズめ! 私を愛していると言うから、創世力の使い手に選んでやったのに……」

「そんな……あ、愛して……います……私は、貴方を……」

「ならば今すぐ創世力を発動させてみろ! 私は自らの命を捧げようと言うのだぞ!?」

向かい合ってそんなやり取りをする二人の奥で、黄昏色の空を背景に、創世力が輝いている。

どうやら間に合ったようだ。
ルカ達は安堵しつつ、言い争う二人の間に割って入る。

「諦めろ、マティウス! お前に創世力は使えない!」

「何だと?」

「献身と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん=\―あれは、生贄を捧げろって意味じゃない。真に愛し合う者と使えって意味なんだ。孤独を嫌って世界を創った始祖の巨人が、愛する人を殺めることを、発動の条件にするわけが無い……」

「……だがアスラとイナンナは、互いを殺めて創世力を発動させていたではないか」

「違うよ。あの二人が創世力を使えたのは、お互いを愛していたからだ。敵同士であっても、心から愛し合っていたんだよ。だから……マティウス、人を愛する心を持たないお前には、創世力は使えない……!」

「……そうか。ならば、私にも可能な創世力の使い方を探るとしよう。貴様らを皆殺しにした後でな……!」

「やれるもんならやってみなさいよ! ロクに仲間も居ないあんたなんかに、負けやしないんだから!」

イリアは銃を抜き、スパーダ達もそれに倣った。
ルカも、旅を始めたばかりの頃は振り回すのもやっとだった大剣を抜いて、マティウスに向ける。

「アスラが失い、僕が取り戻した仲間との絆……その強さを証明する為に、僕は勝つ!」

「ほざけ、クズどもッ!! この私の絶望を……アスラの絶望を!! 思い知るがいい!!」

怨嗟の声と共に、マティウスはその姿を禍々しい怪物へと変えた。

アスラの体にイナンナの顔。手にはデュランダル。
マティウスの絶望を色濃く示すその姿を見ても、ルカ達は臆することなく立ち向かっていく。

そんな彼らを、創世力は――ヴィスは、チトセと共に見ていた。

「どうしてこうなるの……どうして……私はただ…………」

ただ、アスラと共に居たいだけなのに。
あの人の役に立ちたいのに、必要とされたいのに。どうして上手くいかないのだろう。

チトセのその嘆きを聞いたヴィスは、ふよふよと彼女の周りを漂う。
チトセはその青き光を忌々しげに睨んだ。

「貴方も貴方よ! どうしてマティウス様の願いを叶えてくれないの!? どうしてあの人を……私を救ってくれないの……! 私はこんなにも愛しているのに、どうしてあの人は私を愛してくれないの……!」

その答えを持たないヴィスは、せめて彼女を励まそうと蛍のように飛び回った。
だがそれでチトセの悲しみが癒える筈も無く、彼女は傷付け合うマティウスとルカを見て涙を流す。

「お願い……助けて……何度こんな想いをすればいいの……こんなのはもう嫌…………願いが叶わないのなら、もう全て終わらせて……何もかも…………」

頽れるチトセの膝に、ヴィスがふわりと降り立った。

助けてあげたい。けれど、何もしてやれない。
この戦いを止めることも、彼女の願いを叶えることも、自分には出来ない。

そんな己の無力を呪いながら、ヴィスはただチトセに寄り添い続けた。
一方、ルカ達に押され、追い詰められたマティウスは、ここに来てついに覚醒を果たす。

転生者の覚醒とは即ち、前世の姿を取り戻すことだ。
アスラと化したマティウスの強さは凄まじく、戦況はあっという間にひっくり返った。

仲間達が次々と倒されていく中、ルカはかつて憧れていた前世の己と一人対峙する。

――そう、ずっと、彼のようになりたかった。

戦を勝利に導く強さ。女神さえも虜にする雄々しさ。幾千幾万の兵を従えるカリスマ性。
憧れた。夢の中だけでも、そんな存在になれることが嬉しかった。生まれ変わりであることが誇らしかった。

けれど、そんなアスラでも、手に入れられなかったものが一つだけあった。
何も持たないと思っていた自分は、その一つを持っていることに気付かされた。

富と名声、力だけでは手に入れられないもの。
かけがえの無い大切なもの――――仲間。

「マティウス……お前は、僕はアスラの心の迷いだと、弱さだと言った。でも、そのお陰で僕は、支えてくれる仲間に出逢えた。アスラみたいに格好良くは無いかもしれないけど……でも、もうそれでいいんだ」

前世に囚われて、どうすればいいのか分からなくなった己に、イリアは言ってくれた。
ルカはルカだと。アスラとイナンナの因縁など、今の自分達には関係無いと。

「僕はアスラじゃない。ルカ・ミルダだ! もうアスラに憧れたりはしない……皆と一緒なら、アスラにだって勝てる!」

「ほざけ! その驕りも希望も、全て打ち砕いてくれる!!」

マティウスが――アスラが剣を振りかぶった。
ルカも同じように剣を高く掲げる。

「終わりだ! 天を総べし覇者の剣――魔王界滅刃!!」

「地を制する烈矢の炎――緋焔轟覇斬!!」

燃え盛る炎が双方の切っ先から放たれて、中央でぶつかり爆発を起こした。
まるで太陽のような光が、塔の天辺に灯るのを、地上で戦っていた兵士達も見た。

全力を出し切ったルカは、倒れそうになる己の体を剣で支える。
マティウスも、力尽きて膝を折った。イリア達とチトセが、それぞれの元へ駆け寄る。

「ルカくん、大丈夫!?」

「マティウス様……!」

「おのれぇぇ……この痛み、この憎しみ、決して忘れるものか……!」

「くそ、まだ動けるのかよ!?」

「ほんっとしぶといわね! 今トドメを――」

「待って、二人とも……!」

ルカはよろめきながら、仲間達の合間を縫って、マティウスの傍に屈んだ。
怪訝な顔をする相手に、ルカはそっと手を差し伸べる。

「……忘れなくていいよ。その傷は、アスラが心からイナンナとデュランダルを信じていた証でもあるから……無かったことになんてしなくていい。アスラの絶望、君のその心の痛み……僕が抱えて生きる」

「何だと……? 貴様が、この私の痛みを……抱える、だと……?」

笑わせるな、貴様がそんな器かと言いたげなマティウスに、ルカは微笑みかけた。
そこには迷いも畏れも無い。

「君も、僕の一部なんだから。――さぁ、おいで」

アスラと同じ、敵も味方もなく、全てを受け入れて包み込む、強く優しき光。
マティウスはその輝きに魅せられて言葉を失った。そして、ボロボロになった身体から抜け出た魂が、ルカの手に収まる。

ルカはそれを、己の胸に仕舞った。
二つの魂は溶け合って、在るべき形を取り戻す。

仲間達はその選択を讃えたが、マティウスを――アスラを失ったチトセは絶望し、俄に笑い出す。

「マティウス様はもう居ない……ルカの心も、私には手が届かない…………私には……もうアスラ様は……手に……入らな…………いやぁぁぁああああああああっ!!」

錯乱したチトセは、腰に提げていた短剣を抜いて、己の胸に突き立てた。

呆気に取られる仲間達を他所に、コンウェイは血溜まりに伏す彼女に歩み寄り、その魂を回収する。

「これで彼女もまた、永劫の苦しみから解放される。転生の輪廻から……」

「今のは……ハスタの時と同じ……何をしたの、コンウェイ?」

「言ったろう。彼らの魂を輪廻から救う、まじないのようなものだって。――ああ、ハイハイ、分かってるよ。キミが見たら怒るだろうなとは思っていた。だからこれまで手が出せなかったんだ」

コンウェイは凄い勢いで自分の周りを飛び回る創世力を、煩わしげに手で追い払った。
その仕草に余計に腹を立てたらしく、青い光はポカポカと叩くようにコンウェイの頭の上で跳ね始める。

「何度転生したところで、彼女の願いが果たされることは無い。それはキミがどうにか出来る問題でもないんだろう? なら、未来永劫それに縛られ続けるより、こうしてあげた方が幸せだとボクは思うけどね。――とにかく、これでボクの目的は果たされた。後はキミ達の選択を見届けるだけだ。それが終わったら、大人しく帰るよ」

コンウェイはそう言って頭を傾けた。
転がり落ちた創世力は、言い分を聞いても尚納得がいかないといった様子でコンウェイの眼前に留まっていたが、やがて観念してルカ達の方へ向かう。

「えっと……ヴィスさん……なんだよね? もう人の姿には戻れないの?」

創世力は少し迷うような素振りを見せてから、強く光って人の姿を取った。
目の前に現れたヴィスを見て、ルカ達は思わず抱き着く。

「わっ、どうしたの皆。怖かった? マティウスさん凄かったもんねぇ」

「違うわよ! あんたが何も言わずに勝手に居なくなるからでしょ!?」

「ホンマやで! ウチらめっちゃ心配しとってんからな!?」

「え? あれ? ……リカちゃんから聞いてないの?」

ルカ達とヴィスはキョトンとした顔で互いを見て、それから一斉にリカルドの方を向いた。
責めるような目で見られたリカルドは、バツが悪そうな顔で他所を向く。

「……リカルドさん? どういう事です? ヴィスさんから何か聞いていたんですか?」

「あー……いや、その、なんだ、お前達にも言うべきかどうか悩んではいたんだが……」

「オイオイそりゃねーだろ! 通りで一人だけ涼しい顔してると思ったぜ!」

「それで、リカルドが聞いてたのはどんな話だったの?」

ルカに問われ、リカルドは僅かに眉根を寄せた。
そして、それには答えずにヴィスを見据える。

「……ヴィス、俺とお前の二人だけで話がしたい。出来るか?」

「はぁ!? ちょっとあんた、この期に及んでまだそんなこと――――」

というイリアのお叱りに被せて、ヴィスが指を鳴らす音が響いて――――風が止んだ。

辺りを見渡したリカルドは、自分とヴィス以外の全てが止まっていることに気付く。

「……本当に規格外だな、お前のその力は。前世でも今世でも、争いが無くならないわけだ」

リカルドは皮肉混じりに言って、ヴィスも眉を下げて笑った。
この力が世に与えるものが祝福とは限らないことを、二人はもう知っている。

「リカちゃん、どうしてルカ君達に言わなかったの?」

「なんだ、お前まで俺を責めるのか? 手紙には、俺の好きにしていいと書いてあった筈だが」

「それはそうだけど、言うと思ってたから。だって、言わないとリカちゃん一人で決めることになるでしょ? しんどくならない?」

「だからこそだ。こんな重すぎる決断を、あんなガキ共にさせるつもりは無い。それに話してしまえば、あいつらは是が非でもお前の消滅を阻止しようとするだろうからな」

「……ってことは、リカちゃんは俺のお願いを叶えてくれるつもりなんだ?」

「………………まあ、そうなるな」

「有難う。じゃあお願いね」

特に何の驚きも感慨もなく、アッサリとその決断を受け止めるヴィスに、リカルドは手紙を叩き付ける。

「いてっ。――え、何? なんで? 何か怒らせるようなこと言った?」

「俺に聞く前に、少しは自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ」

ヴィスは言われた通り胸に手を置いてみたが、首を傾げるだけだった。
リカルドは呆れて溜息を吐く。

「お前は、アスラとイナンナの真の願いが何だったのか、未だに分からないと言ったな。俺も……ヒュプノスも、あの二人の事はよく知らん。だが、記憶の場を巡って、お前の記憶を通してあの二人を見てきた今なら、こういう事だったんじゃないかと想像することは出来る。聞きたいか?」

ヴィスは興味津々といった様子でうんうんと頷いた。
リカルドは、固まっているルカとイリアを見ながら語り始める。
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