07.君が望んだ世界
「あの二人には、それぞれに果たしたい夢や使命があった。アスラの夢は、天と地を一つにして、世界をかつての姿に戻すこと……対してイナンナの使命は、アスラを殺し、その願いの成就を阻止することだった。そして、それをそのまま実行して……その結果、天上界は滅んだ。という所までは、お前も理解しているな?」「うん。でも、それが果たされても、二人は全然喜んで無かった。俺のせいで、中途半端な叶え方になっちゃったせいだろうけど……」
「違う。あの二人が嘆いていたのは、自分達の目的が果たされなかったからじゃない。手違いで天上界を滅ぼしてしまったことも、本人達にとっては大した事では無かったんだ」
断言するリカルドに、ヴィスは目を瞬かせた。
じゃあ何が駄目だったのかと聞きたそうなヴィスに、リカルドは続ける。
「あの二人は、夢と使命に固執するあまり、自分にとって本当に大切なものが何なのかを見失っていたんだ。或いは、優先順位を間違えてしまった。創世力に願いを捧げ、それが叶えられたあの瞬間に、二人はそれに気付いた。だからあれほどまでに絶望していたんだ。もっと早くに気付けていれば……あんな結果にはならなかった筈だ」
ルカとイリアも、旅の始まりはそれぞれに目的があった筈だ。今もそれは変わっていないのかもしれない。
だが前世の己の過ちを、その深い絶望と後悔を知った彼らは、もう願いを見誤ることは無いだろう。
「己の人生を捧げるほどの夢や使命の為だとしても、手放してはならない大切なものが何か……あの二人が真に望んでいたものが何か、今ここにいるルカ達を見ても分からないか?」
「えっと…………仲間?」
「半分正解だ」
う〜ん、と悩むヴィスに、リカルドはフッと笑って答えを告げる。
「ルカが言っていただろう。アスラとイナンナは、互いを愛していたんだ。だからあの二人の本当の願いは、この相手の傍に永遠に居続けたい≠ニいうものだった。だが、二人はそれを願わなかった。捧げる願いを間違えてしまったんだ。もしそう願っていれば……例え夢が叶わず、使命を果たせず、世界が滅ぶようなことになったとしても、あの二人は最期まで幸せであれた筈だ」
「…………………………」
「お前はどうだ、ヴィス。俺はお前の願いを叶えてやるつもりで居るし、その覚悟ももう出来ている。だが、お前の願いは本当に、手紙に書いていたもので間違いないのか? それ以上に叶えたい望みは無いのか?」
リカルドはヴィスの手を取って、その掌をヴィスの胸に押し当てた。
もう一度よく考えてみろ、と言うように。
「アスラとイナンナは、ルカとイリアに転生した事で、ある意味やり直せた。だが消滅すればそこで終わりだ。二度目は無い。やり直すことは出来ないんだぞ。お前は本当にそれを分かっているのか?」
「わ……分かってるよ。リカちゃんから見たら、俺って考え無しみたいに見えてるのかもしれないけど、俺なりにちゃんと皆のこと考えて……」
「誰か皆のことを考えろと言った? 俺はお前がどうしたいかを聞いているんだ」
「俺だってそうしたいんだよ。だって、俺のせいで皆がまた不幸になるかもって、怯えながら生き続けるのなんて嫌だもん。だから……」
「だから他の全てを諦めて一人で消えるのか」
ヴィスは唇を噛んだ。
ざわつく胸に押し付けられている己の手を、それを捕らえているリカルドの手と一緒に、逆の手で掴み剥がそうとする。
「いっぱい悩んでやっと決めたのに、なんでそんな意地悪なこと言うの? やっぱりリカちゃんも創世力が欲しいの?」
「俺はどんな願いも叶えてくれる魔法のような力など要らん。だから、概ねお前と同意見だ」
「じゃあなんで決意を揺るがせるようなこと言うの」
「創世力は必要無いが、お前まで要らんと言った覚えは無い」
「?????」
言っていることが全くわからないといった顔をするヴィスの手の拘束を解いて、リカルドは彼を抱き寄せた。
ヴィスが驚きと動揺で身を強ばらせるのを全身で感じて、それでも離すまいと力を強める。
「……あ、あのさ、リカちゃん。マムートで聞きそびれたんだけど……」
「何だ」
「勘違いならいいんだけどね、リカちゃんってもしかして俺のこと……」
「好きだな」
「……それって友達として、とかじゃなく?」
「ああ」
「駄目だよそれは。困るよ」
「困る? 嫌なら分かるが、困るは意味がわからん」
「だって俺は同じもの返せないから。創世力は皆に平等じゃなきゃいけないんだよ。だから……」
「知るかそんな都合」
「知るかって……ずっと一方通行でもいいの? それじゃリカちゃんが幸せになれないよ」
「前にも言ったが、俺の幸せをお前が勝手に決めるな。それに平等と言うなら、どうして手紙を俺一人だけに渡したんだ? これは特別扱いにはならないのか?」
「だってそれは……あの状況だと一枚書くのが精一杯で……」
「なら俺じゃなく全員に宛てて書けば良かっただけだろう。どうして俺宛にしたんだ」
問い詰められたヴィスは、返事に困って黙ってしまった。
リカルドはそんなヴィスに縋るように頬を擦り寄せる。
「……消滅すれば、もう二度と会えなくなるんだぞ。話したり触れたりするどころか、ただ見ていることすら出来なくなるんだ。お前はそれが嫌だったから、創世力としてこの世界に在り続けて来たんじゃないのか?」
「……………………」
「頼むから、本当のことを言ってくれ。お前の本当の願いは、消滅することじゃない筈だ。何か他の方法は無いのか? 創世力としての能力だけを失くすように願えば……」
「それは……駄目だよ。願い方にもよるだろうけど、下手をすれば創世力の消滅と存続を同時に願うことになって、アスラくんの時の二の舞になる。そんな危ないことさせられないよ」
「だがお前は消えたいわけじゃないだろう! 俺も……例え世界の為であっても、お前を失いたくは…………」
弱々しいリカルドの声を耳元で聞いて、ヴィスの吐く息が震えた。
二人の間に挟まったままのヴィスの手が、リカルドの服を掴もうとする。
しかしヴィスはその気持ちを抑えて、唇を引き結び頭を振った。
リカルドも歯を軋ませたが、それ以上は言わずに、ヴィスの体から手を離す。
「………分かった。お前がそれを望むなら……俺は、それを叶えるだけだ」
「…………ごめんね」
「謝るな。余計惨めな気持ちになる」
「えーっと……じゃあ、有難う」
苦笑しながら言って、止まった時間を元に戻そうとするヴィスを、寸前でリカルドが引き留める。
「最期に一つだけ聞かせてくれ。何の意味も無い仮定の話でしかないが」
「うん? 何?」
「もしお前が創世力では無く、俺達と同じただの人間として生を受けていたら……俺と生きることを選んでくれたか?」
リアリストたるリカルドが、こんな話をするのは珍しいなと、ヴィスは思った。
本人の言う通り、この質問には何の意味も無い。答えても、それで何かが変わる訳ではない。
けれど、ヴィスにとってその質問は、とても馴染み深いものだった。
天上界にいた頃、何度そんな空想をしただろう。何度それを願っただろうと、走馬灯のように振り返る。
「…………選ばないんじゃないかな。俺は、世界中の皆のことが大好きだから。誰か一人を特別好きになったりはしないよ、きっと」
どうして、と、ヴィスは自分の発言を不思議に思った。
これが最期なのだから、どうせ叶わないのだから、彼の望む答えを返してあげればいいのに。
彼を悲しませたい訳じゃないのに。いつもなら、優しい言葉をかけるのに。
どうしてわざわざ突き放すようなことを言っているのだろう。
(……リカちゃんを縛り付けたくないから、かな?)
自分のことを、いつまでも覚えていて欲しい。ずっと好きでいて欲しい。
けれどそのせいで、リカルドがずっと前を向く事も出来ず、過去に縛られ続けるのは嫌だ。
諦めないで欲しい。諦めて欲しい。
忘れて欲しい。忘れないで欲しい。
正反対の気持ちが、同じだけの強さで心の中にある。
(…………変なの。でも、サクヤちゃんもアスラくんと居た時、こういう気持ちだったのかな)
出来ることなら、自分が彼の隣に居たい。
けれどそれが叶わないのなら、自分の気持ちに蓋をして、相手の幸せの為に、今出来ることをしよう。
自分以外の誰かと、末永く幸せに生きていけるように。
例え強がりでも、それが秘めた想いの、せめてもの証明だと信じて。
(…………そっか。誰かを好きな気持ちって、こんなに複雑なものだったんだなぁ…………)
この薄情者、と悔しげに笑うリカルドを目に焼き付けて、ヴィスは永遠に続けばいいと思える時間を、自らの手で終わらせた。
「そんで、結局これからどうすんだ?」
リカルドが二人きりで話したい、と言った直後に、もう話は終わったと聞かされて混乱していた一行は、青き光に戻ったヴィスを囲んで話し合う。
「なんて言うか、正直そこまで考えてなかったわよね。とりあえずマティウスには渡さない! って気持ちでここまで来ちゃったけど」
「かといって、創世力を野放しには出来ないよね……マティウスみたいな考えの人が他に現れない保証も無いし……」
「それについては、俺とヴィスに考えがある。お前達は気にしなくていい」
「え、そうなの?」
「ああ。だから創世力に用が無いと言うのなら、このまま帰れ」
「ええ〜? でも、せっかくここまで頑張って来たんやから、なんかご褒美くらいあってもええんとちゃう?」
「もう、エルったら……でもそうね、何か一つくらいはお願いしても、バチは当たらないかも。ヴィスさん、どうですか?」
アンジュの問いに、ヴィスは空中に大きく丸印を描いた。
仲間達はやったー!と喜んだが、肝心の願いを決めかねてむぅと唸る。
「いざ何でも叶えられるってなると、パッと思いつかないのよねぇ……一つに絞れないし」
「ルカはなんか無ぇのかよ? マティウスを倒したのはお前の功績みたいなもんだし、お前が決めろよ」
「え、いいの? 実は、一つだけ叶えたいことがあって……」
「へぇ? なになに? どんなお願い?」
無欲そうなルカがどんなことを願うのか興味津々といった様子のイリアに、その心を察したルカは「イリアが期待してるようなものじゃないと思うけど」と苦笑しつつ答える。
「アスラが叶えられなかったこと……始祖の巨人の願いを、今度こそ叶えてあげたいんだ」
「それって、天地を一つに〜ってやつか? 別にいいけどよ、下手すりゃまた同じことになるんじゃねぇか?」
「僕もそれが心配だから、今回は言い方を変えようと思うんだ。天と地を一つにって言うのは、あくまでも手段であって目的じゃないと思うし……」
「ふぅん? じゃあ願いはルカに任せるとして、謙信と信頼の証〜ってところはどうするの?」
「そら当然、ウチやんなぁ?」
「いやオレだろ」
「何言ってんのよ、あたしに決まってるでしょ」
「謙信って意味なら、私が一番よね?」
と、皆から期待の眼差しを向けられたルカは、困り顔で頬を掻く。
「えっと……僕は、皆で使うつもりだったんだけど……」
「な〜によその日和った答えは! そもそも、それってアリなの?」
「確かに盟約には二人で使え≠ニは書かれてはいなかったが……」
「なら、試してみましょうか。ダメだったら、改めてルカくんに決めて貰いましょう?」
「きっと大丈夫だよ。ね、ヴィスさん」
創世力は嬉しそうにルカの周りをくるくると回ると、その頬に近づいて、直ぐに離れた。
恐らくは頬にキスでもしたのだろうと予想して、リカルドが密かにムッとする。
「コンウェイとキュキュさんも……」
「ボクらは遠慮しておくよ。創世力の機嫌を損ねて、失敗でもしたら大変だからね」
「キュキュ達、ここで見てる! だから、大丈夫!」
「そ、そう? じゃあ……」
まずルカが創世力に手を伸ばし、他の皆もそれに倣って創世力に触れた。
ルカはその不思議な感覚に懐かしさを覚える。
「……ヴィスさん、きっとこれまでに何度も、失望させてしまうようなことがあったと思う。アスラも、始祖の巨人が作ってくれた天上界を壊してしまった。その生まれ変わりである僕のことを、信じてなんて言えないけど……創世力は皆を幸せにする力だって、世界に証明したいんだ。だからもう一度だけ、力を貸してくれる?」
控えめなルカのお願いに、創世力は電球のようにピカピカと明滅した。
なんと言っているのかが不思議と分かって、ルカは「有難う」と微笑みながら、仲間達と共に創世力を天高く掲げる。
「――――創世力よ、僕は願う! 始祖の巨人が願った、寂しさの無い世界……誰もが皆、大切な人と共に居られる世界を!!」
ルカの願いを聞いたイリアとスパーダは、少しだけ驚いた顔をして、それから顔を見合せて笑った。
そうだ。確かに、イナンナとデュランダルの願いも、本当はそんな単純なことだったのだと。
創世力はルカ達の手を離れて、空へと舞い上がった。
捧げられた願いを叶える為に、青白い光が輝きを増して、世界中を呑み込んでいく。
『
真っ白になった世界で、ルカ達は確かに「有難う」と告げるヴィスの声を聞いた。