01.「初めまして」の再会
戦場とは言え、魔物の類が居ない訳ではない。周囲を警戒しながら戦場を進む四人の相手の殆どはそれらだった。飛び出してきた魔物を殲滅して、皆がふぅと息を吐く。
「結構歩いてきたけど、ガラム兵とはなかなか遭遇しないわねぇ」
「このまま遭遇しなくて済むといいなぁ……」
というルカの願いも虚しく、曲がりくねった道の先で四人はガラム兵と鉢合わせた。
幸いなことに相手は一人だったが、ルカが自分を奮い立たせる為に呟いた「僕はアスラなんだから」という言葉を聞いて豹変する。
「アスラだと!? そうか……貴様、アスラかぁああああ!」
「え? アスラのこと知ってるの? じゃああんた転生者ね! 前世でアスラの知り合いだったの?」
「仇だ! 我が父と兄を貴様に、アスラに斬られたのだ! 全ラティオの同胞よご照覧あれ! 仇敵アスラの首を今細切れにして、全ての墓前に捧げてくれよう!」
イリアは創世力について聞こうとしたようだが、話など以ての外。
相手は異形の姿となって、我を忘れた様子で襲い掛かって来る。
「あんた、どんだけ恨み買ってるのよ!」
「知らないよ! 僕だって、アスラはセンサスの英雄だったって事しか……」
「まぁ、戦争の英雄なんてもん、敵からすりゃただの死神だもんな」
「死神と言えばさぁ、アスラくんと一騎打ちしてた子が居たよね。名前なんだったっけ〜」
ラティオ兵の転生者との戦いも流石に三度目ともなると慣れたもので、四人はさして労することもなく相手を討ち倒した。
武器を納めたルカはその勝利を喜ぶこともなく、意気消沈して項垂れる。
「そっか、僕って前世でラティオに居た人にとっては、恨みの対象なのか……」
「でもよルカ、今の太刀筋は悪くなかったぜ。少しは板に付いてきたじゃねぇか」
「そ、そうかな? アスラみたい?」
「流石にまだアスラ程じゃあねぇけどよ、でも、動きはそっくりだ。やっぱりお前、アスラなんだなぁ」
しみじみと言うスパーダに、ルカは嬉しそうにはにかんで頬をかく。
「なんだか嬉しそうだねぇ」
「あいつ、アスラに憧れてるみたいだからね。ちょっと前にも、戦えるようになって嬉しいってはしゃいでたわ」
「ふーん? それで研究所であんなこと言ってたんだね」
「あんなこと?」
「お偉いさんが覚醒がどうのって話をしてた時、ルカくん興味ありそうだったから」
「まあ、アスラって格好良かったし、あんな風になりたいって思う気持ちはわからなくもないけどね。……っとぉ!」
と、突然イリアが銃を抜いたので何事かと思えば、こちらに駆けてくる兵士の姿が見えた。
それがガラム兵ではなく王都兵だという事に気付いて、皆は安堵して武器にかけた手を放そうとしたが、相手の様子がおかしい事に気付いたヴィスが待ったをかける。
「き……貴様! アスラだなッ! こうして再び巡り会うとは! さあ、潔く剣を抜け!」
「!?」
「おいあんた、俺達味方だぞ。味方と戦うなんて軍規違反だろ!」
「アスラ……お前のせいで……! お前が居たから、世界はこうなったのだ! おのれぇええ!!」
「ダメだ、話なんて通じねえ。あいつ正気じゃねぇぜ」
「だいぶ前世の影響が強いみたいだねぇ。こうも立て続けにアスラくんの敵とばかり当たるとルカくんが……」
精神的に参りそう、と心配になってヴィスは彼に目を向けたが、ルカは参っているというより怒った様子で敵を睨んでいた。
「皆してアスラのせい、アスラのせいって……、本当にそうなの? 君が弱かったからじゃないの?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! その口、永遠に黙らせてくれる!!」
どうやら逆鱗に触れてしまったようで、激昂し前世の姿に戻った敵がルカに飛び掛かる。
ルカは次々に繰り出される敵の攻撃を全て躱して、あっという間に一人で敵を斬り伏せてしまった。
「おお、やるじゃねぇかルカ!」
「えっへへ。なんたって僕はアスラだからね。天上最強の戦士、アスラなんだから!」
「でも、転生者に会う度にいちいち斬りかかって来られるのもアレだよなぁ」
「大丈夫だよ、僕ら強いんだもん! みんな返り討ちさ!」
意気揚々とそう言って前進するルカに、ヴィスは首を傾げた。
スパーダは特に気にしていないようだが、イリアは神妙な顔でルカを見つめている。
その後も何度かガラム兵や転生者と会敵したが、ルカは宣言通り襲って来た敵を全て返り討ちにしていた。
お陰で四人は殆ど怪我もなく順調に進めているが、ご機嫌なルカとは裏腹に、イリアの表情は曇っていく。
「イナンナ様……! 豊穣の女神たる貴女が、この現世でも野卑なセンサスの者どもに懐柔されるとは……」
そんな中、新たに遭遇したガラム兵は、イリアの姿を見るなり地に跪いて頭を垂れた。
迎撃態勢を取っていたイリアは、どう対処すればいいかわからない様子でそれを見下ろす。
「今度はイリアの知り合いみたいだぜ?」
「二人とも人気者だねぇ」
「美しい秩序あるラティオを破壊され尽くした恨み、いかに晴らすおつもりか!?」
「あんた、今はガラムの兵隊でしょ! 前世のイザコザをこの戦場に持ち込んで、どうしようってのよ!」
「我々を捨ててセンサスに下ったのは、勝ちに与する為ですか? いいやッ! そこの仇敵アスラがイナンナ様を奪ったのでしょう? そうでございましょう!? ならば……奪われたら奪い返すまで……ッ!!」
「ちょっと、あたしは物じゃないのよ! なによ、奪ったとか奪われたとか! こっち来ないでよ!!」
変身して迫って来る敵の前に、抜剣したルカが立ち塞がる。
「渡すもんか!!」
庇われた事にほんの少し嬉しさを滲ませていたイリアは、ルカのその言葉に怪訝な顔をした。
だが一先ずは目の前の敵を倒すのが先だと、ルカを筆頭に皆で相手を討ち負かす。
現世の姿に戻り地に伏した相手は、最期の力を振り絞って尚もイリアに追い縋った。
「イナンナ様……ワレラヲ……お見捨てニならレル……ノカ……イナンナさ……」
「……っ!!」
彼が言っているのはあくまでも前世の話だと、今の自分には関係ないと、そう思っていても、イリアは酷い罪悪感に駆られて、見てはいられないと顔を背ける。
一方で、そんな彼にトドメを刺したルカは、勝利に酔いしれながら笑う。
「ははっ! 勝った勝った! イリアを守ったぞ! 僕はアスラなんだ!」
「…………」
「この僕が、ラティオの雑兵なんかに負けっこないんだから! ははっ! あはははははっ!」
「ルカ、お前……」
これにはスパーダも流石におかしいと思ったようだ。
ヴィスも一言忠告ぐらいはしておくべきかと口を開こうとしたが、イリアの方が早かった。
「あんたねェッ!!」
「何? どうしたの?」
「……ちょっと変じゃない? 戦場とはいえ、人の命を奪ってんのよ? あんなに戦場に出るのを怯えてたじゃないの。人を殺して、そして高笑いなんて……あんた、どうかしてる!」
「そ、そんな! 僕は……だって、その、君が……」
「いいえ、そんなことない。素晴らしいわ、ルカくん!」
これで漸く少しは落ち着いてくれるかと思ったのだが、再び場に現れたチトセがイリアとルカの間に割って入る。
「私の見込んだ通り、あなたは強い人ね! 転生者をものともしないなんて……!」
「あ、ありがとう。でも……」
「おい、ここは戦場だぜ? 怪我人も居ねぇのに、衛生兵がウロチョロする所じゃねぇだろ?」
「そうね。でも引き寄せられちゃうの。強い殿方に寄り添いたい……私の本能の部分がね」
「はぁ? あんた……何言ってるの?」
「おめでとうルカくん。貴方の活躍で、ガラム兵は撤退したそうよ」
「あ、そうなんだ? じゃあもう戦わなくて済むんだね〜」
ピリピリとした空気の中、いつもの調子を保てているのはヴィスだけだった。
イリアと睨み合っていたチトセは、困惑気味のルカにぐいぐいと迫っていく。
「ちょっとあんた、何しようとしてんのよ!?」
「? どうしたのイリア?」
「あ〜、あのね! えっと……とにかく、ここから動かないと! ほらアレよ! 忙しくなるでしょ? 色々と!」
「そうだな。俺達も一旦戻って、体を休めておこうぜ」
「そーだそーだ、食う事を怠ってはいかんのだ、しかし」
「ああ……そうですわね。では、王都軍の陣で皆様をおもてなしさせて頂きます」
チトセがルカから離れるのを見て、イリアは胸を撫で下ろした。
先導するチトセに続いて先にその場を離れるスパーダに、ヴィスもついて行く。
「おもてなしだって〜、ご馳走とか出るのかな?」
「いや、戦場でご馳走はねーだろ。しっかし、あの二人あれで大丈夫かよ」
「あれでって?」
「なんか前世に振り回されてるっつーか、引っ張られ過ぎてるっつーか」
「あ〜、まぁでも、ルカくんに関してはイリアちゃんが居れば大丈夫なんじゃないかな」
歩きながら後ろを振り返ると、ルカがイリアに頭を下げているのが見えた。
恐らく先程の一喝に対しての謝罪か礼をしているのだろう。
「ま、二人とも俺より前世の因縁が多いみてぇだし、ああも立て続けに来られちゃ無理もねぇけどな」
「スパーダくんもこれから先そういう相手に出くわすかもしれないよ? アスラくんが殺した人の数って、デュランダルくんの殺した人の数でもあるわけだし」
「そりゃそうだけどよ、剣を恨む相手はそうそう居ねぇだろ。……ああ、でもそうなると、あいつ一人に俺の罪まで背負わせちまってるって事だよな……」
「なら、その分ルカくんを支えて助けてあげればいいんじゃないかな? 今の君は剣だった前世と違って、自由に動かせる手も足もあるんだから」
「……確かに、そうだな。その通りだ」
「まぁそもそも、君達がそんなに気負う必要もないと思うんだけどね。ラティオ軍だってセンサスの人を沢山殺めてたんだから、一方的にアスラくんが悪いって責めるのはおかしいよ」
「まったくだぜ。今度アスラの事を悪く言う奴が居たらブッ飛ばしてやる!」
スパーダがそう意気込んで拳を掲げた瞬間、凄まじい轟音と共に、道の先で火の手が上がった。