02.温情の雪は水に溶ける
静かになった泉からアーロンがスフィアを取り出す。それはかなり古いもののようで、あちこちが痛んでいた。
「こりゃ中身、消えてっかもなあ」
「10年前、ジェクトが残したスフィアだ。見てみろ」
「お……おう」
アーロンと同じく伝説のガードとして名を残すジェクト、彼が遺したというそれをアーロンは何故かティーダに渡し、ティーダがそれを再生する。
映し出された映像には大召喚士でありユウナの父でもあるブラスカと、恐らくは若い頃のアーロンであろう人物が映っていた。
『おまえ、何を撮ってるんだ!』
『よく分からねえが、長い旅になるんだろ。珍しいものもたくさん見れそうだ。となりゃ全部スフィアに記録しといて……女房とガキにも見せてやらねえとよ』
画面の外から、恐らくこの映像を撮っていたのであろう男の声も聞こえる。
ジェクトのスフィアと言うからには、これはジェクトの声なのだろう。
『この旅は遊びではないんだぞ!』
『しっかしブラスカよお、シンと戦うショーカンシ様の出発だってのに……これじゃあ何だか夜逃げみたいじゃねえか』
『これでいいさ。見送りが多すぎると、かえって決意が鈍りかねない』
『そんなもんかねえ……ま、おめえがここに帰る時には、もうちょい賑やかになるだろうさ。シンを倒した英雄として、ハデに凱旋パレードよ!』
彼は、ジェクトはもしかして、召喚士の旅の最後がどんなものなのかということを知らないのだろうか?
そんな人が居るとは思えないが、でなければこんな台詞は出てこないだろう。
画面の中のブラスカは、その言葉に淋しげに笑っている。
場所が変わり、今度は雪原地帯が映し出された。
撮影者はブラスカのようで、ジェクトとアーロンが映っている。
『アーロン、もう少し寄ってくれ。……よし、それでいい』
『そんなイヤがんなよ、カタブツ』
『うるさい』
『ブラスカ、おめえも映っとけよ。ユウナちゃんへのいい土産になるぞ』
『……そうだな』
『ブラスカ様……こんなことをしていては時間がいくらあっても足りません!』
『な〜に焦ってんだか』
『この旅がどういうものだか教えてやろう!』
『アーロン!』
スフィアを放って止めに入ったのか、映像が乱れて2人の足元を映す。
見ていたティーダは苛立たしげに「なに楽しそうにしてんだよ」と独りごちた。
映像はまだ終わらず、今度は今自分達がいる場所が映る。
スフィアは床に置かれているのか僅かに斜めになっており、泉の前にはジェクトが1人座っていた。
『よう、おめえがこれを見てるってことは……オレと同じようにスピラに来ちまったってわけだな。帰る方法がわからなくて、ぴーぴー泣いてるんじゃねえか。まあ、泣きてえ気持ちも分かる。オレも人のこと言えねえよ。だがよ、いつまでもウジウジ泣いてんじゃねえぞ。なんたって、おめえはオレの息子なんだからな。──あ〜……なんだ、その……だめだ、まとまりゃしねえよ。とにかく……元気で暮らせや。……そんだけだ。じゃあな』
立ち上がったジェクトがこちらに近づいてきて、映像が途切れる。
それ以上は何も映らず、ティーダはスフィアを離した。
「最後だけマジなふりしたって説得力ねえっての」
「ふりではない。あの時ジェクトは、すでに覚悟を決めていた」
「覚悟?」
「ジェクトは……いつもザナルカンドの家に帰ることを口にしていた。風景をスフィアに収め続けたのは、帰ってからおまえに見せるためだ。しかし旅を続け、スピラを知り、ブラスカの覚悟を知り……そう、前に歩み続けるうちに、ジェクトの気持ちは変わった。ジェクトはブラスカと共にシンと戦うことを決めた」
「帰るの、諦めたってことか……」
「覚悟とは、そういうものだ」
2人の会話を聞きながら、否、半分聞き流している状態だったのだが。ユノは静かに混乱していた。
スピラに来た?
オレの息子?
ザナルカンドの家に帰る?
「おーい、どうしたユノ」
「……ティーダって……じゃない、ティーダ、さん?」
「さん?」
「だってジェクトさんの、むす、息子って、今、それ、スフィアが」
「……あれ? 言ってなかったっけ?」
「ザナルカンドの家って、ザナルカンドに住んでるん、ですか? あのザナルカンド? え? え?」
「落ち着け」
「オレ、1000年前のザナルカンドから来たんスよ」
1000年前のザナルカンドから。
情報処理能力が限界を超えて故障した。ユノの手から杖が転がり落ちる。
「……ティーダさんって、なん、何歳……」
「17ッス。あと、さん付けじゃなくていいって」
「でも1000年前からって……」
「あー、なんていうか、タイムスリップ? っていうかさ。そんな感じで、飛ばされたっていうか……」
「た、タイムスリップ……」
「……もうやめておけ、すぐに理解できる話ではないだろう」
時間跳躍なんてそんな馬鹿な。
いやでも、嘘をつく必要はないし、少なくともあのジェクトさんがわざわざスフィアに残してまで言うことでもないし、更にはそれをわざわざこのアーロンさんが見せるわけもない。
雷平原とは逆にリュックが「大丈夫?」と手を引いてくるのに、ユノはぎこちなく頷くのが精一杯だった。