02.温情の雪は水に溶ける
「しっかり掴まっていろ」「うっ、は、はい」
怖い怖い怖い怖い。
頭の中は現在それのみで埋め尽くされており、しかしながら他に術はなくユノは観念してアーロンの後ろに座る。
1人歩いて先に行ったワッカを除いて全員が機械に跨っている中で、「やっぱり歩きませんか」とは言えない。
「……掴まれと言っている」
「あ、はい。あのでも……」
「早くしろ」
掴まれと言われても、当然手すりなどなく掴まる場所がない。
恐らく彼が言っているのは「自分に掴まれ」ということなのだろうが、それがアーロンであるということから生まれる遠慮でなかなか実行出来ずにいた。
「振り落とされたいのか?」
「や、やです」
周囲が走り出したのを見てユノは仕方なくアーロンの服の裾を掴んだが、勿論これでは到底掴まっていることにはならない。
控えめな姿勢を崩さないユノに痺れを切らしたアーロンが、その手を掴んで無理やり自分の腰に回した。
引っ張られた分体が密着して、アーロンの背中に頬が当たる。
「行くぞ」
「えっ、あっ、ちょっと待っ──!」
ぐん、と体が後ろに引っ張られそうになり、ユノは慌てて回した腕に力を入れる。
申し訳ないという気持ちは風力に吹き飛ばされた。
速い、とんでもなく速い。
最後に走り出したというのにもう先頭に立っている。
「〜〜〜〜!! アーロンさんアーロンさんアーロンさん!!」
「黙っていろ、舌を噛むぞ」
「はや、はやいです! スピード! スピード!!」
「大げさだな」
「お願いします落として下さい〜!!」
遠慮などしている余裕はなく力いっぱい抱きついて叫ぶ。
すると少しだけスピードが緩み、白い線にしか見えていなかった景色がようやく形を取り戻した。
それでもまだ速いが、これ以上落としてはくれなさそうだ。
「あのっ、ちょっと、聞きたいことが、あるんですけど……」
「何だ」
「ティーダって、好きでスピラに来たわけじゃないんですか?」
「信じる気になったのか」
「ちょっとまだ、信じられないですけど、嘘には思えないですし……今までの彼を見てると、納得できることもあるので」
例えば、ナギ平原を知らない。異界を知らない。そして彼の父親であるというジェクトのブラスカへの発言。
1000年前から来たのであれば、何も知らないのは当たり前だ。
「俺が無理やりに連れてきたようなものだからな」
「それは……どうして、って、聞いてもいい、ですか?」
「……ジェクトの意思だったからだ」
伝説のガードの、彼の父親の意思。
けれど彼自身もスピラには望んで来た訳ではなさそうだったし、スフィアの中で彼は「お前も来ちまった」と言っていた。
そんな人がティーダをここへ来させたというのは、矛盾しているような気がするのだが……
「でも、無理やり連れてきたなら、アーロンさん、ティーダに……その、責められたりしなかったん、ですか?」
「最初は散々言われたな。ちょうどルカで、お前と初めて会った時のことだ」
ルカで、というとあの時か。
少し前の記憶の中で、ユノは自分がティーダのタオルを握り締めて待っていた時のことを思い返す。
ではつまり彼は、ジェクトの願いを叶えるために、わざわざ1000年前からティーダをここまで連れてきた上に憎まれ役まで買って出たのか。
「……アーロンさんって……」
「何だ」
「……なんでもないです、有難う御座います」
優しいんですね、なんて言うと怒られてしまいそうだったので、それは心の中にしまっておくことにした。
そもそも、無関係の自分のガードなどしてくれている時点で、それは分かっていたことなのだが。
抱きしめる相手に対する恐怖心が少し弱まって、ユノはその背中に寄り添った。
雪原を下り、凍結したマカラーニャ湖の上に立つ寺院の前に到着した一行は機械から降りた。
湖の外周に沿った舗道を渡って、寺院の門に向かう。
「お待ちなさい! ここはアルベド族が来てよい所ではありません」
「この娘はユウナのガードだ」
「アルベド族が……ガードですと? 信じられませんな」
「あたしはユウナを守りたい。誰にも文句は言わせない」
「そういうことだ、ガードに血縁は関係ない」
リュックの凛とした態度とアーロンの威圧感に圧し負けた僧官が門を開き、寺院の中に通される。
ユウナは試練の間だと聞いてすぐに向かおうとしたが、その時女官の1人の叫び声が上がった。
「ジスカル様!!」
何事だと戻ってみると、部屋の前で女官が青ざめながら「ユウナ様のお荷物のスフィアが……」と話した。
皆も部屋に入って、ユウナの荷物の中からアーロンが例のスフィアを探り当てて再生する。
『わしがこれから言うことは曇りなき真実、グアドの誇りにかけて誓おう。心して聞いて欲しい、わが息子シーモアのことだ。あやつが何を考えておるのか、わしにも分からぬ。見えるのは、ただあやつの胸に燃え盛る黒い炎。あやつはエボンを利用し、グアドを利用し、召喚士を利用し……このままでは……スピラに災いをもたらす者と成り果てるだろう』
映像に映っていたのはジスカルだった。
背景は霞んでいて、いつどこで撮ったものなのかは分からない。
『わしは……間もなく死ぬ。わが子によって殺められ、死ぬ……それは受け入れよう。わしが不甲斐ないばかりに、あやつは苦しみ……歪んでしもうた。わしはシーモアとあれの母親を、世間から守ってやれなかった。わしに課せられた罰として、この死を受け入れよう。しかし……これを見る者よ、シーモアを止めてくれ。息子を……頼む』
ぷつり、と途切れた映像に、しばらくその場に沈黙が流れた。
「……こういうことか」
「ユウナ、大丈夫かな?」
「ここまで大事だとはな」
「どこへ!?」
「シーモアはヤバイ、それははっきりしただろ!」
走り出すアーロンについていこうとする皆にワッカだけが戸惑う。
「相手はエボンの老師だぞ」
「んあああ! じゃあワッカはここにいろよ!」
「ワッカ、行こう。話を聞いてみよう」
「どうなっちまってんだよ……」
天を仰ぐワッカの背を押して試練の間へと走る。
行く手を阻む仕掛けにやきもきしているティーダ達に、見かねたユノが手を貸した。手際よく解除されていく封印に皆が感心する。
「あ、その、でしゃばってごめんなさい。でも今は、ユウナが……」
「いやいや、大助かりだって。なぁ?」
「大したものね」
「いえ、やったことあるから、です」
最後の仕掛けを解いて、ようやく祈り子の部屋へと辿りついた。
未だ踏ん切りのついていないワッカにアーロンがトドメを刺す。
「相手の出方次第では……やる。覚悟しておけ」
「ははは……アタマん中、真っ白だぜ……」
「老師に非があれば、仕方ない……!」
「シーモア!」
ティーダが相手を見つけて怒鳴る。
シーモアは涼しい顔でお静かに、と言ったが、ティーダは「うるせえ!」と一蹴。
シーモアの後ろの扉が開いて、祈りを終えたユウナが顔を出す。
「ユウナ!」
「みんな……どうして!?」
「ジスカルのスフィア見たぞ!」
「……殺したな」
「それが何か? もしや……ユウナ様もすでにご存知でしたか?」
うなずき肯定するユウナは、真っ直ぐにシーモアを見据えた。
「ならば、何故私のもとへ?」
「私は……あなたを止めに来ました」
「なるほど……あなたは私を裁きに来たのか」
差し出された手を拒絶したユウナに、シーモアが笑みをたたえたまま「残念です」と呟く。
戻ってきたユウナを庇うようにして、皆が彼女の前に並んだ。