03.悲しみと引換の活路

「出せえ! 出せってんだコラぁ! 聞いてんのかあ!」

ベベルの奥深くの牢獄。鳥籠のように吊るされた鉄格子の中で、ティーダが逃れようと蹴りを入れる。

だがもちろんそんなことで開くようなものを牢と呼ぶわけもなく、一緒に閉じ込められていたアーロンに「無駄だ」と諭されて大人しくなった。

「ユウナ、どうしてっかな」

「さあな。だが立ち直るさ、強い娘だ」

裁判は結局納得のいかない結末を迎えていた。

ユウナはマイカ老師に何偽りなくすべてを話したが、マイカはシーモアの側についた。
彼自身もまた死者であり、シーモアと同じ遺体。そして彼の口から、シンの復活を防ぐ術などないと聞かされたのだ。

「立ち直ったって! 旅、続けたら死んじゃうんだろ。……スピラってさ、誰かが死ぬとか、殺されるとか、そんなのばっかだな」

「ああ……死の螺旋だ」

「あ?」

「死を撒き散らすシンに挑んで召喚士たちは死んでゆく。召喚士を護るためにガードは命を投げ出して死ぬ。祈り子の正体は死せる魂。エボンの老師は死人。……スピラには死が満ちている。シンだけが復活を繰り返し、死を積み重ねてゆく。永遠に廻り続ける死の螺旋だ」

なんて救いのない話なんだろう。
ティーダは底の見えない牢の下方に視線を落としながら思った。

「……ユノ、全然出てこないな」

「……無事だといいがな」

「なんか、知らない間に随分仲良くなってないッスか?」

「別に仲が良いという訳ではない。ガードが召喚士を憂慮するのは当然だ」

「でも最初は嫌ってたじゃん」

「あれはあいつの煮え切らない態度に苛立っていただけだ」

「じゃあ今は好きなんだ」

「その言い方はやめろ」

「オレは好きだけど」

暇を紛らわせようと柔軟を始めたティーダを、アーロンが珍妙なものを見るような目つきで見る。

「別に変な意味じゃないッスよ。ユノってさぁ、ユウナと違って、なんか頼りないっつーか、か弱いっつーか……見てて危なっかしいんだよな」

「同感だな」

「でさ、本人もそれは自覚してると思うんだ。だから手差し出したら掴んでくれるけど……助けてって、自分からは言わないんだよな」

「……そうだな」

「そういうとこは、ちょっとユウナに似てるなって。召喚士って皆ああなのか?」

「それぐらいの精神力がなければ、やってはいけないということだろう」

「うーん。でも、なーんかユノは、そういう風には見えないんだよなぁ。無理にやらされてるみたい……って、そっか、オレが誘ったから……」

自分で言って落ち込むティーダに、アーロンはそれは違うのではないかと思った。
本当にやりたくないのなら、初対面の男に言われたぐらいでは着いて来ないだろう。

きっとユノが旅を続けるのには、他に理由がある。
だがそれを聞いていいのか、そこまで踏み込むだけの勇気はまだ持っていなかった。

「……考えても分からないことに頭を使うのはやめておけ」

「……だよな、さっさと見つけて、んで謝ればいいんだよな。ってことで……」

出せ――――!! と、冒頭に戻ったティーダをアーロンが傍観していると、ようやくその牢の鍵を持つキノックが現れる。

「出ろ。おまえらの処分が決定した」

「処分? 処刑の間違いではないのか」

「何を言う、親友を処刑するはずがなかろう」

「よく言う」

薄く笑うアーロンは、処刑を免れた理由がユノの行動にあるとは夢にも思わなかった。






薄暗いベベル宮内を、シーモアに導かれるままについてゆくと、キノックとマイカ老師が待ち受けていた。
ついさっきまでティーダ達を殺そうとしていた2人に、ユノの表情が強張る。

「何の真似だ」

「彼はユウナ殿に代わり、私の力となってくれるそうです」

「この男がか? あの反逆者たちの仲間だぞ」

「ですが今は私の味方、手荒な真似はよして貰いましょう」

二人を睨んでいたキノックが、興味無さ気にふん、と鼻を鳴らした。
彼にとっては、自分は取るに足らない虫ケラのようなものなのだろうとユノは感じる。

「ロンゾの老師はどうした」

「私の父殺しがお気に召さないようで」

「ふむ……所詮はロンゾよ。頭が固いばかりで役に立たん」

「それに比べて……召喚士ユウナは大召喚士ブラスカの娘。生かしておけば利用価値はあります」

「あの娘はエボンの秩序を乱す。生かしてはおけぬ」

「……かしこまりました」

殺す気なのか? 話が違うじゃないかと、ユノはシーモアの裾を引っ張る。
相手は振り向いて、小声で「大丈夫ですよ」と言った。

「諦めろシーモア。あの清浄の路に放り込まれて生きて出たものはおらん」

「なれど万一突破せぬとも限らぬ。出口に兵どもを配し、あ奴らが現れたら始末せい」

「……その任、私にお任せを」

「ほう……花嫁を手にかけると申すか」

「花嫁だからです。せめて私の手で」

これは演技、なのだろうか。
とてもそうは見えないと訝しむが、今は彼を信じる他ない。

「待て、オレも行く」

「私を信用できぬと?」

「父殺しの男を信用できるか」

「結構、ご勝手に」

キノックがずかずかと歩き出して、シーモアもユノの手を掴んで続く。

たとえシーモアが約束どおり皆を逃がす算段を立てているとしても、キノックに見張られていては意味がないではないか。
一体どうするんだと危惧していると、通路の中ほどまで来たところで皆が足を止めた。

ピタッと止んだ足音に前を行っていたキノックが振り返る。
兵たちは持っていた銃の照準を彼に合わせた。

「……!?」

「なっ!?」

「やれ」

シーモアの一言で、キノックに向いていた全ての銃口が火を噴いた。
暗い通路に銃声が木霊し、空になった薬莢が床に転がる。

「シー……モア……!!」

「長きに渡るお勤め、ご苦労様でした。後のことはどうぞ、私にお任せ下さい」

驚愕しながらも銃に手をかけようとしたキノックは、それに触れることすらできぬまま動かなくなった。

自分の足元にゆっくりと流れてくる血にユノが飛びのく。
ガクガクと震えるこちらに、シーモアは今人を殺したとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべた。

「さあ、これで枷はなくなりました。参りましょう」

差し伸べられる手を今度は振り払う。
シーモアは気にした様子もなく兵たちを引き連れて奥へ進んでいく。

異界送り。咄嗟に浮かんだその文字に、ユノは杖を持ち上げた。
けれどこんな状況で、死者を憂う舞いなど出来る筈も無い。

「どうしました、来ないのですか?」

「…………!」

暗がりでよく見えない相手の表情。
簡単に人を殺してしまうような人物にユノの体は恐怖で支配された。

きっと逆らえば、自分もこうなる。
同じように簡単に殺される。

「……っ、ごめんなさい……!」

ユノは涙を浮かべながら、生気を失っていくキノックにそう告げて、そのまま何もせずにシーモアの元へ走った。
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