04.それは絶望にも勝る
ユウナとティーダに戻ってくるなり抱きつかれ叩かれ、それからお祭りのように騒いでいた仲間達も寝静まった頃。森には本来の静けさが戻り、虫や水や葉の擦れあう音だけが充満している。
足元を照らし出す水晶に視線を落としながら、仲間から少し離れた場所で腰を下ろしていたユノは、近づいてくる足音に身を強ばらせた。
だがすぐにそれが仲間のものだと気付いて表情を和らげる。
「……えと、どうかしましたか?」
自分の目線よりずっと高いところから見下ろしてくる男は、何かを取り出してこちらに投げ渡した。
キャッチに失敗して転がっていくソレを追いかける様に、相手が笑う。
「忘れ物だ」
アーロンはユノと同じように木の幹によりかかって座る。
渡されたものは、いつも自分が額に巻きつけているスフィアだった。先の騒ぎの時に落としてしまったのだろう。
「あ、ありがとうござい、ます」
「安心しろ、中は見ていない」
「あ、えっと、大丈夫です。見られて困るものじゃ、ないですから……」
何も言わずにじっと手元を見てくる相手に、中身が気になるのかな、と思考を巡らせて、そのスフィアを地面に置く。
中に記録されていたのは少し古ぼけた映像で、ノイズと砂嵐交じりのそれが映しているのは、若い女性と4,5歳くらいだろう子供だった。
『ほーら、可愛いお顔を皆に見せてあげてくださーい!』
『はーい!』
『今何歳になりましたかー?』
『5さいでーす!』
『もう三輪車も乗れますねー!』
『のれまーす!』
『うふふ、本当に可愛いわねー! ママのこと好きー?』
『だいすきー!!』
微笑ましい親子の光景。見ていると自然と笑みが零れる。
スフィアはそれから後も同じような映像を流して止まった。
「……映っていたのは……」
「俺と母です。これは、小さい頃に母が録っていたもので……」
「随分大切にしているんだな」
再生を終えたスフィアを両手に持って、慈しむように抱きしめる。
たった一つだけ残っている、母との思い出。温かい記憶の欠片。
ユノは下がっていた視線を持ち上げて、問う。
「……俺の母さん、綺麗でした?」
突然の質問に、アーロンはその心境を推し量ることが出来ず、ただ素直に「ああ」と答える。
「ですよね、すごく綺麗なんです。島の皆にもよく言われてて、どこに行っても、誰に会っても注目されて……」
まるで今のお前だな、とアーロンは思った。
母親自慢だろうかと予想したが、ユノの表情は話題に反して暗い。
「母自身も綺麗なものが好きで、そうでないものに対してはすごく無関心でした。……無関心というか、どちらかというと、嫌いで。家具とか小物とかを選りすぐるだけじゃなくて、人付き合いも、見た目で決めるような人だったんです」
持つものも住む場所も、友人も自分も何もかも、一番いいものでなければ駄目。
一番でないものなど、必要ない。
「……だから、その、恋人も、結婚相手も、外見重視で。誰かと付き合っていても、他にもっと自分好みの顔の人がいれば、すぐにそっちに行っちゃうような人で……それで、ようやく気に入る人を見つけて、結婚したそうなんです」
「……それがお前の父親か」
こくりと頷いて、アーロンは心中で納得した。
なるほどそんな男女から生まれた子供なら、容姿端麗で当然だと。
「生まれてきた俺も、期待通りだったみたいで、すごく可愛がってもらえました。父も母もとても優しくて、何も不自由することなんてなくて、毎日毎日幸せで……でも」
スフィアを抱えていた白くて小さい手が、ぎゅっと握りこまれる。
「……でも、6歳になった時に、母が、他に、もっといい人を見つけて……すぐに父と母は別れて、母は新しく気に入った人と再婚したんです。それで、子供が生まれて、その子は、母の、期待通りで……俺より、その子のほうが、可愛い、からって、俺は──」
俺は。
震える声でその先を言おうとするユノに、アーロンが続く言葉を先読みして表情を険しくした。
「……い、一番じゃ、ないから、いら、いらないって、棄てられ……っ」
泣きそうになっている弱々しい体を引き寄せて抱きしめる。
最初は強張っていた体が次第に緩んでいくのを感じながら、アーロンはその髪を指で梳くように撫でた。
「……でも、島の人は、優しくしてくれたし、友達も、居て、だから、大丈夫で……」
「……そうか」
「けど、やっぱり、不安で……召喚獣の召喚は、昔から、出来て。それが凄いって、言われて。なら、召喚士になるべきだって、皆が。それで、俺は……」
「そうか」
スフィアを抱いたまま大人しくしているユノが紡ぐ言葉を、アーロンは聞き逃すまいと記憶していく。