04.それは絶望にも勝る

今どんな顔してる? 困ってる? 怒ってる? ……呆れてるかな。

見たくない、そう思うと、目蓋が自然に下りる。
指で涙をぬぐわれて、両肩を掴まれた。


直後に、唇に何かが触れて、ユノの目が反射的に開かれる。


見れば、すぐ近くにアーロンの顔。
けれどそれはすぐに離れて、唇が感じていた温もりもなくなった。

ユノは暫く呆然と相手の顔を見つめていたが、次第にその顔が熱を帯びていく。
恐らくは真っ赤になってしまっているはずの頬に再び手を添えられて、びくっとユノの体が跳ねた。

「……俺も、あの時お前が撃たれて……血を流して、力なく倒れているのを見たとき……ブラスカのことを思い出した。人を失う恐怖とはこんなものだったなと……」

視線が重なって、距離が近づく。
相手の表情は、なんだか泣き出してしまいそうで、
つられてまた自分も泣いてしまいそうになった。

「……もう、あんな思いをするのは御免だ」

再度合わせられる唇を、ユノは抗うことなく受け入れる。

腰に回していた腕から力が抜けて地面に落ちた。
胸の鼓動が早鐘を打ち、聞こえていたほかの音が遮断される。

二度目もやはりすぐに離れてしまったが、唇から伝わった熱は当分冷めそうに無い。

「……今日はもう寝ろ、明日も早い」

「……え、でも……」

「こんな夜更けに出した結論など当てにはならん。また明日考えればいい。1人で決められないのなら、俺も考えてやる。だが、どうするかは自分で決めろ」

「……わかり、ました」

ユノはのぼせた顔のままフラフラと立ち上がって、のろのろと足取り重く歩き出す。
少し進んだところで止まって、アーロンの方を振り返った。

どうしようか悩んで、結局、気持ちには抗えずに戻って、アーロンの隣に座る。

「……もうちょっとだけ、一緒に居たい、です。ダメ……ですか……?」

アーロンはユノに手を伸ばして、躊躇うように一度渋ってから、再び体を抱きしめた。

さっきまで不安で不安でしかたなくて悲鳴を上げていた心が嘘のように、穏やかになっていく。

この人に必要として貰えたら、存在を認めて貰えたら、どれだけ幸せだろうか。
アーロンの腕の中で、ユノはそれ以上考えるのをやめた。

例えそれが幻想でも、これがただの慰めだとしても、せめて今だけは。






いつのまにか夢の中へ落ちていたユノの意識が浮上したのは、ちょうど皆が起き始めたのと同じ頃だった。

腕の中があまりに心地よくて、そのまま二度寝を始めてしまいそうだったところを、一晩中抱きしめてくれていたのだろうアーロンに軽く叩れる。

「よく眠れた様で何よりだ」

「ご、ごめ、ごめんなさい。寝るつもりは、なかったんですけど……アーロンさん、眠れなかったですか?」

「あの状況で、平然と眠れる訳が無いだろう」

「で、ですよね。邪魔でしたよね。座ったまま思い切り寄りかかって……重かったですか?」

「……そういう問題ではない」

「え?」

「おっちゃーん! ユノー! どーこー? そろそろ行くよーっ!」

リュックの声に、アーロンは1人さっさと歩き始めた。
ユノも慌てて後を追いかけて、小走りになりながらもその隣を歩く。

森を抜けると、一気に視界が開けた。
広く壮大な大地に、何にも遮られずにどこまでも続く空。

「ナギ平原……歴代の大召喚士がシンと戦った土地。そして……道が終わるところ。この先にはもう街も村もない、道なき荒野よ」

「だからこそ、道を見失って迷う召喚士もいる」

ユウナは草の上に寝転がって空を眺めた。
そして決意を言葉にする。

「私は……迷わないよ」

それは彼女の強い意志。

それは彼女の強い覚悟。

「オレ……死なせない、絶対なんとかする」

ティーダの差し伸べる手を握り返して、ユウナが立ち上がる。
いつものように、優しい笑顔で。

「……うん、行こう」

どうすれば、あれほど気丈に振舞っていられる?
平原に続く坂を下っていくユウナの背中を、ユノ羨望の眼差しで見つめた。

平原の途中にある宿で休憩を取る皆に、バレないように抜け出して平原の端まで歩く。

ずっと前にも、この場所で空を眺めていた。
あの時は幼馴染みの2人が隣に居て──今は1人。

「キーラ、リリー……俺、助けてもらうような価値あったのかな。……ごめん、ここまで来ても、まだ、やっぱり、迷ってるよ……」

2人はナギ節を作れる可能性のある自分に希望を託して死んだ。
それを無駄にするようなことをしてはならない。

シンを倒せば、きっと彼らは報われる。
故郷で悲しんでいるであろう彼らの家族も救われる。

自分のこの命は、もう、自分の意思だけで、自由に扱えるものではないのだ。
沢山の人の願いと、希望と、命が、自分にかかっている。

「……ユノ、大丈夫?」

自分と同じ召喚士の少女が、心配そうに傍にやって来た。
立場は自分と同じはずなのに、彼女はまだ他人を気遣うことが出来る。

「……うん、大丈夫。もう行くの?」

「うん」

「わかった」

平原を進むたびに、前に踏み出す足が重く感じた。
進んだ分だけ、戻れなくなる、引き返せなくなる。

この道を歩くのも、この景色を眺めるのも、もう最後かもしれない。
皆のあとに続いて谷底に下りると、崩れかけた洞穴があった。
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