04.それは絶望にも勝る
「ここ、なに〜?」「奥に祈り子様がいらっしゃるわ。……魔物もね」
「おい……ここか?」
神妙な面持ちでワッカがルールーに尋ねる。
それを見て、何かあったのかとティーダが問う。
「私が初めてガードを務めた召喚士……ここで死んだの。──行きましょう、祈り子様が待ってるわ」
中は暗く、その嫌な雰囲気に、リュックがびくびくとしながら呟いた。
「う〜、な〜んでこんな所に祈り子様があるんだろ?」
「ずいぶん前に、寺院から盗まれたそうよ」
「は?」
「祈り子がなければ召喚士は修行にならん。修行が足らねば究極召喚も手に入らん。究極召喚がなければ、シンとは戦えん」
「そしたら、召喚士も死なない?」
「ま、そう考えた奴が盗んだんだろうな」
「犯人の気持ち……わかるな」
最深部に到着すると、歪な人影が姿を見せた。
グアドの魔物かと警戒したが、どこか違う。
それは以前クアドサラムで見たのと同じ、異界に行けずにこの世に留まる死者の魂だった。
ルールーが半歩前に出て悲しそうにそれを見る。
「やはり……あなたなのですね、ギンネム様。私が……未熟だったばかりに……」
異界送りを始めるユウナに抵抗するように、魔物となったその人が吼えた。
「もう、人の心はなくしてしまったのですね。……分かりました、ガードとしての最後の務め、果たさせていただきます」
ルールーを筆頭に、各々が武器を持って魔物と化したかつての召喚士に挑む。
自分とは逆だ。自分は、ガードを失った。
ルールーは、召喚士を失った。
そしてルールーは、残された者の務めを、今こうして果たしている。
ユノの視線の先で、消えていくギンネムを前にしたルールーが苦笑した。
「不思議ね、もっと悲しいと思ってた。人と別れることに、慣れすぎたのかな……」
「強くなったんだろ」
ワッカの言葉に、ルールーは小さくそうだね、と呟いて、目を伏せる。
そしてもう一度、
「そうだといいね」
そう言い直した。
「ユウナ、祈り子様はこの奥。祈りを捧げていらっしゃい」
1人奥に向かうユウナに、ユノはハッとして自分も続く。
「あれ、ユノも?」
「うん。俺も、ここはまだ来てなかったから」
寺院のそれよりも聊か乱雑に置かれている祈り子の像に、ユウナはいつも通り、ユノは久しぶりに、祈りを捧げる。
祈り子はそれに応えて、新たな力を2人に授けた。
これでシンと戦うために必要なものは揃ったのに、それを嬉しく思えない、なんて。
(……なんで、俺なのかな)
ギンネムのように、自分よりずっと、この力を欲していた召喚士はいるのに。
どうして、ここまで生き残ったのが、未だ覚悟すら定まらない自分のような中途半端な人間なのだろう。
洞穴から出て、平原と次の地を繋ぐ橋を渡る。
ユウナは足を止めて、平原を振り返った。その景色を目に焼きつけるように見つめて、再び歩き始める。
きっと彼女はもう、ここに戻る気はないのだろう。
なら自分は? いっそユウナに全部任せて、こっそり逃げる? ……なんて。
「……馬鹿だなぁ……」
ユウナを死なせることが恐いだけじゃない。
ユウナを見棄てて、皆に嫌われるのが嫌なだけ。
ユウナを見棄てて、一生その罪の意識に苛まされるのが辛いだけ。
いつだって、いつだって、自分のことしか考えられない弱虫。
人の陰に隠れて、安全な場所から見ているだけの卑怯者。
「……ほんとに、最低……」
溢れそうになる涙を袖で拭って、ぐっと堪える。
泣きたいのはユウナの方だ、俺が泣くな。
ユノは振り返らずに、立ち止まらずに、皆に続いて橋を渡った。
青空が一転して陰り、地面が、岩が、白く染まる。
ナギ平原の先は険しい雪山になっていた。
進んでいくと、3人のロンゾ族が前に立ちはだかる。
「召喚士ユウナと召喚士ユノ、そしてそのガード衆よ、早々に去れ。ロンゾが守護するガガゼドはエボンの聖なる山。教えに背いた反逆者には、御山の土は踏ませない」
「エボンの敵はロンゾの敵。帰れ、反逆者」
容赦ない批判に、ユウナは怯むことなく胸を張って答える。
「わたしは寺院を捨てました。もう寺院の命令には従いません」
「その言葉、取り返しがつかぬぞ!」
「かまいません。寺院は教えを歪め、スピラを裏切っています」
「裏で小細工ばっかりしやがってよ!」
ワッカに賛同するティーダとリュックが、そうだそうだ! と声を上げる。
「未練はありません」
「言わせておけば!」
激昂するロンゾの男にキマリが飛び出し、その間にまた1人が割って入る。
「召喚士とガードともあろう者が……」
「お言葉ですがケルク=ロンゾ様、あなたもベベルを離れたのではありませんか?」
「それでも山を守るのは一族の誇りのため。ユウナも同じだ」
「むっ……」
「ケルク大老! こいつらビランが八つ裂きにしてくれよう!」
「1人も逃がさん!」
「ええ、逃げません。戦って旅を続けます」
「反逆者の汚名を着せられて尚、シンに挑むというか。寺院に背き、民に憎まれても旅を続けるというか! そこまでして戦うのは何故か!」
その問いに、間をおいて答えたのは、やっぱりユウナだった。
「──スピラが好きです」
簡潔に、ただそれだけ。
「ナギ節を待つ人たちに、わたしが出来る贈り物。たったひとつの贈り物。それはシンを倒すこと。……それだけです」
「己を犠牲にしても、か。……者ども、道を開けい」
ケルクは他のロンゾ族にそう命じて、ユウナに向き直る。
「召喚士ユウナよ、汝の思いは鋼より強い。ロンゾの強者が束になろうと、汝の意思は曲がらぬであろう。まこと、見事な覚悟である。──行くがよい、霊峰ガガゼトは、汝らを受け入れようぞ」
「有難う御座います」
通された皆にユノも着いていこうとすると、ケルクに阻まれた。
「汝はどうだ、召喚士ユノ。この先に進みたければ、覚悟を示せ」
自分には、ユウナのような、立派な志なんてないけれど。
息を吸い込んで、素直に、思っていることを、言葉にして吐き出す。
「シンを、倒します。そのための命です」
「……覚悟と諦めは違う。それは覚悟ではない」
「俺にとっては……同じです。望んだ道じゃなくても、進まなければ、崖の下に落ちてしまう。だから、俺は進み続けます」
「ならん、覚悟なき者に──」
白き虎が二人の間で具現化して、ケルクを威嚇する。
ユノは杖の先を相手に向けた。
「……覚悟より、強いものはあります」
白帝が、今にも噛み付きそうに低く唸る。
ケルクと一緒に居た2人のロンゾ族はいつの間にか居なくなっていた。
「……良かろう。汝がその胸に秘めるもので、あの災厄に勝てるというのなら、見せてみよ」
開かれた道の先。ユノは相手に軽く礼をして走り出す。
それから皆と合流して、更に山道を進んだ。
道中で、いくつか墓標を見つける。
それらは全て、ここで力尽きた召喚士やそのガードのもの。
「この山で命を落とした召喚士は、異界送りされないのよ」
「何で……」
「別の召喚士がいないと、誰も送れないでしょう?」
「ってことは──」
「何人かは魔物になって、この辺りにいてもおかしくはない」
ルールーのその言葉は、魔物と遭遇する度にユノの脳裏に蘇った。
彼らを殺した分だけ、自分達は前に進む。
まるで覚悟の定まらない自分の背を、その人たちが押しているように。