04.それは絶望にも勝る
「そして……何も変わらなかった」ジェクトとブラスカを見送り、一人崩れ落ちた過去の自分をアーロンが剣で薙いで、幻を消し去る。
一行は一度部屋を出て、しばらく黙っていた。
祈り子になるということは、死ぬこととほとんど同じ。
いや、普通に死ぬよりも残酷だ。
シンを倒す為の道具として、永遠とも思える果てしない時間、この世界に縛られ続けるのだから。
「……オレたちが変えてやる」
「どうやって! 作戦なんて、何もねえんだろ?」
「誰かが祈り子になる必要があるなら……私、いいよ」
「オレもだ!」
「それじゃあオヤジたちといっしょだろ! ナギ節つくって……そんだけだ! また復活しちゃうだろ!」
「あのな……シンを倒してユウナもユノも死なせねぇ、そんでシンの復活も止めたいってか? 全部叶えば最高だけどよ!」
「欲張りすぎたら……全部失敗するわ」
「イヤだ、欲張る」
「青臭いこと言うなよ!」
「青くてもいい! オトナぶってカッコつけてさ、言いたいことも言えないなんて絶対イヤだ! そんなんじゃ何も変えられない!」
ティーダのその気迫に気圧されて、ルールーとワッカが黙る。
或いは気圧されたのではなく、それが子供の駄々のような内容でも、叶わないと思っていても、それを信じたいという気持ちがまだ残っているからなのかもしれない。
「オレ……この青さは失くさない。ああ、どうしたらいいかなんて分かんないよ。でも、10年前のアーロンが言ってたこと……オレも信じるッス」
「無限の……可能性?」
リュックの呟きに、ティーダは頷く。
そして1人動き出した。
「オレ、行って来る。ユウナレスカに話聞く」
「聞いたら、何とかなるのかなあ?」
「さあな、分かんないけど……オレの物語、くだらない物語だったら、ここで終わらせてやる!」
凛然と言い放ったティーダに、ユウナも続く。
「待って。ねえ……私にとっては、私の物語なんだよ。振り回されてちゃダメ、ゆらゆらと揺れて流されちゃダメ。どんな結末だって、きっと後悔する。そんなの……イヤだ。だから私……決める。自分で決める!」
皆が、ぞろぞろとユウナレスカの元に向かう。
どうすればいいのか分からず1人その場で慌てふためくユノの肩を、アーロンが叩いた。
「お前はどうする」
「どう……どうするって、だって、こんな……聞いてない……」
「シンを倒すんだろう? ならば究極召喚を得ればいい。何なら、俺が祈り子になっても──」
「駄目です!!!!」
自分で、こんなに声を出せたのかと吃驚するほどの大声が出た。
それだけは絶対に嫌だ。想像することすらしたくない。
「そんなの嫌です、絶対駄目です……!!」
「……自分は犠牲に出来るのに、俺は犠牲に出来ないのか?」
「出来るわけないじゃないですか!!」
「何故だ」
「だって、それは────」
「それは?」
「…………そ、れは、アーロンさんに……死んで欲しく、ないから……です」
「どうして」
「どうしてって…………、す…………すき、だから……です……」
さっきの大声は何処へやら。
消え入りそうな声で応えたユノを、アーロンが抱きしめる。
「……自分のことは、好きじゃないのか」
「……だって、俺は、強くないし。皆の、皆の足を引っ張ってばかりで……いつも、助けてもらってばかりで。なのに、なのに俺は、何も出来なくて。ユウナみたいに優しくも、ないし。シンを倒すのだって、結局、自分の、為で。スピラを、守りたいとか、そんなの、全然、考えてない……っ!」
こんな自分、見て欲しくないのに。
情けなくて恥ずかしくて、また泣いてしまいそう。
「……お前はそうやって、自分の弱さを認めることが出来るんだろう。──理由が何であれ、死の恐怖を抱えても尚シンを倒そうと進むこと、それは強さだ。弱いと知りながら、旅を続けることも強さだ。助けられて、その恩を返したいと思うのは優しさだ。仲間の代わりに、自分を犠牲にしようとすることも優しさだ」
アーロンはユノの前髪を手で払って、露になった額に口付けを落とした。
「お前が自分で認められていないだけで、お前の良いところは幾らでもある。……お前は、どうしたいんだ」
「……どうしたらいいのか、わからない、です」
「どうすればいいのか、ではない。どうしたいかを聞いているんだ。……思っていることがあるだろう。それをそのまま、取り繕わずに、ありのまま言ってみろ」
そう促されても躊躇うユノに、アーロンは催促するようにもう一度。
「言うだけなら、誰にも迷惑はかからん」
「……俺は、シンを、倒さなきゃ、いけなくて。でも、誰かを犠牲にするような究極召喚は、使いたく、ないです……」
「……どうして倒さなければならないと思う?」
「幼馴染みや、島の皆は、それを望んでるだろうから……そもそも、俺は召喚士で……」
「もし望んでいなかったら?」
「え?」
「答えろ、もし望んでいなかったら=H」
考えたこともない仮定だった。
ユノは自分が召喚士の力を持たない普通の人間だった場合のことを考えてみる。
「え、っと……普通に、暮らしたい、です」
「具体的に言え」
「……俺のことを、必要としてくれる人と、ずっと、一緒に、居たい、です。……でも、例え望まれていなくても、シンは、倒さないと。俺を護って死んで行った幼馴染に、顔向け出来ないですから……」
「そうか。ならばお前の望みは、究極召喚は使わずにシンを倒して、平和になった世界で幸せに暮らしたいと、そういうことだな」
「……はい。でも…………」
こんな我侭を言っても、何の意味もない。
そう続けようとしたのだが、アーロンに声を被せられる。
「そうすればいい」
「…………え?」
「究極召喚が要らないのであれば、ユウナレスカにももう用はないな。行くぞ」
「えっ、えっ? あのでも、それじゃ、シンが倒せない……」
「なら究極召喚に頼るか?」
「…………いや、です」
「それでいい」
腕を引かれて、ユノはユウナレスカやティーダ達のいる部屋の前まで連れてこられた。
「ユウナの言う通りだ。周りに振り回され、周りの言葉に揺れて流されていては、どんな結果になろうとも残るのは後悔だけだ。少なくとも……過去の俺はそうだった」
形振り構わずに、ジェクトとブラスカを引き留めていたら。殴り合いになってでも止めていたら。きっとこんなに後悔せずに済んだだろう。
ブラスカが望んでいるから、その為の旅だったから、それが自分の務めだから。
そういったものを優先して、本当の願いを諦めてしまった。
真に求めていたものは、ブラスカ達の居ない空虚なナギ節などではなかったのに。
「だからお前は、自分で決めろ。周囲の言葉に惑わされるな。誰かが自分に期待しているからといって、その期待に無理に応えようとするな。母親に捨てられたからといって、自分の価値を否定するな。嫌なら拒絶しろ、やりたいことがあるのなら貫き通せ。多少我侭でも……」
アーロンは背後からユノを抱きしめて、手を取り絡ませる。
「お前には、それ以上の価値はある」
「……うそ、です……そんな、そんな価値なんて無い……我侭なんて言ったら、絶対、1人に……」
「1人にはならん。そもそも、お前が我侭だと思っていることは、我侭の部類には入らない」
「わっ、我侭、です」
「なら今1つ言ってみろ」
ユノは考えて、一番望んでいることを。
召喚士として、本当なら口に出してはいけない望みを、恐る恐る告げる。
「…………えと、本当は、死にたくは、ないです……」
顔が見えなくても、相手が笑ったのが分かった。
「……それは、当たり前の感情だ」
──当たり前。
今まで、ずっと。
押し込めて、否定して、目を逸らしてきた思いが、涙となって零れる。
「……俺は…………」
自分が嫌いだった。
死にたくないと、口にすることは恥だと。
死にたくないと、思うことは弱さだと。
そう思っているのに、醜く生にしがみつこうとする自分が嫌いだった。
でも──
「……生きてて、いいんですか?」
それでも、誰かに言って欲しかった言葉が。
望んでいたものが。
こんなにも簡単に、耳に届く。
「……当たり前だ」
欲しかったものはいつだって、手を伸ばせば届く距離にあった。
ほんの少し勇気を出せば、それは叶うものだった。
それなのに、否定されるのを恐れて、逃げて逃げて、やる前から諦めて、今まで気付けなかった。
(……ああ、そうか…………)
きっと、幼馴染達があの時助けてくれたのも、召喚士だから≠ニいう理由だけではなかったのだろう。
命懸けで守らなくても、召喚士ならいくらでも居る。
それでも護ってくれたのは、傍に居てくれたのは、幼馴染の♂エだったから。
何も出来ない情けない俺に、それでも生きていて欲しいと願ってくれていたから。
その命を、俺は無価値なもの≠セと決めつけて、捨てようとしていた。
「……ごめんなさい……俺は……なんで、もっと早くに……」
なんで、もっと早くに気づけなかったのだろう。
母に捨てられたことを引き摺って、卑屈になって、傍に居てくれる人たちの優しさを素直に受け止められずに、自分の価値を疑い続けた。
幼馴染だって、ティーダ達だって。
価値ならちゃんと、彼らが示してくれていたのに。
「ごめんなさい……ほんとに、ほんとに……ごめんなさい…………!」
「……誰にも謝る必要はない」
大きくて優しい手が、止めどなく溢れる涙を拭う。
「その代わり、これからはもっと、自分を大切にしろ。……お前を守って死んだ者の為にもな」