05.夢の跡 君は彼方へ
ルカのブリッツスタジアムから、割れるような歓声が起こる。海鳥もそれに呼応するように鳴いて、優雅に宙を舞う。
スピーカーからは、ユウナの声が響いていた。
沢山の人の拍手も、そこから聞こえてくる。
人気のないスタジアムの外で、ユノは1人陸の端に立ち、水平線を眺めていた。
騒がしいスタジアムに、澄み渡る青い空。
ああ、あの日とおんなじ。
その思い出を辿るように、ゆっくりと歩き出す。
ここに流れ着いて、親切な人に助けられて、途方に暮れて蹲ってたらティーダがやって来て、タオル貸してくれて。
そしたら面倒な人たちに絡まれて、魔物が湧き出して、皆が逆走してくる中で、俺は1人動けなくて、その場に立ち尽くして。
殺されると思って目を閉じたけど、何もなくて、あれ? って思って、目蓋を開けたらそこには────
かつてと同じように伏せた目を、ゆっくりと上げる。
眼前にあったのは、静かで綺麗な、ルカの街並みだけ。
「…………あはは」
────ああ、もう、いないんだ。
もう、どんな危険な目に遭っても、貴方は助けに来てくれない。
もう、どれだけ泣いても、貴方は抱きしめに来てくれない。
もう、どれだけ名前を呼んでも、貴方は応えてくれない。
スピーカーからは、幸せそうな人々の声。
皆が待ち望んでいた、永遠のナギ節の到来。
今頃は自分も、その中に混じって、大喜びしていたはずなのに。
「……っ、ぅあ、あぁあ、っく、ひっ」
スピラ中の人に幸福が舞い降りる。
たった2人の命を対価にして。
たった2人の召喚士だけを除いて。
「……っらない、っんな、ナギ節、いらない……っ、いらないよぉ…………!!」
こんなはずじゃないんだ。
こんな結果に辿りつくために、ここまで頑張って来た訳じゃない。
沢山のものを犠牲にして、辛く険しい道を必死に進んできたのは、こんな終わりを見るためじゃなかったのに。
こんなのは、あまりにも酷すぎる。
ユノは涙に濡れるスフィアを抱きしめて、1人道の真ん中で泣き崩れる。
すると、スイッチに触れてしまったのか、スフィアから音声が漏れ出した。
『……おい、泣くのはもうやめろ』
ノイズ混じりだけれど、確かにそれは、愛しい人の声で。
際限なくあふれ出していた涙は、その一声で収まる。
『……お前のことだ、どうせこれを見ている頃には、飽きるほど泣いているんだろう。
そしてその読みが当たっているなら──俺は結局最後まで、お前に真実を打ち明けられないまま、お前の前から居なくなってしまったのだろうな』
恐る恐るスフィアを体から離して、映し出されている映像を見る。
そこには赤いコートと、飛空挺の通路が映っていた。
『もう知っているだろうが、俺は……死人だ。10年前、ユウナレスカに敗れ、瀕死の状態でガガゼト山を下り、ベベルの手前で力尽きた。それ以来、異界には行かず、こうしてずっと此処に留まっていた。ジェクトとブラスカの願いを叶える為……それから、俺自身の心残りを解消するためにな』
いつの間に、こんなものを録っていたんだろう。
アーロンの声に混じって、時折小さくワッカやリュックの声が聞こえるが、その内容は聞き取れない。
『俺の役目は、この旅を見届ける事だ。
だから旅が終われば……それ以上留まる気は、最初から無かった。それは今でも変わらない。これから先は、もうお前達の時代だ。これ以上俺が干渉すべきではない。
ただ……お前と出会ったせいで、少し予定が狂った。何も未練もなく、この世と離別出来れば楽だったものを……全く、お前のせいだぞ』
微笑混じりの声は、台詞に反して穏やかで。
ユノは自然とその声に聴き入る。
『どれだけ生きていた頃と同じように過ごそうと、この10年の間に得た物は全て偽りだと思っていた。本来得られるはずのないものを、禁忌を犯して手に入れているのだからな。
だからこの10年は……そう、夢のように、終わってしまえば自然と消えていくものだと、そう考えていたんだ。
それなのに、お前が……お前が現れたせいで、そんな考えは薄れていった。深く関わるべきではないと、何度自分に言いきかせても無駄だった。
初めにお前のガードを申し出たのは、あくまでユウナのついでのつもりだったが……いつの間にか、お前のガードとしてどうあるべきかを考えるようになっていた。
どうすればお前を護れるのか、どうすれば、お前を幸せにしてやれるのかと。
最近は、思いつくことといえばお前のことばかりだ。
死人の分際で生者に入れ込むとは、我ながら酷い有様だが……お前に会ったことで、この10年が、決して無駄ではなかったと……あの時異界へ行かず、此処に留まったことは間違いではなかったのだと……そう思えるようになった』
ぽたり、と、雫が掌に落ちた。
胸の痛みは和らいだのに、また涙が溢れてくる。
『……もし俺が生きていれば、お前に言ってやれる言葉が、してやれることが、まだまだあっただろうが……今の俺に出来ることは、せいぜいこの程度だ。お前は不服かもしれんが、死んでしまった事は、俺にもどうしようも出来ん。だからせめて最期に……最期に、1つだけ言っておく。
俺は、お前を────』
そこで声は不自然に途切れて、ずっと通路の床に固定されていた画面がブレた。
その時一瞬映ったのは、ブリッジから出てきた当時の自分の姿。
『……どうした?』
『え? あ、いえ、その、どこ行ったのかなって思って……あ、別に何か用があったわけじゃなくて、その……』
少し焦り気味の声を最後に、映像は終わった。
今のやり取りには覚えがある。
「あの時の……」
シンと戦う前。飛空挺で、それぞれがシンを倒す方法について頭を悩ませていた時。
姿の見えないアーロンを探して、通路に出たあの時。
自分に気付くなり隠していた何か。
「これ、だったんだ……」
あの時から既に、アーロンは決意を固めていたのか。
自分は何も気づかずに、この後、ナギ節が来たらどうしたいかを彼に語って──
だから彼は、これから先もずっと一緒にいたいという言葉には、答えてくれなかったのか。
「……ユノ」
背後からかかった声にユノが振り向くと、そこに居た声の主は、スフィアを握り締めて呆然と涙を流しているこちらを見て眉を下げた。
「ユウナ……演説、もう、いいの?」
「うん。皆ね、ユノに会いたがってたよ。お礼が言いたいんだって」
お礼なんて、俺が言われるものじゃないのに。
もっとそれに相応しい人は、いるのに。
「……居なくなった人のこと、みんな、忘れていっちゃうのかな……」
アーロンさんとティーダが救った世界。
もうシンは居ない、復活もしない。
永遠の平穏を約束された夢のような世界。
それを与えてくれた彼らのことを、人々は時間と共に忘れていってしまうだろうか。
────俺も?
「……大丈夫だよ」
白く優しい手が、ユノの手を握りこむ。
「皆が忘れても、私たちの中にある記憶が薄れていっても……私たちが生きていることが、2人が生きていた何よりの証拠になる。
だから……生きていこう、ユノ。これからきっと、辛いことも、悲しいことも、いっぱいあると思うけど……私たちなら、きっと大丈夫だから……」
ユウナの声が震える。
強く握り返すと、彼女の頬に涙が伝った。
2人分の雫が、地面に小さなシミをつくっていく。
「……ユウナ、俺たちもう、召喚士じゃ……ないよね……?」
「……うん」
「だったら……もう、我慢しなくて、いい、よね……?」
「……っ、うん……」
溢れる涙を白い袖で擦る。
すると余計に涙が止まらなくなった。
「もう、いいよね……っ?」
「うん……っ!」
嗚咽混じりの声が、ユウナと重なる。
どちらからともなく抱き合って、誰も居ない街の隅っこで2人で泣き叫んだ。
誰にも言えなかった本音が、堪えてきた悲しみが、涙と共に外へ流れ出す。
一緒にいたかった、一緒にこの景色を見たかった。
笑い合って、抱き合って、夜が明けるまでずっと騒いで。
隣で眠って、朝起きたらすぐ傍に貴方が居て、街に出かけて、色んなところへ行って。
そんな風に、これから先の時間を、ずっとずっと紡いでいきたかった。
貴方と作る時間を、これから先もずっと────
「アーロンさぁん……!!」
2人はただ泣き続けた。
気が済むまで、涙が枯れるまで、ひたすらに泣き続けた。
静かな街の端っこで、いつもと変わらない海だけが、静かにそれを見守っていた。