01.わだつみに別たれ
陽が落ちゆき海は橙に、空は赤に染まる夕暮れ時。一度休憩を取ろうと立ち寄った宿の外で、ユノは1人海辺の高台に座り込んでいた。
空は海の向こうまで果てしなく続いていて、遮るものが何もないその風景はナギ平原を思わせた。
あの先にはあるはずのザナルカンド、そこまで自分は行けるだろうか。
そこにたどり着くまで、自分の精神はもってくれるだろうか。
ユノは白いフードを脱ぎ横に置いて、その上に杖を重ねる。
両腕に触れる風をなでるように上体を回して、足を踏みかえる。
そういえば、かつての仲間はちゃんと異界に逝けただろうか。
あのときあの島には自分以外の召喚士の姿はなかった。あの事件の後に誰かが来てくれていればいいが、そんな都合のいい話はなかなかないだろう。
もしかしたら今日襲ってきた魔物の中に、仲間がいたのだろうか?
踊っていた体は一度止まって、嫌な予想を打ち消すようにまた動き出す。
護れもしない、送れもしない。
受けた恩を何一つ返せないまま、彼らはいなくなってしまった。
悔やんでも悔やみきれない後悔の念がじわじわと精神を蝕んでいく。
それを振り払うように、体は舞い続けた。
届かない祈りをそれでも届けようと、手は天へと高く伸びる。
いっそ死んだのが自分だったらと、そんなことばかりが頭を過ぎった。
徐々に気温が下がっていたことにも気付かずに、その寒さに身震いしてようやく腕を下ろす。
そろそろ戻ろうとフードを羽織り宿に向かうと、いつの間にか出来ていた人だかりに拍手を送られた。
見られていたのだと察して、顔が一気に熱くなる。
フードを深く被ってその人の群れを抜けて、自分にあてられた部屋のベッドに突っ伏した。恥ずかしさにシーツに顔を埋めたまましばらく悶絶する。
それが治まってからは、何もせずただぼーっと部屋の天井を眺めていた。
横になる体が疲労を訴えて、目蓋が閉じられる。
このまま眠りに落ちてそのまま目が覚めなければどれだけ楽だろうと思いながら、寝台の上でユノは静かに眠りについた。
騒々しく帰ってきたかと思えば、夕食も取らずに部屋に篭りっ放しの男の部屋に、赤いコートを羽織った男が静かに入ってくる。
もしかしたら部屋中血だらけで、中に居る人間は冷たくなっているかもしれんなと思っていた男は、その予想に反してすやすやと眠る相手に少し拍子抜けしていた。
この明らかに1人では生きていけなさそうな召喚士は一体どこの誰で、どうして今1人なのか。
詮索するほど興味深い事柄ではなかったが、ガードがいないという言葉の意味はほんの少しだけ気がかりだった。
裏があって自分達について来ているようには見えないし、ガードもつけずに島を出るほど自分の力を過信しているようにも見えない。
ならばあと考えられる可能性といえば、それほど多くはなかった。
一番可能性が高いのはやはり──
(……途中でいなくなった、か)
別に、それ自体は珍しいことではない。
召喚士の旅は長く険しい。そしてその危険から召喚士を護るためにガードは存在する。その途中で命を落とすことは、当然といえば当然なのだ。
ガードを亡くした召喚士の大半は、途中で旅を断念するしかなくなる。無理を推して進む者も中にはいるだろうが、1人でたどり着いたところで、シンを倒すことは出来ない。この旅はそういう仕組みになっているのだから。
そしてこの男は、きっと前者の人間だっただろう。
ただ偶然にも自分達に出会ったことで、それが少し先延ばしになっただけだ。
出会ってからずっと、この男の目には光が灯っていない。
あれは何もかもを諦めて絶望に浸る目だ、きっとそう長くはもたない。
眠る青年はまるで剥製のように、寝返り一つせず静かに呼吸を繰り返していた。
綺麗といえば綺麗だが、生気のないその表情はまるで死人だ。
だがそんな風に思ったのも束の間、眠り姫ならぬ眠り召喚士は、いびきの代わりにお腹を鳴らした。
そりゃあ腹は空くだろう、なんせ自分達と初めて出会ってから今まで、つまり半日ほど何も食べていた様子はないのだから。
しかし当人はそれに気付かずに眠り続けている。
寝るなら寝る、食べるなら食べるで、どちらかにして欲しいものだ。
というかそれほど腹が空いているのなら起きて食べればいいのに何故起きないのか。そんなに眠いのか。
その光景がおかしくて、アーロンは1人笑い出す。いっそ神秘的でもあったその寝姿が台無しだ。
いつまでも見ているのもおかしいなと、満足したアーロンは入ってきた時と同じように静かに出て行く。
ユノはその侵入者には全く気付かないまま、小さく身動ぎをするだけだった。
翌日。目覚めるなり空腹を感じたユノは、身支度を手早く済ましてロビーに顔を出した。
他の皆はまだ起きていないのか外に出ているのか見当たらず、置いて行かれた可能性もなくはないよなぁと思いつつ食料を探す。
受付に声をかければいいのか、それとも食事付きではないのか。目当てのものがなかなか見つからず徘徊していると、突然上から飲み物と食べ物が降ってきた。
地面に落ちる寸前でキャッチして、なんだなんだと上を見上げると背中に何かが当たる。
振り向けばそこにはアーロンが居た。
ユノを見て薄く笑うと、何も言わずに去っていく。
これは、朝食を恵んでくれたのだろうか?
透明な小包に入ったそれと相手の背中を交互に見て、ユノはお辞儀をして有難く頂いた。
食べるスピードが速い訳ではないが、腹の空き具合によりけり、というもので。用意された食料はあっと言う間に無くなった。
水も一気に飲み干して手を合わせたところで、廊下からティーダが顔を出す。
「おはよーッス! 皆早いなぁ」
アーロンに食事の礼をしに行かなかればと立ち上がりかけたユノは、彼に肩を叩かれたことでそのチャンスを逃して着席。
「昨日いつの間にか部屋戻ってたけど、ちゃんと眠れたか?」
それはもう、恥ずかしいくらいに爆睡してしまってましたと、首を大きく縦に振って答える。
「あ、そういやこれからの予定なんだけど、次はジョゼ寺院に行くんだってさ。ユノってどこまで行ったことあるんだ?」
「……ナギ平原、まで」
聞いておいてその地がわからないのか、首を傾げるティーダに珍しい子だなと思いつつ、ユノは大体の道程を説明する。
「へー、じゃあだいぶ進んでたんだな。なんでこんなところまで戻って……」
「だ、誰か助けて! チョ、チョコボが〜!」
突然、宿の外から女性の悲鳴が上がり、何事かとその場に居た皆の視線が外に向けられた。
「おい出番だ、魔物を倒すんだろう」
「へ?」
「おお、それは有難い!」
「あ?」
外に居たアーロンがそれだけ告げて、それを聞いた店主がにこやかにティーダを送り出す。
本人は事態が飲み込めないのか、困惑しつつとりあえず宿を出ていった。
この場合、自分も行ったほうがいいのだろうか。
役に立てる気はしないのだが、様子が気になって、ユノは物陰からこっそりと覗き見る。
宿から少し離れた場所に、ティーダとアーロンとルールーの姿があった。その脇にはワッカとユウナも居る。
彼らの視線の先には、チョコボを鷲づかみにして暴れる巨大な魔物の姿。
敵とそれに応戦している三人の背後は互いに崖だった。
押しつ押されつになっていて、落ちてしまわないかとハラハラする。
「ってぇな!!」
「なかなか頑丈ね」
「ユウナ、あまり前に出すぎるなよ!」
傷を負う仲間に癒しの術を施すユウナに魔物が気付いて、その目線が彼女の姿を捉える。
前に出てユウナを庇おうとするワッカを見かねて、ユノは杖を振るった
2人の前面に出来た見えない壁に阻まれた魔物の手は弾き返されて、僅かに後退。
それを機に3人が畳み掛けて、反対側の崖へと魔物を追いやる。
「今のは……ユウナか?」
「私は何も……」
アーロンの斬り込みで崖下に転落した魔物が大地を震わせる。
チョコボ乗り場で助けを求めていた女性が、武器をしまう3人に頭を下げていた。
差し出がましい真似をしてしまっただろうかと、ユノは皆にバレぬようにこそこそと宿へと戻る。
しばらくすると、何も知らないティーダが呼びに来てくれた。
怪我の見受けられないその体を見てほっとしつつ、ユノは素知らぬ顔で皆と合流する。
ユウナと視線があったかと思うと、彼女は駆け寄って来て一言。
「ね、さっき助けてくれたの、君だよね?」
あっさりバレてしまって、ユノは否定も出来ずに眼を泳がせる。
隠れた意味は何だったのか。ユウナは感謝を述べてくれたが、自分が勝手にやったことだ。
お礼といえば、今がチャンスだろうかと、ユノは服についた砂埃を払うアーロンに小股で近づく。
だが声をかける前に気付かれて、中途半端な位置で止まってしまった。
とりあえず頭を下げてみる、だがこれでは何に対してなのかが伝わらない。
何か言おうにも自分の小さな声では届かないだろうし、もう少し距離を縮めようと摺り足でにじり寄る。
恐くない恐くない、彼もまたいい人なのだから。そう言い聞かせてはみるものの、男から放たれるオーラは常人には眩しすぎた。
相手はその場から動かずにこちらがやって来るのを待っている。ネズミ捕りの罠に自分からかかりに行く気分だった。
時間をかけてなんとか手の届く距離まで到着したユノは、今出せる最大のボリュームで「ご馳走様でした」を伝えた。
最大と言っても緊張感のせいでいつもと変わらない程度の大きさだったのだが。
相手には伝わっただろうか、顔を見ることが出来ずに地面を見つめていると、頭に手が乗せられた。
一度離れてまたすぐに乗せられる、音で表現するなら「ぽんぽん」と言った感じだ。
その動作の意味を理解して、そんな歳じゃないとユノは赤くなりながら逃げていく。
背後でまた笑い声が聞こえたが、聞こえないフリをして仲間の影に隠れた。