01.わだつみに別たれ
作戦前のピリピリとした緊張感の中、皆はそれぞれの思いを胸にその時を待つ。かつての友人であるキノックと少し言葉を交わした後、司令部の隅で周囲を眺めていたアーロンは、さっきからあちこちを駆け回るユノに溜息をついていた。
一体何をやっているのやら。今までほとんど言葉も発さず人とも極力関わらまいとしていた男は、なぜかこの時になって誰彼構わず積極的に話しかけに行っていた。
話しかけられた兵は相手の顔を見て赤くなったり、笑ったり。
だが1人の人間と長くは語らず、ユノは何かに追われるようにして、忙しなく色んな人へと声をかけて回っていた。
兵の1人が作戦開始を告げるためにキノックを呼びに来て、点在していた兵も着々と指示された配置へと向かう。
ユノと話していた兵も手を振って去っていき、無人になった広場で、彼は名残惜しそうにそれらを見送っていた。
やがて司令部へ入ってきたユノは何も語らず、真剣な面持ちで下方に並ぶ兵たちを見つめていた。
そのときばかりは、か弱く頼りないいつもの姿ではなく、1人の召喚士らしい凄然とした姿に映った。
シンを呼び出すためのオトリとして宙に吊るされた檻に入っていたコケラが、檻を飛び出してユノ達の前に落ちてくる。
腕で体への攻撃を防ぐ相手に先に腕を吹き飛ばし、遮るものがなくなったところでティーダたちが一気に叩いた。
なんとかこれを倒すと、タイミングよくシンが現れる。
ジョゼの湾内に黒い影が満ち、海の底から山を思わせるほどの巨体がゆっくりと浮上した。
顔を上げたシンに討伐隊が砲撃を開始し、打ち出された火の弾が次々と着弾する。
休める暇を与えんと、続けてチョコボ騎兵隊が一斉に海へと飛び出していく。
シンの体から剥がれ落ちたコケラが海を渡って陸へと乗り出し、騎兵隊はそれを食い止めんと全力で剣を振るった。
当時に高台に設置されたアルベドの巨大兵器が起動し、膨大なエネルギーを中心へ集め始める。
暗雲によって光が差し込まないこの場所で、そこだけが眩く明かりを灯す。
「今だ、撃てぇっ!!」
集中したエネルギーはシンに狙いを定めると一気に放出され、雷の槍となったそれとシンの障壁がぶつかり合い凄まじい音を立てた。
遠くでそれを見守る人々は、祈るように胸の前で両手を握り締める。
シンに押し戻されそうになる槍は更に威力を上げそれに対抗し、ついにシンの体に届く。
人々の脳裏に勝利が過ぎった。ユノも表情を綻ばせて前へ出る。
──そして、決着はついた。
槍がシンの体を貫く前に、シンから放たれた光線によって、皆の希望だったアルベド族の機械は真っ二つに破壊された。
塔のようだったそれは崩れ去り、残骸が重力に従って海へ落下していく。
破壊された機材が発火して黒に近い煙が空へと上っていった。ユノの手から杖が滑り落ちる。
「……来るぞ!」
アーロンが叫んで、ティーダ達が散り散りに戦場を離れる。
その場に膝をつくユノを抱えて、アーロンも遠くへ走り出した。
直後、シンから放たれた重力波が、浜辺にいた兵や草木を飲み込み始める。
こうなることは分かっていた。
覚悟も、出来ていたはずだった。
それなのに、塵になって消えていく全てのものを見て、目から自然と涙が溢れた。
胸の中に詰まっていたいろんな感情が外に出ようとして口が開く。
けれどもその感情を表す言葉が何も浮かばなくて、変わりに嗚咽が漏れた。
作戦は終わった。
静かになった浜辺に、ただ1つ、なにも変わらなかった海が波を送る。
寄せては返すそれを見て、沢山の光景が浮かんだ。
けれど浮かぶもののすべて悪いものでしかなく、ユノは砂を掴んで投げた。
海がそれを跳ね返すように、風に吹かれた砂がその身に降りかかる。
仲間をさらった海はすでに嫌悪の対象だったが、その思いは更に高まった。
踏みつけるように海の中に入って、効きもしないパンチを何度も叩き込む。そのたびに水しぶきが顔にかかって、余計に腹が立った。
力尽きるまでそれを繰り返して、気が済んだ頃には全身がベタベタになっていた。
浜に上がり、砂地に転がっていた自分の杖を拾い上げて、すっと大気を吸い込む。
静かに目を閉じて、今日見た人の顔を順番に思い出しながら、ユノはゆっくりと杖を回し始めた。
浜辺で1人の召喚士が舞っていた。
水浸しの服で、怪我の治療もせぬまま、細い四肢を伸ばして、懸命に舞っていた。
生き残った者たちはそれを見て息を呑む。
誰もが言葉を無くしてその光景に魅入った。
額の飾りが雲間から注ぐ日光を反射して輝き、水に塗れた黒い髪が艶やかに振り乱れる。
空を思わせる瞳は遠くどこかを見据え、桜色の唇が何かを囁く。
呪文のように紡がれるそれがこの作戦に参加していた者たちの名前なのだと気付いたのは、近くで聞いていた赤服の男だけだった。
死人の体から幻光虫が浮かび上がり、舞い踊る召喚士の元へやってくる。
その数は次第に増えてゆき、召喚士の体は光に包まれた。集まったそれを抱きしめるように、召喚士は両腕で自分の体を抱く。
幻光虫の束は光の柱となり、揃って天へと昇って行った。
死者を弔う為の舞い。召喚士は杖を手放し、消えていく光にエボンの祈りを捧げる。
沢山の人が泣き崩れる中で、務めを果たした召喚士は名残惜しそうに、晴れ間の覗く空を眺めていた。
酷い顔かもしれないなと服の袖で顔を拭いつつ、ユノは浜の隅で座ってこちらを見ていたアーロンの傍に正座した。
土壇場で助けてくれたことへの感謝の気持ちを込めて、姿勢を正し頭を下げる。
「……作戦前のあれは……いや、いい。とにかくその怪我を治せ」
怪我、と言われて始めて自分の体のあちこちに血が滲んでいるのを知って、ユノは慌てて治癒術をかけた。
すぐに治ったそれを見て、ピタリと腕を止める。
自分は助かった。怪我はいくらでもこうして癒すことができる。
けれど亡くなった命は、もうどうにもできない。
浜辺に転がる無数の亡骸を見て、一度止まった涙がまた溢れてきた。
「……キーリカのノーラさん、チョコボ騎兵隊第一部隊所属。結婚するはずだった恋人をシンに殺されて、復讐の為に作戦に参加する。夢は、新しい恋をすること」
掠れた声で突然語り出す自分に、アーロンが片眉を吊り上げる。
何の話だと言いたいのだろう。だがそれには答えずに、淡々と喋り続ける。
「ルカのギルデンさん、 重装歩兵隊第三小隊副隊長。早くに親を亡くし、故郷で暮らす兄弟を護る為と生活の為に作戦に参加。夢は兄弟とブリッツの試合に出ること。
アルベド族のアランさん、補充兵教育隊隊長。立場が立場なので止むを得ず作戦に参加。夢は、こんな物騒な部隊がいらない平和な世の中にすること。
ベベルのマルヴィナさん、応急救護隊所属。前線で戦う恋人の支えになりたくて作戦に参加、ただし恋人に猛反対され現在ケンカ中。夢は……それほど大したことじゃないけれど、恋人と早く、仲直り、すること」
アーロンは珍しく長く喋る相手が何を話しているのか理解して、もうやめろと告げる。
ユノは嗚咽が出てきて何度も咳き込みながらも、止まらずに続けた。
「こっそりプレゼントを、用意した……から、それさえっ、渡したら、きっと仲直りできるはず……っ」
「……もういい」
「……っビサイドの、ルッツ、さん。特別攻撃隊大隊所属。……同郷の、友人の弟へのっ、せめてもの、償い、に、作戦に参加。
夢は……部下が、無茶のない程度に、昇進、してくれること……っと、弟を亡くした友人とその、弟の恋人、が、しあわせに……っくら、暮らして……ッ!」
「もういい!!」
それ以上言うなと、動き続ける口を止めるように胸板に強く押し付けられた。
自分を支えようとしていた心の柱が倒れて、塞き止められていた悲しみが大粒の涙と一緒に流れ出す。
「る、ルールーさんとワッカさんを、よろしくって、よろしくって言っ……ッ!! おれ、なにも、なにもかえせなかっ……!!」
その先は言葉にならず、ユノは赤いコートにしがみ付いて子供のように泣き続ける。
しゃくり上げながら泣き声をあげる自分を、アーロンは長い間強く抱きしめてくれていた。