01.わだつみに別たれ
「……気は済んだか」泣き疲れてうとうとと夢現を彷徨っていたユノの体を、アーロンが引き離す。
その言葉で、今まで自分が相手に何をしていたかが冷静に思い出されて、ユノは眠気が吹き飛ぶと共に痴態に赤くなり、相手への申し訳なさに青くなった。
「ご、ごめ、ごめんなさ……」
「お前は召喚士に向いていない、旅はもうやめるんだな」
そう断言して去っていく男に、そういう訳にはいかないと杖を持って立ち上がる。
今日ここで死んだ彼らは、シンを倒せる召喚士としての力を持たなかった。
それでも、大切な人達の為に、この世界の為に、命を賭して戦った。
自分は召喚士だ。彼らが望んでも手に入れることの出来なかった力を持っている。
ならば向いていなくても、力足らずでも、投げ出すべきではない。
自分が役目を放棄すればどうなるのかが、よくわかったから。
「……酷い顔、随分泣いたみたいね」
ジョゼ寺院を目指して再び歩き出したユウナ達と合流したユノの顔を見て、ルールーが苦笑する。
そんな彼女と、泣き虫だなぁと頭をわしわし掻き乱してくるワッカを見て、ユノはルッツの遺言を伝える代わりにきちんと頭を下げた。
「……えと、これからも、宜しくお願いします」
この2人を護れるほど強くなれる自信はないが、何か力になれるならなりたい。
友人でもなんでもない、知り合ってまだ1日しか経っていない自分でも出来ることがあるのなら、それをしたい。
そう願うユノに、2人は笑顔で頷いた。
それが例え昨日と同じように表面上だけのものだったとしても、今は構わなかった。
「あのさ、ザナルカンドまでどれくらい?」
街道を進み、二手に分かれる道の真ん中で、最後尾を歩いていたティーダが気だるそうに尋ねる。
「まだまだ、だな」
「幻光河を渡って、グアド族のグアドサラム、その後は雷平原を越えて、マカラーニャの寺院……」
「うひゃ〜……」
「その前に、ジョゼの寺院でお祈りでーす」
おどけた口調で寺院へと手招きするユウナ。
皆を励ます為に、無理に明るく振舞っているのだろう。
「一気にバビュッとザナルカンドへ! ……それじゃダメなの?」
「なるべくたくさんの寺院を巡って、祈り子様にご挨拶しなくちゃ」
「それが召喚士の修行だ。究極召喚に耐えられるように、心と体を鍛えるのさ」
「大変だな、ユウナ」
「みんなと一緒だから、だいじょーぶ」
「でもさぁ、じゃあユノは、それ全部やったってことだろ? ほんとなんで戻ってきたんだ?」
皆の視線が一斉に自分に集まって、黙して聞いていたユノは慌てた。
「戻ってきたって、どこまで行ってたんだ?」
「……な、ナギ平原、です」
「もうザナルカンドは目と鼻の先じゃない、どうして行かなかったの?」
「その、祈り子様が見つからなくて……一度引き返して、知ってる人から話を聞こうと……」
現地を知らないティーダ達は首を傾げたが、ルールーは納得したように小さく頷いた。
ルールーと同じく納得していたアーロンは、また違う質問を投げかける。
「つまりその時はまだ、ガードは一緒だったんだな」
事情を知らない面々が見守る中で、ユノは小さくこくりと頷く。
しかしその先誰も口を開いてはくれず動く素振りもなかったので、ああこれは全部話さないと行かせてくれないのかと、観念して口を開く。
「……戻ってきたついでに、故郷にも、寄ってみようって話になって……それで立ち寄ったら……」
「故郷?」
「キーリカ……だよね?」
「まさか……それって、こないだシンが……」
みなまで言わずともその先の言葉が分かって、口に出される前に頷く。
ユウナが軽くしてくれていた空気が一気に重苦しくなったのを感じて、ユノは話を打ち切って先に歩き出す。
寺院を隠していた岩扉が動き、空から激しい雷が落ちた。
空気を振動させながら岩が浮かび上がり、寺院の扉が自分達の前に開く。
「あれ、ジョゼの寺院? すげえ……」
「あの雷キノコ岩はね、召喚士が祈り子と対面した時だけ開くの」
「誰か他の召喚士が来てるってことだな」
「どんな人かな」
「ドナだったりして」
負けたくないなぁ、と呟くユウナに、意気込みを見せてティーダが寺院に踏み込んでいく。
競争心のなさそうなユウナがわざわざそう言うということは、よほど仲の良い人物か、間逆の相手なのだろう。ミヘン街道で出会ったあの女性だろうか。
ユウナは中に入るなり、先に来ていた召喚士──男性なので予想していた人物とは違った様だが──に捕まっている。
「それだけ召喚獣を従えているのなら、わざわざ俺達について来なくとも、1人でザナルカンドまで行けるんじゃないのか?」
遠巻きにそれを見ていたところにそう声をかけられて、先ほどの気まずさがまだ残っているユノは半歩ほど距離を取った。
アーロンの言わんとしている事は分かっている。
「……ごめんなさい。努力、します」
「努力、か。口で言うのは簡単だがな」
どうやら彼には嫌われてしまっているらしい。
全員に好かれたいなどと虫のいいことは言わないが、あからさまに出て行けと示されるのはやはりキツかった。
「君も召喚士かな? ユウナ君は行ってしまったけれど、君は祈り子様に会わなくていいのかい?」
ユウナと話していた召喚士が、視線を落とすこちらに近づいてくる。
両脇に控えている男性と少年が、元気良く挨拶をしてくれた。
「パッセです、よろしくお願いします」
「おれはマローダ、アニキのガードだ」
「僕はイサール。君の名前を伺ってもいいかな?」
「……ユノ、です」
こんな小さな子もガードなのか。ガードは召喚士が認めればどんな人物であろうとなれるものだが、これほど若いガードを見たのは初めてだ。
そのパッセは、子供らしいキラキラとした目でこちらを見上げてくる。
「ユノ君、だね。シンを倒すまで、お互いに頑張ろう」
「ねーねー兄ちゃん! この姉ちゃん、めちゃくちゃキレーだね!」
一瞬、どの姉ちゃんですかと思ったが、相手の目線と隣で吹き出した皆のせいですぐに自分のことだとユノは理解してしまった。取り繕っていた微笑が凍る。
ここで男ですと弁解すれば、逆に恥ずかしいことになるのか。
いやでも、女と勘違いされたままというのも頭が痛い。
困っているこちらにイサールが少年を連れて外に出て行ってくれた。彼は真実を知っているだろうから、きっと後々あの少年に話してくれるだろう。
そして仲間達だけになった空間に、全員の笑い声が響く。
「姉ちゃんだってさー! そりゃ、美人だしなぁ! 間違うよなぁ!」
「あの少年に罪はない、許してやれよ!」
「…………」
「ああ、ごめんなさい。ちょっとワッカ、やめなさいよ」
「そういうお前だって笑ってんじゃねーか!」
止まない笑い声に流石に耐え切れなくなって、1人試練の間へと進む。
一度通ったこともあって祈り子の部屋までの行き方を把握していたユノは、手早く仕掛けを読み解いて早足で通り抜けた。
ユウナはまだ試練の最中らしい。久しぶりに来た部屋の前は何も変わっておらず、懐かしいなあと何でもない壁に手を添わせた。
暫くすると笑い終えたティーダたちもやって来て、それぞれ暇を潰しながらユウナが出てくるのを待った。