02.永遠の終わり

「せっかくだし、今日は泊まって行けば?」

というルールーの提案で、ユウナ達はそのままビサイドで一泊する事になった。

久しぶりの再会に水を差すのも悪いかと、ユノはその決定に異を唱えなかったが、盗まれたスフィアの安否が気になって、夜になってもなかなか寝付けずに居た。

すぅすぅと穏やかな寝息を立てている他の面々を起こさないようにと、忍び足で部屋を出たユノは、昼間と同じように高台へ足を運ぶ。

ここ数年のスピラの発展は目覚ましく、今は夜になっても人工的な明かりの灯る町が多くなってきてはいるが、ビサイドは数少ない例外だ。
視線を上に向ければ、煌々と輝く星々が見える。

ユノは澄んだ夜の空気を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
焦燥感に駆られていた心が、少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じる。

静かな夜だ。こうしていると、旅をしていた頃のことを思い出す。

(……あれから、もう二年も経ったんだよなあ)

シンを倒す為の旅。ティーダ達と出逢い、共に困難に立ち向かったあの日々。

あの旅路はスピラの誰にとっても特別なものだったが、自分にとっては世界を救った事以上に価値あるものだった。
それがもう二度と戻らないものだと思えば、殊更に尊いもののように感じる。

(こうなるって分かってたら、一日一日をもっと大切にしたのに)

当時も適当に過ごしていた訳では無いが、それでも、旅の終わりがどんなものになるのかを知っていれば、これほど後悔する事も無かったのではないかと思う。

大切な人に伝えたい言葉があった。
けれどそれは果たされないまま、もう二度と会う事すら叶わなくなってしまった。

(……自分だけ言いたいこと言って、俺の言葉は聞かずに消えるなんて、ずるいです)

ユノは、久しく呼ぶ機会の無かったその人の名前を呼んだ。
受け取り手の居ないその声は、冷たい夜の風に流されていった。






翌朝。結局碌に眠れなかったユノは、先に身支度を整えて集まっていたユウナ達に遅れて合流した。

「や〜っと起きた〜! 遅いよーユノ、そんなに疲れてたの?」

「ごめん、昨日ちょっと夜更かししちゃって……」

「寝坊するのはいいけれど、身嗜みはきちんとしておかないとね」

と、眠気眼を擦るユノの寝癖のついた髪を櫛で梳かすルールーの傍らで、ユウナはキョロキョロと辺りを見渡す。

「あれ? ワッカさんは?」

「夜明けに出かけたわ。洞窟がどうこう言ってたわね」

「洞窟? 何しに行ったんだろ?」

「様子見てこようか?」

「魔物も出そうだもんね」

「悪いわね。あの人が魔物にやられるとは思えないけど……隠し事なんて珍しいから、そっちが心配ね」

確かに、身重のルールーに過保護になっているワッカが、これといった理由もなく一人であちこち出歩くとは考え難い。

トントン拍子に進む話を遮る事も出来ず、もしかしたらルブラン一味の手掛かりがあるかもしれないし……とユノは自分を納得させながら、洞窟へ向かうユウナ達に続いた。

洞窟は村の外れ、海に降りていく道の途中にあった。殆ど真っ暗なその空間に、座り込んでいるワッカを見つける。

「どうした?」

「ワッカさんの様子見に」

「この洞窟になんかあんの?」

「まあ、そんなところだ。──いや、ここだって決まっちゃいねぇ。もしかしたらって思っただけでよ。なんにもねぇかもしれねぇし、やっぱりあるかもしれねぇし……」

要領を得ないワッカの物言いに皆が首を傾げた。
曰く、この奥に古いスフィアがあるかもしれないとの事で、それを聞いたリュックが目を輝かせる。

「スフィア!? どんなスフィア?」

「スフィアは……スフィアだよ。なんだっていいじゃねぇか」

「えっと……何か見られたらマズいようなものですか?」

「いや、そういうわけじゃねぇんだが……って、おい!?」

話も聞かずにスタスタと一人奥へと歩いて行くパインは、呼び止めるワッカを振り返ることもせずに一言。

「私達、スフィアハンターだから」

それを聞いたユウナとリュックが、意図を理解してその後を追う。
号令と共に元気に駆けていく三人を、ワッカは苦笑交じりに見送った。

「カモメ団ねぇ……」

「と、止めなくて大丈夫ですか? 早朝から探しにくるほどのものなんですよね?」

「まあ、あるかどうかも分からねぇからな。あいつらが見つけてきてくれるってんなら、それでもいいさ。──それより、スフィアと言えば、お前が盗られた方はどうした? 見つかったのか?」

「いえ、それはまだ……なんですけど……」

「なら俺に構ってないで、そっちを捜しに行った方がいいんじゃねぇか?」

「それはその通りなんですけど……」

「ははーん、さてはユウナ達に振り回されてるな? 引っ込み思案は相変わらずか」

「うぅっ……」

言い返すことも出来ずに縮こまるユノの頭を、ワッカは豪快に撫で回した。
されるがままになっているユノに笑いながら、彼は徐に話し始める。

「探してるのは、俺の両親のスフィアだ。本当かどうかは知らねぇが、ガキの頃にチャップが言ってた事を、昨日お前らと話してた時に思い出してな」

「チャップさん? って確か……」

「俺の弟だよ。元は討伐隊に居たんだが、シンにやられてな。今は異界の住人だ」

それを聞いて、ユノはハッとした。
以前に聞いたことのある名だ。いつ、どこで聞いたのかを思い出して、ユノの顔に陰が落ちる。

「ミヘン・セッションの時、ルッツがお前に色々話したんだって? 知らねぇ間に気苦労かけてたみたいで悪かったな。今更だけどよ」

「いいんです、俺の方から声をかけたんですし……、それに、結局俺は何も出来なくて……」

「何も出来てないって? バカ言え、お前は俺達が一番望んでたもんをくれただろ。シンと戦って死んじまった奴らにとっても、残された俺達にとっても、永遠のナギ節以上の贈り物はねぇよ」

「……でも、それは、俺の功績じゃないです」

俯くユノに、ワッカは盛大な溜息を吐いた。
やれやれと言いたげに肩を竦めて、ぽんぽんとその頭を叩く。

「お前はお前が思ってる以上によくやってるさ、二年前も今もな。だから、あんまりそう自分を虐めてやるな。せっかくスピラ中の皆が幸せになったってのに、幸せにした本人がそんな面してたら、喜べるもんも喜べねぇよ」

「……そう、ですよね。すみません……」

「ああいや、無理に笑えって話でもなくってな。つまりその──アレだ、お前もそろそろ恋でもしたらどうだって話だ」


────恋。


最後まで明かさなかったのだから、知らなくて当然ではあるのだが。
旅をしてきた仲間達には、アーロンと自分は召喚士とガードという関係性だった、としか思われていない。

そもそも、明確に恋人同士だった訳でもない。
だからこそどう説明すればいいのかもわからず、ユノは黙り込んでしまった。

全く気乗りしていない様子の相手を見たワッカは言葉を続ける。

「別に恋人作りゃあ悩みが全部解決するとは言わねぇさ。そういう相手が居るからこその悩みだってわんさかあるしな。……でも、お前がずっと一人で抱えてるもんを、他の誰かに預けるって選択肢もあっていいんじゃねぇか?」

「……それは……でも……」

今のワッカとルールーを見ていれば、その考えが間違いではないのだという事は分かる。
だがそれをすんなりと受け入れる事も出来ず、ユノは結局閉口してしまう。

「まあ、俺はお前がリュックみたいに毎日元気に笑って過ごしてくれてりゃそれでいいさ。その為には、まずはその卑屈っぽいところを直すところからだな」

「が、頑張ります」

「うーん、頑張るってのもなんか違うんだけどなぁ……」

「ユノ〜! ワッカ〜! スフィアあったよ〜!」

話し込んでいるうちに仕事の早いカモメ団の三人はミッションを達成したようで、リュックは入手したばかりのスフィアの映像を皆に見せる。

ノイズと共に映し出されたのはビサイドの光景で、滝や橋などを順に映しただけで終わる。

「これ?」

「……いや、違うな」

ワッカは落胆と安堵の入り混じったような顔で首を振った。

帰路の途中、先にユノに明かしていたのと同じことを、ユウナ達にも語り聞かせる。

「ガキの頃、兄弟喧嘩してたらチャップが言ったんだ。父さん達が映ったスフィアを見つけたけど、どこにあるか教えてやらない≠チてな」

「チャップさんに聞かなかったの?」

「弟に頭下げて聞くのが嫌でな。あいつはよくここらで遊んでいた、この洞窟で見つけたのかもしれない。そんで来てみたんだけど……急にモヤモヤしちまってよ」

「なんで?」

「俺、親の顔を勝手に想像してたんだ。強そうで、優しそうな顔をよ。辛い時とか、よくその顔を思い浮かべたもんだ。でも本当の親は、全然違う顔かもしれねえ。そう考えると、見るのが怖くてな」

「はあ〜、ワッカらしいねぇ」

「そのスフィアって、島のどこかにあるのかな。私達が探そうか?」

「いいっていいって! そういうの気にするのはもうやめだ。昔のことにこだわってウダウダしてちゃいけねぇよな」

「……昔のことにこだわって……ウダウダ……」

グサグサと、言葉の矢が突き刺さるのをユノは感じた。

ああ、ワッカさんが眩しい。眩し過ぎて目が痛い。
ワッカはそれに気付かず、腕を組み空を仰ぎ見る。

「俺だってオヤジになるんだし、もっとしっかりしねえとな」

「がんばってね、おとーさん」

「おう! ……けどよ、しっかりするっつうのは、どうやったらいいんだろうな? しっかりした父親ってヤツのお手本が欲しいよなあ」

ダメだこりゃ、とリュックが呆れるのと、飛空艇からの通信が入るのはほぼ同時だった。

ユウナ欠乏症にでもなったのか、アニキがうるさいから戻って来てくれと嘆願するダチに、ユウナが応答する。

「……なんかヘコんでるけど、大丈夫?」

「へ? あ、はい、大丈夫です……大丈夫……」

「……本当に?」

全くそうは見えないと言いたげなパインに、ユノは空笑いを返すしかなかった。
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