02.永遠の終わり
「うわっ、どうしたんだ? ずぶ濡れじゃないか」そうして一人先んじて飛空挺に戻ってきたユノは、一部始終をダチ達に説明した。
「何ぃ!? おおお温泉だとぉ!? つ、つまりユウナは今そこで……っ!?」
それを聞いていたアニキが鼻息荒く昇降機に向かうのを見て、その目的を察したユノが手渡されたバスタオル片手に反射的に蹴り飛ばす。
「ぐふぁっ!?」
「おお、ナイス蹴り」
「あっ。ご、ごめんなさい! いやでも、それは駄目ですよ!!」
という叱責も聞かず、どうしても見たいらしいアニキがしぶとく床を這って進もうとするのを見て、ユノは「えいっ」とその脳天に手刀を叩き込んだ。
今度こそ静かになったアニキを、やって来たシンラが引き摺って操縦席に連れ戻す。
「お見事」
「手荒なことしてすみません……」
「いや、今のはユノ様が正しい。まあ、アニキの気持ちも分からんでもないが……」
「えっ!? だ、ダチさんまでそんなこと言うんですか……!?」
「ウソウソ、冗談。冗談だって」
青くなりながらも絶対に行かせてはならないという強い決意と共に拳を振りかぶるユノを見て、ダチは早口で訂正。
「でも、ユノ様だって多少は興味あるだろ?」
「そっ、俺はそんな──いや別に、ユウナ達にそういう魅力がないとは思ってない、です、けど。でも、覗きは本当に良くないです!!」
真っ赤になりながら言うユノに、珍しいものを見たとダチは笑う。
揶揄われている事に気付いたユノは膨れ面。
「なんで皆してそうやって俺で遊ぶんですか……」
「そりゃあ、ユノ様が良いリアクションしてくれるからだろうな。──ところで、目当ての物は見つかったのか?」
「あ、はい。スフィアは無かったんですけど、とりあえず戦闘服は四人分……」
と言いながら持ってきたソレを広げてみて、今更なことに気付く。
奪った戦闘服は女性隊員が着ていたもの。つまり、女性専用の戦闘服。
「………………」
「……うん、まあ、ユノ様が着るんなら別に問題ナシだな。ミッションコンプリート」
「いやバレますよ! 男性用の戦闘服を探さないと……」
「でも、デザインはともかく全身覆うタイプの服だし、ユノ様は体格も声も女性とそう変わらないし、大丈夫なんじゃないか?」
女性とそう変わらない。
至極真面目な顔でそう言われたユノは項垂れた。
だが自分のプライドを優先してスフィア奪還に遅れを来す訳にもいかない。
他人から見て本当に違和感が無いのであれば、わざわざ男性用の戦闘服を探すよりも、今手元にあるものを使った方が早い。
服を乾かすついでに一度その戦闘服に着替えて飛空挺内の皆に見て貰ったが、全員から全く何の違和感も無いとのお墨付きを貰い、ユノは釈然としない気持ちになりながらもそれを受け入れるしか無かった。
かつてグアド族のホームだった場所、グアドサラム。
自分がまだユウナに対して敬語で話していた頃。ティーダ達との旅の最初の時期に訪れた場所を、ユノは懐かし気に見渡す。
二年前、シーモアを中心として起こったグアド族の暴動。
シンが居なくなって、皆が最初にやった事は、その罪を裁く事だった。
グアド族は住処を追われ、今のグアドサラムに、彼らはもう居ない。
何処へ行ってしまったのかを知る人は殆ど居ないし、知ろうとする人も少ない。
確かに彼らはそれだけの事をしたし、これも仕方の無い事なのかもしれないけれど──
「そういう考え方は、悲しいよね」
一番の被害者であろうユウナは、現状を喜んでは居なかった。
「ユウナは優しすぎだよ〜、あんな酷い目に遭ったのにさ! ユノだって、アイツらのせいで死にかけたんだよ?」
「ああ、そんな事もあったねぇ……」
しみじみと当時のことを思い返すユノとユウナに、リュックが「なんで二人とも怒らないのさ〜!?」と納得いかなそうに喚く。
「だってほら、怒りたくても、もうその相手が居ないから……」
「そりゃ、そうだけどさぁ……なーんかスッキリしないなぁ……」
「私達の為にそこまで怒ってくれて、リュックは優しいね」
「ね。あの時も俺の為に泣いてくれてたし。有難う、リュック」
「泣いてた事まで言わなくていいの! も〜!」
「昔話に花を咲かせるのはいいけど、あんまり騒いでると見つかるよ?」
「あ、やばっ」
怒るなり照れるなりで大騒ぎしていたリュックは、パインの言葉にハッとして口を塞いだ。
四人はルブラン一味の戦闘服に着替えて、その本拠地──かつてのシーモアの住居に向かう。
潜入捜査にも慣れているのか、カモメ団の三人はピッタリと息を揃えて、入口に居た門番達に「お疲れ様で〜す!」と元気よく挨拶。
普段クールなパインまで完璧に役を演じているのが凄い。
彼女達と違い演技などした事もないユノは、ワンテンポ遅れてそれに続く。
「作戦成功〜!」
「まだこれからだ。手分けしてスフィアを探そう」
「ば、バレてない……よね? 俺だけ浮いてない?」
「大丈夫、大丈夫! こういうのはね、逆に堂々としてた方がバレないんだって」
成程、そういうものなのか。
ユウナのアドバイスに、ユノは深呼吸して、気合いを入れ直す。
と、その時、リビングの扉が開いて、中から人が出てきた。
それがルブランとヌージである事に驚きつつ、ユノ達は会話を盗み聞く為に階段の陰に身を潜める。
「有難う、ルブラン」
「いいんだよ、あんた」
「これでヴェグナガンの在り処が分かった訳だ。スピラは暫く荒れるぞ。気をつけてな」
「あいよ、おまいさん」
ヌージが一人屋敷から出て行くのを見送って、ルブランはがっくりと肩を落とす。
「今度会えるのはいつだろうねぇ……会えない時間の長さが、重いったらないよ」
はぁー、と盛大な溜息を吐いて、とぼとぼとルブランは部屋へと消えた。
見つからずに済んだユノ達は、そのままヒソヒソと話す。
「い、今のってヌージさん……だよね? なんでこんな所に……」
「っていうか、今の会話聞いた? まるで恋人同士だよ〜」
「あの二人って、そうなのかな? どういうきっかけで知り合ったんだろう……」
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみれば?」
「お、聞いちゃおっか?」
「そうしよっか?」
ロマンスの予感にキャッキャとはしゃぎながら、ユウナとリュックはルブランを追いかけて行った。
「目的忘れてなきゃいいけど」と苦笑しながら、パインは別の部屋へ。
残ったユノは変装の自信の無さから中々動けずにいたが、次いで出てきた男──ユウナ達曰く、ルブランの側近の一人らしい──サノーの手に己のスフィアが握られているのを見て、意を決して飛び出す。
「あっ、あの! そのスフィア……!」
「ん? お前、こんな所で何をしてるんだ」
「え? ────あっ」
考え無しに出てきてしまったユノは、冷静なサノーの問いに冷や汗を流した。
「えっと、そ、掃除を……? あの、それよりも、そのスフィアは……」
「これか? これはカモメ団からかっぱらって来た物だ。と言っても、こっちはスカだったがな」
「す、スカ……?」
「お嬢に見て貰ったんだが、探していた物とは違ったらしい。もう一つの方はアタリだった様だが」
勝手に人の物を盗んでおいて、スカとは何だスカとは。
あんまりな物言いにユノの額に青筋が浮かんだが、今ここで暴れてしまってはユウナ達の努力が水の泡だと、なんとか自分を宥める。
「そ、そうなんですか……あ、じゃあ、そのスフィアはもう要らないんですよね? どうするんですか?」
「さて、どうするかな。適当に売り飛ばして、活動資金の肥やしにでもするか……」
「じゃあ、俺──じゃない、私に譲って貰えませんか?」
「お前に? こんな物を手に入れてどうするんだ」
「えーっと、それはその……」
元来嘘が得意では無いユノは、上手い言い訳が思い付かずに口篭った。
サノーはそんなユノを訝しげに見下ろす。
「……ところで、お前は新入りか? 聞き覚えのない声だが」
「へっ!? あ、はい! そうなんです! 実は今日入ったばっかりで……」
「今日入った? 聞いていないが」
「……え、えぇっと……きょ、今日が初めての出勤日で、入隊したのはもっと前で……その……」
駄目だ、全然堂々と出来ない。
ユウナのアドバイスを全く活かせず、万事休すに陥ったユノは、バレてしまうのならせめてその前にスフィアを奪おうとしたのだが、先にサノーに覆面を剥ぎ取られてしまう。
ああもう駄目だ、終わった。
二年の間に多少は鍛えられた精神力でも、この状況は耐え難い。
恐怖やら羞恥やらでぷるぷると震えるユノを、サノーはじっと見つめる。
「…………可愛い………」
そして、何を言うかと思えばそんな感想を漏らした。
は? といった顔で相手の顔を見つめ返すユノに、我に返ったサノーは咳払いで誤魔化す。
「いや、その、悪かった。てっきりカモメ団の連中かと思ってな。味方に扮してスフィアを取り返しに来たのかと……」
大当たりだが、どうやら直接面識の無い自分は、ユウナ達の仲間だと気付かれてはいないらしい。
九死に一生を得たユノは胸を撫で下ろしつつ、これは一度作戦を練った方がいいかと退散しようとしたが、その肩をサノーに掴まれた。
「それでこんな所をウロウロしていたのか。新入りなら勝手が分からないのも無理は無いが、掃除は新入りの仕事じゃあ無い。スイッチの点検も兼ねているからな。ベテランに任せてある」
「スイッチ?」
「ああ」
サノーはそのままユノを連れてリビングへと向かった。
部屋の隅にある扉の横、一見何の変哲もない壁の前に立つと、埋め込まれていたボタンが姿を現す。
それを押すと、近くの壁に掛かっていた垂れ幕が上がっていき、露になった壁をサノーがコンコンと数回ノックすると、壁が回転してその先の通路へ通れるようになる。
「以前、お前のような新入りが誤ってここに入ってしまってな。侵入者避けのトラップが作動して、死にかけたんだ。以来、新入りは近付けないようにしている」
「そ、そうだったんですか……この先って、何があるんですか?」
「俺やウノーのような幹部の部屋と、あとは……宝物庫くらいだな」
「宝物庫……」
「とは言え、それほど大したものは置いていないが。これまで集めてきたスフィアが幾つかあるだけだ」
ならば、盗まれたユウナ達のスフィアはそこにあるのかもしれない。
ユウナ達にも教えなければと、ユノは親切に説明してくれたサノーに礼を言って立ち去ろうとしたが、サノーは尚も肩を抱いたまま離さない。
「あ、あの……? 他の仕事もあるので、そろそろ戻らないと……」
「まあそう急くな。せっかくだ、このまま中を案内してやる。今後また同じような事故が起きても困るのでな。トラップの解除方法ぐらいは覚えていけ」
「は、はぁ……」
それはそれで有事の備えにはなるので有難いのだが、敵の拠点を一人で先々と進んでしまって大丈夫なのだろうか。
不安は残るが、しかしこれはこれでチャンスかと、ユノは腹を括った。
薄暗く狭い通路は蟻の巣のように入り組んでおり、帰りに迷わないようにと頭の中に地図を描きながら進んでいく。
そうして連れてこられたのは、恐らくはサノーの私室であろう小部屋だった。
調度品に紛れて棚の上に置かれているスフィアを見つけたユノは、それがユウナ達のものでは無いことに落胆しつつ問う。
「このスフィアは?」
「ああ……それはアカギ隊の記録の一部だ。といっても、それに映っているのは事後処理の光景だけだが」
「アカギ隊?」
「知らないか? ミヘン・セッションに参加する予定だった部隊の名だ。まあ、最終試験で壊滅したせいで、実際に投入される事は無かったが」
ミヘン・セッション。
それは機械の力でシンを打ち倒そうとして行われた作戦。多くの討伐隊員達が参加し、その命を散らせた作戦。
かつてすぐ近くでユウナ達と共にそれを見届けたユノは、当時を思い出して胸を押さえる。
「あの作戦に至るまでにも、そんな犠牲があったんですね……でも、どうしてそのスフィアがここに? これも盗んできたものですか?」
「いや、それは自前だ。お嬢に仕える前は寺院に居てな。アカギ隊の発案者が寺院のお偉いさんだったせいで、後始末に駆り出されたんだ。それはその時に撮っておいたものだが……そのお偉い方が皆亡くなったせいで、お蔵入りになったんだよ」
「そうなんですか……」
「……興味があるのなら、先のスフィアと一緒に譲ってやってもいいが」
「えっ、いいんですか?」
さてここからどうやって自分のスフィアを奪い返そうかと悩んでいたユノは、その必要も無くなったと笑顔でサノーの手にあるスフィアに手を伸ばす。
だがサノーはそれを避けるように、スフィアを持つ手を高く上げた。
取り損なったユノは空振った手をもう一度スフィアに伸ばしたが、やはり同じように躱されてしまう。
「あ、あの……? 譲って貰えるんじゃあ……」
「いくら価値の低い物とは言え、タダで渡す訳にはいかん。欲しいのなら対価を払って貰おうか」
「対価……って」
元は盗んだ物なのに、どこまで面の皮が厚いんだ。
ユノは口から出かかったその言葉を飲み込んで、若干引き攣った笑顔で返す。
「えっと、でも、今はちょっと手持ちが無くて……」
「安心しろ、金は要らん」
「へ?」
なら他に何が欲しいのかと尋ねようとしたユノは、突然ベッドに突き飛ばされて息を詰まらせた。
サノーはその上に乗り上げて、仰向けに倒れているユノを組み伏せる。
「……どうすればいいか分かるな?」
「は? ちょ、何、何を……」
サノーの手がユノの内腿をするりと撫で上げて、その感覚に全身が総毛立つ。
それと同時に、部屋の扉が乱暴に開かれた。