02.永遠の終わり
(あれ、この風景って……)前に何処かで見た気がする。
今度こそ間違いなく終点と思しき大きな空間に到着したユノは、眼前の光景を見てそう感じた。
来るのは初めての筈だが、ここもスフィアの映像に映っていただろうか?
既視感の正体が掴めないまま道の端まで進んでいくと、ふわりと光の塊が漂ってきた。
幻光虫だ。辺りを見渡せば、あちこちに同じ光が漂っている。
召喚士を辞めてからは久しく見ていなかったその魂とも呼べる光は、足場の下に空いている巨大な大穴から浮かんできている様だった。
異界や幻光河、ザナルカンドのエボン・ドームのように、幻光虫が集まりやすい場所というものは存在するにはするのだが、ベベルはそうでは無かった筈。
それがどうして今、こんなにも幻光虫で溢れているのだろう。この穴はどこへ繋がっているのだろう。
不思議に思いながら底の見えないその大穴を覗き込んでいたユノは、突然下から吹き上げてきた突風にひっくり返された。
一体何かと思って顔を上げたその先に居たのは、かつて共にシンに挑んだ召喚獣。
「ば、バハムートさん……!?」
悠々と空を舞う、筋骨隆々とした雄々しき龍を見て、ユノはパッと顔を綻ばせた。
召喚獣は、シンを倒す代償として失われたものの一つ。
もう会えないと思っていた。消えてしまったのだと思っていた。
まだ生きていたなんて──と、感動と共にバハムートに駆け寄るユノに、パインが叫ぶ。
「──待てッ!!」
「え────?」
その制止の意味が分からずにパインの方を向いたユノは、それと同時に何かに弾き飛ばされた。
何が起きたのか分からなかった。
細い身体が数メートルほど宙を舞って、狭い足場の上を転がっていく。
「ユノ!!」
「────ッ!? は……ッ、な……に……?」
身を起こそうとして、身体に激痛が走った。
痛い。熱い。上手く呼吸が出来ない。心臓が早鐘を打ち、力が抜けていく。
この感覚は知っている。
かつてこのベベルで、同じ体験をしたことがある。
懐かしい召喚陣を写す視界に赤い液体が流れ込んで来て、ユノは即座にそれが自分の血であることを理解した。
バハムートの咆哮が上がった。
大気を、地面を震わせるその声は、確かにかつてと同じ頼もしいものの筈なのに、何故か身体は恐怖に震える。
動けずにいるユノの前にバハムートが近付いて行くのを見て、全てが信じられず呆然となっていたユウナは咄嗟にその間に立つ。
「────やめて!!」
バハムートが再び吼えた。
これは仲間を鼓舞する類のものでは無い。そこから感じ取れるものは敵意だけ。
「やられたいのか!? 戦うしかないんだ!!」
ユウナを押し退けて、パインはバハムートの攻撃を大剣で受け止めた。
リュックは白魔道士に着替えて、傷だらけのユノに癒しを施す。
「ユノ、大丈夫!? ユウナもしっかり!」
「リュック……何、あれ……なんで……どうして……?」
「分かんないけど……パインの言う通り、今は戦うしかないよ!」
────戦う? 召喚獣と?
何でまたそんな事をしないといけないんだ。
そんなのはもう十分だ。召喚獣と戦うなんて真似は、一回きりでいい。
シンを倒して、永遠のナギ節が来た。
もう召喚獣と戦う必要なんてどこにもない筈なのに、どうして。
どうして。
「……お願い……やめて……やめてよ……なんで急にこんな……」
バハムートの爪がパインを襲う。
パインの剣がバハムートを斬りつける。
まるでかつての戦いを準えるかのように。
ついさっきまでの穏やかな日常などまるで無かったかのように、一瞬でナギ節が来る前の世界に連れ戻される。
────嘘だ。こんなのは悪い夢だ。何かの間違いだ。
現実を受け入れられないユノはそう思い込もうとした。
治療を終えてシーフに戻ったリュックは、一人戦うパインに加勢する。
ユウナは力無く地面にへたりこんでいたが、戦う二人の背中を見て、やがて銃を手に立ち上がる。
痛みが引いて、動けるようになったユノは、それでもその場から動く事が出来なかった。
脳は動け動けと命令を出しているのに、体がそれに応えようとしない。
不意に指先に何かが触れた。
自然と視線がそちらを向いて、それが何かを認識した瞬間、ヒュ、と喉が鳴る。
無惨に切り裂かれた、装飾の着いた組紐。
粉々に割れたスフィアの破片。
それはルブラン一味から取り戻したばかりの、世界にただ一つの大事なスフィア。
「……ぁ……あ…………うそ………嘘…………」
いやだ、と言いながら、ユノはその欠片を拾い集める。
けれどスフィアは徐々に輝きを失って、その中に留められていた幻光虫が大気に霧散していく。
「やだ……やだ……! 待って……消えないで…………!」
戦いを終えた三人は、ユノのその声に気付いた。
どうしたの、と問おうとしたリュックは、ぽたぽたと溢れ落ちるユノの涙と、その先にあるスフィアの残骸を見て言葉を失う。
『──ユウナ、緊急事態だ! 早く戻れ! ダッシュ、ダッシュ!!』
長い沈黙の後、それを破ったのは、ザーザーというノイズ混じりのアニキの声だった。
音の出処は、飛空挺との連絡用にユウナ達がいつも連れ歩いている、自律型の機械。
ユウナは空中で右往左往しているそれを捕まえて、応答のボタンを押す。
「分かった、すぐに戻るね」
『ヴェグナガンは見つかったのか?』
「ううん、もうここには無いみたい」
『そうか……』
アニキに代わってユウナとそんなやり取りを交わしたダチは、ユウナの声に混じって微かに聞こえてくるユノの泣き声に表情を険しくする。
『……何かあったのか?』
「うん……詳しいことは、帰ってから話すから」
『……分かった。気を付けてな』
通信を終わらせたユウナは、泣き続けるユノの傍らに膝を着いて、その身体を強く抱き締めた。
ユノは自分を包むユウナの身体が震えている事に気付いて、同じように相手を抱き締める。
今、こんなにも辛くて悲しいのは、どうしようもなく不安で怖いのは、自分だけじゃない。
ユノは歯を食いしばって、溢れてくる涙を止めた。
「…………ごめん、ユウナ。大丈夫……もう、大丈夫だよ」
有難う、とその髪を撫でながら、心配そうに見守ってくれていた他二人にも同じ言葉をかける。
「さっきはごめんね。戦うの見てるだけで……二人とも怪我してない?」
「全然へーき、気にしないで!」
「私は、さっきのが何なのか知らないけど……何か事情があるんだろ? バラライの時はこっちの都合に巻き込んじゃったから、これでお相子って事で」
「あれぇ? ヴェグナガンは?」
遅れてついて来ていたルブランは、何も無い部屋を見渡して拍子抜け。
何の収穫もなく帰る訳にはいかないと、撮影機材を手にするウノー達に、辺りを撮っておくよう指示する。
「ヴェグナガン、本当にここに在ったのか……?」
「それより、緊急事態ってのが何なのか気になるし、早く帰ろうよ〜」
「うん、そうだね……ユノ、歩ける?」
ユウナの問いに頷きを返して、ユノは瞼を擦り立ち上がる。
そして、もう戻らない思い出の欠片をその場に残したまま、先を行くユウナ達と一緒に飛空挺へと駆けて行った。