03.焦がれ消えぬ漣

そうして、寺院の最奥――かつて祈り子の像が置かれていた部屋まで辿り着いたのだが。

待ち構えていた白き虎の姿を見て、ユノはその可能性に思い至らなかった己を怨んだ。

「…………白、帝……?」

かつて共に生き、共に戦った相棒。
家族よりも固い絆で繋がっていた筈の、大切な召喚獣。

それが今、敵を見るような目で、こちらを睨んでいる。

「――ユノ、下がって!」

そう叫びながら、ユウナはユノの手を掴み、白帝の前から引き離した。
刹那、白帝の鋭い爪が、ユノの居た場所を抉る。

「こいつも召喚獣か!?」

「そーだよ! しかもこの子はユノの……」

リュックの言葉に被せて、白帝が吠えた。
周囲の松明が揺らめいて、炎の渦となって一行を取り囲む。

「どうして……なんで、白帝……」

彼はこんなことをするような子じゃない。
とても優しい子だった。こんな風に、突然襲いかかってくるような真似は絶対にしない子だった。

「なんで……何か理由があるなら教えてよ、白帝……どうしてこんな……」

思い出したくなくても、脳裏には二年前の別れの瞬間が過ぎる。

――まさか、それが理由なのか。
シンを倒す為、スピラを救う為にと命を奪った事を、怨まれているのだろうか。

白帝がユウナに襲いかかろうとしているのを見て、ユノは慌てて彼女を庇った。
背を裂かれた痛みに耐えながら、唸る白帝を牽制する。

「白帝、もし怒ってるなら……復讐がしたくてこんな事をしているのなら、俺にぶつけてくれればいいよ。ユウナ達やキーリカの皆は関係無い……俺が罰を受けるから、だから……!」

「ユノ駄目! 危ない!」

ユウナの忠告を無視して、ユノは両手を広げて白帝の攻撃を受け止めようとする。
だが、それはパインの剣によって阻まれた。

斬られ、痛みに喘ぐ白帝の声と姿に、錯乱したユノは二撃目を繰り出そうとするパインを掴んで引き留める。

「は!? 何考えてるんだ、死にたいのか!?」

「分かってます!! でも、でも……っ!」

二年前は、ナギ節という輝かしい目標があったから耐えられた。
けれど今は? 何の為に彼をまた殺さなくてはならないのかが分からない。

「もう嫌なんです、傷付けたく無いんです、死なせたく無いんです……!!」

今どうして、何故再び蘇ったのかは分からないが、戻って来てくれたのなら、今度こそ彼には幸せになって欲しい。
また人間の都合で、人間の為に、彼の未来を潰すような事は出来ない。したくない。

その一心で白帝を庇おうとするユノに、パインが声を荒らげる。

「あんたがここに来たのは何の為だった!? あんたが護りたかったのはこの召喚獣なのか!? 今のあんたはもう召喚士じゃない、他に大切な役割があるんじゃないのか!?」

「…………!!」

「それでも覚悟が出来ないって言うんならもういい、私がやる!」

ユノを力尽くで引き剥がしたパインは、向かってくる白帝に再び剣を振るった。
ユノにはその姿が、二年前の己と重なって見えた。

(どうして……どうしてこんな事に……どうして……)

逃げ出したかった。けれど、パインに言われた通り、今の自分には果たすべき使命がある。

ユノは覚悟も考えも定まりきらないまま、ただその義務感に背を押される形で白帝に立ち向かった。

この時ばかりは、前衛として戦う事を選んだ二年前の選択を、殴る蹴るといった攻撃が主体となってしまった今の自分を怨んだ。
白帝の表情が痛みに歪む度に手が止まった。その度に、何故こんな事をしているのかを見失いそうになった。

大切な人達を護れるようにと、そう思って、努力して手に入れた力なのに。
間違ってもこんな、かつての仲間を殺す為に手に入れた力では無かった筈なのに。

獣のように暴れ回っていた白帝はやがて静かになり、幻光虫となって、地面に空いていた大穴の中に吸い込まれるようにして消えていく。

「ユノ……」

「…………ごめ、ん。今ちょっとだけ、一人に、なりたい、です」

気遣わし気に声をかけてくるユウナに、そう返すだけで精一杯だった。
黙って従ってくれた三人が部屋を出て行くなり、ユノは大穴の前に蹲って地面を掻き毟る。

硬い地面は傷一つ付かない。代わりに、指先と爪が削れていくだけ。
それで良かった。無意味な行為だと分かっていても、こうしなければ気が済まない。怒りにも似たやり場のない感情が、身体の内で暴れて止められない。

自身を痛め付ける事でしか、正気を保っていられない。

「……ロンさん、アーロンさん、アーロンさん……! 助けて……!」

前を向いて、顔を上げて歩いていこうと、その為に誤魔化し続けていたものが崩れて、ユノは狂ったようにその名を唱えた。


――――どうしてあの時、一緒に連れて行ってくれ無かったのか。

貴方の居ない世界で、こんな苦しみにどうやって耐えていけばいいのか。何の為に頑張ればいいのか。


「白帝……ごめん、ごめんね……! 俺が……俺のせいで……っ!!」

謝ったって何にもならないのに。いつだって泣いて謝ることしか出来ない。

何が大召喚士だ。何が島長だ。
俺は二年前と何も変わらず、まだ無力で惨めな役立たずのままだ。

ユノは絶叫した。吠えるように泣き叫んだ。
自傷で血を流す手の痛みよりも、心の方が遥かに痛かった。






「おう、お帰り。どうだった?」

寺院から出てきたユウナ達を認めて、無事だった事に胸を撫で下ろしたダチは、駆け寄ってそう尋ねた。

「暗い顔だな。もしかして解決出来なかったか? それにユノ様は……?」

「それが……」

ユウナはまた召喚獣が現れた事と、それがユノと縁の深い召喚獣であったことを話した。
ダチは大凡の事情を把握し、一先ずミッションを果たしたユウナ達を労う。

「ごめん、私が言い過ぎたかも」

「パインが謝ることないよ。言ってることは間違って無いんだしさ」

「そうだね。ユノもパインに怒ったりはしてないと思う。やらなくちゃいけないことだって、きっと分かってる。けど……簡単に割り切れるものでもないから……」

「そっか……」

「ごめんダチさん、ユノが帰ってくるまで、もうちょっとだけ待って貰える?」

「分かった、アニキにも伝えておく。ユウナ達も疲れてるだろうし、今のうちに休んでおいてくれ」

「うん、そうする。ダチさんもお疲れ様。こっちは大丈夫だった?」

「ああ。結局魔物が襲ってくるような事も無かったしな。全員無事だよ」

「良かった〜。そういや、バルテロ達はどうなったんだろね?」

「どうだろうね? 街の様子も気になるし、ちょっと見に行ってみよっか。パインも来る?」

「私は……いいや。ここで待ってる」

ユノが心配なのだろうと表情で察したユウナは、頷いてリュックと二人で街へ向かった。

ダチはシンラと共に飛空挺に戻って、パインよりも分かり易く心配だと言動に出すアニキを宥めつつ、未だあちこちからひっきりなしに入ってくる情報を捌くことに徹して気を紛らわせた。






小一時間ほど自傷行為に没頭して、漸く気持ちが収まってきたユノは、泣き疲れて朦朧としている頭と重い体を無理矢理起こして立ち上がった。

こんな事をしている場合ではない。
今この時にも、他の寺院では皆が魔物と戦っているんだ。キーリカの安全が確保された今、次に自分がすべき事は、他の地域を助けに行く事だ。

(そうだ……ビサイドに行かなきゃ……もしビサイドにも同じように召喚獣がいるのなら……ユウナはきっと辛い想いをする……彼女一人に背負わせちゃダメだ、俺がしっかりしなくちゃ……)

弱く挫けそうになる己をそうやって鼓舞しながら、ユノは寺院から出た。
外の騒ぎはすっかり収まっていて、いつもの穏やかなキーリカの景色がそこにはあった。青い空と木々の緑、暖かく湿った風が、荒んでいた心を鎮めてくれる。

「おかえり。……その、さっきはごめん。もう大丈夫なのか?」

寺院の出入口のすぐ近くにパインが立っていた。
申し訳なさそうにそう言われて、ユノは「俺の方こそ」と頭を下げる。

「俺のせいで無理させてごめんなさい。貴方が居なかったら、島の皆を護れなかった。本当に感謝してます」

「いいよ、そんなの。カモメ団が受けた依頼でもあるんだし。私は私のやる事をやっただけ。――それで、どうする? 私達は次はビサイドへ行こうかって話してたけど、あんたは……」

「行きます。今度はもう、あんな風になったりしませんから。行かせて下さい」

「……本当に大丈夫?」

「はい」

「あんたがそう決めたんなら、私はそれでいいけど。でも、無理だと思ったら大人しくこっちに任せてくれ。さっきみたいな真似されると困る」

「……はい」

反省し、思い詰めた顔で頷くユノに、パインは「責めてるわけじゃないんだけど……」と溜息を吐いた。

「困った時は頼ってくれってこと。あんたもユウナも、そういう性格なのは分かってるけど、私は何でもかんでも大召喚士様任せにするつもりなんて無いから。シンじゃなければ、私にだって倒せるんだし……」

「そうそう。ユノもユウナも、もっと周りに甘えていーんだよ」

突然、後ろから現れたリュックがそう言って、パインに抱きついた。
驚いたパインはひっついて離れないリュックと格闘し、それを見たユノは微笑を零す。

「遅いから心配で見に来ちゃった。ユウナは下で待ってるよ。行こ!」

「うん。待たせてごめんね」

「いいの! こっちはその間に街見て回ったりしてたから」

「そうだ、逃げた人達はどうだった? ダチさん達も……」

「皆大丈夫だよ〜。もう心配ないってユウナが伝えて回ったから、街の人達も安心して帰ってったよ」

「そっか……良かった……ごめんね、任せきりにしちゃって。俺がやるべき事なのに……」

「だから気にしなくていいんだってば! も〜」

リュックに背を押されながら街へ下りると、島民達が安堵した顔で駆け寄ってきた。
彼らと話していたユウナもやって来て、良かったと言ってユノに抱き着く。

「わっ!? ゆ、ゆ、ユウナ、あの、皆が見てるから……」

「あ、ごめん! そうだよね」

互いにこれは親愛であるとは分かってはいるが、一応男女である手前、妙な噂が流れないようにと照れながら離れる。

「あの、でも、有難う。心配してくれたんだよね」

「そりゃあ、するよ。……辛かったよね」

抱き締める代わりに、ユウナは慈しむようにユノの手を両手で握った。

自傷によって出来た傷は、要らぬ心配をかけぬようにと道すがら治しておいたのだが。
まるでそれを分かっているかのように。

「……大丈夫だよ、ユウナ。俺は大丈夫」

半分は相手を安心させる為に。もう半分は、己に言い聞かせる為に、そう告げる。

いつまでもこんな風に、彼女達に心配をかけてしまう弱い自分のままではいけない。自分が彼女達を引っ張っていけるくらいにならないと。
そう思って、ユウナの手を引いて歩き出す。

「……行こう。ワッカさん達を助けないと」
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