03.焦がれ消えぬ漣

キーリカを優先したせいで、ビサイドが酷い事になってはいないだろうかと、移動中ずっと心配していたユノは、その予想が裏切れられてほっと胸を撫で下ろした。

ルールーに状況を尋ねたところ、寺院から出てきた魔物はワッカ達が討伐したらしく、今は取り零しが無いか調査中、との事で。
ならばそれだけでも手伝って行こうと、ユノ、ユウナ、リュック、パインの四人で寺院に向かうと、入口で何やら揉めているワッカとべクレムに鉢合わせる。

「何を迷っているんだ。魔物をまとめて始末出来るんだぞ」

「けど、寺院に火ぃ付けるなんてやり過ぎだろ!」

「他に方法があるのか? 放っておいたら、どんどん魔物が出てくるかもしれない。あんた、自分の家族が魔物に襲われてもいいのか!?」

べクレムに詰め寄られたワッカは、「魔物を片づけりゃいいんだろうが!」と言い残して、一人寺院の中へ。べクレムも遅れてそれに続く。

「火を付けるって、そんな……」

「まあ、手っ取り早くて確実な方法ではあるけど」

「ワッカ大丈夫かな? 追っかけてみようよ」

「そうだね。私も……寺院を燃やされるのは嫌だな」

寺院の中に入ると、入ってすぐの広場でべクレムと再会した。
ユウナ達を見て、何をしに来たのか理解したのだろう。問われる前に「ワッカは奥で魔物退治だ」と告げる。

「……こんな寺院、魔物と一緒に燃やしてしまえばいいんだ。未だにあんなものを拝んで何になる? あれを倒したのは、あんた達だろうに」

「…………」

「助けに行くのか? 長くは待たないぞ」

「そんなに燃やしたいんですか」

「村人の安全の為だ」

ユウナは口を結んで、スタスタと先へ進んで行った。

べクレムの言っている事は分かる。ユウナも分かってはいるのだろうが、召喚士にとっての寺院――そこに安置されている祈り子の像は、役目を終え抜け殻となった今でも特別なものだ。

シンを倒せたのも、彼らが命を賭してくれたから。
ビサイドの出身者であるユウナにとっては、それ以上の思い入れもあるのかもしれないなと、ユノは推察しながら追いかける。

ワッカには道の中程で追いつく事が出来たが、彼は魔物との交戦で怪我をして動けなくなっていた。

白魔法で回復はしたものの、寺院から魔物が溢れてからずっと戦い続けてきたのであろう彼の体はもう限界なようで。
立ち上がるのもやっとといった有様を見て、皆は休んでいるようにと説得したのだが、彼は結局祈り子の部屋まで着いて来てしまう。

そしてそこには、予想していた通り、魔物と化してしまったかつての召喚獣――ヴァルファーレが待ち受けていた。

「召喚獣!? なんで……」

「違うの。この子はもう……」

ユウナは悲しげに目を伏せてから、覚悟を決めた顔で銃を抜いた。
それを見たユノもまた、その心境を汲んで構える。

中途半端に手を抜いて、戦いを長引かせても、余計にユウナが辛くなるだけだ。
ユノはそう考えて、痛む心と相手から目を背けつつ、全力で戦った。

その甲斐あって、キーリカの時よりも事は早く済んだ。
消えてゆくヴァルファーレを見ながら、ユウナが銃を下ろして呟く。

「私の、最初の召喚獣だったんだ。私、ビサイドで育って、ここで召喚士になって…………だから、ここを護りたくて……」

震える声で語られたその言葉には、それ以上の想いが込められているように聞こえた。
その理由を知らない他のメンバーに、ワッカがこっそり耳打ち。

「ユウナがあいつと初めて出逢ったのも、此処だったんだよ」

この仲間内で言うあいつ≠ニ言うのは、ティーダの事だ。
今はもう居ない、彼の面影が垣間見える場所。大切な思い出の宿る場所。

成程それで、と納得したユノとリュックは、べクレムが火を放つ前に早く報告しに行こうと、小走りで寺院の出入口へと戻った。







「そうか。無事で何より――でもない様だな」

カモメ団一行から報告を受けたべクレムは、足を引き摺って最後に戻ってきたワッカを見て言った。

「あんたも時期に父親だろうが。もしもの事があったら、どうする気だったんだ?」

と、呆れた様子で寺院から出ていくべクレムに言い返そうとするリュックを、ワッカが止める。

「いいって。あいつの言うことだって、間違っちゃいねぇよ。思い出を守るために死んじまったら、何にもならねぇ」

「すごーく大事な思い出でも?」

「思い出は優しいから甘えるな=\―アルベドがよく言うだろ?」

「そうだけどさぁ……」

「思い出は思い出、だよな。――もういっぺん魔物が出てきたら、今度こそ火ぃ付けるか」

「そう……だね。でも、その前に呼んで欲しいな。出来るだけの事はしたいし」

「分かった」

「……………………」

「どうした?」

「あ、いえ。なんでも無いんです。――そうだ、俺先に行って、ダチさん達に報告して来ますね」

その場に居るのが辛くなって、適当な理由付けをして一人外に出たユノは、晴れ渡っている空を仰ぎ見て、はぁと息を吐いた。


思い出は思い出。
優しいから甘えるな。
思い出を守る為に死んだら、何にもならない。


(……やっぱり、ワッカさんは眩しいや)

エボンの教えを大切にしていたワッカにとっても、寺院は大切な場所の筈だ。そしてユウナが寺院に抱いている想いも、その重さも彼は知っている。
彼にとって彼女は妹同然の大事な存在で、そんな彼女を悲しませると分かっていて、それでもべクレムの提案を受け入れようとするのは、今の彼には護るべき大切なものが他にもあるからなのだろう。

思い出を正しく思い出として胸の奥にしまって、今在る現実と向き合って生きる。

「前を向いて歩く」と言うのは、今のワッカのような生き様の事を言うのだろう。
素晴らしいと思う。格好良いと思う。自分もそう在りたいと確かに思っている。

思っているけれど――――

「お、帰って来たな。今度はユノ様が先か」

街からやって来たダチに声をかけられて、上の空になっていたユノはそちらに意識と視線を向けた。

「ユウナ達は?」

「あ、えっと、すぐ来ると思います。魔物退治も済みました」

「そうか。なんか寺院を燃やすだの何だのって話が出てるって聞いて心配してたんだが……」

「そう、それなんですけど……その、ダチさんはどう思いますか? やっぱり、過去よりも今を大切にした方がいいって思いますか?」

「うーん……難しいが、そうだな……俺は――というか、アルベドは基本、そういうスタンスだからな。そう思わないとやってられないってところもあるが」

「そう……ですか。そうですよね。アルベドの皆さんは、ずっと大変な中で頑張って来たんですもんね……」

「まあでも、そういう考えが正解ってことも無いだろうし、人それぞれでいいんじゃないか? 自分が納得出来る方を選べばいいさ」

「納得出来る方……」

現実から目を背けて、思い出の傍に居たいのか。
今目の前にいる人達と共に生きていきたいのか。

「……分からないんです。思い出に縋っていても仕方ないって、もっとちゃんと今を大事にして生きていきたいって思ってはいるんですけど……でも、俺にはどうしても……今もうここには居ない人を、その人と過ごした日々を、いつか忘れるかもしれない過去の思い出にしてしまうのは嫌なんです……」

こんな風に、いつまでも中途半端なままで居るのが一番嫌なのに、答えが出せないまま、地に足を着けずフラフラと彷徨い続けている。

「――って、そんな話されてもって感じですよね! すみません、忘れて下さい。そんなことより、次の寺院に行く支度しないとですね」

流れで弱音まで吐いてしまった己を咎めつつ、話を終わらせて飛空挺に帰ろうとするユノに、ダチも続きながら訪ねる。

「ユノ様のその悩みって、答えを出さなきゃいけないようなもんなのか?」

「え?」

「今回みたいに、思い出の寺院が燃やされるって話にでもなったんなら、決断する必要もあるかもしれないが……そういう訳じゃないなら、別に焦って答えを出す必要は無いんじゃないか?」

「それは……でも、周りの人達を見てると、一人だけ取り残されてるような気になるんです。皆は進んでるのに、俺はナギ節が始まったあの日から、少しも進めていないんじゃないかって……それに……」

今のこの命は、時間は、あの人がくれた貴重なものなのに。
こんな風に暗い顔をして、日々をただ浪費して、あまつさえ一緒に逝けなかった事を嘆くなんて。

「居なくなった人達に、救ってくれて有難うって、今こんなに幸せですって言いたいのに……こんなんじゃ、合わせる顔が無いです……」

「成程。でも、だからって無理に何とかしようとするのも違うんじゃないか? 今のユノ様……ユウナもだが、二人に必要なのは過去を振り切って進む決断力じゃなくて、自然と顔を上げられるようになるまでの時間だと俺は思うけどな」

「自然と顔を上げられるように……なるんですかね? 本当に、そんな時がこの先来るんでしょうか……」

「さぁなぁ。先の事は誰にも分からないさ」

「ですよね……」

「だから、そういう事で悩むより、もっと肩の力抜いて、今を楽しんだ方がいいんじゃないか? 1000年の戦いで失ったものも多いが、手に入れられたものだって沢山ある。ここ2年で娯楽も増えたしな。――そうだ、スフィアブレイクって知ってるか?」

「? 何ですかそれ」

「シンラがハマってよく遊んでるんだが……ルールは口で説明するとややこしくてな。今ルカで大会やってるみたいだから、ユウナ達と一緒に参加してみたらどうだ?」

「え、今ですか!? 今は遊んでる場合じゃ……」

「息抜きも必要だって。他の寺院からは今のところSOSは来てないし、ずっと戦い続きじゃ皆保たないだろ。特にユウナとユノ様は精神的にもキツいだろうし、療養も兼ねてって事で」

「でも……」

SOSが来ていないからといって、他の寺院が大丈夫だという保証も無い。
救助を呼べないほどに切迫しているのかもしれないし、そもそも通信機器の類が無い地域もあるだろう。

「あの、確かにユウナは休ませてあげて欲しいんですけど、俺は他の寺院が気になるので……一通り見て回りたいなって……駄目でしょうか?」

「ん〜……駄目とは言わないが……」

「乗せて貰ってるのに我儘ですよね。すみません」

「いや、それは構わないんだけどな。俺はユノ様がそうやって何もかも背負い込んで、いつか潰れないかって心配なんだよ。もうシンは居ないんだ。召喚士じゃなくても魔物と戦うことなら出来る。任せられるところは任せていいんじゃないか?」

「パインさんにも同じようなこと言われました。そうやって心配して貰えるのは凄く嬉しくて有難いんですけど……でも、俺はやっぱり、困ってる人が居るのなら、自分が助けになれるのなら、それを頑張りたいんです」

再度「駄目ですか?」と控えめに視線でお伺いを立てるユノに、参ったダチは頭を搔く。

「分かった。なら、一通り回ってみるか」

「! 有難う御座います!」

「これで有難うってのも何だかなぁ……」

今一つ納得のいかないダチは、けれども安堵した様子のユノにそれ以上「やっぱり休むべきだ」とは言えず、黙って飛空挺を飛ばせるしかなかった。
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