03.焦がれ消えぬ漣

ギップル達の安否確認を済ませた後、飛空挺はマカラーニャ湖へと向かった。

二年前の情景を思い浮かべて感慨に浸る――などという余裕は、現地に着いた時点で消し飛んだ。

「うわっ、何コレー!?」

「どうして魔物がこんなに……」

皆の前に現れたのは、道を塞いでしまうほどの大量の魔物の群れ。
それが水底から這い出てきているのを見て、パインが剣の柄を掴んで言う。

「寺院じゃないか。水没してても、魔物には関係ないらしい」

シンの消滅と同時に、湖面を凍らせていたシヴァの祈り子様が消えた影響で、寺院があった場所は水の中に沈んでしまっている。
確かにパインの言う通り、魔物はそこから溢れ出て来ているとしか思えない。

塞がれた道の先には、アルベド族が経営する宿泊施設、旅行公司の建物が見えた。
避難してくれていればいいが、取り残されているのなら急いで助けなければと、四人は交戦を始める。が、如何せん数が多すぎて、なかなか思うように進めない。

こういう時に、召喚獣が居てくれたら――――ユノの脳裏に思わずそんな考えが過ぎって、しかしそれはもう叶わないと首を振る。

不幸中の幸いで、他の寺院のように召喚獣に襲われるようなことこそ無かったが、全ての魔物を倒し切った時には、皆息も絶え絶えになっていた。

「魔物も打ち止めか……」

「はぁ……はぁ……み、みんな無事……?」

「ギリギリ〜……中、大丈夫かな?」

「入ってみよう」

静けさに嫌な予感を抱きながら、皆で恐る恐る様子を伺うと、店のカウンターに背を預けているアルベド族と目が合った。
生きている、まだ助けられる――そう思って駆け寄ったが、相手はアルベド語で何かを呟いた後、事切れてしまう。

「そんな……ほ、他に生き残ってる人は……」

「……居ないみたい」

「……ユウナ、疲れてるところで悪いんだけど、異界送り、お願いしてもいいかな……?」

「うん、任せて」

「ここじゃ狭いだろ。外に運ぼう」

開いたままの目を閉じさせて、遺体を外に運び出す三人を見ながら、ユノはギリと歯を食いしばる。

(俺が……先にジョセに寄ろうなんて言ったせいで……もしこっちを優先していたら、間に合ったかもしれないのに……)

もっと早く来ていれば――そんなもしも≠フことなど考えても、現状が変わるわけではないが、数少ない同胞をまた失って静かに涙を流すリュックを見ていると、ユノは後悔せずには居られなかった。







遺体の埋葬と異界送りを済ませて、飛空挺に戻ってきた一行は、待っていたアニキ達にも状況を伝えた。

リュックと同じアルベド族であるアニキとダチは、泣きこそしないものの悲痛な顔で黙祷を捧げ、それが余計にユノの胸を抉った。

「でも、寺院はこれで全部回ったよね?」

「そうだね。でも、どうして突然魔物が出てきたんだろう……一体どこから……」

うーんと悩む一同に、モニターに向かっていたシンラもぴょんと椅子から降りて輪に混ざる。

「僕、何でも知ってるし」

「なんで寺院に魔物が出たのかな?」

「正確には寺院じゃなくて、祈り子が居た部屋から魔物が出た」

「そうそう。で、どして?」

「……僕まだ子供だし」

なんだそりゃ、とガッカリするリュックの隣で、パインがユウナに問う。

「祈り子の部屋って、昔から穴が開いてたのか?」

「ううん」

「じゃあ、最近出来た穴ってこと?」

「ベベルにもあったな、大きな穴……」

「あっちはヴェグナガンのせいでしょ?」

「……全部、繋がってるんだと思う」

「穴が……繋がっている?」

「うん。でもそれだけじゃなくて、色んな意味で繋がっている……」

「ユウナ、難しいぞ」

と、アニキは脚の間に通した手と手を繋ぎながら首を捻る。
ユノも頭の中で情報を整理しながら自分なりに考えてはいたが、その答えを導き出すよりも先に大事なことに気付く。

「――待って、祈り子様の居た場所から魔物が溢れて来てるなら……危ないのは寺院だけじゃない!」

「? どういう事だ?」

「祈り子様の像って、寺院以外にもあるんです。例えばナギ平原とか、ザナルカンドとか……もしかしたらそっちにも魔物が出てるかもしれません」

「あーっ! そっか! 確かにそうだよ!」

「じゃあ、その二つも見に行こう! ダチさん、アニキさん、お願い出来る?」

「こっちはいいが……大丈夫なのか?」

「大丈夫です。お願いします!」

早くしないと、またマカラーニャのように手遅れになってしまう。休んでいる暇などない。

切羽詰まった様子で頭を下げるユノに、実際に被害が出ている以上止めることも出来ないダチは、「無理はしないでくれよ」と改めて忠告することしか出来なかった。






距離的にマカラーニャから近いナギ平原に先に降り立った一行は、かつて祈り子の像が置いてあった洞窟へと向かった。

シンが居なくなってからは観光名所の一つになっているらしく、恐らくは旅行客だろう人々が洞窟の前で騒然としているのを見て、皆はそれぞれから話を聞く。

「いきなり奥から魔物が……!」

「逃げそびれた人が何人か居るんだ。だが……私達では敵わない……くそっ!」

「取り残された人達を、助け出してくれませんか……!」

やはり予想は当たっていたらしい。
泣き縋る老婆にユノは頷いて、我先にと洞窟の中に駆けて行く。

「どう考えても、こんな所で遊んでる方が悪い」

「だね。でも、今は助けよう」

「ユノ、待ってよ〜!」

広く枝分かれしている洞窟内を、四人はそれぞれ手分けして救助に当たった。
魔物を蹴散らし、逃げ遅れた人を見つければ護衛して外まで連れていく。それを何度も繰り返しながら、少しずつ奥へと進んでいく。

(……っ流石に、ちょっと、キツい……けど、休んでちゃダメだ。俺が頑張らないと……)

疲れているのはユウナ達も同じだ。他の寺院を回ろうと言い出したのは自分なのだから、彼女達に頼ってはいられない。

岩壁に手を付いて呼吸を整えていたユノは、そう自分を鼓舞して足を動かし続けた。
その頑張りの甲斐あって、最奥に一番乗りすることは出来たのだが、そこで待ち構えていた召喚獣――ヨウジンボウを見て絶望する。

召喚獣と戦う気力体力など、もう残っていない。
何とか戦闘を回避したくて呼び掛けてみるが、相手の耳には全く届いていないようで、自慢の愛刀で容赦なく斬りつけてくる。

正直、逃げ出してしまいたかった。
だがここで逃げれば、ユウナ達に負担がかかってしまう。

ユノは今居る狭い空間を見渡して、自分の力を最大限活かせる戦法を必死に考えた。
隆起した壁を足場に跳躍し、敵を翻弄しながら天井まで登ると、そのまま踵落としを決める。
フラついたところにもう一撃。さながらピンボールのように、召喚獣と壁との間を行ったり来たり。
そんな風にして少しずつダメージを蓄積させていったが、やはり一人では倒すには至らない。

何度も諦めそうになって、その度に己を叱った。
流れる血と汗を拭いながら、無限に続くのではと思える攻防を耐え凌ぐ。

あと少し――そう思えるようになった頃、避難誘導を終えたユウナ達も駆け付けて来てくれた。
ヨウジンボウは四人の猛攻に沈み、幻光虫となって霧散する。

ああ、やっと終わったとユノが気を緩めた瞬間、世界がぐるりと回った。
平衡感覚が無くなって、体が地面に倒れる。その衝撃と共に、意識はプツリと途切れた。
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