03.焦がれ消えぬ漣

「――――お、気が付いたか?」

次に目を開けた時には、既に飛空挺に戻っていた。
何が起きたのか分からず目を瞬かせるユノに、ベッドの縁に座っていたダチが経緯を説明する。

召喚獣を倒した後、その場で気絶してしまった事。ユウナ達が怪我を治して、洞窟の外まで運んで来た事。
聞いたユノは青くなりながら、ごめんなさいごめんなさいと頭を下げる。

「そういうのは後でユウナ達に言ってやればいいさ。俺は飛空挺の前でバトンタッチして、ベッドまで運んだだけだしな」

「あれ、そう言えばユウナ達は……? 今飛空挺って何処に停まって……まだナギ平原ですか?」

「あー、いや、その…………それはともかく、ユノ様は暫く休んでてくれ」

ダチは何やら気まずそうに目を逸らして言葉を濁した。
ユノはベッドの上から窓越しに外の様子を窺う。

見えたのは緑の草原ではなく、幻光虫の漂う幻想的な遺跡の風景。

「ここって……ザナルカンドじゃないですか! え、じゃあ、まさかユウナ達は先に行ったんですか!?」

「ストップストップ! 駄目だって! ユノ様はここで待機!」

慌ててベッドから降りようとするユノを同じく慌てたダチが取り押さえて、強引にベッドに戻そうとする。
ユノはそれに抵抗しながら反論。

「どうしてユウナ達だけで行かせたんですか!? いや、急がなくちゃいけないのは分かりますし、気絶してた俺が全面的に悪いですけど、でも……!」

「心配なのは分かるけど、今その状態で行くのは自殺行為だって。ユウナ達に頼まれたんだよ、ユノ様がこれ以上無理しないように見張っててくれって」

「無理ならユウナ達だってしてるじゃないですか! 俺の怪我ならもう治ってます、大丈夫ですから行かせて下さい……!」

「駄ー目ーだ。ほら戻った戻った」

と、力比べに負けてベッドに再び寝かされたユノは、悔しさで涙を滲ませた。
罪悪感に駆られたダチは、うっと言葉を詰まらせる。

「何で……何で俺だけ、いつもいつもか弱い人みたいな扱いを受けなきゃいけないんですか……? 俺ってそんなに頼りないんですか? そんなに弱く見られてるって事ですか……? ユウナ達は女の子なのに、どうしてユウナ達は行かせて俺だけこんな……」

言葉にすれば余計惨めになって、しかしここで泣いてしまえば余計に格好が悪いと、声を震わせながらも耐えるユノに、ダチは内心「誰か助けてくれ」と思いながら答える。

「違うって。別にユノ様が弱いとか頼りないとか、誰もそんなことは思ってない。ただユノ様はちょっと無理し過ぎるところがあるだろ? ユウナも結構無理するタイプだが、あっちは自分のキャパシティを理解出来てる。でもユノ様は、それを超えて頑張ろうとするから、皆も過保護になってるんだよ」

「…………自己管理が出来てないって事ですか?」

「いや、それもちょっと違うな。なんて言うか……俺にはずっと背伸びしてるように見えるんだよ。それが肩書きから来るプレッシャーのせいなのか、自分自身の劣等感のせいなのかは分からないが、ハードルを高くし過ぎてないか? で、それを無理に飛び越えようとして怪我してる。そんな感じだな」

「………………」

「上を目指そうとするのは良い事だと思うが、もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃないか? そんなに焦らなくても、少しずつ出来ること増やすくらいでいいと思うけどなぁ」

「………………」

「この前ビサイドで言ってた、過去と今とどっちを優先すべきかって話にしてもそうだが、何もそんなに急がなくても ――あ、別に責めてるわけじゃ無いからな」

ずっと黙ったままのユノが、俯いてシーツを握り締めているのを見て、ダチが慌ててそう付け足した。
ユノは責められているとは思っていないという意思表示の為に、頭を緩く振る。

「……俺は、早く相応しくならないといけないんです」

「ん? 大召喚士とか島長って立場にか?」

「それもありますけど、そうじゃなくて……この命に相応しくなりたいんです」

ダチはよく分からない、といった顔をした。
ユノは自分の胸元を掴んで、その下にある鼓動を布越しに感じる。

「永遠のナギ節も、この命も……俺とユウナの大切な人の代わりに得たものだから……それだけの価値があったと、早くそう思えるようになりたいんです。そうしたら、あの日からずっと消えない後悔のような感情が、このどうしようもない苦しみが、少しはマシになるんじゃないかって思って……だから……」

取り残されたと思うより、生きていてよかったと思いたい。
あの二人には、ごめんなさいよりも、有難うと伝えたい。

けれど今の自分のままでは、いつまで経っても、そんな風には思えない。
あの二人に釣り合うだけの価値が自分にあるとは、到底思えない。

ユノは深呼吸で気合いを入れ直して、顔を上げた。

「だから、まずは今困っている人を助けに行きます!」

「え? ――あっ! だから駄目だって!」

豪快にも二階のベッドからそのまま一階にジャンプして逃げようとするユノを、一拍遅れたダチが慌てて捕まえる。
引き戻されたユノはベッドの上に転がって、頼むから大人しくしててくれとダチに上から押さえつけられた。

そのままベッドの上ですったもんだを繰り広げていると、見舞いに来たアニキが何を思ったか 、見るなりダチを突き飛ばす。

「貴様ァァ! 姿が見えないと思ったら、ユノが弱っているのを良いことに、なんってハレンチな真似を……!」

「はぁ!? 何言ってるんだ、俺はただ――」

「問答無用! 覚悟ォッ!!」

と、言い分を全く聞かないアニキに襲いかかられたダチは、至極うんざりとした顔で応戦。
一方、突然のことに暫し呆然としていたユノは、今のうちだと気付いてコソコソとその場を離れる。

「あっ、こら! ユノ様! ――おい退けこの馬鹿! 逃がしたら、俺がユウナ達に怒られる!」

「ユウナぁ!? ユウナにまで手を出したのか!?」

「だから何でそうなる! トヤネソミッキョシヌウハ!」

「ハシダヒダフ!? ラミチン、ユノオヨソザアニイセミサルヘシ!」

「ホエマ、サガキンプミキセサガテガ!」

「フホユテェ!」

アルベド語は分からないが、アニキが何やら盛大な勘違いをして暴走していることは分かる。
ダチを哀れに思ったユノは、ごめんねのジェスチャーをして、しかしそのまま出て行った。

そうして二年ぶりのザナルカンドに降り立ったのだが、無人だと思っていたその場所で、談笑している観光客達の姿にギョッとする。

(……こ、ここまで観光地化してるなんて……いや、平和になった証なんだろうけど……)

それでも、出来ればここには、無関係の人はあまり立ち入って欲しく無かったのだが。

来ている人達が悪い事をしている訳では無いのだし、咎めることなど出来ないが、どうしても冒涜的に感じてしまって、ユノはなるべく周囲を見ないようにして足早にドームを目指す。

「あれ、ユノ!? どーして!?」

ドームの入口まで来ると、そんなリュックの声が聞こえてきた。
追いつけたのかと思ったが、ドームの奥から出てきているのを見るに、もう既に事は終わった後なのだろう。ユノはがっくりと項垂れながら生返事をする。

「ダチめ〜! ちゃんと見張っててって言ったのに!」

「え、や、ダチさんはちゃんと見てくれてたよ。行っちゃダメだって言われたけど、俺が勝手に抜け出してきただけで……それより、ここの祈り子様の部屋はどうだった?」

「ここは大丈夫だったみたい。よく考えたら、ここの祈り子様って、ずっと前に居なくなってたでしょ? 多分、そのお陰だと思う」

「あ、そっか……そう言えばそうだったね。ごめん、俺の早とちりで……でも、何ともなくて良かった……」

「あとね、イサールさんが、ユノに宜しくって言ってたよ」

これまた随分と懐かしい名前だ。
初めて会った時、彼の弟のパッセに「綺麗なねーちゃん」呼ばわりされたことを思い出して、ユノは何とも言えない気持ちになる。

「でも、どうしてここに? イサールさんもここが心配で見に来てたの?」

「それがさぁ、うちのオヤジの観光業の手伝いしてるんだよ」

「えっ、待って、じゃあここが観光地みたいになってるのって、シドさんの仕業なの?」

「そうなんだよ〜、あたしもこないだユウナ達とここ来た時に知ってさぁ」

「ま、その件に関しては、前にユウナが叱ってたから、もういいんじゃない。反省してたみたいだし、前より客も減ってるし」

「あ、そうなんですね……?」

「でもそのせいで、シドさんは何処かへ行っちゃったみたいで、イサールさんが困ってるみたいなの。探しに行った方がいいかなぁ……」

「ほっといていーよ。呼び戻したってしょうがないし。ユウナはここを踏み荒らされるのが嫌で、オヤジに怒ったんでしょ?」

「それはそうなんだけど……」

「イサールが心配なら、オヤジを探すより、他の就職先探してあげた方がいーんじゃない?」

「他の就職先、かぁ……そうだね」

「とにかく、魔物騒ぎはこれでおしまい、だな」

「は〜疲れた〜! ちょっと休も〜」

伸びをしてその場に座り込むリュックに、他の面々も適当な場所に腰を下ろす。
こうしてエボン=ドームを見上げていると、意識せずとも、かつての思い出が蘇ってくる。

ここが運命の分かれ目だった。
ティーダが居なければ、アーロンが居なければ、今のこの未来は存在しなかった。

(……観光名所になってるよって言ったら、どんな顔するだろうなぁ。アーロンさんは怒るかな。いや、呆れるかな? ティーダは……賑やかになっていいじゃんって、笑って許しそう、かな)

死ぬ覚悟なんてしなくても、誰でも気軽に遊びに来れるような場所。
ナギ平原も、ザナルカンドも、もう誰かが命を落とすような場所では無くなったのだ。

複雑な心境ではあるが、やはりこの変化は悪いものではないのだろうなと、ユノは笑い合う人々を見て思った。
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