01.ミッションスタート!
薄暗くて長い通路を、ひたすら走る。どれだけ走ったか、もう息も絶え絶えで。
でも逃げなければ、もっと速く、もっと遠く。
後ろからは追ってくる沢山の足音。
俺の手を引いて前を走る貴方は、時折後ろを振り返りながらも全力で駆ける。
分かれ道、左に方向転換する貴方に身体がついていかなくて。
よろけて倒れそうになったところを抱きとめられて、また走り出す。
辿り着いたのは大きな機械の前。
道はそこで行き止まりで、自分達にスポットライトが浴びせられる。
向けられる銃口。貴方は俺の肩を抱いて、安心させるように微笑む。
俺もそれに応えて、同時に銃声と鉛球が二人の身体を貫いた。
貴方の手が俺から離れる。
身体が地面に倒れる。
俺は仰向けに、貴方はうつ伏せに。
顔が見えない、手を伸ばして貴方に触れたいのに、身体が動かない。
名前、呼びたいのに、声も出ない。
頬を一筋の雫が伝って、視界が消えていく。
こちらににじり寄ってくる足音。
音にならない声が唇から零れた。
「 」
「────っ!!」
今の自分の状態を、ユノは直ぐには理解できなかった。
心臓は早鐘を打ち、額からは汗が流れ、言いようのない恐怖と悲しみに身体が震えている。
「…………ゆ、め……?」
「……ユノも?」
隣を見ると、真っ青な顔をしたユウナと目が合った。
リュックとパインは、そんな二人を不思議そうに見下ろしている。
「どしたの〜?」
「変な夢……かな」
「夢は夢さ」
「そんなの着て寝たせいだよ」
「あ」
見れば、いつもの服ではなく、昨日踊った時の衣装のまま。
着替えるの忘れてたと、ユノはユウナと顔を見合わせて笑った。
今日の予定は、昨日決めたとおり例のスフィアを返すことになったらしい。
が、どちらに返すかで皆悩んでいるようだ。
「青年同盟と新エボン党、どっちもどっちだし」
「どっちがいいと思う?」
「リーダー命令に従うッス」
「よし、ユウナが決めてくれ。リーダー命令だ!」
「あ、ずるい!」
早々に考えるのを放棄したアニキに、ユウナはリュックやパインに意見を仰ぎ始める。
「新エボン党は、名前からしてなんかヤな感じなんだよね〜」
「青年同盟は危なっかしい、ほとんど暴走しかけてる」
「う〜ん……ユノ、どうしよっか?」
「え? えっと……俺が意見していいの? 俺はカモメ団の一員って訳じゃないし……」
「いいのいいの!」
「じゃあ……俺は、青年同盟……かなぁ」
「キーリカの街には、青年同盟派が多いもんなぁ」
「あ、えと、それも、無いって訳じゃないんですけど……パインさんが言ってた通り、青年同盟って過激派が多いですから。敵に回すことを考えたら、新エボン党のほうがまだ穏便に済むかなって……」
「うん、じゃあ、私はそれでいいよ。皆は?」
「異議なーし!」
自分のような部外者の一言で、大事な話をそんなアッサリ決めてしまっていいのだろうか。
「ま、いいんじゃない。どっちに返しても、面倒なことにはなるだろうし」
「それは……そうですね」
「ところで、あんた私より年上って聞いたんだけど、なんで敬語にさん付けなの?」
「えっ? あ、すみません、嫌でしたか?」
「嫌じゃないけど……別に、そんなに畏まらなくてもいいってこと」
「有難う御座います。……でも、やっぱり慣れるまでは、このままじゃ駄目……ですか?」
「別に、そっちのほうが楽なら、無理して変えなくていいよ」
見た目は厳しそうだけれど、優しい人なんだろう。
リュックたちの元に向かうパインを見て、ユノは今朝見た夢を思い出しながら、ぎゅっと胸を押さえた。
(……やっぱり、似てるなぁ)
キノコ岩街道。二年前、ミヘン・セッションが行われ、多くの人の命が失われた場所。
街道の様子は当時とほとんど変わりはなかったが、その最深部には、青年同盟の本拠地が出来ている。
「盛り上がってるね〜!」
「どうしてかな?」
「大召喚士様だから」
「スフィアをかっさらった相手をこんなに歓迎するか、普通?」
「ヨヤアミヨソムチシヌウハ! ゴフゴフソミルボ」
真正面からズカズカと乗り込んでいくアニキ。
その後ろをダチと、鼻歌交じりのシンラが追いかける。
「また会ったな、大召喚士様。今度は何の用だ?」
「えっと……」
「あなたたちが探していたスフィア、お渡しします。これでもう、キーリカで戦う意味はなくなりましたよね」
「ありがたい申し出だが……いきなりだな。名前ぐらい名乗ったらどうだ、大──」
「あたしたち、カモメ団!」
ヌージの言葉を遮って、前に出たリュックが宣言。
「なるほど? スフィアハンターか。では、スフィアは有難く受け取っておく。カモメ団の諸君に、同盟を代表して礼を言おう。──諸君、カモメ団に歓呼を!」
カモメ団、カモメ団! と、青年同盟の面々が口々に叫ぶ。
アニキ達はその歓声にご満悦だが、ヌージはさっさと中に入って行ってしまった。
「あ、あの、待ってくださいヌージさん。キーリカのことなんですけど……」
「それよりも」
席に座って、相手は威圧的に皆を見る。
「見たのか」
「へ?」
「こいつの中身だ」
「……それは、その……」
「見ました」
「あちゃぁ……」
見てはマズいものだったのか、まあ予想はしていたが。
ユノと同じくリュックはなんとかはぐらかそうとしていたが、ユウナに断言されてしまい天を仰ぐ。
「忘れろ」
「できません、そんなこと」
「ユウナ、下手に出る必要はない」
立ち上がってこちらを見下ろしてくるヌージに、臆することなく睨み返すパイン。
二人は意味ありげに視線を交わす。
「忠告なんだが。あれは……あの大いなる存在は、ヴェグナガンと呼ばれている。圧倒的な破壊をもたらす、決して触れてはならない力だ。しかし、エボンの連中はあれを利用しようとしている。俺たち青年同盟は、どんな手を使っても食い止めるつもりだが……あんたたちは、忘れたほうが身の為だな」
「あの……一緒に映っていた男の人は?」
「そこまでは分からんな」
「そっか……」
落胆して、視線を床に落とすユウナ。
と、そこに外からダチが飛び込んでくる。
「おい、飛空挺からの緊急信号だ! カモメ団、すぐに戻るぞ!」
慌しく部屋を出て行くリュック達。
ユノは咄嗟についていこうとして、
「あんたも、カモメ団に入ったのか?」
その一言に、足を取られる。
「……いえ、俺は……」
「ならば何故いつまでも一緒に行動している? あんたにとってあの島はその程度か」
「!? ちが、俺は貴方達の争いを止めようと……!」
「だとしても、実際このスフィアを奪って、返しに来たのはあんたじゃない、カモメ団だ」
「……それは……」
「島の代表があんたじゃ、キーリカの連中もさぞかし不安だろうな」
────俺は。
ユノは壁に追いやられて、相手を睨み返すことさえ出来ずに俯く。
悔しい、でも、言い返せない。
彼の言うことは、何一つ間違ってはいない。
「……そこで何も言わずにただ黙っているのが、あんたの悪いところだな。これなら、同じ大召喚士でもまだもう一人の方がマシだ。その調子では、いずれその弱さにつけ込まれるぞ」
「…………っ」
「何やってんだ?」
なぜか戻ってきたダチがこちらを見て、次いでヌージを見た。
「……ユノ様、ユウナ達が呼んでる。一緒に来てくれ」
「え、あ、はい」
また何か言われるかと思ったが、ヌージはじっとこちらを見るだけで口を開かなかった。
本部を出ると、両脇に並んでいた団員達に恭しい敬礼で見送られる。
「何か言われたのか?」
「?」
「さっき、なんか泣きそうな顔してたぞ」
「えっ!? あ、いえ、別に何も……ただ、自分が不甲斐なくて……」
「へぇ、大召喚士様でも、不甲斐ないなんて思うことあるのか。スピラを救った英雄だ、もっと自信持っていいと思うけどなぁ」
「英雄、なんて。ユウナは確かに、凄いですけど……」
彼女と自分は違う。
旅が終わってからもずっと、抜けることはない劣等感。
「……俺はただ、護られただけですから」
今はもう過去となってしまったかつての旅路を思い出しながら、ユノは自嘲的な笑みを返すことしか出来なかった。