00.月満つれば則ち虧く
数日後。バースの葬儀が終わると、ユージーンの処遇を巡っての裁判が行われた。
被告人であるユージーンのほか、ミルハウストやジルバ、アガーテといった城の関係者、バースの身内であるアニーなどが集められたが、リュイはその中には含まれなかった。
(……まあ、そらそうやわな。10年一緒に住んでたかて、戸籍上は何の関係も無いんやし……ドクターとも、ただの上司と部下みたいなもんやし……)
それでも、傍聴席に居ることぐらいは許されるかと思っていたのだが。
これもハーフだからだろうかと、ユージーンに言われたことを思い出しながら、リュイは手持ち無沙汰でぼんやりと灰色の空を見上げる。
経営者であるバースが亡くなり、今診療所は一時的に廃業となっている。
相続人であるアニーが望めば、営業を再開する事は可能だろうが、唯一の家族を失った今の彼女に、その手続きを求めるのは酷だろう。
家に帰ろうにも、家主のユージーンが捕まってしまった以上、家自体が今後どうなるか分からない。
そもそも、ユージーンにあそこまで言われては、あの家にこれ以上住み続けることなど出来る筈もない。
結果、帰る場所も行く宛ても無くなった彼は、城の近くのベンチで黄昏れていることしか出来なかった。
同じく路頭に迷っているマオが、それを見付けて駆け寄る。
「リュイ! こんなところに居た! ねぇ、ユージーンはどうなったの!?」
「……知らんよ。俺なんも聞かされてへんし。知りたかったら他の人に聞いてや」
「リュイは気にならないの!? こんなところでボーッとしてないで、ユージーンを助けに行こうヨ!」
「助けるて何やねん。裁判所に殴り込みにでも行くんか? やめとき。余計ややこしくなるだけや」
「じゃあこのままユージーンが裁かれるのを黙って見てろって言うの!?」
「……何かするんやったら、せめて裁判が終わってからにしぃ。結果がどうあれ、即処刑て事にはならんやろうし。収容所に戻ってきてから、こっそり檻から出すくらいやったら出来るんちゃう? 保証はせんけど」
「わかった。じゃあそうする!」
迷いなくその提案を受け入れるマオに、リュイは「ほんまにやるんかい」と溜息を吐いた。
「言うとくけど、それやったらあんたも犯罪者やで」
「いいよそんなの。ボクにとっては、ユージーンの方が大事だもん。リュイもそうじゃないの?」
「……俺はそもそもハーフやし、今更汚名の一つや二つ増えたところで何ともあらへん」
「じゃあ、手伝ってくれる?」
「それは出来ん」
協力してくれることを期待していたマオは、素気無く断られて動揺する。
「え……なんでサ? 罪人になるのが嫌なわけじゃ無いんでしょ?」
「ユージーンがほんまにドクターのこと殺したんやったら……無罪放免て訳にはいかんやろ。親殺されたアニーちゃんの気持ちはどうなんねん」
「でも、ユージーンが本当にそんなことするはずないヨ! もし仮に殺したんだとしても……きっと、そうするしかない理由があったんだ!」
「そんなん分からんやろ? ほんまのことなんか、ユージーンとドクターにしか分からんねん。俺らには仲良う見えとっても、実際は違たんかもしれん」
「そんな……リュイはユージーンのこと、信じてないの……?」
それが酷くショックだと言いたげに、マオは分り易く傷付いた顔をした。
リュイは眉根を寄せて、そんなマオを視界から外す。
「俺にはわからんねん。ユージーンが何考えてんのか、何でこんなことしたんか、今どんな気持ちで居んのか……何も分からへん。理解出来たんは、ユージーンが俺をこの件に関わらせへんようにしとるっちゅーことだけや。ユージーンがそれを望んどるんやったら、俺はもう何もせぇへん」
「でもそれじゃあ、もうユージーンと一緒には居られなくなるかもしれないんだヨ!?」
「せやからユージーンはそれを望んどるって言うてんねん!!」
足元にいた鳥達が、怒声に驚いて一斉に飛び立っていった。
マオも驚きに目を剥いて――――その瞳が徐々に潤んでいく。
「そんなわけない……そんなわけ無いよ……! ユージーンがリュイともう一緒に居たくないなんて……そんなの絶対思ってるはず無い……!」
「そんなんあんたに分かるわけ無いやろ!? 本人がそう言うてんねんから、そうするしか無いやんか!」
「どうしてそこで納得して引き下がるのサ!? 嫌だって言いなヨ! ユージーンが何て言っても、勝手にずっと一緒に居るからって言えばいいのに!」
「そんなん言えるわけないやろ!」
「どうして!」
「どうしてって……俺はユージーンの家族でも恋人でも無いんやで? ただ一緒の家で暮らしとっただけや。おまけにこんなハーフやし……」
「ハーフだから何!? そんなのどうだっていいヨ! ユージーンはそんなことでヒトを差別したりしないって、リュイなら知ってるはずでしょ!?」
「だからそれが分からんなったんやんか……! 俺かてユージーンの言うたこと本気やて思いたないよ。けど、絶対嘘やて決めつけんのは、俺の勝手な願望でしか無いやんか……!」
ユージーンの言ったことが本心ではないと、自分は確かに彼に大事に想われているのだと、そう信じ切るには、リュイに植え付けられた「ハーフ」という呪いは根が深すぎた。
ユージーンのお陰で解けかかっていたその呪いは、ユージーンの手によって再び強固なものとなり、リュイを苦しめる。
「ユージーンが頑なに縁切ろうとしとんのに、これ以上駄々捏ねてもしゃーないやん。俺はそんな無理矢理一緒に居りたいわけやない……ユージーンが俺のこと必要としてへんのやったら……潔く消えるんがせめてもの恩返しやろ……」
消沈し項垂れるリュイを見て、マオの胸中で悲しみと怒りが混ざり合う。
ユージーンは絶対にリュイのことを大切に想っている。ずっと傍に居ることを望んでいる。それを疑う余地など無いのに。
ラドラスの落日と呼ばれるようになった例のフォルス能力者の暴走事件以降、ユージーンと共に過ごしてきたマオにはそう断言出来た。
リュイの事を語っている時の目付きの優しさが、その内容が、会えない時間の長さに出る溜息が、彼の愛の深さを物語っていたから。
なのにどうして、当の本人にその気持ちが届いていないのか。何故こんなことで、この2人の仲が引き裂かれなければならないのか。
マオはそれが悔しくて堪らなかった。
「もういいヨ! リュイが助けに行かないなら、ボク1人で行く! リュイがユージーンのこと要らないのなら、ボクが貰っちゃうからネ!」
そう発破をかけても、リュイは動こうとはしなかった。
覇気のない声で「好きにしぃや」と言われて、マオは膨れっ面になる。
「リュイのバカッ! 後悔しても知らないから!!」
マオが滲む涙を拭って走り去っても、希望を見失ったリュイはただ虚空を見つめ続けることしか出来なかった。
審議の末、ユージーンは極刑を免れていた。
それは主にミルハウストの抗議の結果によるものだが、その判決にアニーは納得しなかった。
不当な判決だと泣き叫ぶ彼女の姿と声を、ユージーンは暗い檻の中で何度も何度も反芻する。
そうしてどれほど時間が経ったのか。ほかの囚人達の寝息が聞こえてくる頃になって、漸くユージーンはそれを止めた。
足音が聞こえたからだ。
タッタッタッと軽い靴の音が近付いて来たかと思うと、鉄格子の前にひょっこりとマオが顔を出す。
「マオ!? どうしてこんな所に……」
「しーっ! 気づかれちゃうヨ!」
どうやって手に入れたのか、彼の手には牢のものと思しき鍵が握られていた。
マオは周囲を警戒しながら、その鍵を使ってユージーンを解放する。
「一体どうやって……見張りは居なかったのか?」
「居たけど、フォルスでちょちょいっとネ! 訓練の成果だヨ!」
「俺はそんなことをさせる為に、お前を鍛えていたわけじゃ無いぞ」
「せっかく助けに来たのにお説教〜? それより、早く逃げないと!」
手を引いて走り出すマオに連れ出される形で、ユージーンは収容所の外に出た。
気絶している見張り達に、マオは「ごめんネ」と可愛らしく舌を出して謝る。
「待つんだマオ。出して貰えたのは有難いが、手助けはここまでで良い。脱獄を幇助したと知れればお前まで……」
「何言ってるのサ! どうせさっきの見張りに姿見られちゃってるんだから、今ここで知らんぷりしたってもう遅いヨ! だから、ボクはユージーンと一緒に行く!」
「いや……だがしかし……」
「何を言ってもムダだからネ! 置いて行こうとしたって、勝手について行くから!」
と、一歩も譲ろうとしないマオに、ユージーンはお手上げ。
とりあえず今はマオの言う通りこの場を離れた方がいいかと、ユージーンは一先ず島を出る為に船着場へ向けて走り出す。
「――待ってユージーン! あのさ、何か大事なこと忘れてない?」
「ん? 何だ? 礼なら後でするつもりだが」
「そうじゃなくって……バルカを出て行くなら、ボクの他にもう1人、連れていくべきヒトが居るでしょ?」
王都の方へ目を向けるマオの言わんとしていることを理解して――しかしユージーンは首を振った。
「俺はあいつからバースを奪った。その上、今こうして裁きも受けずに逃げ出そうとしている。そんな奴と一緒に居れば、あいつが人々からどんな謗りを受けるか分からない……これはお前にも言えることだぞ。考え直したらどうだ?」
「ボクはそんなの気にしないし、きっとリュイだって気にしないヨ! 連れて行ってあげようヨ……!」
「……例え本当にあいつが気にしなかったとしても、俺が嫌なんだ」
ユージーンは目を閉じた。
王都に居るであろうリュイを、彼と共に過ごしてきた10年の日々を、瞼の裏に映して眺める。
「あいつは、王都に来てからずっと頑張って来た。ハーフに向けられる偏見や差別の中で、やっと信頼を得られるようになったんだ。俺がそれを壊すような真似は出来ない」
「でも、リュイだってボクと同じように、帰る場所はユージーンのところ以外に無いんじゃないの? それなのに置いていくなんて、可哀想だヨ……」
「かつてはそうだった。だが今のあいつはもう、自分で居場所を作れる。1人で生きていくことだって出来るんだ。俺の役目はもう終わっている」
「ならどうしてずっと一緒に住んでたのサ!? 一緒に居たかったからじゃないの!?」
その言葉には、ユージーンは自嘲を含んだ苦笑で返した。
「…………そうだな、その通りだ」
「だったら……!」
「だが、もういいんだ。今の俺にはもう、あいつの傍に居る資格は無い」
行くぞ、と王都に背を向けて歩き出すユージーンに、マオはリュイと話していた時と同じ怒り悲しみが湧き上がるのを感じた。
「なにそれ……全然良くないヨ。ちっとも良くない……!」
マオの震えた声を聞いて、まさか泣いているのかと振り返ったユージーンは、その予感が的中しているのを見て慌てる。
「どうしてお前が泣くんだ」
「だってこんなのおかしいヨ……! ユージーン、今の仕事が終わったらやっとリュイと過ごせるって、あんなに楽しみにしてたのに……! なんで急にこんな……!」
「……そうだな。俺もこんなことになるとは思っていなかった。だが、先にバースの所へ行ったのは、ある意味では正解だったとも思う」
「……? どういうこと?」
「もし順序が逆だったら……あいつに会うことを優先して、想いを伝えてしまっていたら……あいつは殺人犯の伴侶などという不名誉な烙印を押されることになっていたかもしれない。そうならなくて良かった……これで良かったんだ」
眉を下げながら、安堵した様子で言うユージーンに、リュイを遠ざけようとする彼の心理を少しだけ理解したマオは、それ以上は何も言わずに、彼と共にバルカ島を出て行った。