00.月満つれば則ち虧く

「何? 仕事がしたい?」

週に一度の診察の日。
診療所で「経過良好」の診断を貰ったリュイは、自分の言ったことを繰り返したバースにこくこくと頷く。

「どうしてまた急に」

「ユージーンに頼りっぱなしなん嫌やねん。食費とか家賃とか……あと治療費も、ユージーンがええて言うてもちゃんと返したいねん。でも俺、どないしたら就職出来るんかサッパリで……やっぱハーフやと厳しいん?」

「それはなんとも言えないな……雇われる確率が低いというより、そもそもハーフの人口が少な過ぎるせいで、前例が殆ど無い。前例の無い事を試そうとする者はそう多くは無いだろう。そういった意味では、ヒューマやガジュマよりも苦労はするかもしれないな」

「そっかぁ……どないしよ……」

稼ぐ方法が全く思いつかないわけでは無いのだが、それを王都でやっていいものかリュイには判断がつかなかった。
禁止されているのなら下手なことは出来ないし、捕まってしまえばユージーンにも迷惑がかかる。

「……なあ、ドクター。あのな、こんな事言うたら、引かれるかもしれへんねんけど……」

「ん? 何だい?」

「その、キョグエンにおった頃にな、俺がどうやってお金稼いでたかっちゅー話なんやけど……」

「ああ、それは気にはなっていた。ユージーンは住み込みで働いていたんじゃないかと思っている様だったが、違うのかい?」

「当たらずしも遠からずやけど……なんちゅーか、人に誇れるような仕事とちゃうねん。そもそもあれを仕事て言うてええんかも微妙なところで……でも俺、そういう稼ぎ方しか知らんから、王都でもああいうんがオッケーなんやったら、それしよかなと思うねんけど……」

「ふむ。それはどんなものなのかな?」

リュイは周囲をキョロキョロと見渡して、部屋にバースと自分の二人しか居ない事を確認してから、声を潜めて言う。

「……身売り、って、言うて意味伝わる?」

「!」

言いにくそうな様子と前置きから、何か違法な事だろうかと予想していたバースは、それでもその言葉が出たことに少なからず驚いた。

リュイは「真っ当な人にこんな話を聞かせて至極申し訳ない」といった顔で耳を下げる。

「キョグエンでは、それがまかり通っているのか?」

「特に何か言うてくる人はおらんかったかな。俺がハーフやからっちゅーのもあるかも。王都やとアカン感じ?」

「ああ。王都でなかろうと、人身売買や売春行為はカレギアでは違法行為だ。軍の目を盗んで秘密裏に行っている者も居るだろうが……まさか、馬車に乗っていたのはそういう……あの被害者の男に買われたのか?」

「うん、そう」

「なんてことだ……」

野党に襲われて命を落としたこと自体は悼ましい話だが、あの事件はリュイにとっては良い事だったのかもしれないなとバースは思ってしまった。
性的な目的で少年を買うような男と暮らすよりも、ユージーンと暮らす方が遥かにマシだろう。

「……話は分かったが、その稼ぎ方は駄目だ。違法だからという話ではなく、それは君の心身を傷付けてしまう行為だからだ。君が良いと思っていても、私は賛成出来ない。聞いたからには、今後それをやらせるつもりもない」

「うっ……けど、他にどうやって稼いだらええんか分からんし……」

「ならば、一先ずは私の助手をしてみないか? 丁度人手が欲しいと思っていたところなんだ。私の下であれば、ユージーンも安心するだろう」

「じょ……助手!? 俺が!? ドクターの!? そんなん絶対無理やって! 俺そういうん全然わからんもん!」

「大丈夫だ。最初は薬草を取りに行くような事から始めてくれればいい。いきなり患者の世話を任せたりはしないし、必要な知識と経験は、これから身につけていけばいいさ」

「いやでも……そんなん、ドクターにメリットあらへんやん。助手なんか他に幾らでも相応しい人おるやろ? 俺みたいなんが働いて、診療所の評判落ちたら嫌やし……」

「寧ろ名物になるんじゃないか? 私はこの診療所らしくて良いと思うんだが」

と、楽しげに言うバースに、リュイは額を押えて深い溜息を吐いた。

「ドクターのそのめっちゃポジティブなとこ、ほんま羨ましいわ……どうなっても知らんで……」

「何事も前向きに捉えた方が、人生は良い方向に進んでいくものだよ。――そうだ、ここで働くのなら、娘にも紹介しておかないとな」

バースはそう言って立ち上がり、診療所と繋がっている居住スペースにリュイを案内した。
可愛らしいネームプレートのかけられた部屋の戸をバースがノックすると、中から幼い少女が顔を覗かせる。

「アニー、こちら今日から私の助手……仕事を手伝ってくれるリュイ君だ。――リュイ、この子が私の娘のアニーだ。仲良くしてやって欲しい」

「はぁ、わかりました」

リュイは物珍しそうな顔でじっと見つめてくるアニーの前に屈んで、目線を合わせると柔和な笑みを浮かべた。

「リュイと申します、お嬢様。お会いできて光栄です。本日は宜しくお願いいた――――」

――――ちゃう、違う。間違えた。

ワン・ギンの下で客の出迎えをしていた時の癖で、つい仕事モードになってしまったリュイは、不思議そうな顔で小首を傾げるアニーを見て我に返った。

ぽかんとしていたバースも、事情を察して咳払いで誤魔化す。

「えーっと……よ、宜しくお願いします……」

間違いに気付いたところで今更軌道修正する事も出来ず、リュイは真っ赤になりながらもそう締め括るしかなかった。

アニーは「この人はどうしたの?」とでも聞きたげにバースを見上げ、徐にリュイの耳に手を伸ばす。

「この耳は? 本物?」

「あ、はい、そうです……すみません……」

「どうして謝るの? それより、あなたはヒューマ? それともガジュマ?」

「アニー、彼はハーフなんだ。ヒューマとガジュマの間に生まれた子なんだよ」

「ハーフ……」

アニーはそのままリュイの耳に触れて、触診するかのように弄り始めた。
かなりくすぐったいが、払い除けるのも申し訳ないと、リュイは体を震わせながら耐える。

アニーはその後も興味深そうに、リュイの体をあちこち観察したり触ったりした。
やがて満足して――というより、見かねたバースに止められてそれが終わると、アニーはにっこりと微笑んで言う。

「アニー・バースです! よろしくお願いします、リュイさん」

「は……はぁ……こちらこそ……」

「私、ハーフの人を見たの初めて! ヒューマにガジュマの耳や尻尾が生えてるのって、何だかフシギだけど……あなたのは、とっても似合っていてステキね!」

「へ? 素敵……? これ素敵なん?」

「うん! すごくかわいい!」

「かわ…………」

予想外のリアクションに、リュイは口を開けたまま固まってしまった。

怖がられたり、気味悪がられたり、面白がられたりする事はあったが、可愛いと言われたのは初めてだ。

「流石ドクターの娘さん……常識が通じひん……大物やわ……」

「そうだろう? 自慢の娘なんだ」

「変わっとるって言うたつもりなんやけどな……」

「アニーにもたまに仕事を手伝って貰っているんだ。先に言った薬草の収集なんかを主にな。今後はリュイと一緒に行ってもらう事もあるかもしれない。その時は宜しく頼む」

「はーい!」

「あ、そっちが返事すんの? 俺が頼まれてるんとちゃうの?」

そんなコントのようなやり取りをしながら、リュイは暫く似た者親子に翻弄され続けた。







「バースの助手?」

「うん。ちゅーわけで、明日から俺も働くから。あ、家事はこれまで通りちゃんとするから安心してな」

夜。帰ってきたユージーンと食卓を囲みながら、互いに今日あった事を報告し合っていたリュイは、香味野菜の乗った蒸し魚をほぐしながら言った。

リュイが仕事を探していたことすら知らないユージーンは、どうしてそんな話になったのかと問う。

「だって、今のままやったら俺ヒモみたいやん。一緒に住むんはともかく、お金くらい自分で何とかしよ思て」

「金のことは気にしなくていいと言っただろう。こうして毎日食事を用意してくれているだけで十分だ。働きながら家事もするとなると大変だろう」

「平気平気。キョグエンにおった頃はもっと激務やってんで? 俺はとにかくユージーンの役に立ちたいねん。お世話になりっぱなしやと落ち着かへん」

「現状世話になっているのは俺の方だと思うが……まあ、お前が決めたことについて、とやかくと言うつもりは無い。だが、あまり無理はするなよ」

「そない心配せんでも大丈夫やって。それより今日はデザートにチーズケーキ作ってみてんけど、どう?」

そう言いながら、リュイはユージーンにホールから切り分けたものを差し出した。
フルーツチーズ――レア状のクリームチーズにフルーツを混ぜたもの――をタルト生地に流し込んだもので、不安半分、楽しみ半分といった顔のリュイに見守られながら、ユージーンはそれを口に運ぶ。

クリームチーズのまろやかな酸味と滑らかな舌触りが、苺やバナナとよく馴染んでいる。
一流のパティシエが作った――とまでは流石にいかないが、素人が作ったものとしては上々の出来だった。

ユージーンが素直にそう伝えると、リュイは嬉しそうにはにかんで、パタパタとしっぽを振る。

(料理が上手く、他の家事も得意。気立ても器量も良い居候……偶然現れたにしては、流石に出来過ぎていないか?)

この出会いが誰かに仕組まれたものだとは思えないが、それでもスパイかハニートラップの類では無いだろうかと危惧してしまうほど、リュイは同居人としてとても理想的な人物だ。文句の付けようが無い。

ただ、だからこそ、ユージーンは心配だった。

事故に遭い、見知らぬ場所に連れてこられ、素性もよく知らない者といきなり同居する事になったのだ。
生活していく上で、心細さや不安を全く感じていないわけでは無いだろうし、目まぐるしい毎日に心身も疲弊してくる頃だろうに、リュイはそういった事を一切表に出さない。

無理はするなと度々伝えてはいるが、今の今までリュイが弱音を吐いたことは無い。そして今度は仕事まで始めると言う。

ユージーンとしては、それは時期尚早に思えた。今はまだ、ゆっくり療養すべき期間ではないだろうか。
せめて傷が完全に癒えるまで、王都での生活に慣れるまでは、のんびりしていて欲しかったのだが。

(……まあ、余計な世話かもしれんな。ここは本人の意思を尊重すべきか。バースの所であれば、それほど無理もさせられないだろう)

ユージーンはそう結論付けて、それでも尚お節介を焼きたがる口を、チーズケーキで黙らせた。
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