01.握れば拳、開けば掌

(……ん? 何だ? 門が閉まってる……?)

夜。首都ジャンナに着くなり、レフォードを出迎えたのは、閉ざされた正門と、物々しい雰囲気でそこを警備する黒騎士団兵士の姿だった。

通用門があるので街に入る事は出来るが、普段は深夜であってもこれほど警備は厳重ではない。
一体これはどうしたことかと思いつつ中に入ってみると、日頃足並みを揃える事など滅多にない騎士団の兵士達と教会の僧兵達が、今は揃ってあちこちを慌ただしく走り回っていた。

レフォードは上官に気付かず目の前を通過しようとした僧兵を掴まえて、何事かと問う。

「それが、街中にリカンツが現れまして……」

「――――何だと!?」

レフォードのリカンツ嫌いは、教会に属する者の間ではそれなりに有名だ。
安穏とした雰囲気を取り払って一瞬で修羅と化した相手に、その原因が自分の発言のせいだと即座に理解した僧兵は、怯えつつも慌てて付け加える。

「ですが既に捕らえられ、今は牢に入れられています。被害報告も今のところはありません」

「そうか……全く、ジャンナ事件の時と言い、騎士団の警備はアテにならないな。しかし、それなら今のこの騒がしさは何だ?」

「それはまた別の件で。ご存知でしょうが、フェルンで捕らえた例のリカンツの息子が目撃されたそうで」

「ああ、それで門が閉まっていたのか。街中に閉じ込めているんだな。――事情は分かった。もう行っていいぞ」

解放された僧兵は、お辞儀をしてパタパタと駆けて行った。

これなら自分が手を貸さずとも、捕まるのは時間の問題だろう。
元よりルビアが居る以上、積極的に捕獲作戦に参加する気などないレフォードは、見咎められないよう教会の地下へ向かった。

そこには、異端審問官に捕まったリカンツの行き着く先――地下牢がある。
裁判を待っているリカンツの一時的な収容所、という事になっているが、その実態はただの拷問部屋だ。

どうしてもペイシェントが欲しいらしい教皇の意向で、捕らえたリカンツはペイシェントの情報を吐くまで、ここで永遠に痛め付けられる。
その結果命を落とす事もあるので、処刑しているとの言葉は一応嘘では無いだろう。
要は終身刑と同じだ。遅いか早いかの違いがあるだけで、リカンツが全て死ぬことに変わりは無い。

レフォードは即処刑されない事への不満で苛立つ己を、いつもそうやって納得させていた。
傷だらけで牢の中から見つめてくる無数の目を鬱陶しく感じながら、どうせ来たのなら新しく捕まったリカンツの見物でもしていこうかと、見張りの兵に声をかける。

「ご苦労。街にリカンツが出たと聞いたが、どいつだ?」

「それならば、奥の部屋に吊るしてあります。すぐに尋問が行われる予定だったのですが、直後に今の騒ぎになってしまったので……そのまま放置してあります」

「なら後は私が引き受けよう。君は休んで来ていいぞ」

光の届かぬジメジメとしたこの空間で、ずっとリカンツ達の視線を浴び続けるのは、体力よりも精神を削られるらしい。

疲れきった顔の僧兵は、いたく感謝して地上への階段を登って行った。
それを見届けて、レフォードは槍を指で弄びながら奥へ。

僧兵の言葉通り、血で汚れた拷問器具があちこちに並ぶ広い部屋の柱には、両手を拘束された状態で吊るされているリカンツの姿があった。

相手も足音で人がやって来た事に気付いて視線を上げる。
そして、二人は互いの顔を見て固まった。

「……………………」

「……………………」

互いに知った顔だった。
吊るされていたのは、黒の森でカイウス達と共に居た、斧使いの巨漢――フォレストだった。

フォレストは口を開いて、しかし何も言わず、気まずそうに目を背けた。
ほんの少しも彼がリカンツである可能性など考えていなかったレフォードは、口を開けたままその場に立ち尽くす。

やがてその衝撃が過ぎ去って、全てとはいかずともある程度の事を理解したレフォードは、怒りと羞恥に震えながら、ツカツカと歩み寄って一言。

「よくも騙したな!!!!」

地下に広がる空間に、その怒声はよく響いた。
牢に居るリカンツ達は、なんだなんだと鉄格子からそれを覗き見る。

大層ご立腹な様子のレフォードに、フォレストは何と返せば良いのか分からなかった。
正直、咄嗟に思いついた適当な嘘に、あっさりと騙される方が間抜け過ぎるのではないかと思っていたのだが、それをそのまま伝えるには流石に状況が良くない。

故にフォレストはわざとらしく「騙してすまなかった、反省している」という顔をして黙っていた。
たがレフォードの怒りがそれで収まる訳もなく、槍をガンガンと地面に打ち付けながら怒鳴る。

「何とか言ったらどうだ!!」

「何と言えば解放して貰えるのだ?」

「解放する訳があるか!! ふざけるなよ!!」

「ならば私から言うことは何も無い。あと、そうして近くで叫ばれると耳が痛い」

「知るか!! 貴様、自分の立場を理解しているのか!? 何だその反抗的な態度は!!」

「反抗しているつもりは無いが……目付きの悪さを言っているのなら、それは生まれつきだ」

慌てるでも怯えるでもなく、至極落ち着いた様子で言うフォレストに、完全になめられていると感じたレフォードは額に青筋を浮かべた。

「……いいだろう。貴様がそういうつもりなら、痛みで以て身の程というものを分からせてやる」

「身の程か。罪なきレイモーンの民を捕らえて痛めつけるような真似が許されるお前達は、随分と高尚な存在なのだろうな。私には分からんが」

「少なくとも貴様らリカンツよりは上だ。罪なき者を傷付ける? どの口がそれを言う? 罪の無い者の命を奪ったのは貴様らも同じだろう!!」

レフォードは抑えきれない怒りを乗せて槍を振りかぶった。
ガァン! と音を立てて、穂先がフォレストの頭上に突き刺さり、抉れた柱の破片が彼の白い髪に降り注ぐ。

「……確かに、身勝手な理由でヒトを襲ったこともある。それについては弁明の余地も無い」

「ほう。なら今ここで処刑されても文句は無いな?」

「…………。確かレフォードと言ったか?」

「気安く呼ぶな。命乞いならしても無駄だぞ」

「審問官殿。貸しはどうなった?」

貸し。

黒の森でのやり取りと、助けられた事を思い出して、レフォードは益々不機嫌な顔になる。

「あれは貴様がヒトだと思っていたから言ったんだ。リカンツ相手に貸しも何もあるか」

「そうか。まあ、約束を反故にするのはお前達の常套手段だからな。こちらも期待してはいなかったが」

「人を詐欺師のように言うな!! 先に騙したのは貴様だろう!!」

レフォードは再び槍を打ち付けた。
と、不意にフォレストは手首の締め付けが緩むのを感じた。

これまでビクともしなかった枷が動いている。
恐らくは今の攻撃が偶然当たったのだろう。幸いレフォードは気付いていない。フォレストは静かに腕に力を込めた。

「……まあいい。これ以上、無益なお喋りに時間を割くのはやめだ。一応聞くが、ペイシェントの在り処や生成方法について何か知っているか?」

「知らんな」

「ならば貴様を生かしておく理由も無い。街の皆を安心させる為にも、今ここで僕が始末してやる」

「そのつもりなら、物に当たるのは良くなかったな。お陰で拘束が外れた」

「…………。――――え?」

レフォードは上を見た。
フォレストの両手を縛っていた枷は、確かに槍の先端に貫かれて大破していた。

レフォードがそれを確認した瞬間、フォレストは自由になった両手でレフォードの肩を掴み、甲冑に覆われていない下腹部に膝蹴りを入れた。

「っ、が……!」

強烈な痛みに襲われて、レフォードはその場に蹲る。
同時に、階段を駆け下りてくる複数人の足音。

「フォレスト! 何処に居るんだ!? 俺の声が聞こえたら返事をしてくれ!」

僧兵かと身構えたフォレストは、それを聞いて警戒を解いた。
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