01.握れば拳、開けば掌
この声はティルキスだ。恐らくはフォレストを助けに来たのだろう。レフォードは呻きながら、返事と共に声の方に向かおうとするフォレストの足を掴む。
「待て……逃がすか……!」
「……気絶させるつもりで蹴ったのだが、力加減を誤ったか。とはいえ、その状態では戦えんだろう。手負いを甚振る趣味は無い。大人しくしていてくれ」
「フォレスト! 無事――――みたいだな?」
部屋に着くなり、無傷のフォレストと、その近くで蹲っているレフォードを見て、ティルキスが困惑気味に言った。その後ろにはカイウス達の姿もある。
「自力で脱出したのか?」
「いえ、そういう訳では無いのですが……それよりもカイウス、奥の牢を調べてみろ」
「? 奥に何かあるのか?」
「私がここに連れて来られた時、別の者がこの部屋で拷問を受けていた。僧兵達はフェルンで捕らえたリカンツだと言っていた。恐らくは……」
「……まさか、父さん!?」
言うなり、カイウスは走って奥の牢へと向かった。ルビアもそれに続く。
「カイウスは僧兵から父親は既に処刑されたと聞かされたらしいが、生きていたんだな。そもそも、ここに居るレイモーンの民達を見るに……本当に処刑が行われていたのかどうかも怪しいな」
「処刑はフェイクです。ご覧の通り、実際には捕らえられたレイモーンの民は皆ここに監禁され、拷問を受けています」
「では、教会が見せていたレイモーンの民達の骨は何だったのですか?」
ティルキスの斜め後ろに立つ僧兵の女がそう言った。
フォレストは「あれは動物の骨だ」と答えつつ、見覚えのないその女性――格好だけを見れば敵である筈の人物が、どうしてティルキス達と共に居るのかと不思議がる。
「アーリア……貴様、裏切ったのか……!?」
彼女は一体、とフォレストがティルキスに問う前に、未だフォレストの足を掴んで離さないレフォードが、彼女を睨みつけながら言った。
アーリア、と呼ばれた女性は、憐れむような目でレフォードを見下ろす。
「裏切られたのはこっちよ。これはどういう事なの? 処刑が嘘だったなんて……」
「理由を知りたければ、教皇様に直接お尋ねしろ。こっちだって好きでコイツらを生かしてる訳じゃない」
「この男はペイシェントの在処と生成方法を聞き出そうとしていました。教皇の狙いはペイシェントと見て間違いないでしょう」
フォレストはそう言いながらその場に屈んで、足を掴んでいるレフォードの指を力ずくで剥がしていく。
レフォードはそれに負けじと、腹を摩っていたもう片方の手で掴み直す。
「ペイシェントとは何だ? 集めてどうするつもりだ?」
「ペイシェントは、強力なプリセプツを扱う際に必要とされる触媒の事よ。教皇様は何か大規模なプリセプツを行おうとしているのかもしれないわね……」
「そのペイシェントって、もしかしてこれのことか?」
ラムラスを救出して戻ってきたカイウスは、ポケットから取り出した赤い宝石を皆に見せた。
それは彼が首に提げている宝石と共鳴し合い、不思議な音と共に眩く光を放つ。
レフォードはそれらを見てギョッとした。
「ペイシェントが2つ……!? 貴様、それを何処で……」
「これは母さんの形見だ!」
「カイウスの持っているものは、レイモーンの王族、メリッサ様から預かったものだ」
「レイモーンの王族だと!? ならば貴様もリカンツなのか!?」
だが、カイウスにザンクトゥは無かった筈。
レフォードが混乱している間に彼の指を解き終わったフォレストは、牢に入れられている他の者達も解放してやって欲しいと皆に頼む。
「勿論だ。数が多いから、手分けして当たろう。アーリアとルビアは怪我で動けない人達の治療を頼めるか?」
「わかったわ。なら、私は入口方面の牢の人達を看るから、ルビアは奥の牢を頼める?」
ラムラスの怪我を治していたルビアは頷いて、カイウスと共に再び奥の牢へと消えた。
未だ痛みの退かない体を無理矢理起こしたレフォードは、柱に刺さっている槍を引き抜く。
「調子に乗るなよ反逆者共……! リカンツを逃がすつもりなら、ヒトや僧兵であれ容赦するものか……! 貴様ら全員、この場で処刑してやる……!」
「威勢が良いのはいいが、フラフラじゃないか。フォレストにやられたのか? そいつの一撃は相当痛かっただろう。自業自得とは言え可哀想に」
「正当防衛です、ティルキス様。手加減はしました」
「まあこれに懲りたら、リカンツ狩りなんて馬鹿な真似は辞めるんだな。仕事なら他に幾らでもある」
ティルキスはそう言いながら、難解な仕掛けの施された牢の鍵を次々と開けていった。
出てきたレイモーンの民達は皆に礼を言って、ティルキス達が通ってきた地下道へと歩いて行く。
「止まれリカンツ共! この……っ!」
「やめておけ。お前一人で挑んでも、勝ち目は無いと分かっているだろう」
「黙れ! 貴様らのような害獣が野に放たれるのを黙って見過ごす事など出来るか! この命を賭してでも……!」
と、必死に前に進もうとするレフォードの行く手を、やれやれといった顔のフォレストが片手で阻んだ。
そのまま抱き込むようにして自分の傍に引き寄せると、取り上げた槍を遠くへ放る。
「貴様! こんな真似をしてただで済むと――――」
「思ってはいないが、今更罪状が一つ二つ増えたところで扱いは変わらんだろう。――さて、私はこのままお前の骨を圧し折る事も出来るが、どうする? まだやるのか?」
「そ……っ、そんな低俗な脅しに私は屈したりはしない!」
そうは言うものの、若干震えている声と引き攣った表情には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。
身体を捕らえている腕にフォレストが力を込めると、ビクりと肩を跳ねさせて口を結ぶ。
「フォレスト、虐めるのはそれぐらいにしてやれ。俺達の方はもう終わったぞ。――カイウス、そっちはどうだ?」
「こっちも今の人達で最後だ」
「よし、ならもうここに用は無いな。俺達も早いとこ脱出しよう」
「おじ様、大丈夫ですか? やっぱり、他の人達と一緒に地下道から逃げた方がいいんじゃ……」
「有難う。だが私は大丈夫だ。君の治療のお陰で傷口も塞がっているし、まだ体力はある。君達が彼らを逃がす為の囮になると言うのなら、私にも手伝わせてくれ」
「助かるけど、無理はしないでくれよ、父さん。安全な場所まで逃げたら、すぐに医者を探そう」
「レフォードはどうするの? ここから逃げる間だけなら、私が呪縛のプリセプツで動きを封じておくけど……」
アーリアのその言葉に、恐怖で喋れなくなっていたレフォードは、声を絞り出す。
「教会の僧が、異端審問官に逆らうつもりか? どうしてそこまでしてリカンツの肩を持つ」
「私は以前から、リカンツ狩りには疑問を抱いていたの。融和を願っていた穏健派の教皇様が、どうしてレイモーンの民を虐げるようになったのか……その理由が知りたいのよ。だから、彼らと共に行くわ」
「君が居てくれると心強いよ。だがまあ、呪縛のプリセプツはもしもの時の為に取っておいてくれ。わざわざそんな事をしなくても、もっと簡単な方法がある。――フォレスト、眠らせてやれ」
眠らせてやれ、という指示を、永眠、という意味に捉えたレフォードは凍り付いた。
一方、ティルキスの指示を正しく理解したフォレストは、殺されるとでも思っていそうなレフォードに薄く笑って、
「安心しろ。ティルキス様は慈悲深いお方だ。何処かの誰かとは違ってな」
そんな皮肉混じりの言葉と共に、その脳天に手刀を叩き込んだ。