01.握れば拳、開けば掌

「やれやれ、危ないところだったな。まさか異端審問官だったとは」

レフォードと別れた後。敵を蹴散らし、森の中を進みながら、先頭を歩くティルキスが言った。

「審問官は皆仮面を着けていると聞いていたが、例外も居るんだな。悪い。俺が軽率だったせいで、皆に面倒をかけた」

「相手が誰であれ、一人襲われている人間を見捨てていく貴方では無いでしょう。それに、追求を躱せたのはティルキス様の機転のお陰です」

「上手くいったのは、お前やルビアが合わせてくれたからだ。カイウスもだが……二人とも、よく我慢してくれた」

そう労われたルビアとカイウスは、仇を前にして何も出来なかった歯痒さを消化出来ずに俯いていた。

「全員でかかれば、あいつ一人くらい何とかなったんじゃないか? いや、そもそも助ける必要だって無かったんじゃ……」

「お前はそうしたかったのか?」

「だって、あいつらのせいで父さんは……! ルビアの両親を殺したのだってそうだ! 父さんは何もやってない! なのに……!」

「……異端審問官に道理は通じない。奴らはレイモーンの民を陥れる為なら、事実を捻じ曲げ広めることも辞さない。そういう連中だ」

「滅茶苦茶だわ……! どうしてそんなことが許されるの!?」

ルビアのその嘆きには、レイモーンの民への同情心の他に、両親を殺された事への怒りも含まれていた。
フォレストはその心中を慮り、同じ憤りを感じながら続ける。

「差別や偏見は昔からあったが、これほど酷くなったのは、14年前のジャンナ事件が原因だろう」

「ジャンナ事件?」

「ある時、ジャンナを8人のレイモーンの民が訪れた。目的は国王への上申――当時からあった、レイモーンの民の迫害や不当な処刑をやめて欲しいと訴える為だった。だがそれは聞き入れられず、近衛騎士団によって彼らは殺されてしまった。そしてその出来事はリカンツによる首都襲撃事件≠ニして広められ、教会はより一層厳しくレイモーンの民を取り締まるようになったのだ」

「何よそれ……そんなの酷い。酷すぎる……」

苦しげに言うルビアに、同じくレイモーンの民の扱いを快く思っていないティルキスが同意する。

「本当にな。まあそういう訳で、異端審問官の行いを話し合いで何とかするのは難しいだろう。しかし、だからと言ってこちらが手を出せば、それはそれで奴らに新しい口実を与える事になる」

「レイモーンの民はリカンツなどではないと、ヒトに対し害意は無いのだと、それを皆に分かって貰うには、暴力での解決は得策では無い。カイウスの気持ちは十分に理解出来るがな」

「じゃあどうすればいいんだよ。父さんが処刑されるのを、黙って見てろって言うのか!?」

「そうは言わない。だが、異端審問官というだけで誰彼構わず襲っても仕方が無い。お前の父親を救出するにしても、正面から出向くのは下策だ。別の手を考えた方がいい」

「別の手って言われても……首都の事なんて、オレはろくに知らないし……」

「その点は安心してくれ、俺達に考えがある」

「え? て、手伝ってくれるのか?」

異国――アレウーラの西にある島国センシビアから遥々来たという、第四王子ティルキスとその従者フォレストの目的は、センシビアに突如現れたスポットと呼ばれる怪物、その発生の原因を突き止める事だと聞いている。

つまりラムラスの件は彼らには無関係だ。助ける理由もメリットも無いだろうに、出会ったばかりの自分達の為にどうしてそこまでしてくれるのか、という意味を含んだカイウスの言葉に、ティルキスはウインクで答える。

「さっき審問官にも言っただろ? ――困った時はお互い様、だ」






(……ん、もう朝か……?)

カイウス達が森を抜けて、レダの町の宿で眠っている頃。
フォレストに言われた通り、夜の探索は諦めて大人しくその場で仮眠を取っていたレフォードは、木々の隙間から差し込む光と鳥の囀りで目を覚ました。

枯れ木を燃やし尽くした火は自然と鎮火しており、早朝の冷えた空気を肌寒く感じながら、レフォードは立ち上がる。

まだ薄暗くはあるが、夜に比べれば随分見通しが良くなった。
おぞましい見た目の魔物も居なくなっており、歩き易くなった森の中を、レフォードは槍を片手に進む。

が、数時間休みなく探し回っても、目当てのもの――フェルンから逃げた二人の子供と、盗まれたペイシェント――が見つかる事は無かった。
程なくして僧兵達も森の中に入ってきたが、待てど暮らせど吉報は届かず、結局森中を探して得られたものは徒労感だけだった。

レフォードは携帯食料を貪りながら、岩に腰かけて溜息を零す。

(やっぱり、怪しいのは夜に会った4人組くらいだな……だが、カイウスにザンクトゥは無かった。ラムラスの言っていた血は繋がっていない≠ニいう言葉が本当なら、リカンツでは無い可能性もあるし、あの首飾りは奪われたペイシェントなのかもしれないが……リカンツじゃないのなら、どうでもいいな)

異端審問官の仕事はリカンツを狩ること――表向きはそうなっているが、実際のところはレイモーンの民に伝わるペイシェントと呼ばれる赤い宝石の情報、またはペイシェントそのものを集める事が、教皇に与えられた任務だ。

ロミーやルキウスはそれに従って動いているが、レフォードにとっては彼らが建前として使うリカンツ狩り≠フ方こそが重要だった。

故に、カイウスの持つ首飾りがペイシェントであったとしても、リカンツではないという事実を確認した時点で、レフォードは彼への興味関心を失っていた。

怠慢だと後でロミー達にどやされるかもしれないが、元より彼らと良好な関係を築けている訳でもない。
それに、カイウス達は王都へ向かったのだ。であれば、後はロミー達が何とかするだろう

何より、カイウスがラムラスの息子だとすれば、一緒にいたルビアは殺された司祭夫婦の娘だという事になる。

(カイウスは司祭夫婦がロミーに殺された事を知っている様だったな。現場を見ていたのか? だとすれば、ルビアも既にそれを彼から聞いている筈だ。……成程、嫌われる訳だな)

別れ際に向けられた冷たい視線と剣のある言葉を思い出して、レフォードは眉を下げた。
彼女からすれば、手を下したロミーも、それを知りながらラムラスを悪者に仕立て上げている自分も、同じ悪でしかないのだろう。

善人たる両親の命を悪人に奪われる事が、どれほど悔しく腹立たしい事かは知っている。

だから、レフォードは彼女達を追い掛けて捕まえるという選択肢を消した。
王都で待ち構えているであろうロミーと直接対決させてあげた方が、ルビアにとってはいいだろう。

そう考えつつも、一応異端審問官としての体裁を保つ為、僧兵達には「疑わしい者を見つけたのでそれを追うが、確証が無いので捜索を続けて欲しい」と伝えて、レフォードは一人森を出た。
そして、もう自分の仕事は終わったと言わんばかりに、王都への道をのんびりダラダラと歩いた。
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