02.花は折りたし梢は高し

ずっと前の、昔の話。

近衛騎士である父と、教会の僧であった母は、多忙な日々を送っていた。
それ故、幼かった僕は家で一人で居ることも多かったが、それを寂しいと感じたり、両親を恨むような事は無かった。

それは二人がその分、僕に愛情を注ぎ、共に居られる時間を大切にしてくれていたからだ。
僕を子供と侮ることもせず、仕事を優先しなければならない時は、僕が納得出来るようにと、必ずその理由を説明してくれた。僕は両親のそういう所がとても好きだった。

国の為、皆の為にと働く、強く優しい両親は、僕の自慢だった。
いつか自分もこんな風に、気高く美しい存在になりたいと、そう願っていた。

14年前のあの日までは、そんな日々がずっと続いていくのだと信じていた。






チュンチュン、チチチという小鳥の囀りに鼓膜を擽られて、レフォードは目を覚ました。
幸せな夢の余韻に浸っている脳は、ただ抱き締められている感覚だけをレフォードに伝えた。

幼い頃はこうやって、両親が添い寝してくれていたものだったなと、レフォードは微笑む。

父も母も仕事仕事で疲れていただろうに、そんな素振りは噯にも出さず、枕元で絵本を読み聞かせてくれたり、子守唄を歌ってくれたりした。

そうして眠くなってきたら、額におやすみのキスを落として、三人で抱き締め合って眠るのだ。
お陰で両親が居た頃は、悪夢に魘されるという経験をせずに済んだ。今はその反動か、頻繁に見るようになってしまったが。

しかし今日は寝覚めが良く、きっと今抱きしめてくれているこの人のお陰だろうと、寝惚けた頭で感謝しながら顔を上げたレフォードは、自分を見ている金色の双眸を見た。

見た瞬間、覚醒した頭が「これはリカンツだ」と警鐘を鳴らした。
反射的に後退ろうとしたが、未だしっかりと身体を抱き込んでいるフォレストの腕に阻まれて失敗に終わる。

「!? どっ――――どうして、貴様が隣に寝て――何を――」

パニックを起こしているレフォードに、先に起きて人知れず同じリアクションをしていたフォレストは、それを隠して言う。

「落ち着け。別に仲良く眠っていた訳じゃない。これは単にお前が暴れないよう、拘束しているだけだ」

フォレストの言い分を反芻したレフォードは、少しずつ眠りに落ちる前の記憶を取り戻していった。
そして全てを思い出すと、「そう言えばそうだった」といった顔をしてから、キッと目付きを鋭くして睨む。

「いい加減に離せ! リカンツにいつまでも触られているのは不愉快だ!!」

「……先程まではそちらから擦り寄って来ていたぞ」

「それはただの寝相だろう!? 誰が貴様のようなリカンツに喜んで近付くか! 離せ!!」

その物言いにフォレストはムッとしたが、ここで怒っては夜の二の舞だと、薄らと残るレフォードの首の痕を見て自身を諌める。

まあ、確かにずっとこうしている訳にもいかない。
そう思ってフォレストは手を離し、一晩中レフォードの体の下敷きになっていたせいで痺れている片腕を摩った。

解放されたレフォードは、すかさずテントから飛び出して、落ちている槍を拾う。
そしてフォレストが出てくるのを待ち構えていたのだが、不意に朝の清らかな空気に混じって、何かが焦げたような臭いが漂ってきた。

臭いの出処はすぐに分かった。
燃え尽きた薪の上に置かれている、焼け焦げた水容れ。
それを見たフォレストは、しまったという顔になる。

「騒ぎのせいですっかり忘れていたな……火事にならなくて良かった」

そう言いながら片付けを始めるフォレストに、こうなった原因を考えて少し申し訳ない気持ちになったレフォードは、いやいや相手はリカンツだぞと首を振る。

「そもそも、先に手を出してきたのも、沸かしている事を忘れて勝手に寝たのも貴様じゃないか。自業自得だろう」

「そうだな。だから私はこの件でお前を責めるつもりなど無いが……わざわざそんな事を言うのは、罪悪感の裏返しか?」

「!? べっ、別に、思ったことを言っただけだ! 今から殺す相手に、罪悪感など抱く必要も無い!」

「そうか。だが次からはお前も注意した方がいい。今回は何事も無かったが、場所によっては大惨事になっていたところだ。お前もそんな事で死にたくはないだろう?」

「それは……そうだが。――いや、今はそんなことはどうでもいい! 僕は貴様を処刑して、早く他のリカンツを探しに――」

「どうでも良くは無いぞ。水分は大事だ。という訳で、私は水を汲み直してくる。お前は火を起こしておいてくれ」

「は!? ふざけるな、そんな事に付き合っている暇は――――」

というレフォードの話は聞かず、フォレストは焦げた容器を片手に川辺に歩いて行ってしまった。
残されたレフォードは相手にされていない事に苛立ち地団駄を踏んだが、確かに喉は渇いている。

(……別にあいつの言ったことに従う訳じゃないぞ。僕も喉が渇いているから、自分の為に用意するだけで……)

誰に向けてなのか分からないそんな言い訳を並べ立てながら、レフォードは黙々と薪拾いをして、集めたそれに火を灯した。

戻ってきたフォレストがその上に、落としきれなかったのであろう黒ずみが残っている容器を置く。

暫くは二人して無言で水を眺めていたが、フォレストが思い出したようにポツリと言う。

「そう言えば、昨日の夜から何も食べていないな。何か食うか?」

独り言だろうと思って聞き流していたレフォードは、疑問形で締め括ったフォレストをキョトンとした顔で見た。

「何故僕に聞く? 腹が減ったのなら、勝手に食べればいいだろう」

「お前は空いていないのか?」

「空いているが、それが何だ」

「なら作るのを手伝ってくれ。食材や調理器具なら私が持っている」

そう言って一度テントに戻って、小鍋やらを手に出てきたフォレストに、今だその意図を理解出来ていないレフォードが「どうして僕がお前の食事を用意しないといけないんだ」と不満げに言う。

「お前も食べるだろう? 食べないのか?」

「?? それはお前の用意した食材じゃないか」

「そうだが?」

「なら僕が食べるのはおかしいだろう。僕はお前の敵だぞ」

「敵同士だと共に食事をしてはいけない決まりでもあるのか?」

「……別に決まってはいないが、そちらにメリットが無いだろう。何度も言うが僕は――」

「こんな事で見逃したりはしない≠ゥ?」

先に言われて、レフォードはうぐぐと唸った。
フォレストは苦笑混じりに続ける。

「こちらも何度も言っているが、私は見返りを求めてやっている訳では無い。今回も単に、二人で作業を分担した方が早いというだけの話だ。お前が料理は不得意だと言うのなら、無理強いはしないが」

「……………………別に不得意じゃない」

「なら決まりだな。レシピなら旅の途中で貰ったものが幾つかある。手持ちの材料で作れそうなものを作るか」

レフォードはいまいち納得がいかない顔をしながらも、手渡されたレシピ帳をパラパラと捲り、食材の入った袋を覗き込む。

「……サンドイッチでいいんじゃないか。あとスープ」

「スープ? スープのレシピなどあったか?」

「いや適当に作る。コンソメスープ……短時間じゃあまり出汁が取れないだろうから、スパイスを足してカレー味にして誤魔化すか」

頭の中でレシピを組み立ながら、レフォードは食材と一緒に袋に入れられていた折りたたみ式のナイフで、野菜の下処理を始めた。

先程の「不得意ではない」という発言は、見栄を張って言った訳では無いらしい事は、その手際の良さで分かった。
フォレストは食パン四枚を焚き火で軽く炙りながら、テキパキと調理するレフォードを観察する。

「慣れているんだな」

「慣れていたら悪いか?」

「だからそうじゃない。感心しているだけだ」

まあ手際が良いからといって、味も良いとは限らないが。

半信半疑のフォレストの視線に気づいていないレフォードは、切った野菜と余っていた肉の切れ端を、煮沸していた水半量と一緒に鍋に放り込んで煮込み始めた。
良い匂いがして来たら調味料とスパイスを加え、狙った味になるまで調整を繰り返す。

その間に、フォレストは焼いたパンに薄切りにしたチーズやレタス、トマトなどを挟んで、食べやすい大きさに切り分けた。
切り落としたパンの耳の部分はレフォードが回収して、余ったチーズと一緒に完成したスープに乗せる。

そうして、二つの料理は同時に完成した。
まずフォレストの淹れてくれたお茶で喉を潤したレフォードは、いただきますをしてサンドイッチをはむはむと食べ始めた。

サンドイッチの方は特に味付けをしていないので不味くなり様は無いのだが、問題はレシピ無しでレフォードが作ったスープの方。

フォレストは恐る恐るそれを口に運んだが、食べてすぐその不安は消し飛んだ。

「……美味いな」

フォレストが素直な感想を零すと、黙々と食していたレフォードがぱっと顔を上げた。

褒められるとは思っていなかったので、驚きに目を丸くしたレフォードは、何と返せばいいのかわからず視線を彷徨わせた後、ハッとして言う。

「そんな言葉で絆そうとしても無駄だぞ!!」

「いや、本当に美味い」

真顔で即答されたレフォードは、自分の分を食べ進めるのも忘れて、スープを平らげるフォレストを見ていた。

おかわりをしようと、空になった器を片手にお玉を手に取ったフォレストは、視線に気付いて手を止める。

「どうした、食べないのか? それともお前も二杯目が欲しいのか? なら半分残しておくが」

「あ、え、いや、僕は別に……これで足りる」

「そうか。なら貰うぞ」

そう言って、鍋の中を全て移した二杯目もペロリと完食したフォレストは、ご馳走様でしたと手を合わせた。
レフォードは慌てて自分の分を食べ終えて、同じように手を合わせる。

「他にも作れるのか?」

「ああ。さっきのスープも、こんな風に有り合わせの即興で作るのではなく、調理場で時間をかけて作れば、もう少しちゃんとした味に出来たんだが……」

「充分美味かったが、機会があればお前の本気の料理も食べてみたいものだな」

「機会があればって……」

――そんなものある訳が無いだろう。こんな事は今回限りだ。

そう言おうとしたレフォードは、しかし言えずに口を結んだ。

(……美味しいのか、僕の料理は)

元は両親に喜んで貰おうとして始めた事だったが、まともなものが作れるようになる前に二人は死んでしまって、以来誰かに食べて貰う機会は訪れなかった。

だから、他人の評価を聞いたのはこれが初めてだった。
例えそれが憎きリカンツの言葉であったとしても、レフォードは嬉しさを感じずにはいられない。

「……何か、退き引きならない状況になったら、その時は作ってやってもいい」

「どんな状況だそれは」

笑うフォレストに、喜んでいる事を悟られたくないレフォードは顔を背けた。
だがそれが照れ隠しだと言うことは、ほんのりと赤くなっている耳の血色で伝わってしまった。

(……なんだ、可愛いところもあるんじゃないか)

普段の言動のせいで、それが埋もれてしまっているのは、随分と勿体無い気がする。

昨夜はさっさとティルキス達の所に帰りたい気持ちでいっぱいだったが、こういう面が見られるのなら、こいつとキャンプをするのもそう悪くはない。

そう思いながらフォレストは、視線を合わせまいと他所を向いてお茶を飲むレフォードを、愉しげに眺めていた。
目次へ戻る | TOPへ戻る