02.花は折りたし梢は高し
「それで、勝負は結局私の勝ちという事で良いのか?」それから数分後。
ヒリヒリとした頬の痛みを感じながら、フォレストは見るからに機嫌を損ねているレフォードに尋ねた。
レフォードは答えず、地面に三角座りをした状態で、ふいと顔を背ける。
先程からずっとこうして会話を拒絶されており、フォレストは溜め息を吐いた。
「まるで子供だな」
つい口から出たそんな呆れの言葉に、レフォードはフォレスト目掛けて無言で槍を投擲。
フォレストはそれをキャッチして、「だから、そういうところだ」と更に呆れる。
「そんな風にいつまでも拗ねて居られては困る。勝負の結果に納得がいかないのならそう言ってくれ」
「誰が拗ねているんだ。勝手に決めつけるな」
「なら今のその態度は何だ」
やっと返事が聞こえたかと思えば、レフォードはまた黙ってしまい、フォレストは「これ以上は時間の無駄だな」と、頭上にある太陽を見上げる。
「私はそろそろ町に帰らせて貰うぞ。ティルキス様達と合流して、カイウス達を探さねばならんのでな」
レフォードは答えなかったが、フォレストが町に向けて歩き出すと、無言で立ち上がって付いて来た。
どうやら審問官としての仕事を投げ出すつもりは無いらしい。
ほんの少し悪戯心が芽生えたフォレストが途中わざと道を引き返してみると、眉を寄せているレフォードも「?」という顔でそのままついて来る。
監視の為とは分かっているが、あれだけ嫌悪感を露わにしながら、まるでカルガモの子のように付いて来るその様がおかしくて、フォレストは耐え切れず笑い出した。
一方、遊ばれている事に気付いたレフォードは、怒りと羞恥で真っ赤になってその背中を殴る。
「地獄へ落ちろ!!!!」
「すまんすまん。今のは私が悪かった。ちょっとした出来心でな」
そんなやり取りをしながら、二人は一晩ぶりにヤスカの町の入口まで戻ってきた。
そこには何故かルビアが一人で立っており、二人に気付くなり駆け寄ってくる。
「フォレストさん! おかえりなさい」
「ただいま。こんな所に一人でどうした? ティルキス様は?」
「お兄様は町の中で聞き込みの続きをしてくれているわ。あたしは……本当は外に探しに行きたいんだけど、お兄様が一人じゃ危ないからって……でもじっとして居られなくて、とりあえずここで外を見張ってるの。カイウスが通るかもしれないから……」
落ち着きなく指を絡ませながら、ルビアは暗い顔で言った。
フォレストが「なら私が同伴しよう」と申し出ると、その表情がほんの少し明るくなる。
「レフォード、お前はティルキス様に私とルビアの事を伝えてくれ。ついでに情報収集も手伝ってくれると助かる」
「どうして僕がそんな事をしなくちゃならない? 貴様の頼みを聞いてやる義理は無い」
「カイウスやラムラス殿を野放しにしておいていいのか? 審問官殿」
それも仕事の内だろう、という意味を含んだフォレストの言葉に、反論出来なくなったレフォードは口をへの字に曲げた。
そして、返事を待たずにルビアと共に行こうとするフォレストの手から槍をふんだくる。
「確かに奴らを見つける必要はある。だから聞き込みはするが、お前の指示に従うわけじゃないからな!」
「わかったわかった」
別にそこはどうでもいいとばかりに言って、フォレストは今度こそルビアと歩いて行った。
レフォードはムカつくムカつくと一方的な怒りを募らせながら、町を出入りする人々にカイウス達の姿を見ていないか尋ねて回る。
ティルキスの事は特に探してはいなかったが、聞き込みの最中に偶然出会してしまった。
「なんだ、戻ってたのか。フォレストはどうしたんだ?」
ここで素直に答えては、フォレストの思い通りになってしまう。
そんなちっぽけな反抗心で口を閉ざしたレフォードに、事情を知らないティルキスは「まさかあいつに何かしたのか」と詰め寄る。
「何かされたのは僕の方だ! 首を絞められて、危うく死ぬところだったんだぞ!」
「首を? フォレストが? ……それが仮に本当だとしても、今のあいつは理由も無くヒトを襲うような真似はしない。先にお前がフォレストに喧嘩を売りでもしたんじゃないのか?」
あっさりと言い当てられて、レフォードはうっと言葉を詰まらせた。
その反応を見て、ティルキスは「やっぱりな」と嘆息。
「あいつはな、今でこそ温厚だが、昔は色々あって荒れてたんだ。自分の力を自分の為にしか使っていなかった。だが今は、ヒトとレイモーンの民の為に使っている。俺はその変化を良い事だと思ってるし、優しく在ろうと努力しているあいつのことを応援してる」
ティルキスはこれまで見てきたフォレストの姿を思い返しながら、優しい顔で語った。
そして、「だからこそ」と険しい表情でレフォードを睨む。
「それを邪魔する奴は許せない。あいつに望まぬ暴力を振るわせようとするのはやめてくれ」
「僕のせいにするなよ。確かに煽りはしたが、それだけだ。呪縛のプリセプツで操ったわけでも、脅しをかけたわけでもないんだぞ」
「……ちなみに何と言ったんだ?」
レフォードは「言った嫌味の一つ一つを覚えてはいないが」と前置いて、思い出せる範囲で伝えた。
その数々の暴言を聞いたティルキスは、開いた口が塞がらなくなる。
「お前……フォレストの忍耐強さに感謝した方がいいぞ……首を絞められる程度で済んで良かったな……」
そこまで好き放題言われては怒って当然だ。一晩それに付き合わされたのだろうフォレストに、ティルキスは同情を寄せた。
レフォードは「首を絞められることのどこがその程度≠ネんだ」と不満げに言う。
「まあとにかく、この先も俺達に付いて来るつもりなら、そうやってあいつを刺激するのはやめてくれ。そもそも、付いてくるのをやめて欲しいんだが……」
「ならば全員今すぐ王都に戻れ。僕だって、お前達の相手をするのはうんざりだ」
「それは出来ないな。――話が大分逸れたが、結局フォレストは何処に行ったんだ?」
隠すと疑いをかけられると学んだレフォードは、渋々本当のことを話した。
ティルキスは納得しつつも、少し意外そうに言う。
「一時的にでも、お前がフォレストから目を離すとは思わなかったな。あいつの事を信用してくれたのか?」
「違う!! ただ、お前達が互いを信頼し合っているのは分かった。だからあいつはお前を置いて逃げる事はしないだろうし、一緒にいるルビアを襲う事もしないだろう。なら、少しくらい目を離しても問題無いだろうと、そう判断しただけだ」
「仲間内はともかく、他のヒトが襲われるとは考えないのか? フォレストがそんな事をすると言いたい訳じゃないが、お前達が今回外で寝泊まりしたのは、お前がそれを危惧したからだろう?」
「それは…………」
異端審問官である自分にまで、あれほど優しくしていたのだから、わざわざ無関係のヒトを襲ったりはしないだろう。
今はそう思えるようになったが、自分が何度もフォレストに助けられたという事実が屈辱的に思えて、レフォードは言葉を濁した。
ティルキスはその様を見て、「夜の間に何かあったんだな」と察する。
「あいつの良さが少しは伝わったみたいで何よりだ。これから先、お前はもっとフォレストの事を好きになると思うぞ」
「誰が……! 絶対にそんな事にはならない!」
「どうかな? まあ今はそんな話より、カイウス達を見つけないとな。と言っても、今のところ収穫は無いが……」
と、渋い顔をするティルキスは、不意に何かを見つけて走り出した。
何かと思えばその先に居たのはルビアとフォレストで、その二人の傍にカイウスとアーリアが並んでいる。
「見つかったんだな! 良かった……!」
「貴方達も無事で良かったわ。でも……」
笑顔で駆け寄るティルキスに、アーリアも笑顔でそう答えたが、直ぐにその表情は曇った。
何かあったのかと尋ねるティルキスの後ろから顔を覗かせたレフォードは、辺りを見回して、
「おい、ラムラスはどうした?」
一人数が足りない事に逸早く気付いた。
途端、アーリアとカイウスが悲痛な顔になる。
「父さんは……オレのせいで……」
「違うわカイウス。ああなった原因はロミーにある。貴方のせいじゃないわ」
「? ロミーと会ったのか?」
「ええ。貴方と同じように追いかけて……というより、先回りされていたわ。転移のプリセプツでも使ったんでしょうね。それで……」
アーリアは、その先のことを口にしていいのかどうか躊躇う素振りを見せた。
往来で集まっている集団に、道行く人々の視線が集まり始めている事に気付いたフォレストは、「場所を移そう」と皆を宿に連れて行った。