02.花は折りたし梢は高し
「……嘘でしょ。そんな…………」ティルキス達の泊まった部屋に移り、アーリアから全てを聞いた一行は、言葉を失っていた。
橋から飛び降りた後、河口近くまで流されたティルキス達と違い、中流の辺りで陸に上がっていたアーリア達は、そこで待ち構えていたロミーの強襲に遭った。
ロミーがフェルンでラムラスにかけていた呪縛のプリセプツはまだ解けていなかったらしく、操られたラムラスは獣人化してカイウス達を襲った。
カイウス達は戦う事を余儀なくされ、その結果、ラムラスは命を落としてしまったらしい。
「オレが父さんを殺したんだ……オレが……!」
「カイウス、どうかそれ以上自分を責めないで。あの時はああするしか無かったし、最終的にトドメを刺したのもロミーだったでしょう?」
「でも! でもオレ……獣人化して……あの時は、自分が何をやってるのかすら分かって無かったんだ……!」
「何? カイウスが獣人化したのか?」
フォレストが珍しく驚いた声を上げた。他の皆も似たようなリアクションをする。
カイウスにはザンクトゥが無い。だから皆、本人も含めて、「カイウスはレイモーンの民ではない」と認識していたのだ。
しかしそれが覆された。
その事実に一番の動揺を見せたのはルビアで、ラムラスが死んだという話を聞かされてからずっと震えている彼女は、戸惑いと恐れの入り混じった目でカイウスを見つめる。
「……話はわかった。辛かったな、カイウス。アーリアも」
「私は大丈夫よ。ただ、少しだけカイウスを休ませてあげて欲しいの」
「勿論だ。そういう事なら、この部屋をそのまま使ってくれ。元気な奴は俺と来てくれるか? 下で今後の方針を決めよう」
そう言って部屋を出るティルキスに、まずアーリアが続いた。
「君は休まなくていいのか?」と気遣うティルキスに、気丈なアーリアが「平気よ」と返す。
フォレストも、今は一人にしてやった方がいいだろうと判断して、アーリアに続いた。
ついでに、その場に留まろうとしているレフォードの腕を掴んで引っ張っていく。
「!? おい何をする、やめろ!」
「騒ぐな。――お前もカイウスに色々と聞きたい事があるのだろうが、今はそっとしておいてやってくれ。お前の尋問に耐えられるような精神状態ではないだろうからな」
確かに、ベッドの縁に腰掛けて項垂れているカイウスは、今にも死にそうな顔をしていた。
傍に居るルビアは、なんと声をかければいいのかわからず、チラチラとその様子を窺うばかり。
不可抗力とは言え、父親を自らの手で傷付け、死に追いやったという事実は、15歳の少年には重すぎるのだろう。生まれて初めて獣人化した事も、それに拍車をかけている。
可哀想に、と思ったレフォードは、いやアレはリカンツだぞと頭を振る。
「奴の心境など知るか。僕がリカンツに遠慮しなければならない理由など何処にも――――」
「レイモーンの民≠セ。今朝の勝負も無かった事にするのか?」
訂正と共にそう言われて、反射的に反論しようとしたレフォードは、しかし言葉が見つからず、むくれながら代わりの質問を投げる。
「ザンクトゥの無いレイモーンの民というのは、カイウスの他にも居るのか?」
「わからん。ただ、私はカイウス以外には見たことが無い」
ならばカイウスだけが特別なのか。だとしても何故、彼にはザンクトゥが無いのか。
(ラムラスはカイウスの母親はレイモーンの民の王族だと言っていたな。王家の血に何か秘密があるのか……? それとも、父親の方に何か……そう言えば、ラムラスと血が繋がっていないのなら、奴の本当の父親は誰なんだ?)
カイウスの出自に興味があるわけでは無いが、ザンクトゥが無い理由は解明しておきたかった。
ザンクトゥはヒトとレイモーンの民を見分ける為の重要な手掛かりだ。それが無ければ、今回のように「ヒトだと思っていたらリカンツだった」という事が他でも起きかねない。
(……というか、本人ですら自覚症状が無いのなら、僕がリカンツである可能性も全く無いわけじゃ……)
レフォードはそこまで考えて、あまりの恐怖に身震いした。そして、それ以上は考えまいと思考に蓋をする。
「さてと。これからどうするか話し合うとするか。とは言っても、色々と分かっていない事が多すぎるが……結局、教皇の目的は何なんだ?」
カイウスとルビア以外のメンバーが揃ったのを見て、1階の談話スペースに備えられた椅子に座ったティルキスがそう切り出した。
対面に座ったアーリアは、少し考えてからそれに答える。
「……確証は無いのだけれど、もしかすると、教皇様は生命の法を行おうとしているのかもしれないわね」
「生命の法? それは何だ?」
アーリアの斜め前、ティルキスの隣に座るフォレストが、聞き馴染みのない単語に質問を返した。
同じく聞いた覚えのないレフォードも、答えを求めて隣のアーリアを見る。
「プリセプツの一種よ。生者に用いれば不老不死に、死者に用いれば魂を呼び戻すとされているの」
「魂を呼び戻す……死者を甦らせるってことか? まるで御伽噺だな。実際にそんなことが可能なのか?」
「わからないわ。教皇様はそう信じていらっしゃるけれど、実際に成功した例を見た人は居ないから……。これまで教会でも何度か生命の法が試された事はあったけれど、全て失敗に終わっているの。恐らくはペイシェントが足りなかったのでしょうね」
「成程な。だから血眼になってペイシェントを探しているのか……」
「……審問会にプリセプツの扱いに長けた者ばかりを集めているのは、まさかその生命の法とやらを手伝わせる為か?」
「かもしれないわね。現に直近……と言っても数年前だけれど、その時はロミーとルキウスが手伝ったそうだから。ほら、以前王都に季節外れの雪が降った日があったでしょう? あの時よ」
「生命の法は、失敗すると雪が降るのか?」
「プリセプツには元々、周囲の熱を奪う作用があるの。プリセプツの規模が大きくなればなるほど、奪う熱の量と影響の及ぶ範囲も大きくなるわ。雪が降ったのは単にそのせいでしょう。生命の法が失敗した際のデメリットは、恐らくそれとは別にある……例えば、スポットが発生する、とかね」
「何だって!?」
元々スポットの発生原因を調べに来ていたティルキスは、アーリアの言葉に思わず立ち上がった。
その事情を知らず、吃驚して目を瞬かせているアーリアとレフォードにハッとして、驚かせた事を謝りつつ着席。
「絶対にそうだと決まったわけじゃないの。ただ、スポットが王都で見かけられるようになったのは、ちょうど王都で生命の法が執り行われた直後だったから……」
「なら、生命の法を使えないようにすれば、スポットがこれ以上増えることも無いんじゃないか? 生命の法にペイシェントが必要だと言うのなら、こっちが先に回収してやればいい」
希望に満ちたティルキスの言葉に、アーリアは首を振るう。
「さっき言った雪の日以降、生命の法は行われていないの。なのに増え続けている……だから、生命の法を止めても、それだけではスポットの問題は解決しないと思うわ」
「そうなのか……しかしそうなると打つ手が無いな。スポットをいくら倒しても、増え続けるんじゃキリがないし……」
「……増殖の原因は別にあるとしても、スポットを生み出したのは生命の法と見ていいでしょう。それならば、生命の法について詳しく調べれば、スポットのことも何か分かるかもしれません。ティルキス様、レイモーンの都へ行ってはみませんか?」
「レイモーンの都? あれはとっくの昔に獣人戦争で滅んだんじゃないのか?」
教会の文献にはそう書いてあったぞと横槍を入れるレフォードに、フォレストは「確かにそう言われているが」と肯定しつつ続ける。
「住民が居なくなっても、建造物がそのまま残っていれば、手掛かりを得られる可能性はある」
「良いと思うわ。元々プリセプツはレイモーンの民が発祥だと言われているし、生命の法に関するヒントがあってもおかしくはない。調べる価値はあるでしょうね」
「なら俺達の次の目的地はそれで決まりだな。アーリアはどうするんだ? 俺達と居ると、教会を裏切ったと思われるぞ」
「私はそれでも構わないと思ってる。この先、教会は何処へ行くのか……それが分からなければ、私は私の信じていた教会に戻ることは出来ない。だから、このまま一緒に行くわ」
そう迷いなく答えるアーリアに、ティルキスはその芯の強さが心底好ましいといった表情で頷いた。
レフォードはそれらを冷めた目で見つめ、そんなレフォードを見ているフォレストが問う。
「お前も一緒に来るのか?」
「リカ……レイモーンの民を野放しにしてはおけない。僕には貴様らを監視しておく義務がある」
「……それ、意味あるのかしら?」
今度はアーリアが冷めた目でレフォードを見ながら言った。
レフォードは「裏切り者にとやかくと言われたくは無いな」と険のある声で返す。
「貴方は今の教会をおかしいとは思わないの? 自分のやっている事に、ほんの少しの疑問も抱かないの?」
「教会がどうあろうが僕には関係ない。僕は僕の信念に従ってやっているんだ」
「貴方のそれは本当に信念なの? 貴方はただ、審問官という肩書きと、ヒトを護るという大義名分を、自分の復讐の為に使っているだけなんじゃ……」
「だったら何だって言うんだ? 僕がどう生きようと、お前には関係ないだろう!!」
立ち上がり怒鳴ったレフォードに、フォレストとティルキスは驚き、アーリアは悲しげに眉を下げた。
「……私なりに、貴方を心配して言っているのだけど……お節介だったみたいね。ごめんなさい。もう言わないわ」
「…………ッ!!」
謝られたレフォードは途端に居た堪れなくなって、その場から逃げ出してしまった。
突然の事に困惑しているティルキス達にも、アーリアは謝罪する。
「それは気にしなくていいが……アーリア、復讐とはどういう事だ?」
フォレストに問われたアーリアは、「私も聞いた話でしか無いけれど」と前置いて答える。
「……彼の両親、幼い頃に、レイモーンの民に殺されたらしいの」
「!!」
「なんだって……!?」
驚愕するティルキスの横で、同じく衝撃を受けたフォレストは、夜の間に見た、レフォードの憎しみに満ちた目を思い出す。
「そうか……それであんなに……」
「どうしてそんな事になったんだ?」
「私もそこまで詳しくは……ただ、お母様は教会の僧で、お父様は近衛騎士だったと聞いているわ。どちらも人徳があって、亡くなった当時は多くの人が悲しんだそうよ」
「……両親が亡くなった後、残されたレフォードはどうなったんだ?」
「確か……引き取り手が居なくて、教会で保護された……って話だったかしら。今は両親と暮らしていた家で一人暮らしをしているみたいだけれど、いつからそうしているのかは私も知らないわ」
フォレストはアーリアの話を聞きながら、広い家で一人家事をこなすレフォードの姿を想像していた。
料理が出来るのは単に彼の趣味か何かだろうと思っていたが、あれは必要に迫られた結果なのかもしれない。
(……ああ、そうか。それであの時、あんなに嬉しそうに……)
料理の腕を褒めた時のレフォードの反応の理由を、フォレストは今になって理解した。
彼は作った料理を食べさせる相手がずっと居なかったのだ。
だから、あんな風に誰かに褒められる事も無かったのだろう。
勿体無い、という気持ち以上に、何か熱いものが込み上げてくる感覚がした。
フォレストはアーリアに話を聞かせてくれた礼を言って、一人立ち上がる。
「フォレスト?」
「消耗品の買い出しに行ってきます」
「え? 昨日買ったばかりじゃ……」
と不思議がるティルキスを置いて、フォレストは宿を走って出て行った。