02.花は折りたし梢は高し

町を歩き回ったフォレストは、暫くして食材屋で店主と話しているレフォードを見つけた。

「何か作るのか?」

店主から紙袋を受け取るのを見てフォレストが尋ねると、レフォードは買ったばかりの商品をフォレストに押し付ける。

「? 荷物持ちをしろと?」

「違う。今朝僕が消費した分の食材だ。返す」

袋を開けて中を確認してみると、確かに今朝使った食材や香辛料が入っていた。

「別に返して貰う必要は無かったんだが……まあ、買ってくれたのなら有難く受け取っておこう」

フォレストのその言葉を最後まで聞くことなく、レフォードはスタスタと歩き出した。
フォレストも同じ歩調でそれを追う。

「……何故付いて来る? 用があるのなら言え」

「特に用は無いが」

「なら付いてくるな。貴様らと必要以上に馴れ合うつもりは無い」

レフォードは町から出ると、入口にほど近い場所にテントを組み立て始めた。
まあ、カイウスがあの調子では、今日もヤスカに泊まることになるのかもしれないが、それよりも。

「今日もテントで寝るのか?」

「今日は僕一人だけだ。貴様は宿で寝ろ」

「は? 私が宿で休んでいいのなら、お前も宿に泊まればいいだろう。何故こんな場所で……」

「だから、貴様らと馴れ合うつもりは無いと言っている」

吐き捨てるように言うレフォードに、それが理由なのだと知ったフォレストは、少しだけ目を伏せる。

「……親の仇だからか?」

レフォードは手を止めて、強い怒りを孕んだ目でフォレストを睨んだ。

「……アーリアから聞いたのか」

「ああ。だが彼女が自発的に話したのではないぞ。私が聞いたんだ」

「そうか。それで? 復讐などという身勝手な理由で、同族を殺すなとでも言いに来たのか?」

嘲笑混じりに言うレフォードに、フォレストは何と返せばいいのか分からなかった。

そもそも、何か目的があって追いかけて来たわけでもない。
ただ、レフォードを一人にしておくのは良くないような気がしたのだ。

「誰に何と言われようと、僕は生き方を変えるつもりは無い。仲良しごっこがしたいのなら、あの変わり者達と永遠にやっていろ」

テントを完成させたレフォードは、次いで枯れ枝をせっせと拾い始めた。

どう接するのが正解なのだろう。どうすれば、この頑なな青年の心を開けるのだろうと考えていたフォレストは、回りくどいやり方に痺れを切らす。

――――ああ、もう、面倒だな。

種族間のわだかまりも、それによって出来た溝をちまちまと埋めるような交流も、全てが煩わしい。

自分は嫌味の応酬がしたいわけでも、臍を曲げている彼のご機嫌取りがしたいわけでもない。
ただ心配で見に来ただけだ。普通に話せればそれでいいのに、自分がレイモーンの民だというだけで、どうして毎度こうも拗れるのか。

我慢と疲労が限界に達したフォレストは、これ以上成果の得られない会話に時間を取られるのが嫌になって、出来たばかりのテントを全力で蹴り壊した。

バキバキバキィ! という凄まじい音に振り返ったレフォードは、倒壊したテントを見て、持っていた枝を地面にばら撒く。

「な、な、な…………」

僕のテントが、と残骸と化したソレの前に頽れたレフォードを、スッキリした顔のフォレストが持ち上げて肩に担いだ。

「!? な、何だ、貴様何のつもりだ!?」

「お前の顔色を窺うのが面倒になった。テントは後で弁償してやる」

「そういう問題じゃない! どうして僕のやる事を邪魔するんだ!? 面倒だと思うのなら、絡んで来なければいいだろう!」

「……………………」

「おい聞いているのか!? 降ろせ!!」

キャンキャン吠えて暴れるレフォードを宿まで持ち帰ったフォレストは、アーリアとティルキスの「一体何事だ」という視線を浴びながら、新しく取った部屋に入った。
そして、並んだベッドの1つにレフォードを転がす。

「私はカイウスの様子を見てくる。お前も日が落ちるまでは好きにしていいが、逃げるなよ」

それだけ言ってフォレストは出て行ってしまい、残されたレフォードはポカンとする。

逃げるなって何だ? どうして僕が逃げなくちゃいけないんだ。見張っているのは僕の方だぞ。

そう思いつつも、有無を言わさずここに連れてこられて、あんな風に念押しされると、レフォードは今のうちにこの場から立ち去りたい気持ちになった。

先程のフォレストは、いつもと様子が、雰囲気が違った。

テントを壊したのも、頭に血が上って一時的に暴力的になった、というのとは違う気がする。
積み木で遊んでいた子供が、飽きてそれを壊したかのような、そういうもののように感じる。

昨晩首を絞められた時も「化けの皮が剥がれたな」と思ったものだったが、今こそが本当にそうなのではないか?
そう思うと、この部屋がまるで猛獣の餌場のように思えてきて、ゾワリと全身の毛が逆立った。

いやいやいや。リカンツとは言え、まさかヒトを食べたりはしないだろう。しない筈だ。流石に奴らもそこまで獣じみてはいない。

そう思っていても落ち着かず、レフォードは恐る恐る部屋の扉を開いた。
隙間から顔を出してカイウスの部屋の方を見ると、扉の前に立っているルビアと視線がかち合う。

「……何やってるの?」

「え? いや、別に何も……」

不審者を見るような目で見られて、恐ろしい幻想に囚われていたレフォードは正気に戻ることが出来た。

震えが止まってホッとしつつ、部屋から出て彼女の傍へ。

「そっちこそ、そんな所で何をやっているんだ? カイウスはどうした?」

「……別にどうもしないわよ。カイウスもまだ……今は部屋でフォレストさんと話してるから、それで少しは落ち着くといいけど……」

ルビアは視線を床に落として、覇気のない声で言った。

そうか、と返して去ろうとするレフォードを、ルビアは逡巡の後呼び止める。

「ねえ、貴方がこれまで捕まえてきた他のレイモーンの民って、どんなだったの?」

「どんな? とは?」

「あたしは、おじ様やカイウスやフォレストさんくらいしか知らないもの。皆優しくて穏やかで、小さい頃から話に聞いてたリカンツ≠ニは全然違う……だから、教会の教えが間違ってるんじゃないかって……恐ろしいリカンツなんて、本当はどこにも居ないんじゃないかって……ねえ、どうなの?」

ルビアの不安げな瞳は、それを肯定して欲しがっているように見えた。
恐らくは、幼馴染がそんな恐ろしい化け物だと思いたくないのだろう。レフォードはそれを理解しながらも、首を横に振る。

「君はたまたま運が良かっただけだ。僕はリカンツの残忍さをよく知っている。どれだけ優しかろうと、奴らの身体は僕らよりも遥かに屈強で、奴らの爪や牙は僕らよりも遥かに鋭い。ヒト同士ならただの喧嘩で済んでも、奴らの場合それは殺し合いになる。だからリカンツけだものと呼ばれるようになったんだ」

「…………じゃあ、カイウスも、これからそんな風になるの……?」

「かもしれないな。獣人化出来ることを知ってしまったんだ。力を持つものは、それを使わずにはいられない。子供なら尚更だ。自分の意思や意見を貫く時、暴力ほど手っ取り早く効果のあるものは無い――それに気付いたら終わりだな」

「……………………」

レフォードの話に、ルビアの顔は見る見る青ざめていった。
と、不意に部屋の扉が開いて、中からフォレストが出てくる。

「子供を怖がらせて楽しいか?」

開口一番、フォレストはレフォードを見てそう言った。

会話が中に聞こえていたのかとルビアが慌てたが、フォレストは「カイウスには聞こえていないだろう」と小声で言って、後ろ手に部屋の扉を閉める。

「私は耳が良くてな。それよりもルビア、さっきこいつが言っていた事は真に受けなくていい。確かに力に溺れる者も居るには居るが、皆がそうなるわけでは無い。実際、ラムラス殿は違ったのではないか?」

フォレストの問いに、村で過ごした日々を振り返って、ルビアがこくりと頷いた。
フォレストはその頭を優しく撫でる。

「カイウスはそのラムラス殿の息子だ。血の繋がりが無くとも、その心には、ラムラス殿と同じ強さと優しさが宿っている。獣人化したからと言って、それらが消えてなくなるわけでは無い。力の使い方も、私が正しく教えてみせる。だから大丈夫だ。安心しろ」

不安と恐怖に染まっていたルビアの表情は、フォレストの言葉で少しずつ晴れていった。
無責任なことを言うなとレフォードは言いたかったが、今にも泣きそうになっているルビアを見ると躊躇われる。

「カイウスの事は私が見ているから、お前は気分転換でもしてきたらどうだ? 話し合いはもう終わっているから、アーリアとティルキス様にも声をかけてみるといい。下で暇そうにしていたぞ」

ルビアは心配そうにカイウスの居る部屋の扉を見つめて、しかし今の自分では余計にカイウスを追い詰めるだけかもしれないと、大人しく付き添いの役目をフォレストに譲った。

ぺこりと頭を下げて、階段を降りていくルビアを見送るフォレストの表情は、まるで父親のようだった。
いつものフォレストだ。リカンツらしからぬ優しい雰囲気。初めて会った時に騙されたのも、この印象のせいだったなとレフォードは思う。

どうしてさっきはこんな男のことをあんなに怖がっていたのだろうか。
きっと急にテントを破壊されて、気が動転していたんだなとレフォードは結論付けたが、二人きりになった瞬間、フォレストの顔から笑顔が消えた。

怒りとも呆れとも嫌悪とも違う、相手に威圧感だけを与える目で見下ろされたレフォードは、無意識に距離を取ろうとして壁際に後退し、目を逸らす。

「……べ、別に、彼女を徒に怖がらせようとしたわけじゃないからな。先に聞いてきたのは彼女の方で、僕はそれに答えていただけで……悪意があったわけじゃ……」

「だとしても、偏った知識を与えるのは良くないな。あんな事を言われれば、ルビアはカイウスを恐れて離れていってしまう。そうなれば、カイウスは絶望と恐怖に呑まれて、お前の言うような獰猛な獣になりかねん。お前はカイウスをそんな風にしたいのか?」

「……………………」

「違うのなら、次からは気を付けてくれ」

目を合わせようとしないレフォードから怯えを感じ取ったフォレストは、「そんなに怖がらなくていい」と言ったが、その声色はルビアと話していた時のものとは全然違う。少なくともレフォードの耳にはそう聞こえた。

フォレストはそのまま特に何もせずレフォードの傍を離れたが、去り際に今一度「逃げるなよ」と伝える。

「だから、どうして僕が逃げると思うんだ!? 貴様から逃げる理由も必要も、僕には無い!」

フォレストはそんなレフォードを一瞥して、カイウスの為に何か軽く食べられるものでも持ってこようと、1階に降りて行った。

レフォードも適当に時間を潰そうと、宿を出て町をぶらついていたが、ざわついた気持ちが収まることは無かった。
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