03.心内にあれば色外に現る

朝。
目を覚ましたフォレストは、自分の隣に居た筈のレフォードが居なくなっているのを見て跳ね起きた。

寝過ごしてしまったのかと時計を確認してみると、大凡いつもと同じ時刻。
彼が仕事熱心なのはもう解っている。職務を放棄して逃げたとは考え難いが、であれば何処へ行ったのか。

答えは直ぐに知れた。
ノックもせずに入ってきた軽装姿のレフォードは、フォレストが起きているのを見て驚き肩を跳ねさせる。

「お、お、起きたのか」

「ああ。おはよう。今朝は随分と早いな?」

「べ、別に……早くに目が覚めただけだ。やる事が無いので鍛錬をしていた」

レフォードは何やら落ち着きなくソワソワとしながら、汗で濡れてしまっている肌着を脱いだ。
その様子を不思議に思いつつ「そうか」と返したフォレストは、露になったレフォードの肌に無数の古傷があるのを見て息を呑む。

「その傷は…………」

「? ――ああ、仕事で付いたものだ」

特にこれといった感情も込めず、レフォードはサラリと返した。
本人は気にしていないのだろうが、白い肌に浮いている傷痕は、見ていて痛ましい。

「仕事……つまりレイモーンの民に付けられたものか?」

「そうだ。最近はそれほど傷を負うことも無くなったがな」

レフォードはさっさと着替えを済ませて、再び部屋を出て行った。
数分して、二人分の朝食――宿泊客に振る舞われるパンと果物とジュースのセット――を手に戻ってくる。

フォレストもその間に朝のルーティンを済ませ、二人は揃って朝食を食べ始めたのだが、机の一点をじっと見詰めて黙々とパンを貪るレフォードに、フォレストは首を傾げた。

先程から、何か様子がおかしい――気がする。
具体的にどこが、と聞かれると答えに困るのだが。妙に余所余所しいと言うか、目を合わせまいとしているような感じがする。

どうしてなのだろう、と純粋に気になって、フォレストはじっとレフォードを見詰めた。
一方、その視線に気付いたレフォードは、しかし気付かないフリをして耐えた。
いつもよりハイペースで食事を終えて、ご馳走様と言って席を立つ。

が、次に何をすればいいのかが思い浮かばず、レフォードは暫くその場に立ち尽くした後、思い立ったように所持品の整理を始めた。
完全に挙動不審になっているレフォードに、フォレストはジュースを飲み干して問う。

「何かあったのか?」

「は? 何だ急に」

「いや……何も無いのなら良いのだが」

元より親しい訳でもない。なので素っ気ないのはいつもの事だが、今のレフォードの態度は嫌悪で避けているというよりも「気まずい」といったもののように感じる。

そんな風になるようなことがあっただろうか?
強いて言えば、悪夢に魘されて物騒なことを叫んでいた事ぐらいだと思うが、あれを負い目にでも感じているのだろうか。自分は気にしてはいないのだが。

フォレストはしかしそれを自分から言うのも妙かと、何も言わずに空になった食器を返しに行った。
ドアが閉められた瞬間、レフォードは手を止めて深々と息を吐く。

不覚だ。幾ら夢見が悪かったからと言って、あんな風にリカンツに縋るなんて。

今レフォードの脳を占めているのは、フォレストと抱きしめ合って眠っていたという事実と、それを求めた自分への強い嫌悪だった。

本人が何も言ってこないという事は、覚えていないか気にしていないかのどちらかなのだろうが、こちらはそれでは済まされない。
自分は異端審問官だ。異端審問官はリカンツを狩るのが仕事だ。寄り添って眠ることなど、万に一つもあってはならない。

弛んだ自分に喝を入れる為にも、今朝から一心不乱に槍を振るっていたのだが、取れたと思っていた胸のつかえは、フォレストと目が合った瞬間に復活してしまった。

(しっかりしろ。いくら穏便に見えていようが、あれはリカンツだぞ!? 異端審問官になった所以を思い出せ。あんな奴らに絆されるな!)

自分にそう言い聞かせて、無意味な整理整頓を終わらせたレフォードは、鎧を着込んで槍を手に部屋を出た。
ロビーに集まっていたティルキス達は、階段を降りてきたレフォードを見て落胆する。

「置いていく作戦は失敗だな」

「それは残念だったな。仮に僕から逃げたとしても、ロミーやルキウスに捕まるだけだと思うが」

ロミーの名を聞いて、俯いているカイウスの表情が曇った。
それを見たフォレストが咳払いと共に話題を変える。

「レイモーンの都の周辺は広大な砂漠地帯になっています。闇雲に探し回るより、先ずは都の正確な位置を特定した方が良いでしょう」

「そうか……なら、ここの人達に聞き込みでもしてみるか?」

「聞き込みなら、砂漠近くの門ですればいいだろう」

「門って?」

「砂漠とアレウーラの間にある検問所のようなものだ。砂漠へ入るにはあそこを通る必要がある。つまり門に居る者は皆、砂漠に用があるという事だ。都の情報を知っている奴も居るんじゃないか」

「へぇ。やけに詳しいな?」

解説したレフォードにティルキスがそう言うと、レフォードは例によって「悪いか」と眉を顰めた。
フォレストはその様に苦笑しながら補足を付け足す。

「ですが、門を管理しているのは騎士団です。お尋ね者の我々があそこで聞き込みをするのはリスクが高いかと」

「だが、どの道砂漠へ向かうには門を通る必要があるんだろう? 避けて通れないのなら、腹を括るしかないさ」

「そんなに簡単に決めて大丈夫なの?」

「なぁに、バレたら逃げればいい。肩から力を抜いて行こう。長くなりそうな旅なんだから」

そうと決まれば出発だと、早速門を目指して歩き出すティルキスに、アーリアは「本当に大丈夫なのかしら」と言いつつ、しかしどこか楽し気についていく。

一方、あまりにも楽観的かつ行き当たりばったりなその考えに、アーリア以上に頭の固いレフォードは呆れる。

「あんな奔放な生き方で、よくぞこれまで死なずに来れたものだな」

「一理あるが、あれこれと考えていつまでも行動を起こせずにいるよりは、あれぐらい決断力と行動力があった方が良い場合もある」

「それは……そうかもしれないが」

と、釈然としない面持ちではありながらも、言い分を素直に聞き入れるレフォードに、フォレストは表情を和らげた。
丸め込みやすい、と言うと顰蹙を買うだろうが、嫌いな相手の言葉にもきちんと耳を傾けるレフォードのこの性格は、彼の長所だと思う。

「それに、ティルキス様のあの前向きな明るさは、絶望している者にとっては有難いものだ」

例えば、今のカイウスのように――とは口には出さなかったが、レフォードはフォレストの言わんとしていることを理解した。
カイウスと、彼がレイモーンの民であるという事実に未だ不安を抱えている様子のルビアは、微妙な距離感を保ったまま、ティルキス達の後を追う。

「生きていく上で、現実の厳しさを知ることは重要だが、常にそれを突き付けることが正しいとも限らんさ。根拠や保証が無くとも、大丈夫だ、何とかなる≠ニいった励ましが必要な時もある」

「それはただの現実逃避じゃないか。そんなものに縋って何になる?」

「何にもならん。が、絶望に圧し潰されそうになっている者が、顔を上げて一歩を踏み出す力にはなるかもしれん」

「…………そうやって、踏み出した先が崖だったらどうするんだ」

「その時はその時だ」

「無責任だな。そんなその場凌ぎの慰めの言葉など、僕はかけない」

「ならばお前は、今のカイウスに必要なのはどんな言葉だと思う?」

フォレストの問いに、レフォードは前を行くカイウスの背中を見詰めた。
寄る辺を失った少年の姿が、過去の自分と重なって見える。

「……言葉など必要無いだろう。本当に必要なのは……ただ傍に居てくれる理解者だ」

レイモーンの民に同情など不要だ。この先カイウスがどうなったとしても、自分には全く関係ない。
だが、自分と同じようになって欲しい訳でもない。敵として排除するのなら、可哀想な相手より、恨めしいと思える相手の方がいい。

そんな想いで答えたレフォードに、もっと厳しい回答が来るだろうと予想していたフォレストは、まじまじと相手を見る。

「……お前もそうなのか?」

「は? 何の話だ?」

「今の言葉には実感があった。お前自身が求めていることなんじゃないか?」

心の内を見透かされて、しかし敵に弱さを知られることは命取りだと考えるレフォードは、それを隠すために相手を睨んだ。

「僕の精神はそれほど軟弱じゃない」

「……そうか」

これはどう見ても強がりだなとフォレストは思ったが、今それを暴いても相手を傷つけるだけだと悟り、深く追求はしなかった。
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