03.心内にあれば色外に現る
そうして、北東にある門を目指し、一行はヤスカを出発した。ヤスカから門までの道は舗装されているので、徒歩で向かうのにもさしたる問題は無いのだが、いかんせん距離がある。
そのくせ道中に休めるような町や村があるわけでも無く、一行は陽が沈む度に野営を強いられた。
焚火を囲んで仲間達が談笑する中、その輪に混ざる気になれないレフォードは、食事が終わるとさっさとテントに引っ込んでいた。
その様を見て、ルビアが不愛想だと唇を尖らせる。
「なんだルビア、あいつと仲良くしたいのか?」
「そうじゃないけど……どうせついて来るなら、もうちょっと愛想良くすればいいのに」
「立場上、そうしたくても出来んのだろう。あいつはあくまでも異端審問官だからな。我々と仲良くしていれば、寝返ったと誤解されかねん」
「でも、それはアーリアだって同じよ。あたしだったら、アーリアと同じ選択をするわ。教会がやっていることを知った上で、まだ教会の味方をするなんて……」
「……それほどまでに、レイモーンの民が憎いのだろう。あいつにとっては親の仇だ。それはお前がレフォードを許せない気持ちと同じなのではないか?」
フォレストに諭されて、ハッとしたルビアは口を噤んだ。
その横で、カイウスは不満げに言う。
「フォレストさん、なんであんな奴の肩を持つんだよ」
「肩を持っているつもりは無いが……まあ、それほど悪人だとも思ってはいない」
「一番酷い扱いを受けていたお前が言うのなら、そうなのかもしれないな」
「フォレストさんは優しすぎるのよ!」
「まったくだ。だが、それがこいつの良いところだ」
ティルキスに言われて、ルビアは膨らませていた頬を萎めた。
微笑ましくその会話を聞いていたアーリアは、徐に立ち上がる。
「ん? アーリア、もう寝るのか?」
「いえ、そうじゃないけれど……少し散歩でもしてこようかと思って」
「なら俺も付き合うよ。夜に女性が一人で出歩くのは危ないしな」
「あ、有難う。でも大丈夫よ。ティルキスは休んでいて。疲れているでしょう?」
「そんなに気を遣わなくてもいいさ。俺も食後の運動がしたかったところなんだ」
そのやり取りを見ていたルビアとフォレストは、アーリアと二人になりたいのだろうティルキスを心中で応援した。
が、アーリアは頑なにティルキスの申し出を拒み、最終的には、
「付き添いならレフォードにお願いするわ。一人で退屈しているでしょうし」
と言って、逃げるようにテントへ向かった。
フラれてしまったティルキスに、フォレストとルビアが哀れみの目を向ける。
「だ……大丈夫よお兄様! きっとアーリアも恥ずかしがってるだけだわ」
「そうか……? でも、よりにもよってレフォードに負けたのか、俺は……」
「アーリアとレフォードは付き合いが長いようでしたし、単にその差でしょう。気にすることはありません」
「そうか……そうだな。そうだといいな……」
「? なぁ、さっきから何の話だ?」
状況が分かっていないカイウスがそう尋ねる中、一人になりたい事情があるアーリアは、一応テントに寄ってレフォードに声をかけた。
「何だ、何か用か?」
「いえ、ちょっと様子を見に来ただけよ。気にしないで」
「?」
邪魔をしてごめんなさい、と言って、アーリアはさっさとテントを後にした。
彼女の不可解な行動が気になったレフォードは、テントを出てこっそりと後をつける。
彼女は暫く歩いた後、周囲を見渡してから、岩陰に隠れた。
もしかして単に花を摘みに来ただけかと思ったレフォードは慌てて踵を返そうとしたが、アーリアと話す男の声を拾って耳を欹てる。
「首尾はどうだ? バレてはいないだろうな」
「ええ。彼らはスポットの発生原因を調べているみたい。手掛かりを得るためにレイモーンの都へ向かうそうよ」
「レイモーンの都か……ならばこの先の橋で待ち構えておくとしよう。以前のように川に飛び込んで逃げる可能性もあるが、そうなった場合、お前はそのまま奴らに同行しろ」
「……分かったわ」
そんな短い密談を終えて、男は去って行った。
岩の向こうにその姿を捉えたレフォードは、声から予想していた通り、それがアルバートであることを知る。
憂い気な顔でアルバートを見送ったアーリアは、岩陰から出てくるなりレフォードと鉢合わせた。
「なっ……どうして貴方がここに……まさか、つけて来たの!?」
「お前が怪しい行動を取るからだろう。アルバートと会っているとは思わなかったが……一体どういう関係だ?」
「……別に、ただの昔馴染みよ」
「そうか。成程、カイウス達と一緒に居るのは、あいつに情報を流す為だったんだな」
レフォードは驚くでもなく、寧ろ腑に落ちたといった様子で言った。
彼女のこれまでの行動の全てが、善意ではなくスパイ目的だったというのは、レフォードにとっては納得のいく内容だ。
「……ティルキス達に話すつもり?」
と、酷く怯えた表情で言うアーリアに、レフォードはきょとんとする。
「何故僕があいつらに話すと思うんだ?」
「何故って……こんなの裏切りじゃない。わたし、彼らを騙しているのよ?」
「だから何だ? 別に職務に反している訳では無いのだから、僕としては咎める理由も無い。まあ、僧兵が黒騎士団に手を貸すのはどうかと思うが」
「酷いと思わないの? 彼らが可哀想だと思わないの?」
それに心を痛めているらしいアーリアに、レフォードは理解出来ないといった風に顔を顰める。
「可哀想だと思うのなら、スパイなど辞めてあいつらの仲間にでもなればいいだろう。お前は何がしたいんだ?」
「わたしは……ティルキス達を欺きたくなんて無いわ。けれど、アルバートを裏切ることなんて、わたしには……」
「……悪いが、僕はお前みたいな半端者は嫌いなんだ。慰めて欲しいのなら、それこそアルバートにでも頼んだらどうだ」
「誰も慰めて欲しいだなんて言ってないわ!」
「ならもういいだろう。話は終わりだ。僕は告げ口なんてするつもりはないし、お前とアルバートの計画の邪魔もしない。黒騎士団とペイシェントの奪い合いをしている今は、協力も出来ないがな」
それだけ言って、興味なさげにテントへ戻ろうとするレフォードに、アーリアは「どうして貴方はいつもそうなの」と嘆く。
「貴方、ご両親以外に大切な人は居ないの? レイモーンの民への復讐以外に、大切なことは何も無いの……? だとしたら、貴方はやっぱり可哀想な人よ」
「僕からすれば、今のお前の方がよっぽど哀れに見えるがな」
アーリアは言い返そうとして、しかしこれ以上は不毛だと首を振った。
そうして揃って帰って来た二人を見つけたティルキスが、悔しさを滲ませて言う。
「あいつよりは良い男だと思うんだけどな……」
「あたしもそう思うけど、それは自分では言わない方がいいわ、お兄様」
ルビアのそんな冷静な意見を他所に、テントの前でレフォードと別れて仲間達の元に戻って来たアーリアを、ティルキスが笑顔で迎える。
「おかえり。魔物に襲われたりしなかったか?」
「え? ええ、大丈夫よ……心配してくれて有難う」
「なら良かった。出来れば今度は俺にもエスコートさせて欲しいけどな」
と、めげずにアタックするティルキスを、ルビアは内心で讃えた。
そして、隣で「よくやるなぁ」と呟くカイウスに、はぁと溜息を吐く。
「カイウスも少しは見習ったら?」
「はぁ? なんでオレがアーリアを口説かなくちゃいけないんだよ」
「そうじゃないわよ! お兄様の素直さを見習えって言ってるの!」
そんな風に言い争いを始めた二人に、アーリアはクスクスと笑った。
が、ティルキスはその笑顔にどこか陰を感じる。
「……アーリア? 具合が悪いのか?」
「え? 別に悪くはないけれど……どうして?」
「いや、少し辛そうに見えたんだ。何とも無いなら良かった。けど、何かあったらすぐに教えてくれ。無理はしないでくれよ?」
そう優しく言われて、アーリアは言葉を失った。
だがここで悟られるわけにはいかないと、努めていつもの通りに振舞う。
「ええ……大丈夫、大丈夫よ。有難う、ティルキス……」
それを見ていたフォレストは、ティルキスの隣に腰を下ろした彼女と入れ替わるように、立ち上がってその場を離れた。
ティルキスは自分達に気を遣ってくれたのだろうと感じたが、フォレストの目的はそうではなかった。
「レフォード、少しいいか?」
「良くない。帰れ」
テントに向かって声をかけるなり即却下されたフォレストは、それを無視して中に入った。
不法侵入だと騒ぎ立てて追い出そうとしてくるレフォードを、まぁまぁと宥めて座らせる。
「アーリアの様子が変だ。何か知らないか?」
手短に要件を伝えたフォレストに、彼が来た目的を理解したレフォードは、少しだけ間を置いて「知らないな」と答える。
「今の間は何だ」
「お前の質問が不明瞭過ぎて理解出来なかっただけだ。そもそも、何故アーリアのことを僕に聞く?」
「本人は話したくなさそうだったのでな」
「ならそっとしておいてやれ。彼女が隠していることを、僕が勝手に話すつもりはない」
「という事は、お前は知っているんだな?」
「あっ」
しまった、といった顔をしたレフォードは、しかし諦め悪く「知らない知らない」と首を振った。
フォレストはその様に笑いを堪え、レフォードは震えている相手の頭を叩く。
「わかったわかった。知らないのなら仕方がないな」
「ああそうだ。用が済んだのなら出ていけ!」
こんな奴らに同情などするものか。さっさとアルバートの罠に嵌められてしまえ。
レフォードはそう思いながらフォレストを閉め出して、一人寝袋に包まった。