03.心内にあれば色外に現る
そうして、ヤスカを出発して数日。門を目指し歩いていた一行は、アルバートが待ち構えている橋へと差し掛かった。
「止まれ!!」
「なっ……黒騎士!?」
アーリアの裏切りなど知らないカイウス達は、何故アルバートがこんな所に居るのかと驚きながらも向かい合う。
その後ろで、レフォードは未だどちらの味方に付けばいいのか決めかねている様子のアーリアを見て、肩を竦めていた。
「遅かったな、リカンツの少年。あの高さから飛び込んで、よく溺れずに生きていたものだ。犬掻きが得意なのか?」
「なんだと!?」
「……アルバート、だったか? 黒騎士さんよ。お前さん達こそ、何で首都から遠く離れたこんな所にまでやって来たんだい?」
ティルキスのその指摘に、それは確かにそうだなと、レフォードは今更ながらに思った。
黒騎士団の役割は、基本的には首都ジャンナの警護だ。
今回のようにリカンツが脱走したとしても、それを追うのは異端審問官の仕事であって、ジャンナの外は彼らの管轄外のはず。
(……だがまあ、今回に限っては、単にペイシェントが狙いだろうな)
黒騎士団と教会――特に異端審問会は、元より折り合いが悪い。
トップである大公と教皇の考え方の相違の影響か、はたまた別の理由があるのか、詳しいところはリカンツ狩り以外に興味が無いレフォードは知らないが、派閥争いをしていることは確かだ。
故に、アルバートがペイシェントを狙うのも、恐らくは大公に命令でもされたのだろうとレフォードは推察していた。
が、実際はそうでも、その為に規律を破ったと公言するわけにはいかないだろう。
さて何と答えるのやらと、ティルキス達と共に清聴していたレフォードは、
「数日前、教会から脱走したリカンツ共が、大公殿下の城に忍び込んだのだ。そして……あろう事か、病床に伏しておられた大公殿下が殺されてね」
アルバートのその言葉に耳を疑った。
「大公殿下が亡くなられては、国政にも大きな影響が出る。ついては、私が全騎士団の統括となった。大公殿下の仇討ちとなれば、異端審問官だけに任せてはおけん。故に私の判断で、貴様らを追って来たのだ」
「ま…………待ってくれ。それは本当なのか…………?」
数日前に逃げたリカンツ、というのは、カイウス達の手で牢から逃げた者達のことだろう。
その責任の所在を考えて真っ青になったレフォードに、アルバートは責めるような目を向ける。
「聞いているぞ。今回の件は、お前の失態がそもそもの原因だそうだな? まさかとは思うが……大公殿下を暗殺する為に、わざとリカンツ共を逃がしたのか?」
「ち、違う! 僕は断じてそんなことは……」
「言い訳は無用だ。リカンツ共と行動を共にしている事が何よりの証拠だろう。何れにせよ、お前の行いが大公殿下の死を招いた事は紛れもない事実だ。この責任は問わせてもらう」
「…………っ」
そう言われても、大公殿下を死に至らしめた責任など取りようが無い。自分の命を捧げても、釣り合いなど取れないだろう。
となると、アルバートの要求が異端審問会、延いては教皇を含め教会全体に及ぶことは、想像に難くない。
自分のせいで、一体どうすれば、とこの世の終わりのような顔で押し黙ってしまうレフォードと、何やら勝ち誇った顔をしているアルバートを見比べて、黙って話を聞いていたフォレストが口を開く。
「牢に居たレイモーンの民達は皆衰弱していた。アーリアとルビアの治癒術を受けていたとは言え、彼らに大公を襲撃するような気力体力など無かったと思うが?」
「それはどうかな? そんな状態にまで追い詰められていたからこそ、奴らは凶行に走ったのかもしれん」
「だとすれば、狙うのは大公ではなく異端審問官の方だろう。だが彼らは、あの場にいたレフォードにすら、何もせずに去ったのだぞ。わざわざ城に向かって、無関係の大公を殺すとは思えん」
「フォレストの言う通りだ。どちらかと言えば……仕組んだのはお前の方なんじゃないか?」
「何?」
「騎士団の全権を握る為に、あの騒ぎを利用したんじゃないかって言ってるんだ」
「それって……まさか自分で大公を殺して、それをオレ達のせいにしたってことか!?」
ティルキスの推理を聞いて、カイウスが驚愕し、更にそれを聞いたレフォードが同じリアクションをした。
だがアルバートは全く動じた様子もなく、淡々と告げる。
「今やお前達は国賊だ。アレウーラ王国の全ての騎士が、お前達を討ちに来るだろう。だが……例の近衛騎士からの預かり物を大人しく渡すのなら、今回は見逃してやってもいい」
「今の話聞いて、渡すわけ無いだろ! ふざけ――――」
「ふざけるな!!」
カイウスよりも先に、彼が続けようとしていた言葉をレフォードが叫んだ。
「大公殿下が殺されたと言うのに……たかがペイシェント一つで見逃すだと? お前は仇を討ちに来たんじゃなかったのか? 今のお前の発言は、ティルキスの言ったことを肯定したも同然だぞ」
大公を殺したのが誰であれ、アルバートの目的がその報復などではない事が伺い知れて、自責で沈んでいたレフォードは一転して怒りに燃えた。
「大公殿下の死を利用するなど……立場は違えど、お前にはお前の正義があると思っていたが……まさかこんな下衆だったとは。とんだ見込み違いだ」
「まるで自分には正義があるかのような口振りだな、審問官? 目的の為ならば他者の死をも利用するというやり方は、つい最近貴様らもやっていた事だろう」
「私利私欲の為にやっている貴様と一緒にするな! 我々異端審問官には、リカンツから民衆を護るという大義がある!」
「それならば、こちらも大公の意志を継いで、悪の教皇と戦うという大義名分はあるぞ? 独裁に走る教皇に、これ以上力を与えるわけにはいかんのでな」
「そんなものは詭弁だ! 貴様はただ権威に魅入られているだけだろう!?」
「レフォード、気持ちはわかるが、もうやめておけ」
「だが……っ、こんな奴が騎士団を率いるなど、僕は納得がいかない……! 騎士とは気高い存在であるべきだ! 奴はそれに泥を塗ったんだぞ!?」
それを聞いたアルバートは「経歴に似合わず随分と清純だな」と大いに嗤った。
フォレストは今にもアルバートに飛びかかりそうなレフォードを制する。
一方、ティルキスは初めてレフォードに共感しながら、アルバートを睨んだ。
「俺も、影で悪巧みをするような奴は大嫌いなんでね。悪いが断らせてもらう」
「交渉決裂か。時流も読めぬ愚か者共よ……ならばせめて、我が野望の礎となるが良い!」
アルバートの号令で、控えていた騎士達が一行に襲いかかる。
レフォードも応戦しようと槍を抜いたが、いざ敵に向かって行こうとした時になって、
(……待てよ。この場合、僕はどっちを狙えばいいんだ?)
という疑問が生じて足を止めてしまった。
アルバートは許せない。が、それは一個人の感情的な話でしかない。
自分の目的はリカンツを狩ることだ。カイウス達がアルバート達と交戦している今はその好機ではないか。
(いや……だが、アルバート達を勝たせてしまうと、ペイシェントがアルバートの手に渡ってしまう。アルバートの野望とやらを叶えさせるのは……)
どっちつかずで右往左往していたレフォードは、詠唱中のルビアを狙うアルバートを見て、咄嗟に間に入ってしまった。
剣を弾かれたアルバートと、庇われたルビアは、「一体何をやっているんだ」といった顔でレフォードを見る。
「貴様はやはりそちらの味方か? 異端審問官も堕ちたものだな」
「か、彼女はリカンツでは無いだろう! ただの民間人だ!」
「リカンツ共に加担しているのなら同罪だ――いつも貴様らが言っている事だろう?」
「っ!」
痛いところを突かれ、怯んだレフォードをアルバートが蹴り飛ばす。
が、アルバートの意識がそちらに向いている隙に、背後から接近していたティルキス達が各々の武器をアルバートに振り下ろした。
周囲の騎士は既に彼らの手によって倒されており、攻撃を受け膝を着いたアルバートが体勢を立て直す前に、一行はさっさとその場から離脱する。
暫く走って、アルバートが追ってきてはいないことを確認すると、先頭を走っていたティルキスは足を止めた。
腹を擦りながら座り込むレフォードの傍に、フォレストが屈む。
「思い切り蹴られていたが、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないが、王都でお前にやられた時よりはマシだ」
「しかし、まさか大公殺しの濡れ衣まで着せられるとはな。大変な旅になったもんだ」
「本当に腹が立つよなぁ。人を利用しやがって……」
という仲間達の愚痴を複雑な心境で聞くアーリアの隣で、同じく浮かない表情をしていたルビアが口を開く。
「……どうして庇ったの?」
その視線はレフォードの方を向いていた。
問われたレフォードは逡巡の後、「アルバートに言った通りだ」とだけ返す。
「嘘! だって貴方は、お父さん達を殺したじゃない!!」
「……やったのは僕じゃない。僕はリカンツ以外に手は出さない」
「止めなかったんだから同じでしょ!? 本当にそう思っているのなら、どうして止めてくれなかったのよ! どうして……!」
止められるものなら止めていた。だが、ロミーが僕達の目を盗んで――とは、レフォードは言わなかった。
言ったところで、彼女には言い訳にしか聞こえないだろう。いや、これは本当にただの言い訳でしかない。
自分が逆の立場なら、彼女と同じように相手の過失を責めていただろう。だから、レフォードは黙って彼女の怒りを受け止める。
だがその態度は、余計にルビアを戸惑わせるだけだった。
何も語ろうとしない相手に、やがて「もういい」と言って話を終わらせる。
(……親の仇なら、相応の悪人として振舞った方が、彼女にとっては良いのかもしれないな)
仇に優しくされたところで、余計に苦しくなるだけ。その気持ちはよく分かる。
そう思いながら、レフォードはフォレストをチラと見たが、フォレストにその意図は伝わらなかった。