03.心内にあれば色外に現る

「お、なんか見えてきたぞ。もしかしてあれが門ってやつか?」

道の先に高く聳える城壁のようなものを見つけて、カイウスが誰にともなく言った。

アーリアの治癒術で腹の痛みから解放されたレフォードが、後ろからそれに答える。

「門は門だが、あれは北の門だ。今目指しているのは東の門で、ここからはまだ距離がある」

「北の門を通るんじゃダメなのか?」

「ここを通っても砂漠には出られんぞ。この先にあるのは、オーガ達の住む雪深い森だ」

そう答えたのはフォレストだった。
レフォードは「確かにそうだが」と言いながらも不可解な顔をする。

「どうしてお前がそれを知っているんだ?」

「私はこの近くの出身なのでな」

「フォレスト、それは言って大丈夫なのか?」

普通に答えたフォレストに、思わずティルキスが突っ込む。
相手は異端審問官だぞ、という意味を含んだその問いに、フォレストは同じく「僕は異端審問官だぞ」といった顔をしているレフォードを見る。

「それを知ったからといって、どうする? 俺一人に手子摺っているお前が、故郷に居る多くの同胞達を相手に何か出来るのか?」

「そっ……な、舐めるなよ! 僕だって本気を出せばどうとでも――!」

と、キャインキャイン吠え始めるレフォードの相手をするフォレストは、何処か楽しそうに見えた。
レフォードからも、以前はあったレイモーンの民への強烈な敵意や殺意といったものは感じられず、言い争う姿はまるでカイウスとルビアのよう。

「な……何よあれ。あれじゃあ、まるで仲が良いみたいじゃない……」

「そうね。それにフォレストさんの口調も、いつもと少し違うように感じるけれど……」

「元々はああだったんだ。私≠ニ言うようになったのは、俺の従者になってからだな」

「そうなのか? まあ、言われてみれば俺≠フ方がしっくり来るような気もするけど……」

ルビアとカイウスは、フォレストとレフォードが仲睦まじくしている――ように見えることが、釈然としない様子だった。

ティルキスとアーリアも、二人ほどではなくとも、その変化を意外そうに語る。

「この短期間で、レフォードは随分丸くなったわね」

「フォレストも同胞以外にあれほど砕けた態度を取るのは珍しい。レフォードと関わらせると良くない方へ向かうんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだが……案外そうでもないかもな」

結局、アルバートとの戦闘の後という事もあり、北の門で――正確にはその中にある小さな町で、情報収集という名の小休止を取る事にした一行は、周囲の目を警戒しつつ門扉を潜った。

特に怪しまれるような事も無かったが、念の為二手に別れようという話になり、例によって親子と兄妹という体でフォレストとカイウス、ティルキスとルビアがペアになる。

「アーリアはどうする? どちらに入ってくれてもいいが……こだわりが無ければ、俺達と来ないか?」

「あたしも、アーリアと一緒がいいわ」

言外に「レフォードとは一緒に行きたくない」という気持ちを込めて言うルビアに、アーリアは「ならそうしましょうか」と素直に誘いを受け入れる。

一方、仕方がないとは言え、ルビアに拒絶されてほんの少しだけ傷付いたレフォードは、「僕としてもその方が都合が良い」と取り繕って言う。

「僕はあくまでもお前達の見張りだからな。わざわざ親切にリカンツ二人で纏まってくれて助かる」

「……なあフォレストさん、やっぱこいつ倒しちゃダメか?」

「今のはただの強がりだ。許してやれ」

「誰がいつ強がったんだ!? 僕はただ事実を言っただけだ!!」

「どちらでもいいが、レイモーンの民≠セ。いい加減覚えてくれ」

と叱られて、分かり易くむくれるレフォードを連れ、フォレスト達は町の中にいる人々に「レイモーンの都について何か知らないか」と聞いて回った。

何日かここに滞在しているらしい商人から、都は砂漠の中心にあるという情報を得て、フォレスト達はティルキス達と合流した後、それを共有する。

「中心って言ってもな……砂漠の全体像が分からない事には、どこが中心なのかも分からないが」

「遺物を狙って盗賊まがいの事をしてるヤツも居るって言ってたし、適当に歩いていけば着くんじゃないか?」

「適当にって……それで迷子にでもなったらどうするのよ? 砂漠じゃ方角もろくに分からないだろうし、帰って来れなくなるかもしれないのよ?」

「じゃあどうするんだよ。他にもっと詳しい人を探すのか?」

「追加で聞き込みをするにしても、場所を移した方がいい。あまり長く留まっていると、騎士に怪しまれる」

「そうね。一先ずは東の門へ向かいましょう」

東の門は、名前の通り北の門から東へ真っ直ぐ進んだ場所にある。
道中暇を持て余した一行は、魔物を適当に蹴散らしつつ雑談で時間を潰す。

「ねぇお兄様。お兄様って恋人は居るの?」

「勿論居るさ! 5人や10人じゃ利かないね。センシビア中の女の子が俺に夢中さ!」

「す、すっげー! 流石王子サマ!」

「カイウス、あまり真に受けない方がいいぞ」

小声でそんな助言をするフォレストの前で、アーリアが「モテるのね、ティルキスは」と言うと、得意気だったティルキスは勢いを失くして言い直す。

「……いや、よく考えてみると、彼女って程ではないかな。あくまで女友達だ。王子だからと近寄ってくる女の子ばかりでさ。そうじゃなくて、恋人はもっと身近な人がいいなって思ってるんだ」

その身近な人とやらが誰のことを指しているのかを知っているルビアは、「ふ〜ん」と言いながらアーリアを見る。

「そう言えば、アーリアは彼氏とか居るの? アーリアは綺麗だから、男の人が沢山言い寄って来るでしょ? あたしなんて、近くに居る男カイウスぐらいだし……」

「ぐらい≠ナ悪かったな!」

「そんな事ないわよルビア。わたしなんてモテないわ」

「え、じゃあ彼氏居ないの!?」

「居ないのか!?」

聞き耳を立てていたティルキスは、ルビアと一緒に思わず食いついてしまった。
アーリアは居ないと答えたが、ルビアは「な〜んか怪しいわね……」と訝しむ。

「それに、異性に好意を寄せられるのは、わたしよりレフォードの方が多いと思うわよ?」

話を振られたレフォードは、「僕を巻き込むな」と言いたげに、面倒そうな顔で他所を向いた。
一方、それを見聞きしたルビアとティルキスとカイウスは、

「……まあ、顔だけは良いものね。アーリアほどじゃないけど」

「そうだな。アーリアほどじゃないな」

「良いのは顔だけだしな」

順にそう言った。
その扱いにレフォードはムッとしたが、一々言い返すような事でもないと、溜息を吐き出すたけに留める。

そんなレフォードに、フォレストは内心「他にも良いところはあると思うが」と思いつつ尋ねる。

「実際どうなんだ?」

「何が」

「モテるのかという話だ」

「そんなことを聞いてどうする? 少なくとも僕にとってはどうでもいい話だ。そんな浮ついた話に現を抜かしている暇など、僕には無い」

「つまらない奴だなあ。そんな人生で楽しいか?」

ティルキスに言われ、レフォードの表情は一層険しくなった。
「楽しさなど求めてはいない」と言って、歩調を速め一人先へ行く。

「ねぇアーリア、あんな人が本当にモテるの?」

「ええ。同僚からそう言った話を聞くこともあるし、実際に言い寄られている場面を何度か見た事もあるわ。わたし達にはあの態度だけど、他のヒトには基本優しいから……ただ、告白は全て断っているみたいだけれど」

「なんでだ? 理想がスゲー高いとか?」

「そうじゃないと思うわ。恋愛に感けている余裕が無いのよ、きっと」

「異端審問官の仕事に精を出すくらいなら、女の子達と楽しくやっててくれた方が、こちらとしても余程良いんだけどな。なぁフォレスト……って、あれ?」

後ろを向いて喋っていたティルキスは、自分の前を歩いていた筈のフォレストが居なくなっていることに気付いた。
彼は数メートル先で、現在レフォードの隣を歩いている。

「どうして着いて来るんだ」

「向かう場所が同じなのだから、自然とそうなる」

「そういう事を言っているんじゃない! わざわざ歩調を合わせるなと言っているんだ! ティルキス達と居ればいいだろう!」

「ティルキス様達とはいつでも幾らでも話せる。今はお前と仲良くなる事を優先したい」

「知るか! 僕はリカ――レイモーンの民と馴れ合うつもりは無い! 何度もそう言っているだろう!?」

「そうだな。何度も聞いてはいるが、それで諦めると言った覚えは無い」

「〜っ、どうしてそう僕にこだわる? ヒトと仲良くなりたいのなら、それこそティルキス達のような者とだけ話していればいいだろう」

「それでは意味が無い。初めからレイモーンの民に偏見を持っていない者と話していても、現状は何も変わらない。俺はお前のように、レイモーンの民を丸ごと敵視している奴との関係を変えたいんだ」

「それなら他の異端審問官を当たれ」

「他の審問官と言うと、ラムラス殿を殺したような奴らだろう。そんな連中と仲良くする気は無い。俺はお前がいいんだ」

お前がいい、と真っ直ぐに目を見詰めて言われたレフォードは、一瞬ぐらついた気持ちを首を振って否定する。

「っ僕は! 良くない! 迷惑だ!!」

プンスコ怒ってレフォードは更に早歩きになったが、歩幅の差のせいでフォレストは苦もなく着いてくる。
そうこうしている内に、東の門が見えてきた。そして、その前に子供が二人並び立っているのを見て、一行は足を止めた。
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