03.心内にあれば色外に現る
「あれは……まさか、ルキウスとロミーか?」最初にそれに気付いたのはレフォードだった。
それを聞いたカイウスとルビアが、武器を抜いて前に出る。
「ご苦労だったね、レフォード」
「ご苦労って……まさか、あなたがこの二人を呼んだの!? この為にあたし達を東の門へ誘導したのね!?」
「え、いや、違……」
「最っ低!! やっぱりあなたも、この人達とグルなんじゃない!!」
ルビアに罵られたレフォードは、それ以上何も言えずに閉口した。
待ち合わせていた訳では無いのだが、どこかで合流出来ればと考えていたのは事実だ。わざわざ弁明するようなものでもない。
そう思いながら、とりあえずルキウス達の方へ移動しようとしたレフォードは、しかしフォレストに腕を掴まれる。
「!? な、何だ。離せ」
「離すとお前はあちら側に付くのだろう? ならば駄目だ」
「駄目とは何だ。お前が決めるな。ルキウス達が来たからには、僕がこれ以上お前達と一緒に居る必要も無い」
そう言っても、フォレストは手を離してはくれず、振り解こうと足掻いているレフォードをロミーが呆れ顔で見る。
「ふぅん? なかなか戻って来ないと思ったら、リカンツと随分と仲良くなったみたいね? あなたのリカンツに対する態度だけは評価していたのに……ガッカリだわ、レフォード」
「ま、待て! 違う! 僕はこいつらと仲良くなどなっていない! ただ援軍が来るまでの間、見張っていただけで……!」
「……レフォードがどうあれ、ボク達の仕事は変わらない。フェルンのリカンツの息子、ナトウィック司祭の娘。近衛騎士から受け取ったペイシェントを渡せ」
「誰が渡すもんですか! よくも……よくもお父さんとお母さんを……! カイウスのおじ様まで……!」
「おじ様……? ロミー、お前、勝手に殺していたのか?」
「たかがリカンツ一匹じゃない。どうせペイシェントの情報も持ってないクズよ。気にすることないでしょ?」
その物言いに、ルキウスは仮面の下で眉を顰めたが、今は彼女の行動を諌めている場合ではないと、カイウス達に向き直る。
「さっさとペイシェントを渡すんだ! そうすれば見逃してやる。無駄な犠牲が増えることは無い……」
「何言ってるのよ、この人殺し! 教会の人間が命を奪うなんて、一体どういうつもり!?」
「あなたこそ、何か勘違いをしているようね。あなたのお父さんとお母さんは、わたし達が殺したわけでは無いのよ?」
「え……? ど、どういうこと?」
「あの村にいたリカンツが、逃げ出そうとして殺してしまったのよ。あなたの言う通り、わたし達は教会の人間よ。リカンツはともかく、司祭を手にかけるなんて、とんでもない」
レフォードは今更そんな嘘が通用する筈が……とルビアを見たが、彼女はロミーのその言葉に揺れているようだった。
同じくそれを見たカイウスが、そんなものは嘘だと否定したが、ロミーは続ける。
「察してあげなさいよ。自分の父親があなたのご両親を殺したなんて、カイウス君に言えるはず無いでしょう? でも、あなたも僧を目指しているのなら、広い心で許してあげなさい。彼も、彼の父親もリカンツ――獣なのよ。仕方がないわ」
「オレの父さんは獣なんかじゃない! おじさんとおばさんは、お前が殺したんだッ!!」
ロミーの冷酷無情な振る舞いに、激昂したカイウスが獣人化して襲いかかった。
怒り憎しみに支配され、正しく獣のようになってしまっているカイウスの勢いは凄まじく、余裕綽々としていたロミーは思いの外苦戦を強いられる。
そうして、仲間達が手を貸すまでもなく、カイウスはたった1人でロミーを倒してしまった。
力尽きたカイウスはその場に倒れ、表情を強ばらせていたルビアが駆け寄る。
一方、ルキウスはロミーを連れて、さっさと撤退してしまった。
置き去りにされてしまったレフォードは「お前のせいだぞ!」とフォレストを責めたが、フォレストは聞き流してカイウスの容体を看る。
「フォレスト、カイウスは大丈夫なのか?」
「……恐らくは。ですが、目覚めるまでにはもう少し時間がかかるでしょう」
「そうか……なら、カイウスが起きるのを待つついでに、俺達も休もう。ここまで歩き通しだったからな」
そう言って、キャンプの準備を始めるティルキス達を他所に、レフォードは一人門の方へと向かった。
暫くしてレフォードの不在に気付いたフォレストは、まさかルキウス達を追いかけて行ってしまったのかと焦ったが、程無くして相手は戻ってくる。
「何処へ行っていたんだ?」
「門に駐在している騎士に、砂漠の地図を貰ってきた」
「地図? そんなものがあるのか?」
「レイモーンの都に出入りしている盗賊団から押収したものらしい。公式のものと比べれば精度は劣るだろうが、都へ向かうだけならこれで十分だろう」
そう説明しながら、レフォードは持っている羊皮紙を広げてみせた。
各門や森と都の位置だけが描かれた簡易的なものだが、確かに方角はこれだけでも把握出来る。
「助かる。しかしこんな貴重なものを、よく譲って貰えたな?」
「僕は元々東の門の門番だったからな。その時の顔馴染みに声をかけたんだ」
「そうだったのか? ――ああ、それでお前は騎士の鎧を着ているのか」
「紛らわしくて悪かったな」
「誰もそんなことは……まあ、初めて会った時には言っていたが」
レフォードはフォレストの隣に屈んで、テントに寝かされているカイウスを見下ろしつつ、周囲を見渡す。
ティルキスとアーリアは少し離れた場所で話しているのが見えるが、ルビアの姿が無い。
「ルビアはどうしたんだ?」
「水を汲んでくると言っていたが、恐らくは先程のロミーの言葉を気にしているのだろう。直後に獣人化したカイウスの戦いぶりを見たせいで、余計不安になっているのかもしれん」
「……無理もないな」
獣人化したリカンツを見慣れているレフォードですら、先程のカイウスの荒々しさには驚かされた。
幾らカイウスを信じているとは言っても、あの姿を見てしまえば、ロミーの言葉に唆されてもおかしくはない。
「実際、ルビアの両親を殺したのは誰なのだ? ラムラス殿では無いのだろう?」
「……僕に聞くな。僕はロミーやルキウスの側の人間だ。ロミーと同じ答えしか返せない」
それを歯痒く思っているのだろう事は、表情と声色で見て取れた。
フォレストは「そうか」と返して、今一度言う。
「やはり、仲良くするのならお前がいいな」
「……僕は嫌だ」
「それは俺が嫌なのか、レイモーンの民ならば誰であれ嫌なのか、どちらだ?」
「後者だな」
「そうか。それならば良かった」
「何が良いんだ。意味がわからない」
そんなやり取りをしていると、カイウスが目を覚ました。
身体を起こした彼は、フォレストとレフォードを順に見て言う。
「……フォレストさん、どうしていつもそいつと一緒に居るんだよ?」
「起きて最初に言うことがそれか」
「そう嫌ってやるな。それより、具合はどうだ?」
「具合って……ああ、そうか。オレ、また獣人化したのか……でも何で……普段魔物と戦ってる時は、やろうとしても出来ないのに……」
「なんだ、自分の意思でやっているわけじゃ無かったのか?」
「カイウスはまだ能力に目覚めたばかりだ。上手くコントロール出来ていないのだろう」
「……オレ、獣人化すると、いつも自分のことが分からなくなるんだ。父さんと戦った時もそうだった。こんなんじゃ……いつか皆のことも襲うようになるんじゃ……」
「心配するな。徐々に制御出来るようになる」
フォレストにそう言われても、尚も不安げな表情で俯くカイウスに、
「もし本当にそんな事になったら、僕がお前を始末してやる」
レフォードがそう言って、「それが仕事だからな」と付け加えた。
その最期を想像したカイウスは恐怖に襲われたが、しかしそれで皆を、ルビアを護れるのならと頷く。
「わかった。その時は、よろしく頼む」
「……………………」
「そう言えば、ルビアはどこに行ったんだ?」
「ルビアなら水を汲みに行ってくれている。お前がもう出発出来るのなら呼んで来るが……」
「あ、ならオレが行くよ」
もう平気だからと言って立ち上がり、さっさとテントから出ていくカイウスを、レフォードは苦しそうな顔で見ていた。
もし自分が彼の立場だったなら。
大切な人を護る為とは言え、自分が殺されることを、あんな風に受け入れられるだろうか。
彼が何か罪を犯した訳でもないと言うのに。
ただレイモーンの民に生まれたというだけで、殺されることを受け入れなくてはならないのか。
(……いや、僕は、そう考えていた筈だろう。レイモーンの民は……リカンツは全て殺すべき悪だと、存在そのものが罪だと、そう思って、ずっとやって来たんだろう。何を今更……)
自分の信念を、生き方を、これまでの人生の全てを、否定するようなことなど出来ない。
故にレフォードはそれ以上考えることをやめて、カイウスへの同情心を内から追い払った。