03.心内にあれば色外に現る

東の門の中は、構造的には北の門とほぼ同じ。
地図が手に入った以上もう聞き込みの必要も無いと、一行はさっさと通り抜けようとしたが、砂漠へ通じる出入口の前に見張りの騎士が立っているのを見て、声を潜めて作戦会議。

「どうするんだ? 一人だけなら倒せそうな気もするけど……」

「とは言え、騒ぎを聞けば他の騎士も集まってくるだろう。なるべく穏便に済ませたいところだな」

「普通に通してって言えば通れるんじゃないの?」

「わざわざ見張りを置いているのだから、誰でも簡単に通れるようにはなっていないと思うわ」

などと円になって話し合う一行を尻目に、レフォードはスタスタと一人騎士へ歩み寄って声を掛ける。

それを見たティルキス達は、ああそうか、奴は顔が利くのかと納得して後に続く。

「――という訳で、ここを通して貰えるか?」

「まあ、教皇様のご命令なら仕方ないな」

日頃のレフォードの行いが良いのか、はたまた異端審問官の信用が厚いのか、レフォードの適当な理由付けを聞いた騎士は、すんなりと道を開けてくれた。

レフォードが喋っている間に、そそくさと砂漠へ抜けようとする一行を見て、騎士が不思議そうに言う。

「妙なメンバーだな? 僧侶はともかく、他の人達は異端審問官には見えないが……特にあの人」

と、指されたのはフォレストで。
まあそれはそうだろうな、と思いながら、レフォードは「気にしないでくれ」と誤魔化す。

「どっちかって言うとリカンツって感じじゃないか?」

「まっ――まさか! そんなわけが無いだろう!?」

「冗談だよ。そんな全力で否定しなくても分かってるさ。お前がリカンツを前に大人しくしてるわけが無いもんな」

その憎しみの深さは良く知っていると言いたげに、かつての同僚はそれを微塵も疑うことなく言った。

一方、レフォードは浮かべていた笑顔が引き攣るのを感じて、カイウス達が無事に外へ出たのを確認するなり、話を切り上げて追いかける。

彼らはリカンツだと、正直に言わなくて良かったのだろうか。
嘘を吐いてまで、ここを通る必要はあったのだろうか。

ここに居る騎士達と協力して、カイウス達を捕まえるべきじゃないのか?
自分は一体何がしたいんだ。何のために今彼らと共に居るんだ。

「いやぁ、こんなに簡単に通して貰えるとは。レフォードが居て良かったな。今初めてそう思った」

「これくらいの事で気を許しちゃダメよお兄様。油断させる罠かもしれないし……」

「すげぇ! 一面の荒野だ! こんなところに生き物なんて居るのかな?」

「こんな景色になったのは、100年前の獣人戦争以降だ。それまでは緑豊かな土地だったと伝えられている。何が原因でこうなったのかは知らないが……ペイシェントを集めている教会なら、何か知っているかもしれないな」

一行のそんなやり取りなど全く耳に入っていないレフォードは、俯きがちに砂嵐の中をサクサクと進んで行った。
アーリアは「先々行くと逸れるわよ」と引き留めたが、その声すらレフォードには届かない。

結果、自問から抜け出して顔を上げた時には、レフォードはだだっ広い砂漠に一人放り出されていた。

焦って周囲を見渡してみるも、砂嵐に阻まれてカイウス達の姿も何も見えない。

(……お、落ち着け。大丈夫だ。目的地は分かっているのだから、そこに向かえば合流出来る。地図も僕が持っているのだから、何も慌てることは……)

と、懐から取り出して広げた地図は、強風に煽られて飛んでいってしまった。
嘘だろ、と、己の間抜けさと危機的状況に絶望しかけたレフォードの視界が、砂嵐の向こうに人影のようなものを捉える。

カイウス達だろうか? いや、この際違ったとしても構わない。仮に盗賊だとすれば、レイモーンの都への行き方を聞き出せる可能性もある。

そう思って、砂に沈む足を懸命に動かして人影を追いかけたが、不思議なことに距離を詰めても、黒い影の輪郭はハッキリとせず、影のままそこに漂っている。

黒いローブでも着ているのかと思いながら更に近付いていくと、不意にその影は動きを止めた。
チャンスだと小走りで接近したレフォードは、通常であれば互いの顔を識別出来る程度の距離まで来たところで足を止める。

――――おかしい。影のままだ。

いくら視界が悪く、陽が傾いてきているとは言え、この距離ならば姿を見て取れる筈。
なのにそこに在るのは、依然として影のままだった。目の前に板があって、そこに自分の影が映っているのかと思うほどに。

(魔物か……? いや、こんな魔物は見たことも聞いたこともない。だが、魔物でないのなら一体……)

警戒するレフォードに、今度は影の方が近寄ってくる。
砂嵐などものともせず、ブレることなく真っ直ぐ向かってくるその光景にゾッとして、レフォードは槍を抜き数歩後退。

「とっ――止まれ! それ以上近付くな! 何だ貴様は!? 」

影は何も答えず、レフォードの目の前まで来ると、ただじっと上から見下ろす。

いつの間にか、周囲には同じような黒い影が集まって来ていた。
表情も何も分からないのに、何故か彼らに酷く責められているような気持ちになる。

「ぼ……僕が何をした!? 砂漠に入ったことを怒っているのか!? それとも他に何か――――」

何かあるのか、と問おうとしたレフォードに、黒い影がグニャリと歪んで姿を変えた。
そのシルエットは、まるで大型の獣が二足で立っているかのよう。

「は……? な、まさか、リカンツか……?」

と、レフォードの口から思わず零れたその言葉を聞くなり、影達は一回り大きくなった。
溶け合い一つの影の塊になったソレが、レフォードの視界を奪う。

真っ暗だ。何も見えない。煩い砂嵐の音さえ遠く聞こえる。
レフォードは槍を振るったが、影に当たっても何の手応えもなく、一瞬景色が揺らめいた程度だった。

何なんだこれは。幻覚か? プリセプツの類か?

何一つ分からないレフォードに、影達はボソボソと何かを囁き始める。
何と言っているのかは分からないが、恐怖心のせいか殺す算段を立てているように聞こえて、レフォードはがむしゃらに槍を振り回す。

「用があるなら直接来たらどうだ、この卑怯者共! こんな術で僕が倒せるとでも――――」

不意に影からヒトの手が伸びてきた。
その手はレフォードの首を絞めるかのように纏わりついて、喉がヒヤリとした感覚に包まれる。

締め付けられているような感触は無い。無いのに、息が詰まる。声が出せない。
払い除けようにも、実体の無い影を掴むことは出来ない。――――怖い。

冷たさが全身に回って、身動きすら取れなくなったレフォードは、訳も分からないまま許しを乞う事しか出来なかった。







アーリアの忠告を無視して行ってしまったレフォードが行方不明になって暫く。

だから言ったのに、と呆れ混じりにぼやく仲間達と別れ、一人捜索を開始したフォレストは、都に向かって歩いていくうちに人の声のようなものを拾った。

遠く聞こえていた声は、何かを数回叫んだ後に止んだ。
レフォードのものかどうか怪しいところだが、他に手掛かりも無い。故にフォレストは声の方へ向かう。

「わざわざ捜しに行く必要も無いんじゃないか? 民間人ならともかく、あいつは自分の身くらい護れるだろう」

「それもそうね。地図も彼が持っているし……闇雲に捜すより、都を目指した方がいいんじゃないかしら。そこで待っている方が確実だと思うわ」

「そもそも、待つ必要だって無いでしょ? あの人はあたし達の仲間じゃ無いんだから……」

別れる前、ティルキス達はそんな風に言っていた。
意見としては尤もだが、結局フォレストはそれには従わなかった。

逸れたのが仲間内の他の誰かだったのなら、きっと捜している筈だ。
それをレフォードだから、という理由でやらないのは、何となく居心地が悪い。

これまでの行いを鑑みれば、多少雑に扱われるのも、煙たがられるのも仕方がないのかもしれないが。
少なくともフォレストは、途方に暮れているかもしれない彼を一人放置する気にはなれなかった。

そうして、声のしていた場所まで来て、砂の上に倒れているレフォードを見つけた時、フォレストは自分の判断が間違ってはいなかったのだと確信した。

「レフォード、しっかりしろ」

呼びかけながら、フォレストは砂に半分埋まっているレフォードを助け起こした。
魔物にでもやられたのかと思ったが、見たところ外傷は無い。

控えめに頬を叩くと反応があった。
金色の睫毛が震えて、砂埃が落ちる。開かれた目は、夕陽が眩しいといった風に細められる。

「大丈夫か? 何があったんだ」

レフォードはその問いには答えず、何やら怯えた様子で周囲を見渡して、フォレストの後ろを見るなりビクりと肩を震わせた。

フォレストは背後を振り返ったが、特に何が居る訳でもない。ただの荒野が広がっているだけ。
だがレフォードの目は何かを捉えているようだった。

ひ、と小さく悲鳴を上げて、逃げ出そうとするレフォードをフォレストが捕まえる。

「落ち着け。どうしたんだ」

「は、離してくれ。あの黒い影が……さっきから僕を殺そうと……っ」

白銀の瞳が泳ぐように動いた。
黒い影が一つ、また一つと四方から集まってくるのを見て、退路を塞がれたレフォードはその場に蹲る。

「嫌だ、もう許してくれ……! もう分かったから……!」

「? レフォード、さっきから何を――――」

言っているんだ、と尋ねたフォレストに、突然弾かれたように立ち上がったレフォードが抱き着いた。

助けて、と涙声で訴えてくる相手に、何が起こっているのかさっぱり分からないフォレストは狼狽える。

「助けるも何も、ここには俺達以外には何も居ない。何が見えているのかは知らないが、一旦落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! 本当に見えないのか!? 今僕の首にまた手が……っ!」

「首?」

フォレストは相手の首を覆っている鎧の隙間から中を確認してみたが、特におかしなところは無い。
が、レフォードの怖がり様も演技には見えない。

「……とにかく場所を移すぞ。そろそろ日も暮れる。夜になる前にレイモーンの都を見つけておきたい。歩けるか?」

レフォードはフォレストにしがみついたまま、それどころではない、と言いたげに全力で首を横に振った。
仕方がないので、フォレストはレフォードを横抱きにして、そのまま砂漠の中央目指して歩き始めた。
目次へ戻る | TOPへ戻る