03.心内にあれば色外に現る

「朝まで待って、もしティルキス様達が来なければ探しに行こう」

その後、レフォードが落ち着くのを待ってから、フォレストはそう切り出した。

胡座をかいているフォレストの脚の間で、彼を背もたれにする形で三角座りになったレフォードは、その言葉に「わかった」と返しながら、自分を包んでいる逞しい腕とマントの温もりを享受する。

「……なぁ」

「ん?」

「前にその……モテるのかと僕に聞いてきただろう。お前はどうなんだ。恋人や妻子は居ないのか?」

フォレストはどうして今になってそんなことを、と不思議に思ったが、ああもしかしてさっきのキスのせいで気になったのかと思い至り、思わず笑ってしまう。

「な、なんだ。何がおかしい!?」

「いや、すまん。気にしないでくれ。――生憎と、恋人も妻子も居ない。居れば流石に、さっきのような真似はしない」

「そ、そうか。それならいいが」

キスの話を掘り返してしまったせいで気恥しさがぶり返し、面映ゆくなったレフォードはさっさと話を終わらせてしまった。
その初々しさが可愛らしくて、フォレストは目を細める。

「俺も一つ聞いてもいいか?」

「何だ。ふざけた質問には答えないからな」

「真面目な話だ。両親が亡くなってから、お前はずっと一人で暮らしていると聞いたが、今もそうなのか?」

「…………そうだが、それがどうした」

「寂しくはないのか?」

立てた膝に顔を埋めているレフォードは、沈黙の後「別に」と答えた。

「ならば、今度遊びに行ってもいいか?」

「どうしてそうなる。来たところで、面白いことなど何も無いぞ」

「お前の手料理が食べたい。いつも自分一人の分は作っているのだろう? 余ったものでも構わないから、俺にも分けてくれないか」

「……お前、そんなにひもじいのか? 金はあるんじゃなかったのか?」

「いや、食費を浮かせようとしているのではなくてだな。前にも言っただろう。お前の本気の料理が食べてみたいと」

「そんなもの、別にわざわざ家に来なくとも、調理場さえあれば何処ででも作れる」

「いや、それはそうかもしれないが……」

どう言えば伝わるのかと暫し思考してから、フォレストは言い直す。

「お前がいつも家で一人で食事を摂っていると言うのなら、そこに俺も混ぜてくれないか、という話だ」

「何の為に」

「俺がそうしたい、というだけでは駄目か?」

「駄目とは言わないが、同情なら不要だ」

「同情だけでここまではしない」

「なら他に何があるんだ」

訝しむレフォードに、フォレストは彼を抱きしめる力を少しだけ強めた。

「お前が寂しい思いをしているのなら、俺が傍に居たいと思っただけだ」

今度はレフォードがフォレストからの好意を感じ取る番だった。
身体だけでなく心まで締め付けられているような感覚に、レフォードは胸を押さえる。

実際、フォレストの言う通りだ。自分だって、誰かと一緒に食事を摂る方がいい。

だが――――肌着の下にある、両親の写真が入ったロケットペンダントが、それを咎めるようにチャリ、と鳴った。
レフォードはそれを服越しに握り締める。

「……出来ない。僕は……お前がレイモーンの民である限り、家に招くような真似は出来ない。……駄目なんだ、それは。両親への裏切りになる」

「……お前が嫌なら無理強いするつもりは無いが、お前のそれはお前の気持ちに反してはいないか? お前は本当は人恋しいんだろう? いつまでもそうやって、自分で自分を縛って生きていくのか?」

「それは…………だが、そんな簡単には……」

と、惑うレフォードに、フォレストは「徐々にでもいいが」と助け舟を出す。

「いつかお前の友人として、家に上げてもらえると嬉しい」

「…………友人として?」

「ん?」

「…………いや、なんでもない」

別に恋人になりたい、などと思っているわけでも無いが。
友人だと言うのなら、さっきのキスは一体何だったんだ。

そう聞きたくても、これ以上その話をするのが嫌なレフォードは聞くことが出来ず、「そろそろ寝る」と言って逃げるように目を閉じた。









――――声がする。

名前を呼んでいる。優しい、懐かしい声。

気付けば、目の前に父と母が居た。
両親は微笑んで僕を見ている。

思わず伸ばした手は、まるで子供のように小さくて。
思えば、目線もいつもよりずっと低い。手には幼い頃に読んでいた絵本が握られている。

「父上、母上、よかった……もう何処にも行かないで…………」

喉から出た声は、正に子供のそれだった。
縋る己の手を、両親がそれぞれ片方ずつ握って、視線を合わせる為に屈んでくれる。

「傍に居てやれなくてごめんな。でも、もう大丈夫だ」

「私たちがいなくても、これからはあの人が、一緒に居てくれるでしょう?」

「あの人……?」

両親が揃って僕の背後を指した。
僕が振り向くより早く、後ろから伸びてきた手が絵本を取り上げて、僕を抱き上げる。

「え……なんで……」

両親からその人――フォレストに視線を移した瞬間、僕の声と身体は元に戻った。
もう一度両親の方を見ても、そこには既に二人の姿は無い。

フォレストはそのまま寝室に移動して、ベッドの上に僕を下ろした。
隣に寝転んで、引っ張り上げた布団を互いに被せる。

「ど……どうしてお前がここに居るんだ?」

「居てはいけないのか?」

「そうは言わないが…………」

「ならば良いだろう。細かいことは気にするな」

細かいことなのだろうか。
分からなかったが、それ以上言及しようとも思わなかった。

「……お前が傍に居てくれるのか? ずっと?」

十数年、自分しか居なかった寂しい空間に、誰かが居てくれる。
それだけで、こんなにも心が落ち着く。

「お前がそれを望むなら」

フォレストが「おいで」と言うように腕を広げた。
僕はその胸の中に飛び込む。

「俺のことが好きなのか?」

「……わからない。この感情が、お前に向けられたものなのか分からないんだ。僕はただ、こうして甘えさせてくれる誰かを欲しているだけなのかもしれない。両親の代わりを、お前に求めているだけなのかも……」

「そうか」

「…………怒らないのか? 嫌じゃないのか?」

「両親の代わりであれ、好意には違いないのだろう? ならば俺はそれでいい。俺の目的はお前と仲良くなることだ。関係がどんなものであっても構わん」

「……なら、目的が果たされた今、これ以上、僕の傍に居る意味も無くなるんじゃないのか」

「確かに、それもそうだな」

あっさりと認められて、僕は「嫌だ」と首を振る。
が、フォレストは僕を抱いていた腕を離して、憐れむように微笑する。

「お前は分かっている筈だ。仮に俺が永遠に傍に居ることを誓っても、それが破られない保証など何処にも無いと。お前の両親がそうだったように」

「…………………………」

「お前の望むものは手に入らない。それでも強請るのは子供の駄々だ。お前はもう立派な大人だろう、寂しさなど自分でどうにかしろ」

「そんなの……そんなの分かってる。分かっているから……僕はずっと一人でやって来たんじゃないか。それなのにお前が……お前がそれを崩したんだろう……なのに、そんな簡単に手を離さないでくれ……」

また寂しい状態に戻るのは嫌だ。
フォレストの服を掴む僕の手は、強引に解かれる。

「どの道、俺は目的を果たせば、ティルキス様と共にセンシビアに帰る。永遠に傍になど居られない。……そんなこと、初めから分かっていただろう?」

情け容赦の無いその言葉は、何故か僕の声と重なって聞こえた。
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