03.心内にあれば色外に現る
結局、夜が明けても、ティルキス達がレイモーンの都に現れることは無かった。当初の予定通り探索に行こうと提案するフォレストに、レフォードは「悪いが」と前置いて断る。
「お前には借りがある。ここまで来たついでに、調べ物くらいは手伝ってもいい。が、僕がお前達と行動を共にするのはそれで終わりだ。後は勝手にしろ」
「勝手にさせていいのか? 俺やカイウスを見張る為について来ていたのでは無いのか?」
「勿論そのつもりだった。だが……アーリアの言っていた通り、監視など何の意味も無いと分かった。これ以上お前達と居れば、ロミーのように僕が寝返ったと考える者も出てくるだろうからな」
「……審問官を辞める気は無いのか?」
「無い。今更辞めたところで何になる? 一度審問官として生きる道を選んだ以上、直人には戻れない。きっとレイモーンの民がそれを許さないだろう」
「俺は許すぞ」
あっさりと言うフォレストに、レフォードは「お前はそうだろうな」と苦笑する。
「だが他はそうはいかない。僕も、自分で選んだ生き方から逃げるつもりは無い。……ただ、これからはもう少し柔軟な対応を心掛けようとは思っている」
「と言うと?」
「これまでの僕は、両親を殺された怒りで目が曇っていた。レイモーンの民であるというだけで、相手の意見に耳を貸そうともしなかった。……お前を見ていて、それがどれほど愚かな事だったのかに気付かされた。今後はなるべく偏見を持たずに、一人一人と向き合って善悪を見極めようと思う。見境なく襲っていては……それこそリカンツと変わりないからな」
と、レフォードは自嘲して言ったが、フォレストは彼の言葉に感激していた。
自分のしてきた事にはちゃんと意味があったのだと、初めてそう思えて、嬉しさのあまり笑みが零れる。
「俺も、お前から学べたことは多かった。出逢えたことに感謝している。本当に」
「そうか? それなら良かった」
「ああ。……だからこそ、別れるのは惜しいな。出来ることなら、もう少し一緒に居たかったのだが」
フォレストはレフォードの手を掬い上げて言った。
握る掌に、声色に、視線に込められた熱を感じて、まるで口説かれているかのような気分になったレフォードは、赤くなった顔を背ける。
「とっ、とにかく、僕は此処でプリセプツに関する資料を探しておくから、お前は早くティルキス達を探しに行け」
「……分かった。しかし、お前は一人で大丈夫か?」
「問題ない。夜の間も幽霊は出なかったしな」
「そうか。だが念の為にこれを」
フォレストは両耳に付けている獣の牙の形をした飾りを片方だけ外して、レフォードの手に乗せた。
受け取ったレフォードはそれとフォレストを交互に見て問う。
「魔除けの効果でもあるのか?」
「そういうわけではないが、俺の代わりにはなるかと思ってな。効力があるかは分からんが、持っておいてくれ」
「だがこんな小さな物、懐に入れておくと紛失しそうで怖いんだが」
「なら耳に着けておけばいい」
レフォードは言われた通りにしようとしたが、慣れないせいでなかなか上手く装着出来ず、見兼ねたフォレストが助けに入る。
「……ふむ、悪くないな」
「そ、そうなのか? 似合ってるか?」
「似合ってはいないな。かなり浮いている」
「……悪くないと言ったのは何だったんだ」
「それは…………」
お前が俺の物を身に着けている事が、とは言えず、フォレストは言葉を濁して咳払いで誤魔化す。
「そろそろ行ってくる」
「え? ――ああ。行ってらっしゃい。気を付けて」
そう言ってフォレストを見送ったレフォードは、今のやり取りに懐かしさを感じながら、軽く振っていた手を下ろした。
両親が生きていた頃は、行ってらっしゃいも、おかえりも、毎日言っていたのに。
もう長いこと口にしていなかった気がする。
あの人と居られたらいいのに、と、諦めた筈の願望がまた浮上してきたので、レフォードはそれを心の奥底に押し込んで、思考を切替える為にも廃墟の探索を始めた。
目に付いた建物に順に入って中を物色してみたが、置かれた家具すら朽ちているような状況では、紙の本など原型を留めていないものばかりだった。
何処かに保存状態の良い物が残っては居ないだろうかと、諦め半分ながらも探し回っていると、一際目立つ立派な建物の中に、地下へ続く階段を見つける。
地下に保管されている物ならば、他より劣化も少ないだろう。
資料がある事を願い降りてみると、確かにそこには目当ての物――棚に収められた無数の書物があったのだが。
「あらレフォード、あなた一人? リカンツ共はどうしたの?」
本より先にレフォードの目が捉えたのは、東の門でカイウスが退けた筈の、ロミーとルキウスの姿だった。
「な……ど、どうしてお前達が居るんだ」
「先にこちらの質問に答えて欲しいわねぇ。リカンツは何処へ行ったの?」
「今は別行動だ。それより、一体どうなってる? 追って来たにしても速すぎる」
「ボク達には転移のプリセプツがある。キミ達がレイモーンの都へ向かっている事は知っていたからね。行先さえ分かっていれば、先回りする事はそう難しくない」
「でも、レフォードは使えないものね。こんな辺鄙な場所まで、遠路遥々ご苦労様」
小馬鹿にしたように言われてレフォードはカチンと来たが、こんなことで一々腹を立てるなと己を戒める。
「それで? 別行動なのは分かったけれど、結局リカンツはここには来ないのかしら?」
「……さあ、どうだろうな」
「あら、教えてくれないなんて意地悪ね。さっきの発言がそんなに気に障ったのかしら」
「違う。……悪いが、僕はこの件から手を引かせて貰う」
「!?」
「……何ですって?」
レフォードの宣言に、ロミーとルキウスは少なからず驚いた。
審問官の仕事を放棄するつもりかと問い詰められたレフォードは、それは違うと否定して続ける。
「教皇の思惑がどうあれ、それがヒトに危害を加えるリカンツを狩る事に繋がるのなら、審問官としての仕事は続けたいと思っている。だが今回の任務は……承諾出来ない。彼らはリカンツでは無い」
「何を言っているの? あなたも獣人化したところを見ていたでしょう。リカンツで間違いないわ」
「違うんだ。例え姿がリカンツと同じでも、彼らは人を襲うケダモノなどではない。ヒトと共に生きようと懸命に努力してくれている、優しきレイモーンの民達だ。殺す必要など無い」
そう断言するレフォードに、ロミーは二の句が告げなくなってしまった。
ルキウスは彼のこの変化を、今の発言を、どう受け止めればいいのか分からずに惑う。
「それでもお前達が教皇の命令に従って彼らと戦うと言うのなら、僕はその邪魔はしない。だが、お前達に手を貸すつもりも無い」
「……なら、君はどうして此処へ?」
「カイウス達は教皇が行おうとしている生命の法について調べている。その手掛かりを探しに来たんだ」
「無駄よ。此処にあった生命の法に纏わる文献は、既にわたし達が運び出して、教皇様に献上したもの」
「なら、お前達の口から教えてくれ。生命の法とは一体何なんだ?」
「それは……」
「こんな裏切り者にそこまで話す必要は無いわ、ルキウス」
と、ロミーに遮られて、ルキウスは苦悶の表情で口を閉じた。
別に僕は裏切ったつもりは無いぞと、レフォードは反論する。
「まあいい。話したくないのなら、教皇に直接聞きに行くまでだ」
「お好きにどうぞ? 教皇様もわたしと同じ意見だと思うけれど」
「………………」
「それにしても残念ね。あなたがリカンツの甘言に惑わされて仲良くやっているだなんて知ったら、教皇様もきっとガッカリなさるわ。ご両親もお可哀想に」
「……父上と母上を殺した奴はもう居ないんだ。今居るレイモーンの民を殺して回ったところで、仇討ちにはならない。それに気付いただけだ」
目当ての物が無いのなら、もうここに用はないと、レフォードはロミーとの不毛な口喧嘩を終わらせて去ろうとする。
ルキウスは黙ってそれを見ているだけだったが、隣のロミーは悪戯を思いついた子供のように、愉しげに口元を歪める。
「……ねえレフォード、生命の法の話の代わりに、一つ面白い噂を教えてあげましょうか」
「噂?」
「ええ。14年前のジャンナ事件に関する噂よ」
ジャンナ事件、と聞いて、レフォードは階段に乗せた足を止めて振り返った。
ロミーは獲物が上手くかかってくれたと、仮面の下でニコニコしながら続ける。
「国王様の命を狙って王都に現れた8人のリカンツ……彼らは既に処刑されたとあなたも聞いているでしょうけれど、実は生き残りがいるって噂があるのよ。知っていたかしら?」
「……!? いや……初耳だ。本当なのか?」
「あくまでも噂よ。でも、処刑の瞬間を見た人は居ないもの。有り得なくはないでしょう? 全員処刑したと公表されたけれど、その骸として見せられたのは骨だけ……わたし達がいつもやっているのと同じ、民衆を欺く為のフェイクの可能性はあるでしょう?」
「……つまり、実際は他のリカンツと同じように投獄されていた、ということか?」
「或いは、単に取り逃しただけなのかもしれないわね。近衛騎士……あなたのお父さんを倒すほどの奴らだもの。そんなのが8人も居れば、1人くらい逃げられそうなものじゃない? その失態を隠すために、嘘の公表をしたとも考えられるわね」
「なっ……まさか、そんな…………」
レフォードは実際どうなのかとルキウスに目で問うたが、ルキウスは知らないと首を振るだけだった。
無理もない。14年前ともなると、ロミーやルキウスはまだ乳児だった頃だ。事件の詳細など知っているわけが無い。
「ロミー、その噂は何処で誰から聞いたんだ?」
「さぁ、誰だったかしら……? けれど、リカンツの事はリカンツに聞くのが一番手っ取り早いんじゃない? 丁度その当時のことを知っていそうな年代のリカンツが、あなたのお友達の中に居るじゃない」
ロミーは固まってしまっているレフォードに歩み寄り、蛇のように腕を絡ませて囁く。
「せっかくの機会だもの。ここで一緒に彼らを待って、あのリカンツに話を聞いてみましょうよ」
ルキウスが心配そうに見守る中、レフォードはロミーの提案を受け入れて、階段から足を離した。