03.心内にあれば色外に現る

「いやぁ、来てくれて助かった。途中から方角が分からなくなってな」

一方。砂漠の中で無事ティルキス達と合流したフォレストは、頬を掻く主に「無事で何よりです」と微笑んでいた。

「お前の方はどうだった? レフォードは見つかったか?」

「はい。都も見つけたので、今はそこを探ってくれています。昨日は幽霊が出て大変でしたが……」

「ああ、幽霊ならこっちでも見たぞ。襲われたりはしなかったが」

「カイウスがすっかり怯えちゃって、全然進めなかったのよね」

「べっ、べべ別にオレは怖がってなんかない! オレはルビアが怖がってるかと思って……」

「何よそれ、あたしのせいにしないでよね! カイウス以外は誰も怖がってなかったわよ。ねぇアーリア?」

「ふふっ。まぁまぁ、いいじゃない。この話はこれでおしまい。ね?」

「お、何か見えてきたぞ。あれがレイモーンの都か?」

砂嵐の向こうにその威容を捉えて、ティルキスを先頭に皆が走り出した。
仲間と共に石畳を踏んだフォレストは、帰還を知らせようとレフォードの名前を呼んだが、応えはない。

「出てこないな……また襲われていなければいいが」

「単に聞こえていないだけなんじゃないかしら。ほら、あの大きな建物の中に居るとしたら、多分声は届かないと思うわ」

「なら先ずそこから見てみるか。居なかったら手分けして捜そう」

時折視界の端にチラつく黒い影に怯えるカイウスを連れて、一行はアーリアが指していた建物の中に入った。
入口のすぐ近くに地下へ降りる階段があり、丁度そこからレフォードが出てくる。

「レフォード、ここに居たのか。何か見つかったか?」

「……ああ。ただ、ロミー達に先回りされていた。今も下に居るが……生命の法に関する書物は、既に持ち去ったと言っている」

「何だって!? あいつらまた性懲りも無く……!」

「クソっ! 行く先々で邪魔しやがって……ここで決着をつけてやる!」

「あっ、待ってよカイウス!」

カイウスとルビア、ティルキス、アーリアが、バタバタと慌ただしく階段を駆け下りていく。
フォレストも、何やら元気の無いレフォードと共にそれを追い、地下に居たロミーとルキウスと再会する。

「いらっしゃい。随分待たせたわね。砂漠で行き倒れているのかと心配したわ」

「お前ら! 本を何処へやったんだよ!」

「……君達が知りたいのは、生命の法について、だろう? 本の代わりに、ボクが教えてあげるよ」

ルキウスは睨むカイウスの前に立った。
カイウスは納得がいかないものの、手ぶらで帰るよりはマシかと、怒りを飲み込んでルキウスの話を聞く。

「教皇様はこの世界を憂いていらっしゃる。ヒトやリカンツ、オーガが互いに傷付け合い、啀み合う世界をね。だから教皇様は、失われた尊い魂達を再びこの世界に呼び戻し、憎しみの連鎖を断とうとなさっているのだ」

「その為にレイモーンの民を犠牲にしてか! 何も知らない、静かに隠れ住むレイモーンの民を狩り出し、ペイシェントの為に拷問をする……それがこの世界の平和だと!? それは傲慢だ!」

「傲慢などではない! 何故なら、生命の法が成就した暁には、リカンツもその命を取り戻すからだ。そうなれば、この廃墟になったレイモーンの都も再興されるだろう。リカンツ狩りはその為の一時の苦しみに過ぎない」

「お前、正気で言ってるのか? そんな戯言信じるかよ!」

「失われた尊い命を呼び戻す……? 簡単に人の命を奪うくせに、軽く言うな!」

怒るカイウス達を興味無さげに見ていたロミーは、カイウスの首にぶら下がっているペイシェントに目を留める。

「……命を軽く扱っているのは、あなた達リカンツでしょ? だってあなたが持っているそのペイシェントは、リカンツの命で出来ているんだもの」

「!?」

「事実だ。君が近衛騎士から受け取ったペイシェントは、数千人分のリカンツの命で作られたものなんだ」

「なっ……数千だと!? そんなことがあるものか! そもそもどうやって……」

「現代の技術では不可能だろう。でも、100年前のリカンツには可能だったんだよ」

ルキウス曰く、ペイシェントは100年前の獣人戦争の際に作られた物なのだと言う。

当時都に居た宰相のクベールという男が、劣勢を覆す為に強力なプリセプツを行使しようと考えた。
だがそれを成すには力を増幅させる触媒が必要で、その材料にクベールは民の命を使った。

人々の魂を吸い出し、結晶と化したもの。それこそがペイシェントなのだとルキウスは語る。

話を聞いた一行――特に先祖に憧れを抱いていたフォレストは、勝利の為とは言え同族の命を一方的に奪う者が居たことに、結果としてそれが都を滅ぼしたのだという事実に消沈する。

「これで分かったかしら? 狂っていたのはあなた達のご先祖様なのよ! その死んだリカンツ達も復活させるという教皇様のご慈悲、理解して欲しいわね」

「そんなの嘘よ! もう嘘を言わないで! カイウスのおじ様がお父さんとお母さんを殺したなんて……レイモーンの民が仲間を殺して、ペイシェントを作ったなんて! 全部嘘でしょ! 本当のことを言いなさいよ!」

耐え切れなくなったルビアは、一人飛び出してロミーに掴みかかった。
ロミーは涼しい顔でルビアを見据える。

「さあ、どうするの? わたしを殺すつもり?」

「! ルビア、よせ!」

幼馴染の手を復讐の血で汚させたくは無い、危ない目に遭わせたくもないと、止めに入ろうとしたカイウスを、ルキウスが制する。

「悪いけど、君達の相手はこのボクだ」

「……っ! 退けぇ!」

カイウスが剣を振りかぶり、ルキウスが杖でそれを受け止める。
プリセプツによって風が吹き荒れ、部屋の中に置かれていた大量の本が舞い上がる。

一行の注意がそちらに向いている隙に、ロミーがルビアを連れて行こうとしていることに気付いたレフォードは、咄嗟にルビアの手を掴んだ。

「待て! 彼女をどうするつもりだ!?」

「どうもしないわよ。あのリカンツ達が大人しくペイシェントを渡せば、ね。――それより、あなたは他にやることがあるでしょう?」

「…………っ!」

「それじゃあ、リカンツ達に宜しくね」

ロミーは素早く呪文を唱えると、ルビア諸共その場から消えてしまった。
ルビアを掴んでいた手が空を切って、レフォードは拳を握る。

一方、ルキウスと戦っていたカイウス達は、攻撃の弾みで意図せずルキウスの仮面を剥ぎ取ってしまい、その下にある素顔を見て息を呑む。

カイウスの顔がそこにあった。
ハッキリと違うのは服や髪型だけで、他はまるで鏡写しのようにカイウスと同じ。

「その顔……ルキウス、お前は一体何者なんだ!?」

「……君達に話す必要は無い。それにしても、君達は強いね。レフォードやロミーが梃子摺るわけだ。だけど……」

「……! そうだ、ルビアは!? ルビアを何処へやった!」

「今更気付いても遅いよ。彼女は我々が預かった。返して欲しければ、お前の持っているペイシェントを渡して貰おう」

「何だと!? まさか最初からそれを狙って……!」

「決心が着いたら、ペイシェントを持って東の門まで来るんだ。……君は彼女を置いて、何処かへ行ったりはしないだろう?」

「ふざけるな! ルビアを返せ!!」

激昂するカイウスを置いて、ルキウスはロミーと同じく転移のプリセプツで姿を消した。
やり切れない気持ちを剣に乗せて床に叩きつけるカイウスを、他の3人が宥める。

「ここなら東の門まで戻るとなると時間がかかるが……アーリア、奴らの使っていた転移のプリセプツのようなものは使えないか?」

「ごめんなさい、私もあれは知らないの。恐らくは異端審問官だけが扱える、特別なプリセプツなのだと思うわ」

「それならレフォードは使えるんじゃ……って、そうか。確かプリセプツが使えないんだったな」

ならもう腹を括って徒歩で行くしかないかと、早速歩き始めようとするティルキス達に、レフォードが待ったをかける。

「その前に聞きたいことがある」

「後にしてくれよ。今は早くルビアを助けに行かないと……」

「ならお前は行っていい。だが、せめて貴方は残ってくれ。……大事な話なんだ」

そう言って、レフォードは真剣な面持ちでフォレストを見た。
指名されたフォレストは、何だろうかと首を傾げつつ、他のメンバーに先に行くよう促す。

「改まってどうした?」

「……さっきロミーに、僕の両親を殺した連中が、処刑を免れて生きているかもしれないと言われたんだ。そういう噂があるらしい。それで……貴方がそれについて何か知らないかと思って……」

「何? それが本当なら、そんな大事な話を何故ロミーは今まで黙っていたのだ。そして何故今になって言う?」

「分からない。だが、ロミーの思惑などどうでもいい。噂が本当かどうかの方が大事だ。もし犯人が生きているのなら……僕は……」

「……そうか、分かった。そういう事なら協力しよう。詳細を聞かせてくれ」

レフォードは少しホッとした様子で有難うと返して、まず最初に、

「14年前に起こった、リカンツによる首都襲撃事件を知っているか?」

そう尋ねた。
瞬間、穏やかだったフォレストの顔が強張る。

「それは……ジャンナ事件のことか?」

「そうだ。知っているのなら話は早いな。その犯人とされる8人の男について、何か思い当たることがあれば教えて欲しい。名前や見た目、住んでいる場所が分かれば有難いが、犯人に繋がる情報であれば何でもいい」

「……………………」

「……知らないか? 直接見聞きしたわけで無くとも、噂に聞いた話でも構わないんだが……」

「知っている。知っているが……先に教えてくれ。そのジャンナ事件の犯人が……お前の両親の仇なのか?」

「ああ、そうだ」

キッパリと言うレフォードに、フォレストは暫し口を開けたまま黙ってしまう。

「…………待ってくれ。それは……それは有り得ない」

「? どういう意味だ?」

「あの事件は……確かにレイモーンの民が悪であるかのように報じられているが、事実はそれとは異なる。確かに一騒動あったが……あの場に居た8人は、ヒトを殺めるような真似はしていない」

今度はレフォードが沈黙を作った。

フォレストへの信頼に満ちていた澄んだ瞳に、疑念が混じって濁り始める。

「……何故そう言い切れる?」

「その8人を俺はよく知っている。俺はその内の1人だった」

自分達は、隠すようなことは何もしていない。故にフォレストは迷いなく言った。
が、レフォードの表情が出逢った当初のものに巻き戻っていくのを見て、ほんの少しだけ後悔する。

レフォードは告げられた真実をゆっくりと咀嚼して、やっとの思いで飲み込むと、そうか、とだけ返した。

「……殺していないと言われても、事実として僕の両親は死んでいる。それはどう説明するつもりだ? 突然発作を起こして死んだとでも? それとも気が触れて自害したのか?」

「それは俺にも分からん。だが、本当に誰も殺していないんだ」

「それを信じろと言うのなら、お前達が殺していないという証拠を見せてくれ」

「残念だが、そんなものは無い」

「なら犯人を連れて来てくれ」

「それも出来ない。すまないが、俺はお前の両親の死については何も知らない」

「そんなわけがあるか! お前は現場に居たんだろう!? 王城に行ったのなら父上と母上にも会った筈だ! 彼らはあの時城に居たんだぞ! お前達以外に誰があの2人を殺すと言うんだ!!」

レフォードはフォレストの服を掴んで揺さぶった。
握る手が、声が震える。14年間溜め込んできた感情が溢れてくる。

「頼むから、本当の事を言ってくれ……!」

「嘘は言っていない! 俺も、他の7人も皆潔白だ! 殺されたのは我々の方だぞ!?」

「それはお前達が勝手に城に忍び込んだからだろう!?」

「それも誤解だ! 我々は正式に招かれて、話し合いの為に王都へ行ったのだ! なのに裏切られて……!」

「じゃあ何だ、その腹いせに僕の両親を殺したのか!?」

「だから殺していないと言っているだろう!!」

フォレストの怒声がビリビリと空気を震わせた。
レフォードが萎縮するのを見て我に返ったフォレストは、震えているレフォードに触れようとしたが、その手を叩かれる。

「……だったら、誰が殺したって言うんだ……! 僕の両親は皆に慕われていた。ナトウィック夫妻のように、リカンツの肩を持つような真似もしていない……大公にも、教皇にも、国王にも信頼されていたんだ! ジャンナにあの2人を殺そうと考える者が居るとは思えない……お前達しか居ないんだ……!」

「……だとしても、俺達では無いんだ。頼む、信じてくれ……」

レフォードは頭を横に振った。
耳飾りを外して、フォレストに押し付ける。

「貴方は……貴方だけは、僕の両親を殺したリカンツとは違うのだと……やっとそう思えるようになったのに……! 結局貴方も、他のリカンツと何も変わらないじゃないか……! ヒトを欺いて、ヒトを殺して、自分達はのうのうと生きて……! 何が共存だ、何が友好だ! この――――!」

ぽた、と、乾いた石畳に涙が落ちた。
長年積もり積もった怒りと憎しみをぶつけてやりたいのに、悲しみと痛みがそれを凌駕する。

「…………っ、うそつき…………!!」

頭の中も、胸の中も、色んな感情が綯い交ぜになってぐちゃぐちゃになる。
フォレストも、悲痛なレフォードのその言葉に胸を刺される。

嘘では無いのに。本当のことを言っているのに。
どうして、俺の言葉を信じてくれないんだ。

「だから言ったでしょう? 甘言に惑わされているって」

不意にロミーの声がした。
見れば、いつから居たのか、ロミーがそこに立っている。

「迎えに来てあげたわよ。あなたの本当の仲間がどちらなのか、もう十分わかったでしょうから」

差し出されたロミーの手を、涙を拭ったレフォードが掴んだ。

「……ああ、よく分かった。僕が馬鹿だった、本当に」

「まあ、今回は許してあげるわ。さ、帰りましょう」

「待て!!」

追いかけて来ようとするフォレストに、レフォードは槍の穂先を突きつけた。

久しく見ていなかった、敵を見る目。
そこに自分が写っているのを見て、フォレストは動けなくなる。

「……ヒトを懐柔する目論見が上手くいかなくて残念だったな、リカンツ」

すっかり聞き慣れてしまったはずのその呼び名が、これほど感情を揺さぶったのは何時ぶりだろうか。

レフォードがロミーと共に消えても、フォレストの耳には彼の声と言葉が残り続けていた。
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