04.愛しけりゃこそ強と打て

攫われたルビアを奪還すべく、東の門を目指しカイウス達と再び砂漠を歩いていたティルキスは、後から追ってきたフォレストの姿を認めて足を止めた。

カイウスとアーリアもそれに気付き、フォレストが到着するのを待つ。

「おかえり。話は済んだのか?」

「はい。ですが……」

「……レフォードは一緒じゃないのね?」

アーリアの言葉に頷いて、フォレストは遺跡であったことを話した。
カイウスは「今はそんなことよりもルビアの方が気になる」と言いたげに落ち着きなく門のある方角を見ていたが、ティルキスとアーリアは神妙な顔で押し黙る。

「ジャンナ事件の生き残りが居たなんて……驚きだわ」

「……フォレスト、一応聞いておくが、お前が殺したわけじゃ無いんだよな?」

「はい。確かに近衛騎士団もあの場には居たのですが……誓って手は出していません。そんなことをしても益々レイモーンの民の立場が悪くなるだけだと、かつての友人に何度も言い聞かされていましたから」

「なら、あのロミーって奴が嘘を吐いてるだけか」

「でも、レフォードはロミーの話を信じたのね?」

「ああ……犯人は他に考えられないと言われてしまった」

両親と上手くやっていたジャンナの人々よりも、突然やって来た見知らぬレイモーンの民達を疑しく思うのは、ある程度仕方がないことなのかもしれないが。

それでも、こちらの言い分をまともに聞かず、あんなにもあっさりとロミーの手を取るとは。

「少しは信頼を得られていると思っていたのだが……どうやらそうでも無かったらしい」

異端審問官とレイモーンの民が仲良くなるなど、所詮は夢物語でしか無かったのだろうか。
草臥れた様子で嘆くフォレストに、ティルキスとアーリアはなんと声をかければ良いのか分からなかった。







「どうして殺さなかったの?」

ロミーのプリセプツで東の門へ転移したレフォードは、ロミーの問いに「何が」と返しながら、閉ざされている門を開いて中に入る。

「あの場で殺してしまえば良かったじゃない。ご両親の仇が討てるチャンスだったのに」

軽薄な物言いに、レフォードは槍の柄をギリリと握り絞めた。
実際、無関係のロミーにとってはどうでも良いことなのだろう。今のこちらの心情も、復讐も、何もかも。

「それとも、仇だと分かっても殺すのを躊躇うほど、あのリカンツが気に入ったの? なら、呪縛のプリセプツで貴方の下僕にでもしたらどう?」

「……………………」

「ああでも、そうしたくてもプリセプツが使えないんじゃ、しょうがないわね。残念」

石畳の上を歩いていたレフォードは足を止めた。背後に居るロミーを振り返って睨む。

「どうしたの? 怖い顔をして」

「ロミー、噂について教えてくれたことには感謝している。だが……知った上でどうするかは僕が決めることだ。面白半分で口を出すのはやめてくれ」

「どうするかって? 殺す以外の選択肢があるの?」

「……………………」

「無いならさっさと殺しておいた方が、後々面倒がなくて良いじゃない。ただのアドバイスよ」

「だとしても不要だ」

レフォードは再び歩き出して、宿の入り口に見張りとして立つ僧兵達を退けた。
静かな部屋に一人ポツンと佇んでいたルビアは、ロミーと共にやって来たレフォードを見て驚愕する。

「ど……どうしてロミーと一緒に居るのよ……カイウス達はどうしたの?」

「こちらに向かってはいるだろうが、奴らは転移が使えない。到着まで時間はかかるだろうな」

「最初の質問にも答えなさいよ。どうしてロミーと一緒に居るの!?」

ルビアの追求に口を閉ざすレフォードに代わって、愉しげなロミーが答える。

「どうしても何も、レフォードは元々わたし達の仲間よ? 異端審問官だってことは、あなたも知っている筈でしょう?」

「それは……そうだけど、でも……」

納得いかない様子でレフォードを見詰めるルビアに、部屋の隅で話を聞いていたルキウスが尋ねる。

「君の方こそ、何故リカンツと一緒に居るんだ? ヤツらは恐ろしい獣だ。ヒトを傷付け、世界を滅ぼしかねない……そんな奴らと、君はなぜ平気で一緒にいることが出来る?」

ルキウスにしては珍しい意見だな、と、レフォードは思った。

彼は普段、レイモーンの民を必要以上に蔑んだりはしない。
故に彼はティルキス達と同じく、差別意識を持たない人間なのだろうと思っていたのだが。

一方のルビアも、いつもなら今の発言に激昂して言い返しているだろうに、今回は「あなたには関係ないでしょ」と返すだけだった。

「そういうあなたこそ、どうしてあんなに厳しく異端者狩りをするの?」

「それが教皇様の望みだからだ」

「教皇の命令だったら、人殺しだってするって言うの? あなたは教皇に操られてるだけよ!」

「分かったようなことを言うな! ボクは自らの意思で教皇様に仕えているんだ。あの方ほど慈愛に溢れた方は居ない……全ての人々の事を愛してるんだ」

確かにかつてはそうだったが、今はどうだろう。
リカンツ狩りを推進する今の教皇は、全ての人々を愛していると言えるのだろうか。
それとも、リカンツは人には含まれない、とでも思っているのだろうか。

レフォードは顔を顰めた。そして、自分のその善人めいたリアクションに更に腹が立った。

リカンツを人と思っていなかったのは自分も同じだろう。教皇がどうあれ、レイモーンの民がどうあれ、自分には関係ない。
自分は復讐が果たせればそれで良かった筈だ。そのために異端審問官になった筈だ。リカンツを殺せればそれで良かったんだ。

なのにフォレスト達と出会ってから、ごちゃごちゃと悩むことが増えた。
フォレストがジャンナ事件の犯人であることは本人も認めたのだから、ロミーの言う通りさっさと殺してしまえばいいのに。それで全てが終わるのに。

信じてくれ、と言ったフォレストの言葉が、真っ直ぐに見てくる瞳が、纏わりついて離れない。

「教皇様は生命の法で世界を救おうとしている。それにはペイシェントがどうしても必要なんだ。だからボクはリカンツ狩りを続けている」

「いくら世界を救うからって……みんな蘇るからって……そのために罪もない人やレイモーンの民を殺していいはずなんて、絶対に無いわ! あたしは、お父さんとお母さんを殺したあなた達を許さない!」

「……ボクは君のご両親が亡くなるところを見ていない。あれはリカンツがやった事だと聞いている」

「嘘よ! そう言ってあたしを騙そうとしてもムダよ!」

「いいえ、本当よ。あなたのご両親はリカンツに殺されたの。前にも言ったでしょう? どうしてわたし達教会の人間が、司祭に危害を加えると思うの?」

「だって、カイウスはあなたが殺したのを見たって……」

「ああ、やっぱりあの少年が言ったのね。あなたも彼が獣の姿になるのを見たでしょう? リカンツはああなると、見境がなくなるの。身も心も獣になるのよ。そして、その場にいる全てを傷付ける……」

恐ろしい、と言うロミーに、ルビアは人々を襲うカイウスの姿を想像してしまった。
視線を落として、やめて、と懇願する彼女に、ロミーは尚も続ける。

「カイウス君だって、自分の父親を傷付けたのよ。そう聞いたでしょう? わたしたちを信じて、教会の僧であるわたし達を!」

「やめて! もうやめて!」

絶叫して耳を塞ぐルビアを見て、見ていられなくなったレフォードは「そのぐらいにしておけ」とロミーを諌めた。

「わからないわ……もう、何を信じていいのかわからない……」

「……ボクも時々思うことがある。今自分がしている事は、本当に正しい事なのかと……教皇様は大いなる目的の為には犠牲は必要だと仰った。でも、リカンツの犠牲の上に成り立つ世界救済が本当に必要なのか? ボクにはわからない……」

「わからないのに、あなたはこんな事を続けるの!? あなたはそれでいいの!?」

「ボクは信じるしかない。教皇様にも、ボクが必要なんだ。君にはこの絆の深さなど分かりはしない……カイウスにも……」

「カイウス? カイウスがあなたに何か関係あるの?」

ルキウスは答えず、そのまま部屋を出て行った。
ロミーもそれに続き、ルビアとレフォードだけが場に残る。

「可哀想な人……自分の罪を知りながら、それを認めようとしないなんて……」

それはルキウスに向けられた言葉だったが、レフォードは自分が言われているかのように感じた。


罪。自分の罪。


「……あなたは行かなくていいの?」

レイモーンの民を傷付け殺め続けてきた己の掌を見詰めていたレフォードは、その質問に数拍遅れて答える。

「見張りが要るだろう。君がそれなりに強いことは知っている。僧兵だけでは手に余るだろうからな」

「そう。――――ねえ、本当に、ロミー達の仲間になったの?」

「なった≠じゃない。最初からそうだ。仲間と言っても、ただの仕事仲間だがな」

「でも、フォレストさんとあんなに仲良くしてたじゃない」

「仲良く、か。そう見えたのか」

「見えたわ。違うの?」

「こっちが聞きたい」

レフォードは嗤い混じりに言った。
経緯を知らないルビアは、不思議そうに首を傾げる。

「何を信じていいのかわからない、と言っていたな。僕も同じだ」

「……ロミーに何か言われたの?」

「処刑された筈の仇が生きていると言われた。それについてあの男に聞いたら、それは自分のことだと言っていた」

「え!? あの男って……フォレストさんのこと? フォレストさんがそう言ったの? あなたのご両親を殺したって?」

「……両親を殺したとは言っていない。だが状況的に、あの男以外には有り得ない」

「そんなの分からないじゃない。どうして決めつけるのよ? 本人が違うって言ってるなら、きっと違うのよ」

「なら君はどうなんだ? 君は自分の両親を殺したのはロミー達で、決してラムラスでは無いと、カイウスは嘘を言っていないと、心からそう信じられているのか?」

「そ、それは……そんなの、今は関係ないじゃない!」

「関係ある。君がロミーの言葉に揺れているのは、教会の人間が司祭を殺す理由が分からないからだろう? 教会の者が殺すより、獣人化したリカンツが暴走して殺したと考える方が自然で納得がいく……無意識にでも、そう思っているからじゃないか?」

「…………!!」

ルビアは首を左右に振ったが、違うとは言えなかった。
カイウスを疑う己を責めるルビアを、レフォードが慰める。

「誰だってそう考える。現にカイウスも、獣人化すると自分のことがよく分からなくなると言っていた。ロミーの言う通り、見境無く人を襲うことだってあるのかもしれない。……僕の両親も、そうやってあの男に殺されたのかもな」

普段は温厚でも、獣人化すれば人が変わるのかもしれない。
今は善人でも、十四年前は違ったのかもしれない。
可能性は幾らでもある。

「……でも、違ったらいいなって思うでしょ? 全部ロミーの嘘で、実際の犯人は全然別の人だったらいいなって……そう思わない?」

レフォードは答えなかった。
だが、この沈黙は肯定だとルビアは解釈し、レフォードへの理解を少しだけ深めて、俯く彼に静かに寄り添った。
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