04.愛しけりゃこそ強と打て
「ペイシェントは持ってきてくれたんだろうね?」それから暫くして。 東の門の前で、砂漠を越えて戻ってきたカイウス達と、ルビアを人質にとったルキウス達が対峙する。
ルビアが一先ずは無事であったことに皆と共に安堵しつつ、フォレストは周囲を見渡して一言。
「……レフォードは一緒では無いのか?」
「彼には別の仕事を任せてあるわ」
「別の仕事?」
ロミーはそれ以上は答えず、「早くペイシェントを寄越しなさい」と急かすだけだった。
カイウスは怒りをぐっと堪えて、近衛騎士から託されたペイシェントを掌に乗せて見せる。
「ここにちゃんと持ってきた。約束通り、ルビアを返せ!」
「ペイシェントが先だ」
一人で坂の途中まで来るようにと指示を受けたカイウスは、言われた通りペイシェントを手に仲間達から離れた。
ロミーも同じく坂を降り、カイウスからペイシェントを受け取る。
「立派なペイシェントね。有難う。うふふ……これって何人くらいのリカンツの命なのかしら」
「お前……!」
と、怒りかけたカイウスは、ロミーの肩越しにルビアの姿を認めて踏みとどまった。
今は何よりも彼女の身の安全が優先だ。この非人道的な悪党を殴り飛ばすのは後でいい。
「さあ! ペイシェントは渡した! ルビアを放せ!」
ルキウスは素直にカイウスの要求に従いルビアから離れたが、何故かルビアはその場から動こうとはしなかった。
俯いて、砂嵐に掻き消されそうな声で呟く。
「カイウス……あたし、そっちに行けない……」
「!? 何言ってるんだ、ルビア!?」
「もう、何を信じればいいか分からないの……だから、そっちには行けない……」
彼女の心境の変化の理由を知らないカイウスは、何かしたのかとロミーに詰め寄ったが、ロミーは心外だといった顔で否定する。
「何もしていないわ。彼女は真実を知っただけよ。リカンツがどんなに恐ろしい獣か……そう、あなたよ! あなたが恐ろしいリカンツだって事に、気付いてしまったのよ」
「……オレ? オレがレイモーンの民だから……?」
「……残念だが、本人が行きたくないと言っている。ペイシェントは確かに頂いた。あとは何処へでも行くがいい」
ルキウスにそう言われても、カイウスは納得が出来なかった。
自分が悪いのかと問うカイウスに、ルビアはただ謝るばかり。
その様子を見て、彼女が苦しんでいる――自分が苦しめていることに気付いたカイウスは、やり切れない想いを、己の存在を否定される辛さを飲み込んで、穏やかに笑った。
「……いいんだ。お前がそう思ったなら、それでいいんだ……」
いつも喧嘩してばかりのカイウスの優しい言葉に、ルビアの瞳から雫が零れた。
良いわけが無い。こんな風に疑って、彼を傷付けたいわけじゃ無いのに。彼は自分を助ける為に、ここまで来てくれたのに。
どうして信じてあげられないのだろう。
どうしてこの足は動かないのだろう。
どうして、こんなにも優しい人を、恐ろしいと感じているのだろう。
(これじゃ一緒じゃない……あたし、あんなに偉そうに言っておいて……あの人とおんなじ……)
フォレストをリカンツと罵って、獣のように扱うレフォードを、ずっと酷い奴だと思っていた。フォレストは何もしていないのに、と。
だが今の自分はどうだ? カイウスに何かされたわけでも無いのに。彼は何も悪いことなどしていないのに。
暴れるのではないかと疑い、襲われるのではないかと恐れている。レフォードと同じように。
(……そっか、あの人も……きっと怖かったんだ。怖くて、信じられなくて、だからあんな風に……)
差別主義者なわけじゃない。彼は自分と同じ、ただ臆病なだけ――――
そう理解したルビアを他所に、立ち去ろうとしていたルキウスとロミーは、不意に光り出したペイシェントを見て止まった。
一体何事かと戸惑ったが、同じように光り輝いているカイウスのペンダントと、しまった、といった顔をしている持ち主を見て理解する。
「そのペンダントもペイシェントなんだなっ!? それもこちらに渡して貰おう!」
「断る! これは母さんの形見だっ! お前達なんかに渡すものか!」
「聞き分けのないリカンツね! 彼女がどうなってもいいの!?」
「!? そのペイシェントさえ手に入れば、皆を逃がしてくれるって言ったじゃない! 騙したの!?」
「うるさいお嬢さんね……あいつらを殺してペイシェントを手に入れたら、お父さんとお母さんに会わせてあげるから待ってなさい!」
ルビアは、ロミーのその言葉に一瞬呆けてしまった。
え? と理解が追いついていない様子の彼女を見て、ロミーが呆れる。
「親に似てトロい子ねぇ」
「じゃあ……やっぱり、あなたがお父さんとお母さんを殺したの……? おじ様が殺したって言ったのも、全部嘘……」
「今更気付いたの?」
ロミーは悪びれもせずに言った。
ルビアは自分自身に向けていた怒りを、本当は誰に向けるべきだったのかを知り爆発する。
「よくも……よくも騙したわね――――ッ!!」
怒りに任せて単身特攻しようとしたルビアを、ルキウスが咄嗟に止めた。君一人で適う相手では無い、と。
ロミーはそれらを鼻で嗤いながら、カイウス達に襲いかかる。
「あら、今回は獣人化しないの? あの子に怖がられたのがそんなにショックだったのね。リカンツのくせに随分と繊細だこと」
「…………っ!!」
「耳を貸すなよカイウス。ただの負け犬の遠吠えってやつだ」
「誰が負け犬ですって?」
「だってそうだろう? 前はカイウス相手に、手も足も出ていなかったじゃないか。今回は俺達も居るんだ、獣人化しないのはただのハンデだよ」
な? と、ティルキスはカイウスの肩を叩いて言った。
アーリアとフォレストがそれに同意し、プリセプツと斧でロミーを叩く。
独りで抱え込むな、自分達がついている――――皆がそう言ってくれているようにカイウスには感じられた。
実際、ロミーの言う通りだった。今のルビアの前で、獣の姿になるのが怖かった。
きっとティルキス達にもそれは伝わっているのだろう。それでも、彼らは何も言わずにその気持ちを尊重し、手を貸してくれる。
その優しさが、気持ちを分かって寄り添ってくれる仲間が居てくれる事がたまらなく嬉しくて、カイウスは泣きそうになった。
だが今は泣いている場合ではない。カイウスは剣を握って、仲間達と共にロミーに立ち向かった。
ルキウスとルビアが見守る中、先に膝を着いたのはロミーだった。
忌々しげにカイウス達を睨んでいたロミーは、「お前ら如き、門が開けば……」と不可解な言葉を呟いて、一人転移のプリセプツでその場から脱する。
「ここまでロミーを苦戦させるとは……カイウス、それほどの力を持っているのなら、ボク達の仲間にならないか? ボクが教皇様に取り成してやる」
「何言ってんだ! オレの父さんやルビアの両親を殺しておいて……今更仲間になんかなれるかよ!」
「……これを見てもか?」
ルキウスは以前カイウス達に外された仮面を、今度は己の意思で外した。
仮面の下を初めて見たルビアは、カイウスと瓜二つなルキウスの素顔を見て驚く。
「え……どういうこと!?」
「ボクは君の弟だよ、カイウス」
「弟……!? そっ、そんなこといきなり言われても、信じられるかよ!」
「カイウスは母さん、ボクは父さんと共に居たからね。殆ど一緒に居たことは無い筈だ。知らなくても無理はない……でも、ボクの言葉が嘘では無いことくらい、カイウスにだって分かる筈だ」
確かに、生き写しとしか思えないほどに似通ったその顔立ちは、血縁者であることを示す証拠にはなり得るだろうが。
それでも、カイウスや仲間達はその話をすんなりと受け入れることは出来なかった。
「もう一度言おう。カイウス、仲間になるんだ。リカンツ狩りが無くなろうと、ヒトはリカンツへの迫害をやめない……生命の法によって救うしかないんだ」
「何度も言わせるな! そんな話、誰が信じるか! お前こそ、こんなバカなことはやめろ! オレの弟だって言うんなら……お前だって、レイモーンの民なんだろ!? なのにどうして……!」
「……どうして、か。やっぱり、ボク達の辿った道は違い過ぎたようだね。分かってもらえなくて残念だよ……」
ルキウスはそれだけ言い残して、転移のプリセプツで姿を消した。
また逃げられた、と悔しがっていたカイウスは、控えめに名を呼ぶルビアの声で我に返る。
「そうだ、ルビア! 大丈夫か!?」
「あたしは大丈夫……だけど……」
なんと言えばいいのだろう。どんな顔をすればいいのだろう。
無事なら良かったと言ってくれるカイウスに、余計に思い詰めてしまうルビアに、集まってきた仲間達が声をかける。
「ルビア、もうあまり無茶をしては駄目よ」
「カイウスがとても心配していたぞ。ルビアの事を一番案じていた」
「フォ、フォレストさん! 余計なことは言わなくていいよ!」
と、慌てるカイウスを見て、その姿があまりにもいつも通りで――――ルビアはささくれ立っていた心が穏やかになっていくのを感じた。
自分を縛っていた恐怖心が解けて、皆に謝罪を述べてから、カイウスと目を合わせる。
「ありがとう、カイウス。それから……ごめんね」
「お、オレは別に……じゃじゃ馬のお守りはいつもの事だしさ」
「じゃじゃ馬で悪かったわね。カイウスよりはマシだと思うけど?」
「何だとっ! オレはちゃんと考えて行動してるぜ」
「カイウスの考えじゃロクなことにならないわよ!」
「おいおい、助けたそばから喧嘩するのか? 仲がいいねぇ、お二人さん」
「お兄様ったら、からかわないで!」
と、言いつつも、確かに話が逸れてしまったと反省したルビアは、コホンと咳払いをして続ける。
「あのね、あたし……迷ってたの。ロミーに、両親を殺したのはおじ様だって言われて……レイモーンの民は獣人化すると我を忘れて凶暴化するんだって聞かされて……わからなくなってた。ロミーの言ってることは嘘だって、おじ様はそんなことしないって、そう思ってた筈なのに……信じ切れなくなってた。カイウスのことも……もしかしたらって、疑って、怖くなって……だから……」
ごめんなさい、と、改めて謝るルビアに、カイウスは眉を下げて笑う。
「気にするなよ。オレも気にしてないから」
「うそ! そんな筈ないでしょ!?」
「……まあ、本当はちょっと傷付いたけど……結構ショックだったけど……でも、オレが獣人化した時の姿は、実際怖かっただろうと思うしさ。ルビアが不安になるのも仕方ないと思う。オレだって、最初は戸惑ってたしな。――だけど、レイモーンの民であったとしても、オレがカイウス・クオールズである事が変わるわけじゃない。父さんやフォレストさんがそれに気付かせてくれた……だからルビアにも、それだけは分かって欲しいんだ」
「カイウス…………うん、そうだね。カイウスはカイウスだもんね。小さい頃からずっと一緒で……それなのに、あたし……」
「だからもういいって! 大体、ルビアが謝ってくるなんて、どういう風の吹き回しだよ! 気味悪いぜ!」
「なっ……なによ〜! そこまで言わなくてもいいでしょー!?」
と、またも喧嘩を始めてしまう二人に、仲間達は顔を見合せて苦笑した。
怒るルビアは、心の内で思う。
決定的に関係が悪くなってもおかしくは無かった。自分の態度はそれだけのものだった。
それでも、カイウスは当然のように、いつもの喧嘩と同じように、水に流そうとしてくれている。
(……あたし、もう迷わない。例えカイウスがレイモーンの民でも……ヒトがレイモーンの民を恐れても、あたしは信じよう。お父さんが、カイウスのお父さんを信じたように……)
ルビアはそう決意して、一頻り口論した後、カイウスと共に笑った。