04.愛しけりゃこそ強と打て

幸いオーガとは鉢合わせずに、アルガムの森の奥深くまでやって来たレフォードは、あると知っていなければ吹雪に阻まれて見逃してしまいそうな小さな集落を見つけた。

フォレストの言に嘘が無ければ、ここにはレイモーンの民が数多く居る筈だが、見たところ人一人見当たらない。

(廃墟……にしては綺麗すぎるな。屋根の上の雪も落としてある。という事は……)

レフォードは適当に目に付いた建物に近寄って、玄関の扉を叩いてみた。
応えは無いが、中から人の気配がする。

(……誰もいなかった、という事にして、何もせずに帰ることも出来るな。今なら)

ルビアを人質にカイウス達と交渉する、というロミー達の行動に手を貸すのが嫌で、ただの口実、或いは自棄でここまでやって来たのだが。こちらはこちらで気が乗らない。

(まさかここに居る全員が、僕の仇という事は無いだろう。多くの者は無関係で……それを殺して何になる)

何にもならない。そんな事は最初から分かっていた。
犯人は全て処刑されたと聞かされて、それでもリカンツ狩りに明け暮れていたのは、気持ちのやり場が無かったからだ。

あの幸せな日々を理不尽に奪われたことが許せなかった。何事もなく平穏無事に過ごしている自分以外の全てが憎かった。
その怒りを、やるせなさを、復讐という名目で、レイモーンの民にぶつけていただけだ。アーリアの言う通り、異端審問官としての仕事は、ただの体のいい理由付けでしかない。

(この村で無関係の者を殺すくらいなら……せめて犯人である可能性が高いあの男を殺すべきだ。今からでも戻って……そうすれば、この復讐を終わりに出来る)

終わったからといって、その先に何かある訳でもないが。
カイウス達と出会ってから、己の人生がどれほど無意味で空虚なものなのかに気付かされてしまった。

殺しても殺しても、気持ちが晴れることは無い。
徒にレイモーンの民の恨みを買って、己の手が血で汚れていくだけ。

何も得られない復讐を、もう終わりにしたい。
けれど、フォレストを殺すのは怖い。

あの人を殺すと、何か取り返しがつかなくなるような気がして。

「……アレウーラの狗が、この村に何の用じゃ?」

不意に声をかけられて、レフォードは振り返った。
別の家の軒先に、いつの間にやら老人が立っている。

「迷い込んだだけだと言うのなら、早々に立ち去れ。ここはお主のような者が立ち入って良い場所では無いのでな」

老人の言葉と視線には、明確な敵意が込められていた。否、それを通り越して殺意に近いものがある。

「ここがどういった場所か知って足を踏み入れたと言うのなら……生きて帰すわけにはいかん」

「随分と物騒だな。村に入っただけでそれか?」

「儂らをこんな風にしたのは誰か、知らぬわけではあるまい。それにこの程度、14年前のお主らの所業に比べれば優しいものよ」

「14年前……ジャンナ事件のことか? 当時のことを知っているのか!?」

「ああ、よく知っておるとも。あの時の怒りと後悔は、忘れたくとも忘れられはせん……」

レフォードはざくざくと足の裏で雪を踏み固めて、老人のすぐ傍へ。

「教えろ。14年前のあの時、ジャンナへ来た奴の名を! そして一人でも生き残りが居るのなら、今すぐここへ連れて来い!」

「残念じゃったのう。そやつらはもうここには居らん。奴らは14年前の復讐を果たすべく、既に発った。一足遅かったの」

「……!? は……待て、どういう意味だ? 本当に生き残りが居るのか……?」

確かに、ロミーも「生き残りは一人だけ」とは言っていなかったが。
そんなに何人も生き残っているとは思わなかったレフォードは、老人の言葉に当惑。

「なんじゃ、知らなかったのか? もし奴らを追うのなら好きにせい。今ならまだ、砂漠の南西にあるラウルスの町に居るはずじゃ」

「……何故それを教える? 僕がお前達に友好的では無いと分かっているだろうに」

「だからじゃよ。お主があの事件に何か関わっていたというのであれば……儂らがこの場で殺すよりも、トールスらに殺させてやった方が良いじゃろうからな」

その気になればいつでも殺せる、という意味を含んだその言葉を裏付けるように、あちこちの家の扉が開いて、中から住人達が出てくる。

親も子も、皆が一様にレフォードを睨みつけていた。
これら全てがレイモーンの民だと言うのなら、老人の言葉は虚栄では無いのだろう。

「ならば有難く行かせて貰おう。14年前の決着を付けたいのは、こちらも同じだ」

「好きにせい。儂は止めはせん。お主のことも、トールスのこともな」

老人も、住人達も、勝負の結果は見えている、と言いたげな顔をしていた。

――――上等だ。
レフォードは槍の柄を握り直して、ラウルスに向けて歩き出した。







レフォードがサンサを出て暫く。
オーガとの戦いで時間を取られてしまったフォレスト達は、予定より少し遅れてサンサに到着した。

レフォードがリカンツ狩りに来ているのなら、血の海が広がっていてもおかしくはないと一行は思っていたが、村は静かで争った形跡も無かった。
例によって住人達は家の中から様子を伺っていたが、一人の少年がカイウス達の前に飛び出してくる。

「お前たち、さっきの奴の仲間か!?」

「? さっきのって?」

「レフォードのことじゃないかしら」

「レフォード……? 名前は知らないけど……いや、どっちだっていい! ここはヒトの追っ手を逃れたレイモーンの民の村だ。ここを知られたからには無事じゃ帰さないぞ!」

と、有無を言わさず襲いかかって来ようとする少年に、ティルキスが慌てて弁明。

「待ってくれ! 頼みがあるんだ! 君達の長に会わせて欲しい! この世界にとって、とても大切な話があるんだ!」

「ヒトの言うことなんか信じられるか!」

「ならば同族の私を信じてくれ!」

「……確かに、お前からは同族のニオイがするけど……なぜレイモーンの民がヒトと一緒に居る?」

「彼らは信頼出来る者達だ。どうか話だけでも聞いて欲しい」

「頼むよ! オレ達はどうしても知りたいことがあるんだ!」

一行の説得に、話を聞いていた他の村人達も集まってきた。
その内の一人が、渋々といった様子で長老の元へ案内してくれる。

「だが妙な真似をしたら、同族であってもタダでは済まさんぞ。いいな?」

「分かった。頼みを聞き入れてくれて感謝する」

監視のような村人達の視線を浴びながら、一行は長老の家の前へ。
中へ入ることは許して貰えなかったので、玄関で暫く待っていると、中から年老いた男が出てくる。

男はフォレストを見て一瞬驚いた顔をしたが、そこには触れずに疲れた様子で言う。

「……今日は随分と来客の多い日じゃな」

「あたし達の前にも誰か来たの?」

「騎士が来おったわ。お主らは奴の仲間か?」

そうだ、と答えかけたフォレストは、しかし今の状況でそう答えるのは危ういかと、仕方なく否定する。

「因みに、その騎士は今は何処に?」

「ラウルスへ向かっとる。……そんなことを聞く為に、わざわざ儂を呼んだのか?」

「いえ。我々は、獣人戦争の時に作られたペイシェントを探しています。そして、生命の法について知りたいのです」

「ペイシェントじゃと……!? やはり貴様らはあの男と同じ、アレウーラの手先か!」

「違うんだ! 教皇が狙っているからなんだ。教皇は生命の法ってやつを復活させようと、実験を繰り返してる。オレ達はそれを止めたいんだ」

「異端審問官がレイモーンの民を捕らえているのも、ペイシェントを探す為にやっていることなんです」

「なんじゃと? なんと愚かなことを……アレウーラもレイモーンと同じ道を辿るのか……」

「同じ道を辿る……? どういう事ですか?」

「100年も昔のことじゃ。書物も記録も記憶も全ては砂の下……儂も熟知してはおらん。じゃが、伝え聞くところではこうある」

曰く、レイモーンの民は、かつて繁栄を極めていた。
しかし繁栄は増長を生み、民は互いに争い、レイモーンは滅びようとしていた。
それを憂いた宰相クベールは、旅人に聞いた方法――生命の法で世界を救おうとしたが、それは叶わなかった。
残ったのは砂と岩だけの大地と、レイモーンの民の血の涙だけ。

「儂が知っておるのはこれだけじゃ」

「宰相クベール……ルキウスの話にも出ていた名前ね」

「ああ。確か強力なプリセプツを使う為にペイシェントを作ったって……でも、それだと今聞いた話とは違うよな」

「そうね。長老様の話だと、クベールは生命の法を試して皆を救おうとした。けれど失敗して、レイモーンの民の血の涙……恐らくはペイシェントのことね。それだけが残った、という風に解釈出来るわ」

「結局、生命の法って何なの? 不老不死になるとか、死んだ人を甦らせるとか、世界を救うとか……言ってることがバラバラじゃない」

「言い伝えでは、呼び出す法≠ニも言われとる。じゃが……詳しいことなど誰も知っている筈がない。レイモーンの民ですらこの有様じゃ。ヒトである教皇が何故、生命の法について知っておるのか……」

「……謎は深まるばかりだな」

少し休んで話を整理しようと提案するティルキスに、フォレストは長老と話がしたいと断りを入れて、一人その場に残った。

だがなんと言えばいいのか。何から話せばいいのかと惑うフォレストに、長老が語りかける。

「……見ないうちに、随分と大きくなったものじゃ」

「……お久しぶりでございます、長老様。申し訳ありませんでした……」

「お前達はようやった。が、ボタンをかけ違えたのじゃ。あの時はな。……じゃが、よう生きとった。それだけで何よりじゃ」

村に居た頃、彼に叱られてばかりいたフォレストは、その優しい言葉に視界を滲ませた。
一番叱られるべき時は、罰を受けるべき時は今だろうに。

「……私は14年も戻って来なかった。同族達が、ヒトに狩り出されているのを知りながら! 戻れなかった!!」

フォレストが同族想いである事は、長老も知るところだ。
14年も逃げ隠れていた事を、誰よりも一番責めているのは、フォレスト自身なのだろう。
それが分かるからこそ、長老は俯くフォレストに優しく語りかける。

「……14年前の事は、もう忘れよ。あの時生き残った者達は、お前と同じように精一杯生きておる」

「……!? 私以外に生き残りがいたのですか!?」

「ああ。傷付いていたが、トールスも生き延びたのじゃよ。お前達は同じ年頃で、仲が良かったな」

あの頃が懐かしい、と遠い昔に想いを馳せる長老に、死んだと思っていた旧友が生きていると聞かされ動転したフォレストは詰め寄る。

「トールスは今どこに!?」

「……奴は若い者達を連れてラウルスへ向かった」

「ラウルスに? ……そう言えば、レフォード――騎士もラウルスに行ったと言っていましたが、皆一体何をしに……」

「騎士については、トールス達を追いかけて行っただけじゃ。目的については知らん。トールス達は……」

長老はそこで一度言葉を切った。
14年前の事件で変わり果ててしまったトールスの姿を目蓋の裏に映して、はぁと息を吐く。

「……やつはヒトを忌み嫌っておる。ジャンナから生きて帰って以来、ヒトを滅ぼすことしか頭に無いのじゃ。その為に自らを鍛え、賛同する若者を集め訓練し、戦力を作り上げた。――あやつらはラウルスからジャンナへ入り、街を焼き討ちしようとしておる」

「!? なんですって!?」

「じゃが、いかにレイモーンの民が屈強とは言え、十数人ではヒトに適うまい」

「あの時……14年前のジャンナでそれに気付いた筈なのに……! 止めなければ! このままでは無駄死にです!」

「……儂にはそれは出来ん」

「何故です!? そんなことをしても、ヒトとレイモーンの民の溝を深めるだけです!」

「そうか……今のお前には、そう言えるのじゃな」

かつては逆だった。今のフォレストと同じ言葉を、トールスが言っていた。
どこで変わってしまったのか。何が二人の道を違えてしまったのか。どちらが正しいのか。長老には分からない。

「……フォレスト、お前は間違っておらん。じゃが儂はトールスにも、間違っているとは言えん。……奴は苦しんでおる。同族の流す血を見過ぎたのじゃ。かつて牙を剥かなかったが故に、仲間達が死に、未だ同族が狩られ続けていると思っておる……儂も同じじゃ。ヒトに牙を剥かなかったことを悔いておる……」

「長老様……お気持ちは分かります。私もこの14年間、ジャンナに住むヒトが憎くてたまりませんでした。ですが……」

レフォードという、ある意味自分の鏡とも言える存在が教えてくれた。
憎しみを募らせていても、何にもならないのだと。争いは、更なる悲劇を呼ぶだけだということを。

暴力で捩じ伏せるのではなく、ヒトと手を取り合うことでしか、得られないものもある。

「ヒトが憎いと……そう思わなくなって初めて、あの時の決着がつけられる……今は、そう感じるのです」

だから、これ以上争わせてはならない。
話を聞いても尚考えの変わらない長老を説き伏せるのは諦めて、フォレストはカイウス達に協力を求めに行った。
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