04.愛しけりゃこそ強と打て
「お前がトールスか?」――――何だ、思っていたよりもずっと普通の男だな。
ラウルスにやって来て、恐らくはそうであろう男を見つけたレフォードは、振り向いた相手の容姿をそう評した。
てっきりフォレストのような屈強な男が出てくるものだと思っていたが、全くそんなことは無く、どちらかと言えば自分やティルキスに近い見た目をしている。
「……そうだが、君は?」
「私はジャンナ教会の異端審問官、レフォード・オルレイスだ。お前に聞きたい事がある」
「異端審問官だと!?」
そう声を上げたのは、周囲に居た別の男達だった。
騒ぐ仲間達にも、レフォードの発言にも動じず、トールスは冷静に答える。
「聞こう。だがその前に一つ教えて欲しい。どうして私の名を知っている?」
「サンサの住人に聞いた。その者が、お前は14年前のジャンナ事件の生き残りだとも言っていたが、確かか?」
「……ああ、そうだ。私の他にも、ここに何名か居る」
「そうか。――ではもう一つ尋ねる。生き残った者の中に、近衛騎士と僧兵を殺した覚えのある奴は居るか?」
無意識に手に力が籠った。
トールスは怪訝な顔をしながら、周囲の男達と視線を交わす。
「……我々は誰も殺してはいない。寧ろ仲間を殺されたのはこちらだ。そして今から、その無念を晴らしに行く」
「無念を晴らすとは、具体的には?」
「首都ジャンナを燃やす」
「成程。リカンツらしい短絡的で身勝手な計画だな」
トールスのこめかみがピクリと動き、視線が鋭くなった。
だがトールスは努めて冷静な態度を崩さない。
「我々の計画を阻止しに来たのか?」
「そういう訳では無いが、そういう事にしてもいいかもしれないな」
「……違うのなら何が目的だ? 我々に何の用だ」
「僕の両親は14年前、お前達に殺された」
「はぁ? 何言ってんだテメェ」
黙っていられないらしい、周囲の男達が言った。
トールスも「何を言っているんだ」といった顔をしていたが、レフォードはもう彼らの顔など見ていなかった。
「僕の両親は、誠実で、優秀で、この世の誰よりも何よりも正しく優しかった。他の何を犠牲にしてでも、生きるに足る人々だった。――それを、貴様らが身勝手な理由で奪ったんだ。僕はその罪を絶対に許さない」
「……人違いだ。我々は殺していない」
「嘘を吐くなッ!!」
レフォードが振り下ろした槍の穂先が、風を切って地面を抉った。
男達はその気迫に一歩退く。
「貴様ら以外には有り得ないんだ……他の犯人など居るはずが無いんだ!!」
「……どうかしているな。だが――いいだろう。そちらがその気なら相手になってやる。お前が異端審問官だと言うのなら、我々にとっては同胞殺しの仇だ」
トールスの言葉に、周囲が沸き立った。
見たところ十数人は居る。一人で戦っても勝ち目は薄い。
だが――レフォードに退く気は無かった。
両親の仇討ちが出来るのなら、命など惜しくはない。
ここで終わりにする。これで終わりにする。
「悪しき殺人鬼どもめ……今度こそ、一人残らず処刑してやる!!」
「同胞達の受けた痛み……その身で思い知るがいい!!」
一際強い風が吹き抜けて、二人は同時に地を蹴った。
「――フォレスト! 居たぞ、あそこだ!」
アルガムの森を抜け、砂漠を下り、休む間もなく大急ぎでラウルスへとやって来たフォレスト達は、町の広場で争っているレフォードとトールスを見つけた。
否、争っているというより、トールスがレフォードを殺そうとしているように見える。
二人の周りには傷を負ったレイモーンの民が倒れており、恐らくその傷を負わせたのだろうレフォードは、トールスに地面に押し倒され、首を絞められている真っ最中だった。
彼の体を護っていた鎧は崩れ、残骸となって血と共に辺りに散らばっている。
トールスも怪我を負ってはいるが、レフォードよりはマシだった。
フォレストはサッと青冷めて、慌てて二人に駆け寄る。
「やめろトールス! そいつを殺すな!!」
トールスがその声に反応して注意を逸らした瞬間、レフォードは相手の頬目掛けて拳を打ち込んだ。
拘束が解かれて自由になったレフォードは、よろめいたトールスに槍を突き立てようと振りかぶる。
「よせ!!!!」
フォレストは叫んだが、レフォードはまるで聞こえていないかのように、フォレストの方を見向きもせず、そのまま槍を振り下ろした。
ギリギリのところで二人の間に滑り込んだフォレストが、トールスを庇ってその一撃を受ける。
「ぐぁっ……!」
「な……っ!?」
「フォレストさん!!」
何が起こっているのかわからない、と言った顔をしていたトールスは、目の前の男と駆け寄ってきたカイウス達を交互に見ながら言う。
「フォレスト……? まさか、そんな、生きていたのか……!? いや、それよりどうして今ここに……」
「……っお前を止めに来たのだ、トールス。だが、今は先にこいつを……ッ!」
レフォードはフォレストの乱入で一瞬動きを止めたが、トールスを庇ったのを見て、彼の背に刺さった槍を引き抜いた。
血を流すフォレストと、その身を案じるトールスやカイウス達。
レフォードは自分と彼らの間に壁が隔てられているように感じた。
敵だ。敵を見る目だ。
怒り、憎しみ、疑念、拒絶。色んな負の感情を孕んだ視線が、至る所から向けられている。
(ああ……そうだ、そうだったな。ずっとそうだった)
両親が死ぬまでは、この世界の全ての人々に愛されているような気がしていた。
でもそれは錯覚で。皆に愛されていたのはあくまでも両親で。生きるほどに、この世に己の味方など、両親以外には存在しなかったのだと感じるようになった。
誰も傍に居てはくれなかった。この悲しみを、怒りを、理解してくれる者は居なかった。
復讐に取り憑かれた哀れな男だと皆腫れ物扱いして、遠巻きに眺めてくるだけで。
唯一教皇だけが肯定してくれた。異端審問官という居場所を、生きる道をくれた。
だが教皇も、決して共感してくれた訳ではなかったのだろう。ペイシェントを集める手伝いをさせるのに、都合が良かっただけ。
本当の居場所も、真の理解者も、もうこの世には存在しないのだ。14年前のあの日に奪われてしまった。
「……ふ、ははっ、アハハハハハッ!」
突如笑いだしたレフォードを皆が奇異の目で見る。
レフォードにはそれすらも、自己を否定されているように思えた。
「僕がおかしいのか? 僕が悪いのか? 僕が間違っているのか? ――違う! おかしいのはお前らの方だ! 両親を殺したリカンツと、それを受け入れているこの世界の方だ! 僕は絶対に認めない! こんな不条理も、貴様らリカンツも――!!」
吼えるように叫んで、レフォードは再び槍を振りかぶった。
心配してくるトールスに大丈夫だと微笑んで、フォレストは立ち上がる。
そして、レフォードに負けない声量で叫ぶと、その身を獣の姿に変えた。
レフォードの動きが恐怖で僅かに鈍った。だが止まりはしなかった。
――――敵。両親の仇。
「……ッ! 消えろリカンツ!!」
ルビアがこの後の惨劇を想像して悲鳴を上げた。ティルキス達もフォレストに危険を知らせる。
だがフォレストは逃げることも避けることもせず、レフォードの一撃を真正面から受け止めた。
槍は獣人化したフォレストの腹部を抉った。
フォレストは痛みに息を詰めながら、レフォードの両肩を掴む。
そして、そのまま思い切り引き寄せて、互いの額を全力でぶつけた。
「――――――――っ!?」
レフォードの視界に星が舞った。衝撃で舌を噛んだ。
何が起こったのか理解するより早く、再び肩を揺さぶられて、レフォードは反射的に両手で額をガードする。
だが二撃目は来なかった。
フォレストはレフォードの顔に無数についている裂傷と、そこから流れている血をぺろりと舐め取る。
「……目は覚めたか?」
「は……な、何だ、何のつもりだ貴様……」
「貴様≠ナはない、フォレストだ。俺はお前の敵ではないし、戦いに来た訳でもない。……だから、槍を収めてくれ」
槍、と聞いて、レフォードは己の手でフォレストの腹に刺した槍を見た。
傷口から溢れた血が、槍を伝って地面に落ち、血溜まりを作っている。
そこから目が離せなくなってしまったレフォードを、フォレストの声が呼び戻す。
「俺を信じられないのなら、今はそれでもいい。だが……逃げるのはやめてくれ。俺からも、カイウス達からも、お前自身の気持ちからも」
「……い、意味がわからない。僕は別に、逃げてなど……」
「逃げている。本当は、自分でも分かっているのだろう?」
フォレストはレフォードの頬に手を添えて、己と向き合わせた。
耳から入ってくる声はフォレストのものなのに、目の前に居るのはリカンツで、混乱したレフォードは顔を背けようとしたが、フォレストの手に阻まれる。
「目を逸らすな。ちゃんと見ろ。俺は、お前の仇のリカンツではない。ここに居るのは、お前の味方のフォレスト・ルドワウヤンだ」
「味方? 味方だと? お前のようなリカンツが――――」
「フォレストだ。俺はお前の味方だ」
子供に言い聞かせるように、フォレストは繰り返し告げた。
「……だから、もう逃げるな。逃げなくていいんだ、レフォード」
フォレストの手が、レフォードの頭を撫でた。
そしてそのまま抱き寄せられる。
全身がリカンツを拒絶していた。
けれど、相手を突き飛ばそうとする体を、心が押し留める。
――――逃げるなって、一体、僕が何から逃げているって言うんだ。
自分の気持ち? そんなもの、もうとっくに分からなくなっているのに。
「僕は……僕にはこれしか無いんだ。復讐を果たさなければならないんだ。お前らを殺して、両親の仇を……そうでなければ、僕のしてきた事の意味がなくなってしまう……」
「分かっている。だが、今はやめるんだ。俺はお前とトールス達が傷付け合うところを見たくは無いし、止める為にお前を殺したくも無い」
「……………………」
「大丈夫だ。俺が傍に居る。俺が必ずお前を護る」
その言葉と体温で、レフォードの身体から徐々に力が抜けていった。
レフォードがへたり込むと、フォレストも痛みに耐えかねてその場に蹲る。
「フォレスト! 大丈夫か!?」
「ルビア、アーリア! すぐに治療を頼む!」
「任せて!」
固唾を飲んで見守っていたトールスやティルキス達が、挙ってフォレストに群がるのを呆然と見ていたレフォードは、暫くすると糸が切れたように倒れて意識を失った。