04.愛しけりゃこそ強と打て
「フォレスト、生きていたのだな」獣人化を解いて、仲間達に傷を癒して貰い、気絶したレフォードを介抱していたフォレストは、同じく回復したトールスを見上げた。
「ああ。ジャンナから逃亡して、西のセンシビアに居た」
「センシビア……また遠くに逃げていたのだな」
トールスはそれを責めるでもなく言った。
一人で逃げたこと、14年も戻って来なかったことに幻滅されてもおかしくは無いと思うが、きっと生きていて良かった、と思ってくれているのだろう。
昔からそうだ。トールスは寛大で、仲間想いの善き男だ。
こういうところは変わらないのだなと、フォレストは微笑する。
「俺はあの事件の後、命からがらサンサに逃げ帰ってな。何とかここまで生き延びることが出来た。今は再会できた事を、レイモーンの神に感謝している。だが……」
トールスは俄に険しい顔になって、フォレストが抱いているレフォードに視線を移した。
「フォレスト、そいつは異端審問官だ。無辜の同胞を狩り、死に至らしめた我々の敵だ。見ろ、この町の惨状を! 全てそいつがやった事だ」
トールスは広場のあちこちで横たわっている仲間達を指して言った。
ルビア達が順に手当てしてくれてはいるが、男達は未だ立ち上がることも出来ずに、忌々しげにレフォードを睨んでいる。
「俺はそいつを許さない。14年前、俺達を陥れたジャンナの奴らも……!」
「トールス……」
フォレストは傷だらけのレフォードを、そっと地面に下ろして立ち上がった。
トールスの怒りはもっともだ。仲間を想うが故に生じた彼の憎しみは、そう簡単には消えはしないだろう。誰よりもヒトを信じていたからこそ、裏切られた時の絶望も深かったのだろう事は分かっている。
だが――――
「……長老から話は聞いた。ジャンナへの襲撃はやめろ」
「!? な……何を言うんだ、フォレスト!」
「悪いことは言わん。ヒトと傷付け合うのはよせ」
「フォレスト、お前はまだそんなことを……14年前を忘れたのか? あの時の俺達は若かった。理想を信じ、ヒトと争わずに生きる道を築く為に疾駆していた。だが……融和を願い出てどうなった? 奴らは仲間を切り捨てた!」
かつての光景を思い出して、トールスは歯を食いしばった。
拳を震わせて、抑えきれない怒りを己の脚にぶつける。
「ヒトとレイモーンの民が共に生きる道など無いんだ、フォレスト! 仲間を犠牲にしても尚、そのことに気づかないのか!?」
「俺もあの時そう思った。だが……今は違う。皆が皆、悪人ではないということを、仲間達が教えてくれたのだ。彼らを見てくれ。俺はヒトとも上手くやっている」
「甘いな。ヒトは我々とは違う。一人二人では温厚だ。だが数人、数十人と集まれば、一気に暴走を始める! レイモーンの民を獣のように殺し、平然としている! この男が正にそうだっただろう!?」
トールスはレフォードを指して叫んだ。
フォレストはそれは違うと首を振る。
「数が集まれば増長するのはレイモーンの民であっても同じだ。ヒトを同等に扱わず、惨たらしく殺していたのは俺も同じだ。ヒトであれ、レイモーンの民であれ、間違える時は間違える。それから……こいつは、レフォードは、レイモーンの民を殺めることを、何とも思っていなかった訳じゃない。命を奪っていることを、それによって恨まれることを理解していた」
「ならば何故やめなかった? 我々が殺されるだけのことをしたとでも言うのか?」
「そうでは無い。だが、こいつはそう思い込んでいる。……トールス、こいつは、今のお前と同じだ。大切なものを奪われて、怒りで目が曇っている。目の前にあるものを見ようとせず、過去の因縁を理由に、手を差し伸べてくれようとしている無関係の者まで傷付けている……俺は、それはとても悲しいことだと思う」
自分もそうだった。だが、自分はティルキス達に救われた。
今の己の在り方も、かつてトールスらと共にヒトとレイモーンの民の融和を訴えに行った事も、それ自体は間違いではなかったと思っている。
「ヒトと共に生きる道もあると……その先にこそ、レイモーンの民の未来があるのだと、それを最初に教えてくれたのはお前だった。俺は今もそれを信じている。お前が信じられなくなってしまったと言うのなら……今度は俺が、お前を説得する番だ」
「フォレスト……悪いが今回は譲れん。必ずやる。邪魔をするなら、お前でも容赦はしない」
「そうか……ならばトールス、俺の顔に免じて、少し待ってはくれないか。俺はもう一度ジャンナへ行き、異端者狩りをやめるよう説得する。上手く行けば、お前達が襲撃する理由も無くなるだろう?」
「そんなこと信じられるか! 14年前と同じ結果になるだけだ!」
「あの時とは違う。教皇が何故異端者狩りをしているのか、ある程度の事情は分かった。そして、それが無駄なことだと示す材料も揃ってある。それでも聞き入れられなかった場合は……俺が教皇を倒す。それでどうだ?」
「倒せるのか? 戦意を失った今のお前に」
「倒せる」
言い切ったフォレストに、トールスは溜息を吐いた。
フォレストは頑固なところがある。己の意見や考えを、そう簡単には曲げない。
かつて融和を説きに行った時も、渋る彼を言葉で説得出来たわけでは無かった。命を救われた恩があるからと、そういった理由で大人しく従ってくれていただけだった。
「……そこまで言うのなら力を示してみろ。お前がヒトを説得出来るのか、教皇を倒せるのか、俺が試してやる!」
「……いいだろう。行くぞ、トールス!」
示し合わせることをせずとも、二人は揃って獣人化した。
ヒトの姿では本気を出せない。手を抜くことなど許されない。
これは決闘だ。互いの譲れない信念を掛けた真剣勝負。
拳と拳がぶつかった。間近で睨み合ったかと思うと、距離を取ってまたぶつかり合う。
傍目に見れば野生の獣が縄張り争いでもしているかのような、そんな光景だった。
レイモーンの民にとっては見慣れた光景でも、ルビア達ヒトにとってはそうでは無い。
あれはフォレストとトールスだと理解していても、思わず息を呑んでしまう。
意識を取り戻したレフォードも、地面に寝そべったままそれを見ていた。
武器を持たず、己の爪と牙のみで戦う獣姿のフォレストは、どこからどう見てもリカンツそのものだった。
あれが両親を殺したのだ。知性を持たぬ恐ろしい獣が。
トールスの攻撃に圧されたフォレストが、レフォードのすぐ近くまで退って来た。
このままではレフォードを巻き込んでしまうと気付いたフォレストは、レフォードを抱えて安全な場所へ移す。
「ここで待っていてくれ。すぐに戻って来る」
ごわごわとした白く長い毛に覆われた獣の手が、レフォードの頭を優しく撫でた。
トールスに呼ばれたフォレストは、風の速さで戦場に戻る。
あれは獣だ。両親の仇だ。殺すべき敵だ。
なのに、頭を撫でる掌の感触は、体を抱える腕の逞しさは、両親のものにそっくりだった。
わからない。どうしたらいいのかわからない。
フォレストとトールスの戦う音を聞きながら、レフォードは広場の隅で一人すすり泣いた。
激闘の末、勝利を収めたのはフォレストだった。
獣人化を解いたトールスは、悔しそうな顔で膝を折った。
同じくヒトの姿に戻ったフォレストも、その傍らに膝を着く。
「フォレスト……お前の牙は、衰えていなかったのだな……牙を磨き続け、それでも尚、ヒトとの融和を求めるか……」
「ああ。その生き方を、かつてのお前と仲間達が教えてくれた」
「……そうか。ならばお前を信じて、俺達はここで待つことにしよう。だがもしお前が失敗すれば……その時は俺達がジャンナを襲う。そのことを忘れるなよ……」
「……ああ」
治療は不要だと言って、トールスは仲間達と肩を貸し合いながら、広場を後にした。
止められて良かったと胸を撫で下ろしながら、フォレストはレフォードの下へ。
「レフォード、気がついたのか。具合はどうだ?」
「……………………」
「応急処置はしたが、まだあまり動かない方がいい。ルビアとアーリアに治療を頼んではいるのだが、後回しにされてしまってな。少しは痛い思いをさせて、反省を促した方がいい≠ニ言っていた。厳しい気もするが――」
「どうして助けた?」
苦笑しながら話していたフォレストは、怒っているようなレフォードの言葉を聞いてそれを止めた。
相手の前に屈んで、前髪に隠されて見えない表情を覗こうとする。
「お前を死なせたくなかったからだ」
「何故だ? 死んだ方がお前には都合が良いだろう」
「そんな風には思っていない」
「……僕はお前を殺すつもりだった。お前の友人も、同郷の仲間達も、レイモーンの民は全員、一人残らず殺してやるつもりだったんだ」
「そうか。そうだろうな。正直驚いた。見縊っていたつもりは無いが、本気を出したお前がここまで強いとは」
と、笑って言うフォレストの胸倉を、レフォードが掴んで怒鳴る。
「何がおかしい!! どうして笑えるんだ!! 僕はトールスや他の連中を傷付けて、その上お前を刺したんだぞ!? 殺すつもりでやったんだ!! なのにどうして……!!」
前髪の下のレフォードの顔は酷いものだった。
血と土で汚れて、乾きかけている肌を涙が濡らしている。
「……そうだな。かなり痛かった。だが……お前は止まってくれただろう? 俺の言葉に耳を傾けて、ちゃんと止まってくれた。だから俺は今生きているし、こうして笑っていられる」
フォレストは指でレフォードの顔の汚れと涙を拭った。
涙に濡れた銀色の瞳が、光を浴びて宝石のように輝いているのを、綺麗だなと思いながら見詰める。
「獣の姿になった俺の言葉を、お前は聞いてくれたのだ。……助ける理由としては充分だ」
「…………っ、…………っ!!」
嗚咽で喋れなくなっているレフォードの顔がくしゃりと歪んだ。
フォレストはその体を抱き締めて、彼が泣き止むまで頭を撫で続けた。