01.握れば拳、開けば掌

そうして、諸々の手筈が整う頃には、陽は傾き空は夕焼けに染められていた。
広場に集めた村人達に、異端審問官としてその場に立つルキウスが告げる。

「本日捕らえたリカンツは、これから首都ジャンナに移送します。そして異端審問にかけられ、無事処刑される事になるでしょう。これも皆さんの協力のお陰です」

ラムラスは依然としてロミーの術で拘束されているが、レフォードは念の為、槍の穂先を彼の首筋に当てていた。半分は、異端審問官の権威を示す為でもあるが。

村人達はそれらを複雑な表情で見聞きしていた。
未だラムラスをどう扱えばいいのか、どう接すればいいのかを決めかねているのだろう。
一方、ラムラスは何を言うでもなく、悲痛な顔で地面に視線を落としている。

大人しいものだ。もっと抵抗するだろうと身構えていたレフォードは、その様に拍子抜けしていた。
勿論、ロミーのプリセプツのせいもあるだろうが、それを差し引いても、ラムラスには脅威を感じない。

近くにいるリカンツがこれでは、司祭を含め村人達の恐怖心が薄くなってしまうのも無理は無いかもしれないなと思っていると、不意にロミーが前に出て喋り始めた。

「悲しいお知らせもあります。捕物の最中、司祭夫婦が、このリカンツに襲われて亡くなりました」

その一言で、静かだった広場にどよめきが起こった。
驚いたのは村人達だけではない。ルキウスとレフォードも、驚愕してロミーを見る。

「なに……!?」

「残念な事です。そして、逃げ出した彼の息子も危険なリカンツです。見つけたら、直ちに僧兵かレダの教会までお知らせ下さい」

村人達の目付きが変わった。恐怖や嫌悪、憎しみに満ちた視線がラムラスに集まる。
あちこちから彼の非道な行いを責める声が上がり、皆失望したと言わんばかりに背を向けて、それぞれの家に帰って行く。

ラムラスは黙ってそれを受け止めるだけだった。――いや、否定したくても出来ないのか。

口を結んだまま怒り悲しみに震えているラムラスを見て、レフォードは今の彼が声をも封じられている事を悟った。
同時に、数刻前に野暮用だと言って消えたロミーを引き留めなかった事を、ルキウスと共に後悔する。

「ロミー、お前……」

「どちらにせよ、口封じは必要でしょ? ペイシェントのことも、スポットのことも、知られる訳にはいかないもの」

「だとしても、殺す必要は無かっただろう! リカンツならばともかく教会の人間を……それも奥方まで……!」

「あら、あなたにはこの方が都合がいいんじゃないの? 司祭夫婦の尊い犠牲のお陰で、平和ボケしていたこの村の人達に、リカンツの脅威を正しく認識させることが出来たのよ。これでもう、今後彼らがリカンツの肩を持つようなことも無いでしょう。めでたしめでたしね」

「ふざけるな! その様な振る舞いが許されると思うのか!?」

ほんの少しの罪悪感も抱いていない様子のロミーに、レフォードはラムラスに向けていた槍を彼女に向けた。
ロミーは全く慌てた様子もなく、銀色に輝く穂先を見つめる。

「それに、さっきも言ったでしょう? 司祭夫婦を殺したのは、そこのリカンツよ。教会の使者たる審問官が、敬虔な司祭を殺すわけ無いじゃない。――さあ、これ以上被害者が増えないよう、早くジャンナへ帰りましょう」

ラムラスは先導するロミーにぎこちない動きでついて行く。その様は正しく操り人形と呼ぶに相応しい。
いくらリカンツと言えど、あんな状態の彼が、司祭夫婦を殺せるわけが無い。レフォードは槍の柄を握り込んだ。

「無茶苦茶だ……! 目的の為であれば何をしてもいい訳では無いだろう!」

「……そうだね。だが、起こってしまったことはもう仕方がない。二度と次が無いように、彼女のことはボクが見張っておくよ」

冷静なルキウスの言葉に、激昂していたレフォードは落ち着きを取り戻して、続けるつもりだった言葉を深い呼吸として吐き出す。

「……そうしてくれ。我々異端審問官は、世の安寧を守る正義の執行者であるべきだ。無法の殺戮者などではない。断じて」

ルキウスはそれには答えず、「ペイシェントのことは任せたよ」と言って、ロミー達と共に港町を目指し歩いていった。

レフォードはそれを見送って、十数名の僧兵達と共に、反対の方角へと向かった。






鬱蒼と木々の生い茂る広大な森の入口に到着した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
森の中へと伸びている道は、木々が作る影と夜の闇に呑まれて殆ど見えない。
一寸先は闇――という言葉を今この状況の喩えに使うのは間違っているのだろうが、それ以外に相応しい言葉が見つからなかった。

昼間でさえも陰気な雰囲気を醸し出しているような場所だ。夜ともなれば、より一層不気味さが増す。

実際に来たのは初めてだが、黒の森の噂なら王都でも耳にしたことがある。
なんでも、この森で死んだものは天に昇る事を許されず、魔物と化して永遠に彷徨い続けるらしい。

ただの怪談話だと思っていたが、いざここに立ってみると真実味を帯びてくる。そう思わせるだけの異様な空気が漂っていた。

子供が二人だけでこの森に入るとも思えないが、他に身を隠せそうな場所も無い。
王都を目指すにしても、船に乗る以外はここを通るしかない。

(だが夜にこの森に入るのは危険過ぎる。せめて朝になるまで待つか……?)

僧兵達はそのつもりのようで、レフォードの指示を待たずに早くも野営の準備を始めている。

(だが、もし仮に子供達が既にここに入っていたとすれば、遅れを取る事になる。彼らが森の中で殺されて、魔物や野生動物にペイシェントを持って行かれても厄介だ。僧兵を危険に晒す訳にはいかないが、僕一人なら……)

レフォードは方位磁針が正常に機能しているのを確認してから、僧兵達に朝になるまで待機しているようにと告げて、単身暗い森の中へと入っていく。

視界が利かない分、耳はいつもよりハッキリと周囲の音を拾っていた。
吹き抜ける風の音、それに揺らされる枝葉の擦れる音。虫や鳥の鳴き声、自身の足音。

それらに気を取られ過ぎて、レフォードは何かに躓いて転びかけた。
木の根だろうかと思ったが、膨らんだ土から覗いている棒状のものは予想に反して白い。

何だこれはと目を凝らすレフォードの視線の先で、それはひとりでに動き出した。
土から這い出てきたのは骸骨で、事前に情報を得ていたとはいえ、見慣れてはいない光景に驚き後退る。

(お、落ち着け……見た目が異質でも、こいつはただの魔物だ。恐れることはない)

レフォードは未だ半分地中に埋まっている骸骨に槍を振るった。
攻撃を受けた白骨はあっけなく崩れ、その場に散らばる。

――――なんだ、やはり大したことは無いな。

そう安堵した矢先、足首に何かが巻きついて、そのまま後ろに引き倒された。
あわや頭を地面にぶつける寸前で受け身を取ったレフォードは、自分の足首を掴んでいるものを見て小さく悲鳴を漏らす。

先と同じような死体ではあるが、今度は骨の周りに肉が残ったままだった。
湧いた蛆が足を掴む指を伝って来ようとするのを見たレフォードは、全力でそれを振り払って距離を取る。

いつの間にか、周囲には同じような腐乱死体が集まって来ていた。
追い打ちをかけるように、地面からも白い手が伸びてくる。

悪夢のような光景に、レフォードは槍を握り締めて唾を飲んだ。
数が多い。何より気持ち悪い。リカンツを相手にしている時とは別の、嫌な緊張感がある。

(死んだらこいつらの仲間入りか……冗談じゃない)

レフォードはただの魔物だ≠ニ自身に言い聞かせながら、すぐ近くの敵目掛けて槍の穂先を突き出した。
周囲に居た何体かも揃って串刺しにし、引き抜いた槍の石突で、今度は背後に迫っていた敵の腹を叩く。

三度足を掴んできた手は足で踏みつけて潰し、トドメと言わんばかりに地面に突き刺した槍を軸に回転蹴りを繰り出す。

流れるようなその動作で、敵の数は1/3程に減った。が、まだ多い。
態々全てを殲滅するつもりなどないが、退路を確保するにはもう少し数を減らさなければ。

レフォードは群がって来る敵を踏みつけながら跳躍し、上空から敵の壁が薄い場所を見つけると、そこに狙いを定めて勢い良く槍を投擲した。

衝撃で敵は吹き飛び、輪になっていた敵の群れに綻びが生じる。今だ。

「――――待て、後ろだ!」

「!?」

着地し、突き刺さったままの槍を回収して一気に走り抜けようとしたレフォードの背に、突如そんな声がかかった。

振り返って見たのは声の主ではなく、今まさに自分に喰らいつこうと大口を開けて迫る死体の顔。

「ひっ……!?」

「爆砕斬!!」

先程とは別の声がすぐ近くから聞こえたかと思うと、続けて爆発のような音が上がった。
同時に、目の前にいた化け物が土塊と共に弾け飛び、バラバラになった死体が飛散する。

その破片の幾つかは、尻餅をついたレフォードの上に降り注いだ。
恐怖と驚きで硬直してしまっているレフォードの髪や鎧に付着したソレを、今しがた立派な斧で敵を屠った大男が払う。

「……無事か?」

至極簡潔なその問いに、状況が飲み込めていないレフォードはとりあえず頷いた。
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