04.愛しけりゃこそ強と打て
眠っていたレフォードを起こしたのは、窓から差し込む陽の光と、扉を叩く音だった。誰だろう。覚醒していない頭で起き上がろうとしたレフォードは、しかし全身の痛みのせいで動きを止めた。
その痛みと、扉を開けて入ってきたトールスを見て、昨日の出来事を思い出す。
「何だ、お前は居るのか」
「は? な、何の話だ」
「フォレストが居なくなった。他の連中も。何処へ行ったか知らないか?」
トドメを刺しに来たのかと身構えていたレフォードは、トールスの言葉にきょとんとする。
その反応を見て、レフォードは何も知らないということを理解したトールスは、「ならいい」と言って扉を閉めようとする。
「ま、待ってくれ。部屋に居ないのか?」
「ああ。もしかすると、もうジャンナへ行ったのかもな」
「……………………そうなのか」
つまり自分は置いて行かれたのか。
同じことを思ったのか、ベッドの上で呆然としているレフォードに、入口に立ったままのトールスが問う。
「あいつらの仲間じゃないのか」
「……違う」
「ならばどうして、フォレストはお前を庇ったんだ」
「それは…………」
好きだから、というフォレストの言葉を思い出しながら、それを真に受けてはいないレフォードは頭を振る。
「僕にもわからない。あれは半ば意地なんじゃないか? 僕と同じで……」
「お前とフォレストを同列に語るな」
「ならあいつがヒトとの融和にあそこまで執着しているのは何なんだ」
「私が聞きたい。……元はヒトを嫌っていたんだ、あいつは。あの事件の後、余程良い出逢いがあったのかは知らないが……私は反対だ。特にお前のような奴とまで仲良くするのはな」
「…………だろうな」
怒るでも反発するでもなく、当然のように受け止めるレフォードに、トールスは不可解な顔をする。
「僕も、仲良くしようなどとは思っていない。出来る筈がない。僕はそれを理解している。分かっていないのはあいつの方だ」
「てっきりお前がフォレストを誑かしたのだと思っていたが、違うのか」
「たぶっ……誰が!!」
「でなければ、フォレストがお前のような男にあそこまで執着する筈がない。異端審問官お得意のプリセプツとやらでも使ったのか?」
「そいつはプリセプツは使えない。悪いが俺は正気だぞ、トールス」
不意にフォレストの声が廊下の方から割り込んできて、レフォードとトールスは揃ってそちらを向いた。
「フォレスト、ジャンナへ向かったのでは無かったのか?」
「いや、野暮用で出ていただけだ」
「だとすれば不用心だな。死なせるつもりが無いのなら、この町でこいつを一人にしない方がいい」
「……確かにそうだな。忠告感謝する」
フォレストはトールスの横を通って、唖然としているレフォードの前に立つ。
「……ジャンナへ行ったんじゃ無かったのか?」
「それは今トールスに聞かれて答えたぞ。詳しいことは後で話す。それより、俺達は船でジャンナへ向かうつもりだが、お前はこれからどうする?」
「ど、どうすると言われても……」
「……ひとつ言っておくが、フォレスト達について行かないにしても、この町に残るのはやめておけ。我々に殺されたいのなら別だが」
「――だそうだが」
フォレストとトールスを交互に見ながら、レフォードは黙りこくってしまった。
先の事など考えていなかった。この町で全てを終わらせるつもりだったのだ。
フォレストはその胸中を察して、レフォードをひょいと持ち上げて抱える。
「決まっていないのなら、一先ずジャンナまでは共に行かないか? あそこにならお前の家もあるのだろう。そこでゆっくり考えればいい」
「そ、それはいいが降ろせ」
「その怪我では歩くのも辛いだろう。――ではなトールス、世話になった」
確かに傷は痛むが、だからといってこの状態を皆に見られるのも恥ずかしいと、降りようとするレフォードと槍を何度も抱え直すフォレストを、トールスは物言いたげな顔で見詰める。
「……お前が俺を心配してくれているのは分かっている。だが、大丈夫だ。信じてくれ」
「……俺はヒトとの共存などもう信じない。信じられなくなってしまった。だが……お前がそう言うのなら、お前を信じよう。14年前のあの日、お前がそうしてくれたように」
「トールス……」
そうだったな、と、フォレストは14年前のやり取りを懐かしく回顧した。
トールスは、レフォードに向けて言う。
「後ろから刺されない保証は無い。何せ相手はヒトだからな。――14年前、フォレストが私に言ったことだ。私は、その忠告を聞かなかったことを後悔している」
「……………………」
「そのフォレストが、今お前を抱きかかえていることがどれほどのことか理解しろ。そして忘れるな。その信頼を裏切るような真似をすれば、私が必ずお前を殺しに行く」
それは静かで、しかしとても激しい怒りだった。
気圧されたレフォードがこくりと頷くのを見ると、トールスはさっさと行けと顎をしゃくる。
フォレストはそれに従って、レフォードを連れて部屋を出た。
他の皆は港で待っていると言って、とことこと波止場へ向けて歩き出す。
「…………降ろしていいぞ」
「降ろしてもまともに歩けんだろう」
「だがお前は、本当は今もヒトを信じていないんじゃないのか? 例えば僕がナイフを隠し持っていて、それをお前の心臓に突き立てはしないかと疑っているんじゃないのか?」
「……否定はしない。だが、お前を降ろすつもりもない」
「そんな意地で命を落としてもいいのか?」
「意地では無い」
フォレストはハッキリとそう言ってから、一度足を止めてレフォードを見た。
「レフォード、強さとはなんだと思う?」
「は? 何だ急に」
「俺はかつて、己の腕っ節の強さを誇っていた。これほど強いレイモーンの民が何故、圧倒的に劣っているヒトに遠慮して生きねばならないのかと疑問に思っていた。強き者が弱き者の上に立つのが自然の摂理だろうと。……だが、本当の強さとは、そういうものでは無いのだろうと今は思う。これもティルキス様から学んだことだが――」
「またティルキスか」
「まあ聞け。ティルキス様は見ての通り、お前達と同じただのヒトだ。獣人化することは出来ず、鋭い牙や爪を持つわけでも無い。特に俺と初めて出逢った時など、今のカイウス達よりも幼い子供だった。あの時、もし逆の立場だったのなら、俺のような恐ろしい獣など処刑してしまえと言っていただろうと思う。今のお前のようにな」
「……………………」
「だがティルキス様はそうは言わなかった。己よりも力が強く、己に牙を剥くかもしれない相手を、受け入れて共に生きようとする。強さ≠ニはそういうものだ。それこそが真に強い者だ。ヒトの頭蓋を片手で砕けることを誇っていた過去の己にも言ってやりたい」
「……しれっと怖いことを言うな」
「お前はどうだ? 力で全てを支配しようとする弱き者か、相手を信じて手を差し伸べる強き者か、どちらだ?」
その聞き方はずるい。
レフォードは不満だったが、しかしフォレストの持論を否定する気にもなれなかった。
自分は今、フォレストのその強く――というより、優しさと呼ぶべきだとも思うが――在ろうとする精神に生かされ、支えられている。
「理屈は分かるが……簡単には無理だ」
「そうか……」
「だが、それを理由にお前に見縊られるのは、僕の矜恃が許さない。だから……変わる努力は、する」
「そうか」
フォレストは嬉しそうに言って、再び波止場に向けて歩き出した。
ヒトとレイモーンの民の未来は明るいと、そんな希望に満ちた眼差しで、彼は前を向いて歩いている。
レフォードも、復讐をやめて彼と共に生きる未来は悪く無いと思ってはいたが、昨夜寝る前に浮かんだ嫌な可能性が纏わりついて離れず、不安げな顔で後ろに流れていく風景を眺めていた。