鞠躬尽力、死して後已まん

「はい、これでもう大丈夫よ」

ジャンナへ向かう船の上。
船室で漸く怪我の治療をして貰えたレフォードは、居心地の悪そうな顔で例を述べた。

親に叱られて拗ねた子供のようなその態度に、アーリアはくすりと笑う。

「意地悪をしてごめんなさい。けれど、私とルビアがどうしてすぐに治療をしなかったのか、その気持ちも少しは分かって貰えると嬉しいわ」

「それはもうこの男から聞いた。非は自分にあると理解している」

この男、として挙げられたフォレストは、己の足で立てるようになったレフォードを降ろし、「だそうだぞ」といった目でアーリアを見た。
アーリアも「なら良かった」と、役目を終えた包帯やガーゼをレフォードの体から剥がして立ち上がる。

「そう言えば、お前達の野暮用というのは何だったんだ? 夜の間に出掛けていた様だが」

甲板に居るティルキス達の所へ戻ろうとしたアーリアは、レフォードのその言葉で足を止めた。
その心中を慮って、フォレストが答える。

「またアルバートが仕掛けて来たのだ。我々は外でそれを迎え撃っていた」

「へぇ。それは災難だったな。で、どうなったんだ?」

撃退に成功したか、或いはアーリアが上手く説得して退かせたのだろうと軽い調子で尋ねるレフォードに、アーリアが悲痛な顔で告げる。

「……斃したわ。アルバートが襲ってくることは、もう二度と無いから安心して」

貴方のことも、巻き込んでごめんなさい。
それだけ早口に言って、アーリアは逃げるように船室から出て行った。

彼女のその反応と、言葉の意味を理解するのに数秒かかったレフォードは、残されたフォレストに驚きを隠さず尋ねる。

「……こ、殺したのか?」

「ああ。そうするしか無かった」

「だがあいつはアーリアの……」

アーリアの大切な幼馴染だろう、と言いかけて、フォレスト達がその辺りの事情を知らないことに思い至り、レフォードは慌てて口を閉じた。
フォレストはその思考を透かし見て、眉を下げて笑う。

「彼女がアルバートに情報を流していた件については、昨夜の内に皆聞いている。もう隠さなくていい」

「そ、そうなのか。ならいいが……」

「……アーリアの事なら大丈夫だ。ティルキス様がついている」

「それはそうかもしれないが……だからと言って、すぐに傷が塞がるとは思えないが?」

「そうだな。時間はかかるだろう」

レフォードはすっくと立ち上がって、船室の扉を僅かに開けた。
外の様子――アーリアがいつもの調子でティルキスと話しているのを見て、何もせずパタリと閉める。

「……悩んでいたんだ。彼女はずっと。お前達とアルバートのどちらに味方すべきか。僕はそれを聞いて……突き放すようなことを言ってしまった。あの時は、彼女の気持ちが分からなかったんだ。理解しようともしていなかった」

だが今は分かる。
状況は違うかもしれないが、自分だって今は中途半端だ。レイモーンの民とどう接するべきか、何を捨て何を選び取るのか、決められずに迷っている。

「彼女は僕を心配してくれていたのにな。酷い男だ。ティルキスに首を刎ねられても文句は言えない」

「お前が今そうして反省出来ているのなら、ティルキス様もお許しになるだろう。間違えることは誰にでもある」

「だがその一度の過ちが、取り返しのつかない事になる場合もあるだろう?」

「……そうだな。その時はその時だ。己の過ちを受け入れて、結果を背負って生きていくしかない」

「……結果を、背負って………」

レフォードはそれを想像して、胸を押さえた。

異端審問官としての己の行い。
レイモーンの民にしてきた非道な仕打ち。
仕事という建前で覆い隠してきた一方的な復讐。

既に今ある事実だけでもこんなにも重いのに。
もし、両親を殺したのがレイモーンの民では無かったら。
フォレストの言う通り、彼らは何の関係もない被害者だったのだとすれば。

思い詰めた表情で俯くレフォードに、彼がアーリアの事で己を責めているのだと思ったフォレストは、

「そんなに気になるのなら、後できちんと謝ればいい。アーリアなら聞いてくれるだろう」

そんな励ましの言葉をかけた。
レフォードは俯いたまま、「そうだな」と作り笑いを返すことしか出来なかった。







暫くして、ジャンナの港に降り立った一行は、街全体に漂う異様な空気に一様に顔を顰めた。
一見して変わったところは無いが、言い様のない居心地の悪さのようなものを感じる。

「この感じ……前に地下道を通った時と同じね」

「スポットが出てくるって事か?」

「可能性はあるわ。奪ったペイシェントを使って、教皇様が生命の法を行ったのかもしれない」

フォレストはレフォードに家に戻るかどうか改めて尋ねたが、レフォードは「今はいい」と首を振る。

「お前達は教皇の所へ行くんだろう? なら僕も行く」

「それは俺達と一緒に教皇を倒す為にか? それとも、異端審問官として俺達を止める為か? ついて来るのなら、まずそこの所をハッキリさせてくれ」

答えないのなら連れていくつもりはない、と言いたげなティルキスに、未だその決断も出来ていないレフォードは困り顔で言う。

「教皇に聞きたいことがあるんだ。14年前のことについて」

「14年前……ジャンナ事件のことか?」

「そうだ。ジャンナ事件のことも、僕の両親の死についても、教皇であればある程度のことは知っている筈だ。先ずそれを聞きたい。教皇とお前達のどちらの側につくのかは……真相を知ってからでないと決められない」

「……まだフォレストさんのことを疑ってるの?」

怒るでも責めるでもなく、悲しげにルビアが言った。

砂漠での一件を通じてレフォードの心境の理解を深めた今、前のように非難するつもりはないが、流石にラウルスであれだけ体を張ったフォレストが可哀想ではないか。
そんな哀れみから出た言葉を、当の本人であるフォレストが制する。

「俺も仲間の無実を証明したい。――ティルキス様、私からもお願いします」

「やれやれ、しょうがないな」

「でもさ、教皇が何も知らなかったらどうするんだ?」

「全く何も知らない、という事はないと思う。母は教会の僧だったし、亡くなったことを報せに来てくれたのもあの人だったからな。遺体も父のものと一緒に、教会の墓地に埋葬してくれたらしいし……」

「らしい=H お前は立ち会っていないのか?」

言われて初めて、それが普通では無いことに気付いたのか、フォレストの言葉にレフォードは「えっ……」と狼狽える。

「と、当時はまだ幼かったから……遺体の損傷も激しかったと聞くし、子供に見せるのは酷だろうと、皆が配慮してくれたのだと……」

「ならばお前は、両親が死んだところを見たわけでも無く、死後に遺体と対面したことすら無いのか? 何故それでリカンツに殺されて死んだ≠ニ判断出来たのだ?」

「それは……教皇がそう言っていたから……」

「たったそれだけのことで信じたのか? 疑いもせずに?」

ティルキスに咎めるように言われて、レフォードはうぐ、と言葉を詰まらせる。

「し、仕方がないだろう。他に両親の死について、詳しく知る人も居なかったんだ。そもそも、教皇が僕に嘘を吐いて騙す理由もないだろう?」

「それはどうかな。教皇がお前の両親の死に関与していたとすれば? 裁かれることを恐れて、お前に嘘を吐き、フォレスト達に罪を被せたのかもしれない」

「それは無い! 教皇が己の忠実な部下である母上を殺して何のメリットがある? あの人は寧ろ母上を殺したレイモーンの民を憎んでいる筈だ! 共に仇を討つのだと、そう言ってあの人は僕を異端審問官に誘ったんだぞ!?」

「リカンツ狩りの真の目的は、ペイシェントを集めて、生命の法を行うことだ。つい最近、俺達の手でそれを暴いたばかりだろう?」

「それは――っ、だが、そんな事が――――」

冷静に諭されて、レフォードは少しづつ勢いを無くしていった。
何も言えなくなってしまった彼に代わり、フォレストが口を開く。

「ここで議論していても仕方がありません。事の真相を確かめる為には、やはり教皇に直接聞くしか無いでしょう」

「それもそうだな。じゃあ、そろそろ行くとするか」

教皇は恐らく教会の最上階だろうというアーリアの言葉に従って、一行はジャンナの大聖堂へ向かった。
見張りの僧兵は不在のようだったが、礼拝堂で待ち構えていたルキウスが立ち塞がる。

カイウス達と、その横に並ぶレフォードを見て、素顔のルキウスは小さく落胆の息を吐いた。

「君はそちら側につくんだね」

「……僕は教皇に聞きたいことがあるだけだ。お前と争うつもりは無い」

「でも、それは君達全員の総意では無いだろう? ただお喋りをしに来たわけじゃない人だって居る筈だ」

半ば確信を持って、ルキウスはカイウスを見た。
カイウスは息を吸って、一方前に歩み出る。

「ルキウス、オレ達はどうしても教皇を止めなくちゃいけないんだ。お前だって、教皇が何をしているのか知ってるんだろ? 協力なんかやめて、オレ達と一緒に……!」

「自分の都合だけでものを言うな! 兄さんが生命の法を止めたいように、ボクは生命の法を成功させたいんだ! さあ、そのペンダントを――ペイシェントを渡せ!」

「ペイシェントなら、前にカイウスが渡したものがあるじゃない! まだ足りないっていうの!?」

「あれはもう無い。あれからすぐに教皇様と生命の法を試したが……また失敗に終わった。だが次こそは……!」

「バカ野郎!! お前、これまでずっと生命の法が何を齎してきたのか見てきたんじゃないのか!? いい加減目を覚ませよ!!」

「これまでのは実験だ!! 成功さえすれば、犠牲になった人々も、レイモーンの民も蘇るんだ!!」

「そんな話をお前は本気で信じてるっていうのか!? そんな都合の良い話があるわけないだろ!! ありもしない奇跡を言い訳にして、今の犠牲から目を背けるなよ!!」

「…………っ!! うるさいっ!! 兄さんに何が分かるっていうんだ!!」

杖を握り、ルキウスは吼えた。
怒り、悲しみ、嫉妬。様々な感情を含む目がカイウスを睨む。

「ボクは何も知らずにのうのうと育った兄さんとは違う……! 当たり前のように受け入れられて、ヒトの中で育ってきた兄さんには分からないさ……!」

レイモーンの民への偏見。差別。
異端審問会が出来るずっと前から無くならない、ヒトとレイモーンの民の間の確執。
ヒトから向けられる疑惑の目と憎悪が、潜在意識に張り付いて剥がれない。

「ボクには教皇様しか居ないんだ! ボクの居場所はここにしか――教皇様の隣にしか無いんだ! それを奪おうと言うのなら、血を分けた兄弟でも容赦はしない……!」

ルキウスとカイウスが兄弟だと知って内心動揺していたレフォードは、必死になっているルキウスに己の姿を重ねた。
両親を亡くし、世間から厄介者として扱われた末に、流れ着いたのが教皇の居る教会だった。ルキウスもそれと同じなのだろう。

きっと生命の法の真相も、教皇に正義があるのかどうかも、ルキウスには関係がないのだ。
間違っていたとしても、悪だと罵られても、他に行き場のない彼は、そこに留まり続けることしか出来ない。

カイウスもそれを理解して、やるせなさに唇を噛んだ。
ルキウスは杖を掲げて、石の巨人を召喚する。

「ボクは最後まで教皇様の為に戦う! さあ、行くよ兄さん!」

振り下ろされる巨人の豪腕を避けながら、カイウスは思う。
何処にも行けないから、仕方がないから、自分はこれでいい。そう割り切れているのならまだいいが、果たしてルキウスはそうだろうか?

(お前は苦しんでるんじゃないのか? レイモーンの民を、自分の同族を殺して、一人だけ生き残るなんて……!)

そこに生の悦びなどあるはずが無い。それはただ死んでいない≠セけだ。
ルキウスと戦うことを躊躇っていたカイウスは剣を抜いた。

ルキウスの居場所を奪いたいわけではない。
だが今のルキウスの生き方を肯定しても、その先にルキウスの幸せは無い。ならば自分のやるべきことは一つ。

「居場所ならオレの隣にだってある! お前が影だって言うんなら――オレがそこから連れ出してやる!」

フォレスト達がゴーレムの相手をしてくれている間に、カイウスはアーリアのプリセプツの援護を受けて一気にルキウスとの間合いを詰めた。
ルキウスは杖の先をカイウスに向けたが、そこから放たれた氷の矢はルビアの炎によって相殺される。

そして、カイウスの剣がルキウスを貫く――その瞬間、
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