鞠躬尽力、死して後已まん

そうして、各々の用を済ませて宿に集合した一行は、町を出てアール山へと向かった。

皆クベールからどんなプリセプツを教わったのか、この旅が終わったらどうするのか、国王との対決への意気込みなどを語り合っていたが、話に参加する余裕など無いレフォードは、募る不安を抱えたまま、聳え立つ山を見上げる。

きっとこの先に真相がある。
14年前、両親に何があったのかも分かる。

知りたかったことの筈なのに、今ではそれを知ることがとても怖かった。
明かされる真実は、自分が信じてきたものとは全く違うのだろうと分かるから。

(……もし、レイモーンの民が両親の死と何の関係も無かったのなら、僕は……)

それを受け入れるだけの覚悟などまだ持てていない。だが逃げても真実は変えられない。
自分が目を背けても、フォレスト達には知られることになるのだ。

(それに……あれが本当に父上なのかどうかも確かめなければ)

レフォードは深呼吸の後、カイウス達に続いてアール山を登り始めた。
見た目にも冷たい印象を受ける灰色の山道をひたすらに進んでいくと、中腹の辺りまで来たところで、フォレストが突然上を向き斧を構えた。

他の皆は何だと足を止めただけだったが、次の瞬間、降ってきた近衛騎士の剣戟がフォレストの斧とぶつかる。

「!? ――敵襲か!」

「あら残念。惜しかったわね」

状況を理解して慌てて武器を抜く一行の前に、同じく下りてきたロミーが優雅に着地。
彼女の周囲には、前回と同様に数名の近衛騎士が居る。その中にはやはりレフォードの父の姿もあった。
レフォードは歯を軋ませながら槍を握る。

「父上……何故ロミーと一緒に……」

「何故って、彼は国王陛下に仕える騎士だもの。私の仲間も同然よ」

「ロミー……あなたは教会に属する身でありながら、本当に教皇様を裏切っていたのね……」

「表向きの所属と実際が違うなんて、よくある事でしょ? スパイのあなたなら分かるわよね、アーリア?」

まだ塞がっていない傷口を抉られて、アーリアは押し黙り、その様をロミーがせせら笑う。
ティルキスは怒りを抑えられない様子で前に出た。

「人の心を掻き乱し、命を弄ぶ……一体どんな育ち方をすれば、お前のような奴になるんだ!!」

「さあねぇ……この世界の外で育てば、ってとこじゃない?」

「何が世界の外だ! ふざけたことばっかり言いやがって……!」

「心外ね、ふざけてなんかいないわよ。あなた達にもいずれ分かるわ。――さてと。私達は国王陛下にくれぐれも生命の法の邪魔をさせないように≠チて命じられているの。だから、あなた達にはここで死んで貰わなきゃ」

ロミーの合図で、待機していた近衛騎士達が一斉に飛び出した。
カイウスはそちらには構わずに、交戦する敵と味方の合間を掻い潜ってロミーを襲撃したが、黒い障壁に阻まれて失敗に終わる。

「!? なんだ……!?」

「ふふっ。今の私には、その程度の攻撃はもう通用しないわよ?」

反発する磁力のように、元居た場所まで弾き飛ばされたカイウスは、困惑しつつも再度挑もうとする。
しかしルキウスがそれを制した。

「闇雲に攻撃しても無駄だよ」

「じゃあどうしろって言うんだよ!?」

「僕に考えがある。でも、恐らく周囲の近衛騎士達が邪魔をしてくる。先に彼らを何とかしないと……」

と、ルキウスは苦い顔で、ティルキス達と交戦している近衛騎士達を見た。
カイウスは「あいつらを倒せばいいんだな!?」と言って、仲間達に加勢する。

「あらルキウス、貴方も私の邪魔をするの? 今更そんなことをしたって、貴方のしてきた事が無くなるわけじゃないのよ?」

「……それは分かってる。許しが欲しくてやってるわけじゃない。ただ……僕にはやり残したことがある。それを果たすだけだ」

「やり残したこと……?」

ルキウスは答えず、静かにプリセプツの詠唱を始めた。
彼の思惑は分からないものの、攻撃を仕掛けるつもりだろうと読んだロミーは、近衛騎士達に妨害するよう命じたが、カイウス達が間に入って止める。

「余所見するなよ、お前達の相手はこっちだ!」

「ルビア、援護してくれ!」

「任せて! アグリゲットシャープ!」

ルビアのプリセプツによって力を底上げしたカイウスは、更にそこへ獣人化を重ねた。
そのまま怒涛の勢いで一気に二人を仕留め、もう一人もティルキス達の連携技によって沈む。

残る近衛騎士は一人――その男、己の父と戦っていたレフォードは、情け容赦なく攻撃を見舞ってくる相手に対し、防戦一方になっていた。

「父上! どうしてこんな……もうやめて下さい! 僕は貴方と戦いたくはありません!」

「…………」

「父上!!」

レフォードの必死の呼び掛けにも何の反応も示さず、相手はただ苛烈な攻撃を繰り返すだけだった。
レフォードの息が上がっているのを見て、フォレストが助けに入る。

「彼はロミーに操られているのではないか?」

「僕もそれは考えたが……父上が居なくなったのは14年も前だぞ? その間ずっと呪縛のプリセプツで操り続けてたって言うのか? 流石にそれは有り得ない」

カイウス達の助力もあって劣勢から脱したレフォードは、しかしいつもの様に攻撃に転じることも出来なかった。

操られているのかどうかは知らないが、少なくとも彼は今生きている。死んだと思っていた父が、心から再会を望んだ相手が、今目の前に居るのだ。敵として相対していても、その命を奪うことなど出来る筈も無い。

故にレフォードは、確実に首を取れるタイミングで、それをしなかった。
相手は己の首元で止まった槍を掴んで奪い、体勢を崩したレフォードを踏みつける。

槍の穂先を向けてくる父の姿を、レフォードは信じられずに見た。
父はこんなことはしない。自分に危害を加えるなど有り得ない。

大切にされてきた自覚がある。愛されていた確信がある。
だから、例えどんな事情があったとしても、彼が自分を傷付けるなんてことは絶対に無い――――

「レフォードッ!!」

父に向けていたその信頼は、危険を告げるフォレストの声と共に容易く壊された。
レフォード目掛けて放たれた一撃を、咄嗟に間に滑り込んだフォレストが代わりに受ける。

目の前で飛び散った血が、フォレストの痛みに歪んだ顔が、苦しそうな声が、五感が捉える情報の全てが、向けられた殺意を物語っていた。

フォレストを気遣う素振りも、躊躇う様子もなく、淡々と槍を引き抜いて追撃の構えを取る父に、レフォードは震える唇を動かす。

「ち、父上……やめて……やめて下さい……父上……」

口から出てくるのは、そんな情けない懇願だけだった。

今の彼を説得する為の言葉など何も浮かばない。
そんなことをしなくても、彼が自分を殺すなんてことは有り得ない。少なくとも今まではずっとそうだったのだから。
それが覆された時の対処法など、知らない。

フォレストも、痛みに呻きながら、この状況の打開策を必死に考えていた。
自分達は、この男を倒して先に進まなければならない。だが彼はレフォードの父親だ。

レフォードが彼をどう思っていたか、レフォードにとって彼がどれだけ偉大な存在であったのかは、これまでの旅の中で見て取れた。

騎士という存在を貶めたアルバートに怒っていたこと。
ルビアの両親を死なせてしまったことを悔いていたこと。
毎夜悪夢に魘されること、傍に人が居る事で穏やかに眠れること、料理が上手なこと。

そして何より、レイモーンの民への復讐の為に、異端審問官になったこと。
レフォードという人間を形作っている全ての根源には、両親の存在がある。

レフォードにとっての親とは、ただ自分を産み落とし育てた存在、というだけのものでは無いのだろう。もっと圧倒的な、彼にとって必要不可欠な支柱のようなものなのだ。
だから、生きていたというのなら、それを奪うことなどあってはならない。

だが今はその人が、レフォードの命を奪おうとしている。
フォレストはこの瞬間に、何を守るのかを選ばなければならない。

悩むだけの時間など殆ど与えられなかった。
父親が、次はフォレスト諸共レフォードを突き殺さんと、渾身の力を槍に込めるのを見て、フォレストは吼えた。

結果、槍が振り下ろされる前に、獣人化したフォレストの爪が、相手の身体を鎧ごと引き裂いた。

血飛沫を上げて崩れる相手を見て、危機が去ったことに安堵したのはほんの一瞬で。
レフォードが悲鳴のような声で父の名を叫んだのを聞いて、フォレストの胸の内はすぐに暗澹たる思いに覆われた。

「父上っ、父上! そんなっ……いやだ、死なないで下さい、父上……っ!」

崩れた鎧の下に、レフォードと同じロケットペンダントが見えた。
血に塗れたそれの上に、レフォードの涙が落ちる。

誰も何も言えず、レフォードの啜り泣く声だけが響く中、俄にロミーが笑い出した。

「傑作ね! 優秀な駒が潰されたのは惜しいけれど、こんなに愉快なことはないわ! ああ、良かったわねレフォード!」

「よかっ……良かった……!? ふざけるな、何が良かっただ! これのどこが……ッ!」

「だって、これでちゃんと貴方の親はリカンツに殺された℃魔ノなったじゃない! さぁほら、今こそ復讐するチャンスよ!」

笑いながら無邪気に言うロミーに、そのあまりの悪辣さに、カイウス達は言葉を失った。
レフォードも、投げかけられた言葉に暫し呆然としていたが、父の死体を前に悲痛な顔で俯き黙っているフォレストを見て、槍を手に立ち上がる。

「ロミー……お前、あの噂は……僕に言ったことは全て嘘だったんだな? お前は最初から、この人の無実を知っていて……ただ僕と潰し合わせる為だけに騙したのか……!」

「ええそうよ。でも、私とそこのリカンツのどちらを信じるのか、選んだのは貴方でしょう? 」

「それは……」

「ああ、だからって別に気に病む必要はないのよ? 結果的にはそれで合っていたんだもの。貴方の判断は間違ってなかったのよ!」

「――――――――!!!!」

嗚呼、これは怒りなのだろうか。

これまで感じたことの無い、脳が焼き切れそうになるほどの感情に突き動かされて、声にならない叫びを上げながら、レフォードはロミーに特攻した。

カイウスの時と同様に、その攻撃は黒い障壁に阻まれたが、レフォードは負けじと食い下がる。
その後ろで、ルキウスが長い詠唱を終えてプリセプツを発動させた。直後、ロミーを守っていた障壁は消えて、槍が彼女の身体を貫く。

「!? なっ――――なに、マサか、破られるワケが……! 貴様ァ、何をシた!?」

血を流し、苦悶の表情を浮かべながら、ロミーは術者であるルキウスを睨んでいた。
その口から出ている声は、これまで聞いていた少女のものではない。変声機を通したかのような異質な声。

「これが僕のやり残したこと≠セ。このプリセプツを編み出すまで、随分とかかった」

「ど、どういう事だよルキウス? お前、何をやったんだ?」

困惑するカイウスの問いに、ルキウスはロミーから目は離さずに答える。

「ロミーは……教皇様と同じなんだ。以前、生命の法を試した時に、彼女もスポットに乗っ取られてしまった。僕は日に日に自我を失っていく彼女を前に、どうする事も出来なかった。元に戻してやることも、始末することも出来ず……リカンツ狩りを扇動する彼女を止めることも出来なかった」

元はルビアと同じ、心優しい普通の少女だった。
こんな風に他者を傷付けるような真似は、彼女はきっと望まないだろうに。

スポットに巣食われていなくても、彼らの言いなりになって共にレイモーンの民を狩り続けた自分も似たようなものだ。
だが、かつてのロミーを知る者として、ただ一人助かった者として、今なら出来ることがある。

「……兄さん、僕がこのプリセプツを唱えている間は、ロミーに攻撃が通る。だから……」

「……わかった。任せろ!」

「オノレ、余計ナコトヲ!! シネェッ!!」

ロミーはルキウスをプリセプツで妨害しようとしたが、レフォードがそれを許さなかった。
より深く槍を突き刺して、岩壁に縫い止める。

「ロミー! これで終わりだ!!」

カイウスの剣がロミーを切り裂いた。
ロミーの中に居たスポットは、ついにヒトの形を保てなくなり、巨大な化け物の姿に変貌する。

敵は形振り構わず手当り次第に周囲を破壊し始め、カイウスとレフォードは後退を余儀なくされたが、それと入れ替わるようにルビアが前に出た。

迫り来る敵の姿を見ながら、ルビアはすぅと息を吸い込んだ。
両親を殺された憎しみ。皆の心を弄んだ事に対する怒り。
そして、そんな悪事に加担させられた、ロミーという名の一人の少女への憐憫を込めて。

「我らの糧たる常明の光よ、ここに集いて彼の者を滅ぼせ! セイクリッド・シャイン!!」

全ての想いと力を注ぎ込んで、ルビアはクベールから授かった必殺のプリセプツを放った。

頭上を覆っていた分厚い雪雲を割いて、雨か、或いは雷のように、幾筋もの光が降り注ぐ。
光は赤黒いスポットを貫いて呑み込み、皆の視界を白く染め上げた。

景色が元の色と形を取り戻した時、そこにはもうスポットの姿は無かった。
ルビアは肩で息をしながら、穴の空いた空を見上げて呟く。

「お父さん、お母さん……これで、いいよね……?」

答えられない彼女の両親の代わりに、カイウスがそれを肯定し、彼もまた父を想って空を見上げた。





戦いの後、カイウスはルキウスにこの場で戦線を離脱するように伝えた。
と言うのも、先のロミーに使ったプリセプツはかなり術者への負担が大きかったようで、ルキウスがルビア以上に疲弊してしまっていたからだ。

ルキウスは「それじゃあ兄さん達だけを危険に晒すことになる」と中々聞き入れようとしなかったが、無理を押して足を引っ張ってしまっては本末転倒だと理解して、最終的にはカイウスの言葉を受け入れた。

「大丈夫だ。お前の分も父さんの分も、オレが王を殴ってくる!」

「なんだよ、いきなり兄貴面してさ……」

「ところで、ロミーが言ってた別の世界がどうこうって話……あれは結局何だったんだ?」

「ハッキリとしたことは僕にも分からない。ただ、ロミーはここに来る前に故郷が近付いている≠ニ言っていた」

「故郷って? まさか本当に別世界の存在だって言うの?」

「スポットの故郷……確か100年前にレイモーンの都で生命の法を試した時は、小さな扉が現れて、そこから闇が溢れたって言っていたわよね。闇がスポットのことを指しているのだとすれば……生命の法はスポットの故郷と、この世界を繋ぐ術なんじゃないかしら」

「なるほど? 確かにそう考えれば、スポットに乗っ取られていたロミーや教皇が、あれだけ生命の法に固執していたのも頷ける。だが、そうなると益々見過ごせないな」

「ええ。私達の手で止めましょう、必ず」

アーリアはティルキスの言葉にそう言って頷いてから、物思わしげにレフォードの方を見た。
ロミーを斃すなり、父の元へ駆け戻った彼は、それからずっと掠れた声で父の名を呼び続けている。

彼に揺さぶられている近衛騎士の身体は血溜まりの中にあり、誰が見ても既に息絶えていることは分かった。
獣人化を解くことも忘れて、レフォードと同じくその遺体の傍から離れられずにいたフォレストは、やがて血に塗れた己の拳を握って立ち上がる。

「参りましょう、ティルキス様」

「フォレスト……大丈夫か?」

「私は大丈夫です。――ルキウス、レフォードのことを頼めるか?」

「え? それは……ボクは構わないが……」

「――っぼ、僕を置いて行こうとするな! 僕はまだ戦える!」

と、レフォードは泣き腫らした顔を上げて抗議したが、フォレストの姿を捉えた瞬間、心臓が跳ねて呼吸が止まった。

血に染った爪。両親を殺した獣。
そこに居るのはフォレストだと頭では理解しているのに、幾度見た悪夢と目の前の光景が重なって、無意識の内に全身が強張る。

そのリアクションを予想していたフォレストは、レフォードから離れてルキウスに再度、

「レフォードを頼む」

とだけ告げて、ティルキス達と共に山を上って行った。

金縛りにでも遭ったかのように、身動き一つ取れないままそれを見送ったレフォードは、フォレスト達の姿が見えなくなって漸く力を抜いた。

安堵――それがフォレストがこの場から居なくなったことに対するものだと自覚して、レフォードは己を軽蔑した。

彼は自分を守ろうとしてくれただけだ。仕方がなくやった事だ。
きっと一番心を痛めているのは彼自身だろう。殊更傷付けるような態度を取るべきでは無い。

そんなことは分かりきっている。けれど、体の震えが止まらない。

「違うんだ……僕は、今更貴方を怖がったりはしない……貴方がリカンツでは無いと、ちゃんと理解しているんだ……!」

必死に絞り出したそんな弁解は、既に遠くへ行ってしまったフォレストには届かなかった。
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